小さいだけが取り柄の6cm屈折望遠鏡


プロローグ

 鳥を見る人って,な〜んで,あんなに重くて大きい望遠鏡とかカメラを担ぐんだろう?
 野鳥の会で観察案内している私の目から見ると,気の毒に見えるくらい重いんです。
 例えば,8×40mm級の高性能双眼鏡なら,重量は800〜1000g,スポッティングスコープは,レギュラーサイズ(60〜66mm級)より大きめのを選ぶと,おおよそ1.5kgで,それを支える三脚が2〜4kg。さらに一眼レフカメラと600mm級の望遠レンズ,カメラ三脚やアクセサリ類などを加えると,観察&撮影機材だけで10kgをオーバーしてしまうことも珍しくありません。
 こんなに重装備だと,出かけるのに一大決心が必要になってしまうなぁ……,などと,余計な心配。

 私にとっては,野鳥観察は日常生活の一部。機材の準備も心の準備も,ミニマムにしたい。
 だから双眼鏡はコンパクトサイズ。重量は300g。カメラもQV-8000なら,望遠は320mm相当で,デジタル2倍で640mm相当。三脚は使わず,重量300g。……でも,スポッティングスコープは,残念ながら劇的に小さいものは無いんです。その上子連れでは,大きなスコープを持ち運ぶのは,現実的でありません。子供は時として,重量10数kgの大荷物に化けるのです(眠くなりゃ,どこでも寝るんだから…)。どうしても,スポッティングスコープを持ち歩く頻度は下がります。……何とかしなくては。
 だから,双眼鏡よりもパワーがあって,スポッティングスコープよりも手軽な望遠鏡が欲しいんです。理想としては,スタンダードな口径である60mmぐらいで,デイパックに横向きに収納できるコンパクトさがあって,重量1kg程度の軽量三脚に載せても問題無く使えるもの。できれば光学性能が満足出来るもので,星も楽しめるものがいい。

 そんなもん,あるのか?

 ……少なくとも,2大国産スポッティングスコープメーカー(ニコン,コーワ)にはありません。
 ……仕方が無い。無いものは作ることにしよう。
 「理想の望遠鏡」が出来るかどうかは分かりませんが,少しでも理想に近づくことは出来ると思います。今回は,明確に目標を決めて取り掛かります。


目標スペック

 この望遠鏡に持たせる個性は,ズバリ,「お気楽野鳥観察の道具」。
・口径は60mm。50mm級はダメ。……だって,ニコンのスコープが60mmだから…(^_^;)。
・倍率は20倍前後を標準とし,10〜40倍ぐらいを実用範囲とする。
・軽い三脚でも済むように,本体重量を500g以内に抑える。
・いざと言うときには手持ちで使えるような操作性と倍率を用意する。
・全長はコーワのミニサイズのスコープ(500シリーズ)より短く,30cm未満を目指す。


 これに素敵なデザインを与え,重い機材を抱えた鳥マニアのオジサンにも一目置かれるような,面白いスコープを作るのだ。

レンズの入手

 とは言うものの,そんなに高価なレンズは買えません。ビクセンの廉価版スコープが2万円台だから,材料費は2万円以内にしたい,と言う意地もあります。例によって,「コプティック星座館」に,ジャンクパーツを物色しに行きます。そこで見つけたのが,短焦点のアクロマートレンズ。2枚のレンズが貼り合わせになっていて,取り扱いも楽(貼り合せレンズは収差補正にはやや不利ですけどね)。一見したところ,双眼鏡のジャンクっぽい(家に帰ってから調べたら,ミザールの教材用レンズのようでした。これは双眼鏡用対物レンズの「少々難アリ品」のようです。)。いろいろ考えて,直径54mm,焦点距離200mmのレンズと,直径62mm,焦点距離240mmのレンズを購入。どちらも1200円(安い!)。
 54mmのほうは,ちょっと違う目的の望遠鏡を試作する目論見があります。
 62mmのレンズで,望遠鏡を組み立てます。

 このレンズ,よく見るとコーティングにムラがありました。なるほど,ジャンキーなレンズだったのね。まぁ,この程度なら問題なく使えます。

シンプルに鏡筒を組む

 フィールドスコープは,過酷な条件下にさらされる望遠鏡でもあります。耐久性を考えた場合,パーツ点数を減らしてシンプルに作るのが,自作する場合のポイントだと思います。
 今度はホームセンターで,塩ビパイプの部品を探し回ります。
 レンズ径が62mmありますから,VU65と言う,内径約65mmの塩ビパイプをベースにします。一方,接眼部は2インチスリーブにしたい。2インチなら,そのまま2インチアイピースを入れても,スリーブアダプターで好みのサイズに落としてアイピースをつけるのも,自由自在。そこで,鏡筒の材料は「65→50異径ジョイント」を選びました。65の側に対物レンズを収め,50の側に2インチスリーブホルダーをつけます。
 これで方針決定!

いきなり完成披露!


