(作品は、漱石全集第六巻 岩波書店による) ![]() 漱石作品の中で、この主題が核心をなしているものとして 『それから』、『門』、『こころ』がある。 今回は『それから』に続いて『門』を取り上げる。 『それから』にも述べたが、連載小説であった「門」という題名は、予告の時に、漱石山房の弟子、森田草平に任せたと云われるが、後で漱石が知り、この作がどういう風に発展して、何処で何う「門」の題意が生かされるかと森田草平は興味を持って眺めていたという。(後述) この作品で心打たれるのは、六年間にわたる、社会に棄てられた、夫婦間の慎ましやかで、互いの思いやりのある姿が、実に細やかに記述されており、読者にすんなりと伝わってくるのがなんともいい。 ただ、『虞美人草』や『それから』に比べて、衝撃的な意外性というものはなく、ほっとした安心感が最後に残った作品であった。 |
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主な登場人物とその相関関係、人物像: ◇野中宗助: 役所勤め。 借家住まい。 ◇妻 御米(およね) 宗助は親友の安井から、内縁の妻でありながら、妹と紹介された御米と、世帯を持つが、安井に対する後ろめたさにさいなまれながら、二人でひっそりと寄り添って暮らしている。 ◇小六: 宗助の弟。(大学に在学中であるが、費用の面倒を誰が見るかで、一応宗助の家に居候させることに。 佐伯叔母と宗助と、財産にまつわる関わりがある。) ◇佐伯の叔母、 その息子 安之助(大学を出たばかり) ◇安井: 京都大学での、宗助の親友。 宗助に御米を奪われ、その後姿を消した。 ◇坂井家: 宗助の住んでいる崖の上の大家。 弟は蒙古に。 その弟の友達に安井がいた。 |
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印象に残った場面: ◇宗助と御米の夫婦生活情景の記述の一例: 坂井の家に宗助が招かれて、にぎやかな様子を見て帰った所で、御米に |
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題名が「門」の由来: 自分は門を開けて貰いに来た。 けれども門番は扉の向こう側にいて、敲いても遂に顔さへ出して呉れなかった。 ただ、「敲いても駄目だ。 独りで開けて入れ」という声が聞こえた丈であった。」 |
余談1: 宗助が安井のことで悩み、役所に一週間の休みを取り、鎌倉の禅寺(一窓庵:いっそうあん)に頭を休める為として、修行をしている様子が記されているが、円覚寺の塔頭帰源院(photo)のこととされている。 漱石自身、明治27年末から翌年初頭にかけて帰源院で教えを受けている。 明治30年8月、帰源院を訪ね「帰源院即事」と題して「仏性は白き桔梗にこそあらめ」「山寺に湯ざめを悔いる今朝の秋」の句を作っている。(注解より) |
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余談2: 漱石は『門』を執筆中から胃の調子が悪く、脱稿ののち、診察を受け胃潰瘍と診断されて入院。 静養のため修善寺に静養中、大吐血を起こし生死の境を彷徨した。 修善寺大患後、漱石の小説は変わったとよく言われる。 |
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余談3: 背景画像は、鎌倉円覚寺内、帰源院(平成16年4月上旬撮影)。 |
参考文献:
(1) 漱石とその時代 第四部 江藤 淳著(新潮選書)
(2) 神経症夏目漱石 平井富雄著 (福武書店)