駅前ねぐら


 街から自然が消えてゆく,と言われる一方で,街に適応して,街暮らしを始めた生き物もいます。
 1970年頃から,ヒヨドリやキジバトが街で繁殖するようになり,1980年代にはコゲラも街に進出。さらにこの時期,高度経済成長期に街から消えたカワセミが,都心部に再び現れるようになりました。
 生き物たちも,さまざまに生きざまを変えるのです。

 さて,これから紹介するハクセキレイも,そんな「街暮らし」を始めた生き物の1つです。

 ハクセキレイは川辺に多く見られる野鳥です。セキレイの仲間には,ハクセキレイのほかに,セグロセキレイ,キセキレイ,タヒバリなどがいますが,普通,キセキレイは川の上流に近いほう,ハクセキレイは下流寄り,セグロセキレイやタヒバリはその中間に多く生息している,と図鑑に書いてあります。
 しかし,ここ10数年のことですが,ハクセキレイが街の中で大きな群れを作って越冬する姿が,首都圏の各地で観察されるようになりました。特に駅前の街路樹などに大きな「ねぐら」を形成するので,気づいた人も多かったのでしょう。 「駅前ねぐら」が見られる時期は,繁殖期の終わった8月下旬頃から,翌年の繁殖期の始まる4月上旬頃までです。

 常磐線沿線の駅前にも,数百羽の単位で,「駅前ねぐら」が形成されます。
 天王台駅の「駅前ねぐら」の様子を紹介しましょう。



 駅前広場のケヤキにとまって眠るハクセキレイ。
 これは2月の撮影です。

 ねぐらの形成される場所を観察していると,初秋の頃は,ケヤキの葉っぱに身を隠すように集まっていますが,ケヤキが落葉し,真冬になると,電信柱の変圧器の周囲や照明入りの広告看板の上などに,身を寄せ合うように集まる個体が増えます。どうやら,少しでも暖かい場所を求めているようです。
 参考までに,天王台駅南口には,ケヤキは数本しかありません。変圧器の乗っかっている電柱も1本。けっこう「場所取り」の争いをしている姿も見かけます。




 これは,変圧器のすぐ近くの電線に,ずらっと並んでいるハクセキレイ。

 2000年1〜2月に,駅前で夜を過ごすハクセキレイの数を数えてみたところ,400羽以上いました。

 これだけの数のハクセキレイが集まると,「ねぐら」の下の糞の量も相当なものです。私も,糞で歩道が真っ白になっていたのを見つけて,「ねぐら」の位置を知りました。
 この場所,実は昼間は,数羽しかハクセキレイを見かけません。

 では,彼らはどうやって餌を確保しているのか,ちょっと不思議になりました。
 もともとセキレイ類は昆虫食が中心です。昆虫の少なくなる季節は,かなり厳しい環境になります。ですから,冬になると昆虫以外の餌を食べることが多くなります。そこで,早朝に,天王台駅周辺のハクセキレイを観察してみたところ,彼らはコンビニエンスストアのゴミ箱で,ゴミあさりをしていたのです。もちろん,それ以外の餌を食べていることも多いのですが,人影のまばらなコンビニの横では,必ずと言っていいほど,ゴミをあさるハクセキレイの姿がありました。なるほど,夜の間にコンビニの客が店の前で食べたものの残骸が,コンビニの周囲に散らかっています。これは昆虫にも匹敵する「高栄養食」です。天王台駅の近くには,かなりの数のコンビニが出店しています。しかも,夜でも灯りの消えないコンビニの看板は,ハクセキレイが暖を取るのにも使えます。しかも,駅前で人通りの多いところなら,カラスなどの外敵に襲われにくい。
 ハクセキレイは,みごとに都会の冬を利用していたのです。
 しかも,眠る場所や食性も,都会暮らしに適応させて……。

 もともと都会は冬でも暖かい場所があり,虫が発生しやすく,地下鉄や地下街では,冬でも蚊が発生しますから,昆虫食の野鳥が住み着くのに,そんなに不都合が無かったのかも知れません。

 身近な場所にも,自然の「ドラマ」があるんですね。


(2000年4月5日記)

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