◆かながわグリーンネット「環境講座-1998.3」
かながわの稀少生物 
浜口哲一
 
■はじめに

 私は、稀少生物という事で題を与えられている。大きくみて、次の三つの内容について、これからお話ししたい。まず、第一は「レッドデーターブック」というものがあるんだ、という事を知っていただきたい。次に、稀少な生物になぜ注
目をしていくべきなのか、という事。最後に、神奈川のレッドデーターブックから見ると、どんな環境の動植物に危機が多いのか、そこからどんな事が考えられるのか、という事をお話ししたい。
  さて、第一の点について、今までレッドデーターブックをご存知の方はどれくらいおらるだろうか。(手をあげてもらい)…2/3くらいの方がご存知のようだ。

■レッドデーターブックとは

 これは最初、1966年に国際自然保護連合で全地球を対象にしたものをまとめた。地球全体で絶滅の危機にある動植物にはどんなものがあるか、パンダ、シ
ロサイなどが報告された。その表紙が赤であったことから「レッドデーターブック」と呼ばれる事になった。これが30年前である。
 各国・地域での問題はまた違うのだが、日本の取り組みは遅れて、14〜15年たってやっと環境庁が日本の国内での動植物について網羅的にまとめる仕事を行った。世界、日本とレッドデーターブックがあればそれでもうよいのではないか、と思われがちだが、各県でも同じようなものが必要である。どの範囲を対象とするかで絶滅についての評価は違うということがある。例えばシロサイはもともと日本にはいない。タンチョウも絶滅に近いものであるが、神奈川県ではもともといないので、関係が無い。逆に県内で見渡してみると、その中で希少な動植物がいる。だから、地球全体、日本全体、神奈川県全体、あるいは横浜市、鎌倉とか市町村で考えているのかによって評価がかわってくる。こういうことから、県の博物館で調査団をつくり編纂にあたった。その中で、私はカエル類・直翅類などを担当してきた。神奈川県のレッドデーターブックは1995年につくられた。全国的に見ると、県別のレッドデーターブックはいま10県くらいでできている。そのほかに刊行の準備も10〜15県ほどで進んでいる。こうした事から見ると、ここ5年くらいで全県のレッドデーターブックがそろうと思われる。

■なぜ稀少種なのか
 
 稀少種に注目するのはなぜか。「稀少種」という言葉は、一言で言えば数が少なかったり、あまり見ることができない動植物の事をいう。これに注目する理由は二つある。
 一つは、地球の自然の大きな特徴である「いろいろな動植物がいて生態系がなりたっている」ということからだ。前は確かに希少種は大切だが、それが一割や二割はへっても人間の全体に関係ないのではないか、地球環境の全体としてはかわらないだろう、という見方があった。しかし、最近ではたくさんの動植物がいることがとても大切だ、と考えられるようになった。これが最近いわれる「多様性」と言われているものだ。地球の自然の多様性を守っていかねばならないと言うことから、生物多様性についての国際条約が出来た。
 環境庁も生物多様性国家戦略というパンフレットを出している。このように「多様性」は注目されるようになった。多様性と何かといえば、単純にいえばいろいろな種の動植物がいる状態をさしており、それを維持していくことが大切だという見方である。なぜ、これが大切なのかについては、理由はいくつかある。一つは、人間にとっての理屈だが、「多様性をもった自然は人間にとっての資源なんだ」という事がある。みなさんも遺伝子資源と言う言葉をきかれたことがあるのではないか。例えば、病気になった時に直す薬になるような物質には、我々がよくしっているものもあるが、将来、大変に役立つことになるかもしれない物質がたくさんある。かつてペニシリンは青かびからみつかった。自然界にはまだまだ人間が知らない物質や生物が眠っている。今の人間が気が付かないとしても、いろいろな動植物がいれば、それを未来役立てることができるかもしれない。従って将来の世代にとって大切なのだ、ということができる。これは「多様性」の持つ人間にとっての「意味」として大切である。
 また、現在、各方面から強く言われている。もう一つ別の考え方として、「動植物の権利」とか、人も自然界の一つの種にすぎないという見方がある。そうした見方から地球の上ではそれぞれの種は対等な存在なのではないか、と考えることもできる。そう考えると様々な種が互いに共存すべきだという考え方も出てくる。ここから多様性を大切にする見方もある。「資源」という見方と宗教的な意味もある「人間も一つの動物」という考え方は対照的な見方だが、その間には様々な考え方ができる。そのいずれにおいても、「生物多様性が大切なのだ」という点では国際的なコンセンサスが生まれ、一致した見方が生まれてきていると言ってもよい。
 また、生態学の結論として、「生態系は構成員が多いほど安定している」という見方がある。例えば、地球全体がとうもろこし畑となったら、自然は不安定になってしまう。森林があって、草原などがあって、多様性を持った自然があって
こそ、人間は安定した環境に生きることができるという事が出来る。また、「多様な動植物がいることがのぞましい」として、絶滅する危機にある動植物にどう対策をしたらよいのかを考えようとするほかに「モノサシとしての意味合い」も
ある。身近な環境・自然の変化を生き物の変化に着目していくことが有効になってきている。その上で、特に稀少種に注目する時つかむのに、環境の変化をつかむ手かがりになる。この二つが大きな理由である。
 
