月をアップで写したい!


 「天体写真は月に始まり月に終わる」と,誰かが言っていました。月は私たちに最も近い天体であり,簡単に写真撮影しようと思えば,それなりに見栄えのする写真が撮れる気楽さがある反面,月面写真を極めようとすると,とてつもなくディープな世界にのめり込んでしまう魅力も秘めています。
 この工房では,「お気楽撮影」の方法を中心に紹介します。ありきたりの機材で月のクレーターを撮影してしまう方法や,ちょっと工夫すれば,どんどん奥が深くなる月面撮影の魅力も,ちょっとだけ紹介しましょう。


撮影準備

・どんな道具を使うか
 月は近い!と言っても,38万kmも離れた天体です。普通の風景写真で写しているものって,せいぜい数km以内。東京から富士山を写したって,100kmあるなしの距離です。「宇宙のものさし」で測れば,月はすっごく近い天体なんですが,月はやっぱり,私達のスケールを超えた,遠い存在なのですね。ですから,それなりの準備が必要です。
 月はおおよそ,レンズの焦点距離の110分の1の大きさに結像します。つまり,100mmの望遠レンズなら,フィルム上に写る月の大きさは,1mm弱,1000mm望遠なら,1cm弱,となります。月の満ち欠けが判ればいい,と言うレベルなら,ちょっとした望遠レンズでもOKです(標準レンズでもなんとか判ります)。でも,見栄えのするサイズ,となると,1000〜2000mmぐらいの望遠が欲しくなってしまいますね。こうした超望遠撮影は,カメラのレンズを使うよりも,望遠鏡などのレンズを利用したほうがお手軽です。また,月面のアップを撮影したい場合は,さらに高倍率が要求されますから,この領域は望遠鏡を持っている人の世界です。
 とりあえず月を撮影するには,まず,「お手軽星座写真」と同じ道具が必要です。
 あとは,望遠鏡や双眼鏡などと組み合わせて,工夫してゆくことになります。

とりあえず,クレーターを写すテクニック
 銀塩フィルムの解像度は侮れません。ありきたりのカラーフィルムでも,1mmあたり100〜200本の線が分離できるほどの解像力があります。1cm四方のISO100フィルムに記録される画像データは,300万画素級のデジカメより多くの画像情報を持っています。レンズの性能さえ良ければ,ちょっとした望遠レンズでも,月のクレーターが写ります。
 直径200kmの大型のクレーターを100mmの望遠レンズで写すと,フィルム上に0.05mmの大きさで写ります。フィルムの感光剤である銀の粒子の大きさは,0.02mmほど。辛うじて解像します。
 もちろん,観賞に堪えるものではないので,月の模様や主なクレーターを撮影するには,やっぱり300mmぐらいの望遠は欲しいところでしょう。デジカメやビデオの中には,この領域までカバーしたズームレンズがついているものが,何機種か出ています。
 …それでもやっぱり,物足りない気がします。

 そこで,双眼鏡を使ってみましょう。
 双眼鏡なら,比較的持っている人が多いでしょう。
 あんまり高倍率の双眼鏡を使う必要はありません。
 では,撮影手順。

・双眼鏡を三脚にくくりつける。三脚アダプターの使用がベストだが,ガムテープでも可。
・カメラのピントを無限大にして,カメラのレンズと双眼鏡の接眼レンズをぴったりくっつける。
・このとき,カメラも三脚に乗せると,より安定する。
・双眼鏡のほうでピント合わせをする。
・静かにシャッターを切る。露出はマニュアルで何段階か変えて撮影するのがベスト。
・満月など,月が明るいときにはカメラのAE露出も可能。但し,ややアンダーに補正してやる必要アリ。
 (カメラがバックの夜空も含めて側光して,露出オーバーになることが多い)
・マニュアル露出の場合,合成焦点距離と合成F値から露出時間を計算する。
  合成焦点距離 = [カメラのレンズの焦点距離]×[双眼鏡(望遠鏡)の倍率]
  合成F = [合成焦点距離]÷[双眼鏡(望遠鏡)の対物レンズの直径]

