芽の出ないタネ
晩春。
春,いちばんに花をつけた野草たちが,種を作り始めました。
野草は生命力が強くて,どんどん増える……ように見えますが,そういえば,野草の種から芽が出たところって,あんまり見たことがありません。
そこで,近所に生えている野草から種を取ってきて,発芽を観察してみることにしました。
観察したのは5月のことです(この観察時期が,実は重要な意味を持っています)。
イチゴパックなどの容器を再利用し,ペーパータオルを敷いて水でぬらし,種をまいてみました。
手に入った種は……
・オオイヌノフグリ
→花の画像
・オランダミミナグサ
→花の画像
・ホトケノザ
→花の画像
・セイヨウタンポポ
→花の画像
・シロバナタンポポ
→花の画像
・オニタビラコ
→花の画像
・オオジシバリ
→花の画像
さて,種をまいて,乾かないようにしておくと,1週間後,セイヨウタンポポが芽を出しました。
ところが他の種は,3週間たっても,まったく変化がありません。
芽が出たセイヨウタンポポ
これはどういうことなのか?
どうも,野草の生態の違いが,発芽に影響しているようです。
セイヨウタンポポは,環境条件さえ良ければ,9月,10月になっても花をつけます。ところが,同じタンポポでも,日本在来のタンポポは,春しか花を作らず,夏には休眠状態になってしまいます。シロバナタンポポは,日本在来のタンポポなので,夏に休眠しますが,タネも休眠して,秋になってから活動を始めるのでしょう。
ほかの在来植物はどうでしょう。
実験した植物の中で,日本在来種は,シロバナタンポポのほかに,ホトケノザ,オニタビラコ,オオジシバリの3種。いずれも,夏になると枯れてしまったり,地下茎や根などを残して,地上部がほとんど無くなってしまう植物です。夏には,もっと背の高い草が伸びてくるので,背の低い春の花は,光が手に入らなくなります。そこで春の花は,夏に休眠してしまうのです。そして,秋になれば再び活動を始め,秋から冬の間にゆっくりと成長し,春,暖かくなってきたら,いちばんに花を咲かせて種を作ってしまう,と言うライフサイクルになっているのです。春の花は「先手必勝」タイプなのですね。夏の花が,夏の気温の高さを利用して,一気に大きく育つわけですから,これは「後発・追い上げ」タイプと言えます。
同じ春の花でも,ホトケノザのように,特に春,早く咲く花は,低い位置で花をつけ,やや後発のオニタビラコは,ホトケノザよりも高い位置に花をつけます。ホトケノザが咲き始める頃は,まだ気温が低く,花粉を運んでくれる虫も,あまり動けません。そんな時期でも,地上近くの空気は,天気がよければ,かなり暖められて,虫が活動できる空間ができます。その空間に,ホトケノザは花を提供していたのです(この観察は,「身近な自然で遊ぼう!」にも,詳しく出ています)。
さて,外来植物はどうでしょう。オオイヌノフグリもオランダミミナグサも,夏に休眠する植物です。オオイヌノフグリの原産地を調べてみたら,西アジア〜ヨーロッパ南部でした。この地域の気候は地中海性気候。夏に降水量が減り,乾季になる気候です。オオイヌノフグリは,暑く,乾燥した夏を越すために,種はすぐに発芽せず,秋まで休眠しているのでしょう。
夏草を避けるために休眠する草,夏の乾燥を避けるために休眠する草……理由はともあれ,オオイヌノフグリの生活パターンは,日本の生態系の中で生き抜くのにも,都合が良かったのでしょう。
一方,セイヨウタンポポは,ヨーロッパでも,やや北寄りの地方に分布しています。日本にセイヨウタンポポが最初に輸入されたのは,札幌でした。北のほうの,あんまり夏草がぼーぼー茂らないような土地に,セイヨウタンポポのふるさとがあったのです。北の国は夏が短いので,気温が高い時期に,めいっぱい花を咲かせて種を飛ばす,セイヨウタンポポの生存戦略は,北国向きと言えます。
実際,セイヨウタンポポは,手入れのいい公園や芝地などに多く見られますが,夏草が茂るような荒地では,あまり見かけません。夏に日当たりが悪くなる場所は,セイヨウタンポポにとっては,かなり不利な条件なのでしょう。
さて,この発芽しなかった種。秋まで保存して,涼しくなり始めた頃にもう一度育ててみたら,どうなるでしょう。きっと,発芽してくれると思いますよ。
(2000年5月26日記)