■神奈川のレッドデータブック

 さて、これまで稀少種と言ってきたが、県のレッドデーターブックではランク付けするという発想になっている。図1にあるように、分類の模式図がある。
 その中にご覧になるとわかるように、A/B/Cなどの表記がある。Aは県全体に対して小さな四角があり、0と書いてある。これは「昔は神奈川県の中で少しだけいたよ」それが「全くいなくなってしまった」というタイプがA、Bの場
合は一部の地域には結構いたしかしいなくなった Cについて県内全域 に数は多くはないがいた、それが絶滅した。Aの例としては、ミヤコタナゴがある。これは、横浜のある池だけにいたが絶滅してしまった。
 またカラスバトについても、横須賀の猿島という島でカラスバトがいたという記録がある。しかしこれはずいぶん昔にいなくなった。「危惧種」はDはもともと少なかったが、どんどん減っている Fはかなりの地域に減ったたが限られ立
ち行きに少ししかいなくなった Fの中にメダカという魚がいる。しかし、県内で野生のメダカはほとんどいない。従って危惧種となっている。
 減少種というのはすぐに絶滅が心配ではないが数が減ってきていて、将来絶滅が心配である。健在種というのは、減っていないのではなが、相対的に見てまだまだあちこちにある、というものである。中でも注目してほしいのが、Iという記号の上に星印のあるものだ。これは、昔から住む場所が限られており、今もその場所では相当数住んでいてそれほど減ってはいないという種類である。神奈川県のレッドデーターブックでは、このIに星印がついたものを「希少種」と呼んでいる。これは先ほどからはなしてきたよりは狭い意味
 

でのとらえかたであるが、県の報告書を見られる方はそういう意味でとらえてほしい。例えば、その例の中にモリアオガエルがあげられている。これは神奈川県内では藤野町にしかいない。藤野町にいけば、学校のプールあたりにもいる。しかし、相模湖町にも津久井町にもいないようなものが稀少種だということになっている。
 こうして分類した稀少種について、レッドデーター度と呼んでいるものを調査している。これは昔の分布と今の分布とを調べてその変化に注目して分類したところに大きな特徴がある。その数が少なくて珍しい動植物は天然記念物に指定されたりして大事にされる傾向にあったとお話ししたが、昔から貴重だと言われていたものは、このIに星印をつけたもののように、「限られた場所にだけいる」という事だけに注目が集まっていた。決して、減ってきているとか、絶滅しかかっているというような変化に着目して天然記念物などの指定が行われてたのではなかった。天然記念物は「静的な見方」であるのだが、レッドデーター度というのは都市化だとか、様々な人間の与えた影響の中で生物の変化に着目をして評価をしているところに特徴がある。

