◇ 印象に残る表現:
・カービン銃を手にして銃眼からゴム林を覗く。
細い銃身は強靱であり、どんな内部の爆圧にも平気で耐えられそうである。 引き金はしなやかで、柔らかく、快い抵抗が指の肉に食い込んできた。 もう一ミリ力をかければ弾丸が疾走するにちがいない。 ・・・・
私はただ引き金をひいてみたかった。 満々たる精力をひそめながらなにげない顔をしているこの寡黙な道具を私は使ってみたかった。 憎しみからでもなく、信念からでもなく、自衛のためでもなく、私はらくらくと引き金をひいてかなたの人物を倒せそうであった。 100メートルか150メートルくらいのものである。 たったそれだけ離れるともう人は夜店の空気銃におとされる人形とおなじに見えてくる。 渇望がぴくぴくうごいた。 面白半分で私は人を殺し、そのあと銃をおいて、何のやましさもおぼえずに昼寝ができそうだ。 たった100メートル離れただけでピールの缶でもあけるように私は引き金がひけそうだ。 それは人殺しではない。 それはぜったい罪ではなく、罰もうけない。とつぜん確信があった。 かなたの人物もまた私に向かっておなじ心をうごかしているにちがいない。 この道具は虚弱だ。 殺人罪すら犯せぬ。
・食事を取りながら山田氏たちとの話で 「前線でいちばんイヤなの何だね?」
「弾丸でこわいのは跳弾といって、何かにあたってはねたやつですよ。 一直線にくるやつは弾丸の直径の穴をあけるが、跳弾はくるくる回転しつつとびついてきますからな。 とてつもない大穴をあける。 一発で腹をひっかきまわしてぐしゃぐしゃにしちまうんです。 はらわたがドサッと一度におちてしまうことがある。腹のなかにはたいへんな圧力があるから、皮膚と腹膜を裂かれたらなだれおちるんだ」
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