都市公園で,自然の「原風景」を読む


 東京の街で,本格的な西洋式の都市公園が造られたのは,1903年(明治36年)に完成した日比谷公園からだと言う話です。
 それから100年,東京の街はもちろん,全国各地の都市には,西洋式の都市公園が至る所に造られ,これが現在の「公園」のスタンダートとなっていると言っても過言ではありません。
 都市公園を作る際には,もともとあった地形や水辺を利用する場合もありますが,園路や植え込みを整備し,さまざまな樹木を植えたり花壇を作ったり,といった造園が行われます。極端な話,その場所に元々あった自然環境を一度,かなりの部分を壊して,新たに造園するような手法がしばしば見受けられます。植えられる樹木も,街路樹として人気の高い木であったり,公害に強いと言う理由で選ばれたり,花や紅葉を楽しむために選ばれたり,単に管理が楽な木を選んでいたり,本来の生態系とはあまり関係の無い樹種が植えられていることも多く,非常に人工的な印象を受けます。こんな人工的な緑でも,「自然がいっぱいだぁー!」と感じて楽しんでいる人も少なくないので,あまり文句は言えないのですが,その土地の「自然史」から離脱してしまった緑地環境に,ちょっとだけ寂しさも感じます。

 ところが,よくよく見てみると,もともとあった植生を利用して,しっかりとその土地の歴史を語る公園もあるんです。



 ここは恩賜上野公園。「不忍池」の脇です。桜の名所である上野公園でも,水辺には,アキニレの木があります。アキニレは比較的水辺に近い,湿った土地を好む樹。しかも,普通はあまり意図的に植え込んだりすることの無い種類の樹です。……つまり,これは,元々ここの環境にあった樹を利用している可能性が高い。「上野の森」の意外な一面を見たような光景です。

 水辺の湿った土地は,そこに生える樹種を選ぶ,ある意味,特殊な環境であると言えます。そのことが,外部からまったく違った樹を植え込むことを難しくし,本来の自然環境の面影を,公園内に残してくれる結果となったのではないかと推察してみました。


 では,他の,水辺のある公園を探索してみましょう。
 行き先は,井の頭公園と石神井公園。
 どちらも,昔から水辺のあった場所です。



 「井の頭公園」駅を降りてすぐ,公園の入り口にはアキニレが出迎えてくれます。



 アキニレの樹皮。特徴ある剥がれ方をします。

 アキニレは,水辺に近い,湿った土地を好む樹ですが,これよりもさらに湿っぽい場所を好む樹もあります。



 ……それが,ハンノキ。これは石神井公園で撮影しました。
 ハンノキは,根元が水に浸るような場所で,旺盛に育っています。



 石神井の三宝寺池では,ほとんど池の中から生えているような光景も見られます。

 ハンノキは風媒花。2月には花をつけ,樹全体が,特徴ある赤茶色の房で覆われます。



 長い房が雄花,うんと小さくて丸いのが雌花,濃い赤茶色の楕円形のものは,前の年の実……つまり,雌花が受粉して発達したものです。このような花が,スギ花粉の季節よりもほんの少し早く咲いて,花粉を風に乗せています。



 これは石神井公園。ハンノキの生える水辺から,10mほど離れると,アキニレの林になります。井の頭公園では,アキニレに混じって,同じニレ科のムクノキや,エノキなども混じっています。クヌギ,コナラを中心とした雑木林の多い武蔵野台地の中で,このような植生は,水辺を特徴づけるものです。



 井の頭公園の水辺の園路で。
 2月下旬から3月上旬頃,水辺の森の地面には,前の年の秋に落ちたアキニレの実と,早春に落ちたばかりのハンノキの雄花がみられます。……水辺の森では,ドングリがあまり落ちていません。井の頭公園では,池から離れて少し坂道を登った先にある「西園」のほうに行くと,クヌギとコナラの雑木林があり,水辺と違った植生が観察できます。


 環境が植生を選び,その植生がまた,新たな環境を作ってゆく。……自然界では当たり前の営みが,都市部ではなかなか見えにくくなってきています。その原因はもちろん,自然の営みを越えるパワーを持った,「人の営み」なのですが,一見,緑豊かな公園も,「自然観察する目」で見ると,また違ったものが見えてくるのではないでしょうか? たとえば,きれいに植樹された公園の樹木を見て「自然の美」を感じる人がいたり,杉がきれいに植林された山を見て,「あ〜,自然が豊かだ」と感じる人がいるように,私たちは,本来の自然環境の豊かさを忘れかけているのかも知れません。一見,地味なようでも,一見,ごちゃごちゃと美しく見えない風景でも,自然のままに作られた環境には,私たちには真似のできない,さまざまな生き物のつながりや,とても合理的なしくみが隠れていたりします。それを「自然の知恵」と私たちは呼んだりしますが,こうした「自然の知恵」を見ることのできる場所を残し,そこから自然のことを学んでゆくチャンスを,都市公園にも残しておいて欲しいものです。


 ところで,人が手を入れた都市の環境では,自然環境は,また新たな方向付けがされているようです。



 これは井の頭公園で撮影したものですが,大きな樹の根元には,たくさんのシュロが成長中です。いま,東京では,公園緑地などで林の中を自然のままに任せていると,シュロやアオキが大繁殖してしまいます。人の手が入った環境に適応し,勢力を伸ばす生き物がある。その一方で,さまざまな生き物が,ひっそりと都市部から姿を消してゆく。こうした植生の変化は,この土地が都市化する前には無かったことです。単に,「公園の管理上,厄介なものが生えてきた」と言うだけで済ましてしまわないで,こうした状況も,都市の自然環境を考える上で,何らかのヒントを与えてくれるのではないかと思いますが,いかがでしょうか?


(2003年2月25日記)

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