続・虫の個性


 生き物の分類の基本的な単位は「種」(しゅ)です。
 でも,別種なのに良く似ているものとか,同じ種でも結構ヴァリエーションがあって,違う朱みたいに見えるものなど,「種」の定義そのものも,実はガチガチに厳格なものではありません。同種でもデザインや性格の違いで「亜種」に細分化してみたり,さらに,移動距離の大きくない生き物では,地域によって微妙に違いが出てきて,これを「地域個体群」と呼ぶ場合もあります。もっと細かいことを言えば,生き物1個体ずつ,微妙に違う「個性」があるはずです。人間が個人個人を識別して生活しているように……。

 「地域個体群」や「亜種」と言う分類は,例えば人間に当てはめれば,いろんな民族があるようなものです。もっと細かい点にこだわれば,関東人と関西人でも,微妙に「地域個体群」としての差があるかも知れませんが…。

 ……そんなことを考えながら,セミの地域差について,考えてみます。

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 私が子供の頃,初めて,宇都宮でミンミンゼミを取ったとき,そのセミは,ほとんど黒くなく,緑色の鮮やかな個体で,非常に驚きました。他にもそんな色違いのセミが居るのかと,探してみると,最初に捕まえたセミほどではありませんが,なんとなく,東京の西のほうで見つけたミンミンゼミより,明るい色のセミが多かったのです。
 ……私の現在の仕事場は茨城県。ここで見かけるミンミンゼミも,なんとなく,子供の頃に東京で見ていたセミより,緑色が明るいような気がしました。

 そこで,いくつか,ミンミンゼミの画像を集めて,比べてみました,

撮影地:茨城県つくば市



撮影地:千葉県野田市



撮影地:東京都府中市



撮影地:東京都渋谷区



撮影地:東京都足立区

(足立区のミンミンゼミは,瀬田さんの御協力を得ました。ありがとうございます。)

 ……いかがでしょうか?
 サンプル数が少ないので,その地域のセミすべてが,こう言う色をしているのか,それとも,個体群の中で,色のバリエーションがあるのか,ハッキリ結論できません。しかし,カメラに収まらなかった個体も何例も観察したのですが,なんとなく,地域によって色が少し違いそうだな,と言う感触は得ています。

 セミはそれほど移動力は無い,と思われます。
 昔,捕獲したアブラゼミに300匹ぐらいマークをつけて放したことがありますが,最も離れたところで再捕獲されたものでも,放した場所から500mも離れていなかったのです。
 セミの移動力が,この観察結果の通りだとしたら,例えば都内でも,10kmぐらい離れれば,全く異なる「地域個体群」が存在する可能性もあるわけです。例えば,セミが隅田川を飛んで渡る,と言うことが出来ないとすれば,台東区と墨田区のセミは,自然状態での遺伝子の交流はほとんど不可能,と言うことにもなりますね。

 もっと極端に居動力の無い虫……アオオサムシなどは,飛翔能力がありませんから,緑地が細切れになっている都会地では,地域個体群として,それぞれの緑地で独自の進化を遂げる可能性もあります。
 例えば,アオオサムシの翅の色の変異とか,丁寧に観察してゆくと,都会地の生き物の生態を研究する上で,面白いデータが得られるかも知れません。


(2001年9月15日記)

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