マクロ観察アダプター(……&おまけ)


フィールドで顕微鏡を使いたい…

 「自然派」を自認する私としては,春になると,やっぱり野草の花に目が向きます。
 花の観察に,虫眼鏡とか写真用10倍ルーペなどを使ったりするんですが,花をちぎらないで,そのまんま観察したいので,特にルーペなどを使うときは,地面に這いつくばって観察しなくてはいけません。ニコンから「ファーブル」と言う,フィールド用の双眼実体顕微鏡が出ていて,これの使用も考えたのですが,標準価格5万円だし,中型の双眼鏡ぐらいの大きさがあるので,双眼鏡のように首から下げて持ち歩かなければならず,双眼鏡も顕微鏡も使いたい,と言う場面(実はこう言うシーンは少なくない)では,どっちかは首に,どっちかはポーチに,と言うことになってしまいます。

 ふと,市販の単眼鏡に,純正オプションで簡易的に高倍率ルーペになるアダプタがあることに気づきました。……これの双眼鏡版って,作れないかな?


双眼鏡,望遠鏡と顕微鏡の関係

 顕微鏡も,基本的には望遠鏡と同様の構造です。望遠鏡や双眼鏡と決定的に違うのは,対物レンズのすぐ前のものにピントが合うことです。双眼実体顕微鏡では,対物レンズの前10cm前後のところにピントが合うように作られているものが多いようです。
 例えば,カメラの前に取り付けるクローズアップレンズのようなものを利用すれば,双眼鏡や望遠鏡の合焦位置を至近距離に寄せることが可能となり,目の前のものを拡大してみることが出来るわけです。クローズアップレンズにはいくつかの焦点距離のものが販売されていて,その焦点距離は,[1000÷レンズのナンバー]で表記されています。No.3のクローズアップレンズなら,焦点距離は333mm,No.5は200mmとなります。これを無限遠にピントを合わせたカメラに取り付けると,クローズアップレンズの焦点距離だけ離れた位置のものに合焦します。
 このクローズアップレンズを,無限遠にピントを合わせた双眼鏡や望遠鏡の前方に取り付ければ,すぐ目の前のものを拡大して観察することが出来る……はずなのですが……しかし……。


「寄り目」双眼鏡の謎

 コンパクトなポロプリズムタイプの双眼鏡には,左右の対物レンズが近接した「寄り目」デザインのものが多数あります。ポロプリズムは外から見ると光路がクランク状に曲がっていますので,古典的な双眼鏡では,対物レンズの間隔を広く取るデザインにしていますが,コンパクト双眼鏡では,プリズムを内向きのクランク型に配置して小型化を狙っています。対物レンズの間隔を広く取ると,立体視に有利だと言う話もありますが,検証してみたことはありません。むしろ,対物レンズの大きい双眼鏡では,「寄り目」デザインにしようとすると,左右の接眼レンズの幅が目の幅よりも広くなってしまうので,必然的に対物レンズを外側に追い出すデザインになるのではないかと言う気もします。(同様の理由で,鏡体がストレートにデザインされるダハプリズム双眼鏡の場合,対物レンズの口径が60mm近くなると,目の幅が合わなくなってきますので,ふつうは50mmぐらいを設計上の限界としています。)
 「寄り目」ポロプリズム双眼鏡の対物レンズの口径は,大きくても30mm程度です。


 スタンダードなポロ双眼鏡(左)とコンパクトポロタイプの双眼鏡(右)。
 プリズムのレイアウトの違いで,対物レンズのレイアウトが変わる。


 双眼鏡で至近距離のものを見ようとすると,遠くのものを見るときに比べ,大きな視差が発生します。50mm級の大型双眼鏡の場合,左右の対物レンズは10数cm離れていますから,これで2,3m先のものを見た場合,厳密には,左右の視軸が平行ではきちんと見えず,やや内向きにするべきなのです。双眼実体顕微鏡の視軸も,至近距離で立体視が出来るように視軸を調整しています。一方,「寄り目」デザインは視差が発生しにくいので,比較的楽に,最短合焦距離を短くデザインできます。最近では,最短1m台の距離に合焦する双眼鏡も登場しています。

 そこで,「寄り目」双眼鏡にクローズアップレンズを装着し,20〜30cmぐらい離れたものを簡易的に拡大,立体視する方法を考えてみました。

注意:これはあくまでも簡易法で,視軸のズレを考慮していません。したがって,わずかですが「裸眼立体視」のテクニックのような,頭の中で視軸をずらして立体視する必要があります。そのため,長時間の立体視をすることは目の健康上良くありません。長時間の利用を希望する場合は,片目で見るか,きちんとした双眼実体顕微鏡をお買い求めください。

まずは単眼鏡で検討
 クローズアップ効果を確かめるため,単眼鏡用のクローズアップキットを試作してみました。
 同様の市販品も多数出ていますので,ちょっとした真似事ですが……。



