◆かながわグリーンネット「環境講座-1998.3」
身の回りの有害物質から地球環境へ 
佐藤静雄

■はじめに

 川崎市公害研究所の佐藤です。通常は大変にせまい「大気汚染の様々な物質を 測定する方法」について研究している。中央環境審議会専門委員としては、有害化学物質をどう取り扱うかという事の専門委員をやっている。大学では化学工学である。これはいかに金をかけないで安く生産するかを学んだ。ですから、最も悪い重油をどう生産に使うかというような事を基本にやった。
 ところが、昭和40年に川崎市に公害課ができました。ここにはいり、大学の時と全く考え方をかえなくてはならなかった。私は公害課に入り、すぐに試験所の方に異動した。

■公害問題とは

 昭和40年代の途中までは、当時の川崎市の市歌に「黒く沸き立つ炎の煙は空に示す日本」とあった。これは、列島改造論、東京オリンピックなどに象徴される高度成長の中での京浜工業地帯の姿をよく示していた。当然、運河にも工場から汚い排水が出される、煙突からは汚れた真っ黒い煙が出されていた。それは最も安く作るということともかかわっていた。川崎・横浜を中心にした大気汚染のレベルは大変にひどく、上からゴミの量が1キロ平米あたり180トンも降ってくる状況だった。現在、最もひどいところで15トン〜10トンだから、いかに当時がひどかったかわかる。
 昭和43年に公害対策基本法ができ、典型7公害についての規制をうたった。しかし、あらゆる所に増え、その後高度成長は終わったが、大都市に人口が集中したこともあって、工場・事業場から排出される物質と自動車を中心とした排ガスが一緒になって、かなり深刻な状態になってきた、というのが最近の状態である。そんなことから様々な立場から環境問題に対応する必要が出てきた。
 最近、全国の公害研究所が川崎と兵庫だけを残して、環境科学研究所など、環境という名前に変わってきている。そこで、公害問題と環境問題について整理しておきたい。レジメにも書いたが、環境とは「我々の周りの状況、すべて」を示すものである。その周りの状況がいろんな物質によって汚されていく。それによって「晴れていても星が見えない」「植物が育たない」「逆に植物が育ちすぎる」「蛍が出てこなくなった」というような時に、これを環境問題と呼んでい
る。
 これに対して、公害問題とは何か。私は整理するために言えば、環境が傷つけられ、それが人間を傷つけるものとなった時には、それは明確に公害問題だろう、と考えている。地球環境問題は、地球の環境がいろいろ汚されているという事である。しかし、その中でオゾン層破壊について言えば、北ヨーロッパでは白色人種は皮膚ガンにかかりやすい、という事が言われている。そこにオゾンホールが広がるとどうなるか。地上20Kmあたりの濃い所にあったオゾンが失われると、紫外線が強まる。紫外線は通常波長200〜400nm(ナノメーター)の範囲だが、私たちはこれを三つにわけている。そのうちの300nm前後のものを紫外線Bと言う。これが皮膚ガンを引き起こすとされている。オゾン層が
1%減少すると、300nm前後の紫外線が2%増える。そうすると皮膚ガンが4%増える、と医学的には言われている。
 こうして、オゾン層破壊は人体を傷つけるようになってきている。日本人の場合は、「白色人種よりは皮膚ガンに強い」という事もあるのか、あまり騒がれていない。しかし、このように人に対して影響してくるようになっている事からす
ると、オゾン層破壊は地球環境問題というよりも地球公害問題と言うべき状況ではないのか、と思う。稀少種などの問題もそうだが、生態系への影響は、このまま放置しておけば人にも大きな問題が起きてくると思われる。そうなったら、まさしく地球公害問題といわざるをえな状況となってくるだろう。

■地球環境問題

 さて次に、地球環境問題について全体的なお話をしたい。土井さんがシャトルで宇宙に飛んでいって、テレビなどで地球を見る事ができた。普通には空気は無限大にあるように感じている。しかし、この風船の地球儀で考えると空気の層はどのくらいあるのだろうか。風船の地球儀を直径30センチとすると、最も空気が薄い成層圏までの層は50kmであ

  図1 地球温暖化の仕組み(夕刊フジ)

