自然の権利訴訟−諫早湾の問題にふれて



籠 橋 隆 明
  (弁護士・日本環境法律家連盟事務局長)

 講演の依頼を受けたのがずいぶん前でしたので、その時は「自然の権利」というテーマでした。 しかしその後、諫早湾の問題が焦点化してこともありますので、私は自然の権利訴訟として諫早湾の問題の裁判にも参加していることもあり、今日はこの諫早湾の問題を中心に自然の権利についての話しをいたします。
 自然の権利訴訟については、ご存知のように一つ目が奄美諸島にゴルフ場をつくろうとしているアマミノクロウサギの裁判、二つ目が茨城県のオオヒシクイの裁判、そして三番目の訴訟として諫早湾の訴訟があるのですが、実質的には神奈川県に先輩格の裁判と相模大堰の裁判があるのです。
 ここでは野生生物や自然物がが原告になっているわけではありませんが、「自然の権利」訴訟という点では、一番始めの裁判であろうと思います。つまり、私たちの「自然の権利」訴訟というの は、確かに自然物・野生生物を原告として裁判をやっていこうということもあるのですが、その核 心は、人間がやってはならないということを食いとめたい、ということを大事にしていく裁判を私 たちは「自然の権利」訴訟と呼んでいます。その意味で相模大堰の訴訟については、ニュースなどもいただいて、大変に参考にさせていただいています。

■諫早の海

 さて、まず諫早湾の問題とはどのようなことであるのか、お話したいと思います。諫早湾につい ては、最近は報道されているので、だいたいどこにあるかはご存知かと思います。長崎県・有明海の内海にある大変に豊かな干潟が展開している。今回の対象となっている干潟は、約3000haを超えますから、山の手線の内側の面積の半分くらいに相当する場所です。五万分の一の地図で見てもはっきりとわかる大変に大きな場所です。
 干潟の特徴は約1万年くらい前から時間をかけてつくられてきたものです。氷河期にはまだ干潟はなく泥の層もなく、だんだん海が出来あがって、激しい干満の差でもってどろがどんどん堆積をしていく、そういう特別な構造を持っています。当然のことながら、そうした長い期間をかけてつ くられた特徴ある地域なので、そこでは特別な生態系がはぐくまれているわけです。
 現地に行くと、ずーっと奥の地平線が見えると思われるほど遠くの方に、小さく見えるのです。 しかし、時間が来るとそこにどんどん潮が満ちて、陸地が海になっていく、信じられないほど広い 地域です。そこには泥があり、泥の中に住むたくさんの生物たちがいます。これが大変に生産性の高い中身をつくっているのです。有機物をどんどんつくっていく、あるいは分解していく、さらに は新しい光をあびて生産していくなど、だいたい漁獲高では1平方キロあたり20トンの生産性を 持っていると言われています。その泥の中には、貝とか、ムツゴロウ、はぜ、ワラスボなど、様々 な生物がたくさん、層を成して住んでいるわけです。その中にはしおまねきとかカニなどもいるの ですが、干潟から潮が引くといっせいにカニが出てくるのです。かつてはカニたちが出てくると「 干潟が動く」と言われるほど、たくさんの生物がいたといわれています。
 諫早の海にも、たくさんの人たちが住んでいて泥の文化が繁栄しているわけです。その海は泉水海と言われているのです。多くの漁師たちは泥からの恵みを得ながら生活しているのです。よくムツゴロウの話が出てきます。ムツゴロウは有明海を代表する魚ですけれども、有明海でムツゴロウ漁がかつては盛んに行われてきました。その中には独特のムツゴロウカケという独特の漁法として、鍵上になった鉄の針でひっかける漁の方法とかもありました。あるいは、潟スキーと言われる羽板で泥の上蹴りながら歩いて様々な魚をとるという漁法などがあります。
 自然の権利訴訟は、文化の課題でもあるのでいろいろな漁法を調べています。江戸時代の風物を描いた図面などを調べると、ムツカの話や潟スキーという羽板の話が出てきたり、カニトリなどいろいろな漁法も出てくる。
 私たちが地元の人たちから「こんな所でしたよ」と紹介してもらうと、子供たちが泥だらけで遊 んでいる写真が必ず出てきます。何をしているかというと、泥で遊んでいるのですが、泥で頭から 真っ黒になってしまう、泥で服がたれさがってしまう、というようなすばらしい写真が出てきます 。あるいは、船の写真もありますが、有明海は大きな干潟ですから、慣れて船の道をちゃんと覚えないとだめなわけです。緩慢の差も激しく、潮の流れは激しいので、通り道を知らないとだめなので、竹などを建てて印をつけたりするのです。有明海の裁判、あるいは有明の事件を理解するには、こうした諫早湾の特徴、豊かな自然、そしてそれに恵みを受けてきた人々の生活をぬきに考えることはできないと思われるわけです。