 図に両生類のレッドデーター度一覧を例としてあげた。神奈川県のレッドデーター度は、このような一覧にまとめている。最初に県内でみつかってきた種類が並んでいる。その次の帰化というところにチェックが入っているのは、もとも日
本にいたのではなく外国原産という意味だ。ステータスというのがつけてあるが、T=「たまたま野外で見られただけ」 W=「広く見られる」 R=「地域的には広く見られるが数は少ない」 L=「地域的に非常に限定された所でしか
見つからない」 という意味である。次にレッドデーター度となっていて、その次に京浜とか三浦とか地区別にそれぞれについて記録があるかないかをチェックしている。レッドデーター度というのは、地域的な分布の状況とステータスの評
価をにらんでつけている。鳥について、ほ乳類についてなど、報告書には書いてある。
 このように様々な動植物について、評価をしていった。その中でわかってきた事は、何か、という点について次に述べる。どんな所に住んでいた動植物にレッドデーター度が高かったか。スライドを使いながら話したい。
  <以下、スライド>
 絶滅危惧種・減少種のすべてを見ていただくことは多くてできない。そこでいくつか「こんなものも」という事で話したしたい。来月4月にはいると鳥の世界は渡りの季節になる。その時期だけに日本に来る鳥がある。ハマシギ キョウジ
ョシギなど 神奈川県に限って言えば数を減らしている。こういう鳥のいるところが減っている。多摩川の河口など、塩水があって芦原のある干潟、干潟はゴカイなど多様な動物たちがいる。それが減っている、相当数の水鳥がやってくる健康な干潟は、多摩川の河口と三浦半島の江奈湾の2カ所だけになってしまっている。埋め立てなどによって干潟が失われるこれは神奈川県以外にもあるが、神奈川県以外の県は意外と干潟を大事にしている。千葉県の船橋市の船橋海浜公園では、干潟が半分は潮干狩りの場所、そして半分は鳥たちのための保護区になっている。しばらく期間をおいて、この潮干狩りの場所と保護区とはローテーションして入れ替えられている。習志野市の谷津干潟はラムサール条約に登録されている。この干潟の近くには、野鳥の観察舎がつくられて観察ができるようになっている。神奈川県の場合は、川崎・横浜にかつては東京湾岸に広い干潟があったが、なぜかみな埋め立ててしまって、多摩川の干潟を残すばかりとなってしまった。千葉・東京・愛知・大阪と、みな干潟を渡り鳥のために保全する場所を持っている。しかし神奈川だけはそういうことをしてこなかった。干潟というのは大変に特殊な環境だが、注目する必要がある。
 河口から中に入って川に入って考えてみたい。スライドでコアジサシという鳥が映っている。これもそろそろ南から日本に渡ってくる。これは河原に巣を作って石ころそっくりの卵を生む性質をもった鳥だ。しかし、このコアジサシも減っ
てきている。石がごろごろした河原が必要なのだが、「荒れ地だなぁ」と見えるということでグラウンドにされたりして減っている。このスライドは相模川の高田橋の様子だが、車がこれだけ入ってきて河原を利用されるととても巣を作れな
い。河原にはカワラバッタというこういう環境でないと住めない虫もいる。過去10年ほどですっかり姿を消してしまった。この10年ほどの間で河原でのバーベキューをする人が増えた。人間による河原の利用と共に絶滅が危惧されるよう
になってしまった。
 次のスライドは中流の川岸で、このように草がはえ、入り組んでいるのが普通である。魚の写真がちょうどないが、魚たちにとっては水質と共に川岸の様子が大きな影響を与えている。これは藤沢あたりだが、都市に近い川はほとんど一時期コンクリート護岸で川岸には草もはえないようにされてきた。これでは魚は大変に住み難い。垂直護岸にかわって親水護岸も最近は増えてきたが、動植物にとっては、コンクリで固めるという事はあまりかわっていない。全体として、もう少し、動植物に配慮した川の作り方をしていかないと絶滅に瀕した魚が増えていく。
 次のスライドは寒川の堰だ。川の中の構築物も魚の移動にとって大変に障害になる。相模川ではかつてアユカケ(別名 カマキリ)というカジカの仲間の魚が見られた。アユもそうだが、海と川を往復していて暮らしている魚だ。そうした
魚にはダムができると移動を妨げることになる。カマキリが危惧種になったのはこうした構築物に原因があると思われる。
 さて、同じ水辺でも丘陵地の水辺ではカエルの卵が見つかることはご存じだろう。このスライドはアカガエルという仲間の卵だ。ニホンアカガエルだが、絶滅危惧種となっている。こういうカエルはどこに住むか。こういうカエルが住むの
は「谷戸」と呼ばれる環境だ。谷戸は古くから田圃としてつくられて来た、田と雑木林の間には水路があった。さらにまわり斜面は雑木林になっており、その奥は杉の林がある、というのが特徴である。こういう環境がカエルたちの生息を支えている。そういう環境は冬も田がじゅくじゅくしていて水気がある。アカガエルが卵を生む2月にも水がないと生きていけない。谷戸の田はそういうかえるたちに大事な意味を持っていた。シュレーゲルアオガエルも同じようだが、谷戸は
いろいろな水辺の動物たちが生きていける場所だ、ということができる。
 カエルがいればヘビもいる。そして、これらを餌にする猛禽類も住める。神奈川県の谷戸だとサシバという鷹がいるこれはカエルやヘビが大好きだ。水辺の豊かな谷戸にはサシバが巣を作っていて、カエルやヘビを食べているというのが、かつての神奈川県の代表的な谷戸の生物相であった。サシバも数が減ってきていて、絶滅が危惧されている。谷戸の大きな特徴は、水が豊かであることだ。小川が流れ、ため池があったりする。わずかではあるが水草が茂り、イモリや動植物が多く住むため池が残っている。このスライドでは真ん中にホトケドジョウが映っている。これは少し一昔は、どこにでもいたドジョウだが急速にいなくなっている。京浜の横浜・川崎では生息が片手で数えられるほどになってしまった。谷戸にある土手も大切である。クツワムシ、マツムシ、などは土手に生息する。これらは小学校唱歌にも出てくるポピュラーなものだったのだが、丘陵では谷戸がなくなり、市街地では草むらとかが減ってしまった結果、姿を消している。
 今日は動物の話が中心になったが、最後に植物についてもいくつか見たい。このスライドでは在来種の関東タンポポが一面に生えている。このスライドは刈り払われた雑木林なのだが、その下に一面に茂っている。これが最近言われるいわゆる「里山」の代表的な植物である。虫たちが集まっているが、これも身近なところから姿を消している。