る。地球の直径が12750kmであるから、空気の層はこの地球儀にあてはめると0.1センチ=1ミリだけにすぎないことがわかる。これだけしか地球の表面の空気はない。「限られた地球環境」をここから感じ取ることができるだろ
う。地球環境問題は、大変に限られた我々の環境の問題である。
 さて地球環境問題とは何であると言われてきたのだろうか。昨年12月の京都会議では、「地球温暖化」が取り上げられた。これは図1にあげておいた。夏でも晴れている時は、夜は涼しくなる。しかし、曇ったり雨が降ったりしていると
熱が逃げられないと言うことから蒸し暑くなるということがある。地球は常に太陽からの熱をもらって、また熱を出しているのだが、外に熱が逃げられなくなるような物質が多くなっているという事が原因となって温暖化が進む。その最大の
原因物質が炭酸ガスである。1992年のリオデジャネイロの会議では、「2000年までに1990年の水準に抑えよう」と言われた。しかし、それだけではとても間に合わないので、京都会議でいろいろな削減の案が出た。しかし、具体
的にはこれからだが、日本・アメリカ・ドイツなどもなかなか具体的に削減の案を出し得ないでいた。炭酸ガスを大変に多く出しているのはアメリカ、中国などで、日本も4番目である。大量に排出しているところが抑えないと意味がない。
それについて、森林の炭酸同化作用も計算に入れるとか、あるいは排出量を減らせない国は排出量が少ない国から排出権を買うという仕組みをつくろう、など、対策に四苦八苦している。
 しかし、これで地球温暖化が防げるのかはこれからの問題である。また、炭酸ガスだけが温暖化の原因ではない。図2にあげておいたが二酸化炭素以外にも、メタン・フロンなどが温暖化に関係してきている。メタン18%と表ではあげてあるが、ハーバード大学・柳沢幸夫さんのかかれた「CO2ダブル」という本では、新たな事が警告されている。
 温暖化が進んでシベリアなどの永久凍土が

図2 1980−1990年の10年間における各々の温度効果ガスの濃度上昇による地表
面平均気温上昇 への寄与率(Hansenらより構成)

溶けてくると、そこに地中に捕まえられていたCO2と共に天然ガスなどがあるためメタンがどんどん出てくる。そうするとまたこれが温暖化に影響を与えるという悪循環に入る事が危惧されている。これ以外にも、女性の方は最近まではスプレーを使って、いたが、これはプロペラントとしてフロンを使っていた。このほか、蠅・ゴキブリの防虫剤にもスプレーで霧状にするためにフロンを使っていた。これがオゾン層の破壊もするし、温暖化もしているということで全廃になっ
た。現在は前倒しになってフロンの生産も使用もできないという事になっている。しかし、フロンは便利だ、無害だという事でどんどん使われてきた。まだ冷蔵庫やカーエアコンなどにはフロンが入っている。だから、生産されなくなって
もこれらから出て大気中には増えてくる。また代替フロンとして使われるものについても、塩素の入っているものはたいてい悪さをすると言ってよい。発泡スチロールをつくるのにもフロンを使ってきた。フロン12というものをとっても、
塩素が入っている。しかしこの塩素一つが一万のオゾンを壊すとか、十万のオゾンを壊すとか言われている。従って、
代替品も問題がある。メタンも通常に自然界で者が腐敗すればでてくるものだが、温暖化の原因にもなってくる。そんな事でいろんなガスて地球温暖化かかわってくる。
 二番目にオゾン層の破壊だが、これは先に述べたように特に北欧の人たちを中心に関心を持たれている。
 三番目は、酸性雨だが、図3に日本全国の地図の上にPHを入れた資料をのせておいた。北海道の山に行って工場もないところで木が枯れているところが見られる。日本全国に日本海側にはこうした状況が見られる。中国や韓国などからの硫黄酸化物や窒素酸化物などの大気汚染物質が流れてきて、影響を与えている事が顕著になっている。こうした現象から考えると、いかに地球が小さいかがわかる。チェルノブイリの原発事故の時にも、一週間後には川崎の公害研究所で値がはっきりと高くなった。酸性雨や放射線の問題を調査していると、地球の小さな狭さを実感する。酸性雨も地球環境問題として取り扱われている。