 説明が面倒なので,いきなり完成写真です(^_^;)。

 ね,ちっちゃいでしょ。

 この写真から,各パーツを説明します。
 本体は異径ジョイントそのまんまです。
 異径ジョイントの先に,65←→65の同径ジョイントを少し切って,接着しています。この同径ジョイントが,対物セルとフードを兼ねています。ジョイントの内側に塩ビを積層し,内径を64mmにし,レンズ直径との差,残り2mmは植毛紙を貼って埋めています。レンズを固定したい位置に直径60mmの黒い塩ビのリングを接着し,レンズ後面のストッパーとします。そこに対物レンズをぐりぐり押し込むと,植毛紙の強い摩擦できちんと固定されます。念のため,レンズの前側に植毛紙を1枚重層し,抜け落ち防止策とします。シンプルで作り直しも容易な(そこが重要だったりする……)セルの完成です。

 対物セル部に光軸修正装置はありません。レンズ後部にスペーサーを入れることで微調整します。

 異径ジョイントの後ろには2インチホルダーを押し込んで使います。これは,VU50塩ビ管(内径54mm)の内側に,2mm厚の塩ビを1枚貼り,内径を52mmにしたものです。2インチ(50.8mm)より微妙に太いのですが,ここに敷居スベリを2枚貼り,4mmタップを立て,1点ネジ止めとします。2インチスリーブは敷居スベリ2ヶ所と止めネジの3点で支持され,安定します。


 2インチホルダーの内面。ネジと敷居スベリの3点ホールドなので,見た目よりも高精度。

 ホルダーの長さはは地上プリズムを使用したときのピント位置で決めていますので,極端に短くなっています。天体観望仕様の場合,もっと長いホルダーを装着します。もともとが塩ビ管と専用ジョイントですから,ホルダーの付け替えは自由自在。



 「フィールドスコープ仕様」のときの分解図です。本体のパーツは,対物セルと2インチホルダーの2つだけ。これに,「2インチ→36.4mmスリーブ変換アダプタ」を差し込み,BORGの「直進ヘリコイドS」を36.4mm部分にネジ込み,45°正立プリズム,アイピースと繋ぎます。正立プリズムの大きさの都合から,アイピースはアメリカンサイズ(31.7mmスリーブ)を使っています。
 写真のアイピースは台湾製のプローゼル25mmで,倍率は9.6倍になります。干潟や河原での野鳥観察用には,6〜16mmぐらいのアイピース(倍率で言うと15〜40倍)が好適となります。一方,アメリカンサイズのアイピースで最も焦点距離の長い部類である30mmを使うと,倍率は8倍となり,ほぼ有効最低倍率に近い倍率が得られます。

 2インチホルダーが着脱式のため,対物セルの側にカメラ三脚取り付け用のネジをつけました。


 三脚に乗せてみました。微動雲台を使っています。

 重さは,本体(対物セルと2インチホルダー)のみで380g。プリズムや大き目のアイピースをつけても800gを超えません。

 対物セルは途中に継ぎ目がありますから,黒の塩ビシートを貼って目立たないようにしてみました。
 スカイブルー&ブラックのカラーは,単に,青のペイント缶1本買ったら,なかなか使い切れないので,毎度毎度,同じ色になっているだけのことです。ま,それほど違和感は無いでしょう。

使ってみる

 倍率15倍ぐらいまでなら,手持ちでも使えます。特に10倍前後の倍率では,ちょうど双眼鏡と望遠鏡の中間的な性格となり,明るく広視界で,気持ちのいい結像を見せてくれます。しかし,さすがに短焦点アクロマートレンズ。20倍を超えるあたりから色収差やコマ収差が気になり始めます。高めの倍率を使う場合は,アイピースとの相性も考慮すべきでしょう。やはり,安価なアイピースよりも,バーローレンズ内蔵形のLVシリーズなどのほうが,好結果が得られるようです。
 楽しく使うためには,短焦点アクロマートの特性をわきまえ,無理に高倍率を出さない,と言うのが正解でしょう。

 星を見るときは,プリズムをはずしてストレートにしたほうが有利だと思いますが,低倍率で使うなら,地上仕様のままで,双眼鏡のように気楽に星空の中を流して楽しむ,と言うのもなかなか面白い使い方だと思います。正立像は直感的に分かりやすいので,天体観望の初心者や子供でも,十分に使って楽しい望遠鏡だと思います。

総括!

 さて,当初の目標は達成されたでしょうか。

 口径は60mmと言う選択は正解でした。50mmと比べると,面積比で1.44倍。圧倒的に明るく見えます。
 フィールドスコープの標準的な倍率である20倍でも,だいたい実用的な像質が得られました。色収差については,短焦点アクロマートの宿命なので,アイピースとの相性をもっと研究するべきだと思います。むしろ,低倍率で遊べる機能が優れています。従来のスポッティングスコープには無い楽しみ方を提案できるのではないかと思います。
 本体重量は軽く出来ましたが,地上プリズム,ヘリコイド,アイピースなどが重量を稼いでしまいます。また,これらの光学パーツを安全に持ち運びするためには,鏡筒と別にきちんと梱包して輸送する必要に迫られます。これはちょっと,機動力をスポイルします。パーツを全てつけた状態で運べるようなキャリングケースでも作らない限り,この問題は解決しそうもありません。
 全長は30cmを切りました。これは十分に目標をクリアしています。

 さて,かかった費用の検討。
 対物レンズが1200円,塩ビ管など,鏡筒の材料にした素材が1000円ぐらい。アイピースを除いた,接眼部のパーツが約10000円かかりました。これに台湾製の安価なアイピースを足しても,余裕で2万円以内となります。それにしても望遠鏡パーツの高いこと……。

 以上のように,当初の目的をかなり良く満たしてくれるものが出来上がったと思います。
 これからも,細かいところを手直ししながら,使っていこうと思います。


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