 例)8×40mmの双眼鏡と50mm標準レンズの組み合わせでは,
   合成焦点距離は 8×50 = 400mm, 合成Fは,400÷40 = 10
 満月は昼間の風景と同じ露出で済むので,この組み合わせでISO100のフィルムなら,1/250秒でシャッターが切れます。半月はこの2〜3倍,露出をかけてください。

 デジカメの場合,写り具合を見ながら調整してゆくと良いでしょう。

……で,双眼鏡で写した月

 PENTAX 8×24mmPCFV(タンクロー)を三脚に固定し,CASIO QV-8000SXを手持ちで押し当て,-2EVで自動露出。トリミングのみ。光軸があまり正確ではありませんが,けっこう,クレーターが写っています。


 ……とりあえず写すなら,これだけでも何とか見栄えのする画像が得られますね。

もっと大きく写してみたい!

 月面のアップを撮影する,となると,より強力な望遠が必要になります。
 双眼鏡より倍率の出る光学系,となると,やっぱり望遠鏡。ちょっとした天体望遠鏡でも,そこそこの撮影が出来ますが,やっぱり,赤道儀に乗った大きな望遠鏡が欲しくなってしまいます。
 でも,月を撮影するために,わざわざ大きな天体望遠鏡を買って使うのも,ちょっと勇気が要ります。
 そこで,この工房では,より汎用性の高い,地上望遠鏡(スポッティングスコープとかフィールドスコープとか言うやつです)を利用して,月面の大写しに挑戦してみます。

・私の選んだ機材は…
 私が選んだスポッティングスコープは,ビクセンのジオマ65ED。同じ口径65mmの天体望遠鏡に比べるとコンパクトで防水構造,正立プリズム入り,と言う特徴があります。EDレンズがついているので,プリズムによるハンデはあるものの,同クラスの安価な天体望遠鏡を凌ぐ性能を持っています。アイピースは25倍を選択。
 ビクセンを選んだ理由は,EDレンズが安価に買えること,純正デジカメアダプタがあることがメリットだったのです。
 ジオマとQV-8000の組み合わせで,デジカメのズームを目一杯伸ばしたとき(35mm判カメラの320mm望遠に相当)の合成焦点距離は,8000mm相当。実際にはCCDが小さいので,実際の焦点距離は1200mmですから,F値は約18。これなら速いシャッターが切れるので,赤道儀に乗せて運転する必要もなく,カメラ三脚に固定して撮影できます。この条件で1/10〜1/20秒の露出で済みます。ピントはスコープのほうで丁寧に合わせ,デジカメ側はマニュアルフォーカスにし,おおざっぱに無限大ぐらいのピント位置にしておきます。
 架台がしっかりしていないので,振動を避けるため,セルフタイマーを使ってシャッターを切ります。また,目標物の導入を楽にするため,ビクセンの微動雲台を使っています。


……で,こんな撮影結果。

 これは全面撮影。50%縮小,トリミングしています。
 ズーム位置は広角端。合成焦点距離は35mm判カメラの1000mm相当。
 この条件では,半月は1/350〜1/500秒でシャッターが切れます。
 さすがに双眼鏡に比べると,格段にシャープです。


 月面南部(上の写真の下のほう)をアップ。
 ズーム目一杯で撮影し,60%縮小,トリミングしています。
 EDレンズらしい,かちっとした画像に,満足満足。


 月面中央部より,やや北側。50%縮小後,トリミング。
 「海」の部分は暗いので,やや露出を多めにしてやるのがコツ。
 複雑な地形が見えてきます。


 月面中央部より,やや南に寄ったエリア。
 この中でいちばん大きいクレーターの直径が130km前後ですから,直径数kmのクレーターまで写っていることになります。

   ☆   ☆   ☆   ☆

 いかがですか?バードウォッチング用の機材でも,これだけ月が写るんですよ。


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