■神奈川の絶滅危惧種

 こうして見てくると、意外なことに、絶滅危惧種というものの多くが「奥山に住んでいる動植物」ではなく、「身近な場所に住んでいる動植物」だということができる。
 図には、県内のどのような場所に絶滅の危惧がある動植物が多いかをあげてある。水の中に住む動植物が非常に危ないという事が、魚・水生昆虫・水草でも共通して浮かび上がっている。これはたくさん原因があるが、水質の問題、土木工事によって池や川が大きく変わったこと、などが原因としてあげられる。さらにあえて付け加えると、人間による攪乱が大きい。これは、釣りに都合のよい魚を放流する、他の地域から持ってきて話す、外国から違う種を持ってきて池に離すなどのことである。最近、特に問題となっているのは、ブラックバスという魚が一部の釣り愛好家から人気があるので放される。これが魚を食べてしまうので、震生湖など小さな湖ではブラックバスしかいないような状態になってきて大変に心配である。そういう事も大きな原因である。
 二番目には草原の動植物が減ってきている。これは里山で草刈りされて維持されている草原が減ってきている。都市では木は植えるが草原が減ってきている。こうした中で、丘陵地のクヌギ林に住んでいたオオムラサキやオオクワガタなど、かつては丘陵地にはどこでもいたものがいなくなっている。さらに生態系の上位にいるサシバやフクロウの類がいなくなっている。
 山の中の動物はどうなのか、丹沢・箱根でも減少しているものは少なくないが、身近なイモリやサシバの減り具合に比べるとまだまだしっかりと生きている。これらが大事でないということではないが、「変化」という事に注目すると
いま、注目してなんとか対策が必要なのは、身近に住んでいる動植物なのだ。里山の特徴として一つ大切なのが「水がある環境」である。かつては神奈川県もある程度田があった。これが冬の間、水を入れなくなり、排水工事をしたために田が乾いてきた。さらに、雑木林や山の林も林床も大変に乾いてきている。どうも水を大切にすることは水の中に暮らしているものだけでなく、周辺に暮らしている動植物にも大変に大きな意味を持っているのではないかと思われる。丘陵地で水がさらさら流れる環境がとても豊かな面を持ち大切である。
 神奈川県では伝統的には平地や低地の自然の中で、常緑の広葉樹の林、例えば、社寺の裏山の社寺林などが大切だと言われてきた。同時に常緑広葉樹を植えることも大切だと大きな声で主張されてきた。行政もシラカシを植えたりして来た。
 もちろん、社寺のまわりの常緑広葉樹も景観を残しているという点で、大切でないとは言わない。しかし、動植物のすみかとしては常緑広葉樹の林以上に、雑木林の林や丘陵の水が流れる環境が大切だ、という事を言いたい。今までの常緑広葉樹一辺倒だった神奈川県の自然環境保全には大きな欠陥があった。それはよい水辺をもった林、水と林が一体になった環境をこそ大切にしていかねばならないという点に配慮が少なかったことで、少なくともシラカシを植えれば自然が回復するというのは間違えだと思う。むしろ、残された里山の条件を謙虚に見て、そこから豊かな自然のある県土を作るにはどうしたらよいのか、を考えるべき時期だ。
 幸いにも三浦半島・鶴見側流域、湘南の方などいろいろな動きの中で、里山を大事にしようと言う声が大きくなっている。レッドデーターの調査は客観的に神奈川県自然を見ていったときに、里山の重要性をここの動植物の面から浮かび上がらせたという意味はあったのではないか。

浜口哲一 はまぐちてついち
1947年生まれ/平塚市博物館学芸員/地域自然史
著書:「バードウオッチング入門−鳥の生活を観察する」文一総合出版、1997年
  「渚の博物誌−漂着物の物語」(ブックレット かながわ5)、神奈川新聞社、1997年