  図3 1991−1993年度における平均pH分布

これについても国際的な研究が行われているが、発展途上国、特に中国の大気汚染は大変に厳しいものがある。川崎と姉妹都市になっている昔のシェンアンは、 川崎の昭和40年くらいの状況である。中国だけではない、たとえばタイなどに出かけるとホテルから真っ黒な空気の層が見える。バンコクあたりは車の排ガスも燃料が粗悪でひどい。日本で使えなくなった車のエンジンだけ持っていって車を組み立てて使っているようなこともあって、工場だけでなく車も含めて、ひどい状況になっている。これが上空に昇っていって偏西風に乗ってやってくるのが日本にも降り注いでいる。新潟や北海道の日本海側などで植物がこれによってひどくやられているという事がある。
 その他に、地球上にいる生物が少なくなっていると言うことも、地球環境の問題ととらえている。これは複雑に関係しあっている。たとえば砂漠化によって緑が少なくなる。砂漠化そのものも地球環境問題だが、緑が少なくなると生物が少なくなる。だから、地球環境問題はそれぞれの問題が単純に独立してあるのではない。温暖化も動植物に影響を与える。オゾン層破壊にしても、それによって植物・動物にも影響してくると希少種がさらに危機に瀕する、という具合である。砂漠化と熱帯雨林の問題の関連も大きい。
 また、海は地球上では大変に広い領域だが、日本では下水処理できない汚物は海に捨ててきた。昔は日本では川にスイカの皮などを捨てていた。私の郷里の秋 田では、昔は腐るものは肥溜めにいれて有機肥料に使っていた。しかし、これがない都市では川に捨てていたようである。これは目の前からはなくなるが海に流れ出ていく。今でも家庭の排水などは川に流されているが、下水処理されるようになった。しかし、まだ「海に物を捨てればよい」という感覚が一般には強い。
 廃棄物についても、最近はダイオキシンが問題となっている。これは作ろうとしなくても出てきてしまうというものである。今、一日に一人1キロくらいゴミを出している。川崎ではゴミは毎日回収していって、燃やしている。ビニル袋を
燃やすと当然にダイオキシンが出てくる。これは大変に毒性が強い。最近、母乳の中のダイオキシン濃度をごまかしたという報道が出ていたが、「ごまかさないと怖くて数字が出せない」という状況なのではないか。このダイオキシンは有害化学物質の代表的なものと考えた方がよい。国際的に有害であると考えられ、中央環境審議会専門委員会でリストアップした有害物質が234ある。ダイオキシンは母乳から子どもに伝えられ、濃縮して蓄積していく。ヨーロッパではこの10年くらい日本の10分の1程度である。これは徹底して分別しているだけでなく、もう、塩ビもつくらせないという事でやっている。やはりこういう問題は元から絶たねばだめである。買い物に行けばビニール袋をくれる、しばらく使って
も、だめになったら家庭では処理できない。そうするとゴミに出すしかなくなる。発泡スチロールのトレイについても持っていく場所がないとゴミの中に出される。ダイオキシンほか有害物質が出てくるのは当たり前である。

■有害物質とは

 有害物質とは何かというと、毒性・蓄積性・濃縮性の三つから考えている。最近、環境ホルモンという言葉も聞くようになったかと思う。これは、内分泌錯乱物質と言う。新聞で出ているものでは、横浜市立大学の先生が集めた資料で多摩川のコイの精巣が小さくなっているとか、巻き貝がメス・オス混同した状況になっているという事が報告されている。
 これを見ると、マキガイは卵が排泄できない形になってしまっている。メス・オスが環境ホルモンにかく乱されて混同した状況になっているという事が言われている。これもどの物質がどの程度あればなるのか、という事はよく研究されて
いない。だが、関連するものとして72の物質があげられている。しかし、このまま進んでいくと人類は子どもができなくなるという事になる。私たちの周りにあるお湯をかければ食べられるような食べ物、これはほとんどフタアル酸ステエ
ル類という環境ホルモンが出てくるような物で作られている。
 学校給食の皿も問題となっている。身の回りの便利さを追求するがだめに、使ってきたものが大きく問題となっている。
 フロンなどもそうだが、合成洗剤など科学的に作られたものについては、いろいろな面で処理を考えないと、自然の中では処理されず環境汚染を通じて、私たちに帰ってきてしまう。私たちが便利でも見直さなければならない時期が、もう
過ぎつつあるのではないか。
 今、様々な有害化学物質を測定している。そして、どう対応するのかを考えねばならない。たくさんの種類があるようだが、ほとんど害がないレベルであれば、害のあるものを中心に対策をしていく。昨年の9月、有害物質のモニタリン
グに関する法律も変わって、そうした取り組みが始まったという状況である。
 

佐藤静雄 さとうしずお
1940年生まれ/川崎市公害研究所所長・中央環境審議会専門委員/医博/環境保全
著書(共著):「環境測定法註解」丸善
        「衛生試験法注解」日本薬学会
現在、外国からの研修生のために「大気汚染測定法(英文)」執筆中