 レンズは直径30mmぐらい,焦点距離は100mmほどのガラクタレンズ。シングル両凸レンズで,虫眼鏡同然のもの。これを塩ビのジョイント(内径32mm)に入れ,内側に植毛紙を貼って遮光しただけで完成です。総費用は約350円。このクローズアップキットは,口径21mm級の単眼鏡にかぶせて使います。


くっつけると,以下のようになります。



 使ってみると,なかなかの拡大率。クローズアップレンズの焦点距離が短いと,拡大率が上がり,レンズから観察対象までの距離が短くなります。高倍率だと合焦範囲が狭いので,ちょっと苦労します。しかもシングルレンズなので,ちょっと色収差も出ます。でも,子どもたちに使わせたら喜んでいたから,まぁ,それなりに楽しい道具なんでしょう。


簡易立体視も出来る,双眼鏡用マクロ観察アダプター

 単眼用クローズアップキットの経験から,双眼用は以下の点にこだわりました。

・レンズの質にこだわる……シングルではなく,2枚合わせのアクロマートレンズにする。
・焦点距離はもっと長く……使いやすさと拡大率のバランスを考え直す。


 …しかし,双眼用には,もうひとつ重要な問題があったのでした。
 それは,左右の視軸の調整。左眼と右眼の光軸がねじれないようにするのは,かなり大変な作業です(なるほど,双眼鏡の調整は大変なんだなぁ,と,妙なところで感心しました)。

 最終的に,大きなレンズ1枚で,双眼鏡の対物レンズ2つを覆ってしまうことにしました。
 これなら調整も楽だし,構成がシンプルで作りやすい。
 …だけど,レンズが大きく,重くなるのが難点。

 入手しやすくて大き目の短焦点アクロマートレンズ,と言うことで選んだのが,KenkoのクローズアップレンズACシリーズ(ACとはアクロマートのことらしい)。No.で言うと2,3,4,5,9,10と言うラインナップ。焦点距離で言えば100〜500mmですね。No.3は球面収差補正が良くないとの情報があったので,4と5を購入。フィルターサイズ55mmのもの(レンズ径は50mm)が,ディスカウント価格で,ひとつ2000円少々。
 このレンズとタンクローV(8×24mm)をあれこれ組み合わせてみた結果,No.4を裏返して装着するのがもっとも使いやすいことが分かりました。

 さっそく,組み立て。



 例によって塩ビ管です。本体はVU50用のジョイント。この内側に植毛紙を重ね貼りして,クローズアップレンズを押し込みます。双眼鏡との接続は,ゴム紐(笑)。cheap & easy が身上です。レンズの交換や裏返しも簡単に出来ます。


 装着してみると,こんな感じ。

 これで,250mm離れた場所から超拡大観察の出来る道具が完成です。地べたに這いつくばって観察していたのが,しゃがんで観察すれば済むようになりました。それに,なんとか立体視も可能なため,ルーペと違って,かなり迫力のある像が得られます。……これは楽しい道具だ……がしかし,やっぱり,ちょっと目に負担がかかるなぁ……。

 もう少し焦点距離の長いレンズを使って,視軸のズレを軽減するとか,双眼鏡への着脱方法にも,もうひと工夫,欲しいところです。最近,クローズアップレンズNo.2AC(=焦点距離500mm)と言うのを発見したので,これも試してみようかと思っています。


さらにオプション機能……
 このマクロ観察アダプターには,もうひとつ,秘密があるのだった……。
 それは……

 やっぱり,望遠鏡!

 タンクローに装着する側と反対のほうに,接眼ユニットが取り付けられるのでした。
 クローズアップレンズNo.4なら,口径50mm,焦点距離250mmの小型望遠鏡に!
 25mmアイピースで倍率は10倍。……これがまた,楽しい道具なんです。
 低倍率で双眼鏡代わりに,20〜25倍でフィールドスコープ代わりになります。


 クローズアップレンズNo.4ACの入ったセルをベースに,鏡筒と接眼ユニットを組んでみました。
 超コンパクトで,鳥なんか見ると,けっこう楽しいです。
 対物にNo.5ACを使うときは,これより5cm短い鏡筒をはめて合焦させます。
 (そのときの,青い部分の筒の長さは,わずか2cm!)


 分解図。塩ビ管で作った鏡筒で,対物部と接眼ユニット(50.8→36.4mmスリーブアダプター,直進ヘリコイドS,正立プリズム,アイピース)を繋いでいるだけです。鏡筒にはカメラ三脚に取り付けられるよう,1/4Wのネジがついています。各パーツは,全部はめ込み式。クローズアップレンズの焦点距離や接眼部のプリズムの有無などに応じて,いろんな長さの鏡筒を塩ビ細工で作り,とっかえひっかえ,遊ぶ!遊ぶ!!

 レンズ1個でこれだけ使い回して遊べるんだから,レンズ遊び,やめられません。


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