東日本大震災の6日間


<3月11日(金)>
 15時頃    工場で作業中に地震発生
         こんな地震は、初めて経験する。(後で知ったが日立市は震度6弱だったらしい)
         本当に「立っていられない」なんてことがあるとは思わなかった。声も出なかった。
         事務所に戻る途中も余震あり、街の家々の塀や屋根瓦が瓦解している。
 15時半頃   事務所に戻る。
         酷い状況だった。散乱した事務所内を簡単に整理、本社との連絡も取れず、どうしようもない
         のでとりあえず全員帰宅を決定。
         自転車通勤のため、特に渋滞には遭わなかったが、まだこの時点ではそんなに渋滞は無かった。
         帰りすがらに町の状況をみると、どの家も屋根瓦が破損・落下、ブロック塀の倒壊、
         窓ガラスの破損。
         所々道に亀裂あり、 国道(245号)の歩道が車道との間に亀裂があって崩れているところあり。
         国道(245号)で海岸側の車線が崩落して2車線が1車線になっているところあり。
 16時前    帰宅途中にコンビニで弁当3個・食パン3斤・菓子パン3個を購入
         (まだそんなに混雑していなかった、まだこの時点ではことの大きさを理解してなかった )
 16時     自宅の整理
         状況 両親は無事(怪我も無し)
            電気・ガス・水道全停止
            屋根瓦の一部がズレ(落下は無し)
            ブロック塀全倒壊
            液晶テレビ(42型)がラックより落下
            液晶テレビ(19型)がラックより落下(地デジ対応で購入したばかりなのに 、液晶面に傷が)
            食器棚内の食器2個破損
            桐箪笥3段重ねの上2段が落下
            室内壁の一部に亀裂発生
            固定電話はIP電話のため停電で使用できず。
            自室は本棚・CD・DVD全て落下部屋中に散乱、ステレオ機器がラックより落下。
            洋服棚から棚が落ち洋服の散乱
            もうメッチャクッシャで足の踏む場もない、扉も途中までしか開かない
 16時から   夜に備え蝋燭・懐中電灯を家中探してかき集める、準備完了
 17時頃まで  生活空間のみ簡単に掃除
         近所のコンビニに飲料水の購入に出かけるが大混雑、しかしみんな順番に並んで混乱は無し。
         購入できたもの
           牛乳パック(小)*4
           野菜ジュース(小)*4
           コーヒー飲料(大)*3
           たばこ3個
 18時頃    真っ暗なので弁当を食して、睡眠
         電気がきていないので携帯電話のワンセグTVで状況を把握、 電池が切れそうなので切れ切れに見る
         いつの間にか寝ていた。
 この間、余震は断続的に発生(ひどいときは2〜5分おきに体感地震あり)。
 結構大きい(震度3〜4クラスと感じた)のが多数発生。

<3月12日(土)>
  家の中の整理、ラジオ・ろうそくを引き続き捜索。
  物置のガラスが2枚破損を発見、浴室のタイルに亀裂発見、屋内をかたづけてとりあえず危険なものは纏めて廃棄
  (部屋の片隅追いやる)。
  大物(TV・箪笥など)を戻し、ひもで壁や棚に固定。
  ご近所の方々と情報交換。
  緊急速報の端末が装備されているが、我が家では電池を交換しておらず、機能せず。(危機感の欠如を痛感)
  崩れたブロック塀割れたガラスのを撤去(庭の片隅に追いやる)
  生活物資を全てかき集め居間の床に纏める。(先日の昼食の残りご飯・飲料水・食料・ろうそく・懐中電灯・乾電池)
  食事は前日購入しておいて弁当の残りおよびパン。
  停電のせいか、前日は繋がっていた携帯が圏外に(おそらく基地局のバッテリー が切れたと思われる)、乾電池
  もそんなに多くないので、ワンセグTVは2時簡に1回程度にチェックするのみ。
  だんだんと事の大きさが解ってきたて、日立地 区はまだ全然ましな方だと解った。
  この時点では解らなかったが、茨城県内の大洗海岸や平潟港などは津波の被害に遭って大変な状況だったらしい。
  MZの隣町の久慈浜の日立港も津波の被害にあっていた。
  コンビニは閉店(入荷が無く商品が無くなったため)、近所のスーパーは朝から閉店。
  (おそらく店員さんたちも被害にあって動きが取れないのでは)
  この日もライフラインは全て停止。
  救いは天気が良く気温も高かったこと。
  余震は相変わらず断続的に発生。

<3月13日(日)>
  家の中の大まかな整理整頓が済んだので、自分の部屋の散乱した本・CD・DVD・液晶TV・スピーカー・
  本棚を片付けながら、捨てられすにいた小物や雑誌などを廃棄。携帯ラジオを発見。
  電池を入れ替え、地元の放送局を流しっぱなしにする。
  ライフラインは電気が午後2時頃に回復。
  これで、真っ暗な夜とはおさらば。
  但し、家は炊事も暖房もガスのため、水・ガスが無いので食事は前日の残りのみ、そろそろ食い物の心配
  をしないといけないかと考える。
  この日も救いは天気が良く気温も高かったこと。
  余震は相変わらず断続的に発生。

<3月14日(月)>
  とりあえず、家にいてもこれ以上どうしようもないので、会社に出社。
  集まったのは3人(他の人は交通手段が無く出社出来ない)
  忘れていたが、この当たりの交通はJR常磐線・高速常磐道いずれも不通。
  ガソリンも不足してスタンドに数キロの車の列が....ちなみにMZはチャリ通勤。
  社員の安否確認および取引先の状態を確認。
  午後は帰宅。
  会社の隣のスーパーが開店していたので、購入者の列(100人程度か)に並び、今晩の食事のネタを購入。
  水は無かったがお茶のペットボトル発見、一口お餅も発見、他に果物(バナナ・ミカン)、生麺のうどんと
  焼きそばを購入。これで2〜3日はやり過ごせる。
  余震は相変わらず断続的に発生。

<3月15日(火)>
  前日同様会社で午前中を過ごし、隣のスーパーで買い出し。
  そろそろ天気具合も悪くなりそうなので、屋根瓦の応急処置を行う。
  屋根に登り、ずれた瓦を戻してい行くのだが、結構大変。まぁ一部載せただけのところは残ったが、
  とりあえず露出している部分は無くなった。
  ご近所の人から水を分けてもらった。
  余震は相変わらず断続的に発生。

<3月16日(水)>
  今日は寒い、雨も降っている。
  昨日瓦を応急処置しておいて良かった。
  前日同様会社で午前中を過ごし、隣のスーパーで買い出し。
  午後からガスと水道が復旧した。良かった、これで普段の生活に戻れる。
  相変わらず余震は有るし、生活物資も十分ではないが、とにかく不安感は大分薄らいだ。
  今度は静岡の方でも大きな地震が有ったらしい。
  宮城沖・福島沖・茨城沖・長野・新潟中越・千葉・静岡と地震が多発。いったい
  どうしたのか?小松左京のSFが現実に起こりつつあるのか?

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長々と済みませんでした、ここまでお読みいただきありがとうございます。
とりあえず、今回の地震災害はまだ終わっていません、いやこれからが復旧に向け本当に大変な時期になります。
福島原発もしかり、まだまだ寒い東北地方での被災者の今後など山積みです。
計画停電や物資不足など生活に直結する部分で大変な苦労が有ると思いますが、被災された方々はもっともっと
大変な事になっています。復旧・復興の長期戦に備えがんばりましょう。

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