■訴訟の原告

 今回の裁判では、諫早湾の干潟、野生生物と共に、もちろん環境保護を求める人たちが原告になっています。次にこれら人々がどんな人たちか、という事をお話します。第一回の陳述で原告を代表する一人である山下公文さんは、「なぜ諫早の海を大切にしてきたのか」ということについて、「諫早湾の干潟の生物調査をずっとしてきて、その価値の重要性を知った」と話されています。彼は学生の頃に諫早湾について生物の調査・研究を手がけ、発表をてがける中で、自分が変っていったのだ、と言うことを話していました。彼は諫早と諫早湾、その研究、そして彼の人生を通じて、諫早湾とそこに生きる生物たちに思いを寄せているわけです。
 もう一人の原告である原田さんは、有明海で育ったのです。かつて、有明海の諫早湾には、海上生活者がいました。彼は父親の持つ七福丸という船の上で、自分が生まれて、そして育ちました。彼には自分の生い立ちの中で、諫早干潟・諫早の海のしめる意味がものすごく大きく、彼の人格の一部になっているというわけです。
 後でも述べますが、諫早の運動は本当に昔からあり、ずっと長い間行われてきました。しかし、 5年ほど前に運動としてはかなり壊滅的な状態に陥ったのです。しかし、原田氏は諫早を何とか守りたいと、諫早を掃除をする運動をずっと続けてきました。そして、今回潮止め堤防の問題を前に、諫早の海のために何かをしたいという事で、裁判にも参加してきたのです。こうした人たち、7 人の原告それぞれが人生にとっての諫早の海の意味を思い、裁判をおこしました。

■諫早干拓事業とは

 次に諫早湾の問題で、何が問題なのかということを、少しお話したいと思います。今回の潮止め 堤防の事件ですが、3000haの干潟を干拓して農地をつくるという事業です。諫早の海はどう いう構造かというと、本明川という川があって、その河口に干潟が広がっています。そして、泥が どんどんたまって干潟は成長しています。そうしたことからこの地域は、干拓事業が盛んでした。
 ですから、江戸時代の地図と現在の地図では大きく違っています。干潟が出来上がったら、その先に干陸地をつくっていき、また農業が出来る場所をつくっていく、という形で干拓はずいぶん前から行われてきたのです。こういう干拓を地先干拓と言います。少しずつ海を干拓していく、そして自然とうまくつきあいながら農地を作っていくものでした。
 今回は、そうした諫早湾の干拓事業とは全然違うものなのです。3000haの面積をまず潮止 め堤防で仕切ってしまう。そしてそこをすべて干あがらせるのです。その上で農地を作っていくと いう複式の干拓事業なのです。これは、問題となっている公共事業のご多分にもれず、この計画は古い古いもので、元をたどれば1954年、食糧難の時期に計画されたものです。最初は農地を作る目的ではじめられました。しかし、豊かな海ですから漁民が猛烈に反対しました。農林水産省の計画は、漁民の厳しい反対に何度か挫折し、2回くらい中止に追い込まれたのです。しかし、その度に少しずつ計画を修正してよみがえってきた。そして、今回の潮止め堤防の計画は、1982年の諫早大水害をきっかけにして出てきました。農地をつくるという、今までの目的だけでは根拠が足らないと思ったのか、今度は、農水省は「防災目的」をもってきたのです。
 ところで、干拓とは何でしょうか。干拓と埋め立ての違いなど、なかなか普通にはわかりにくい かも知れません。干拓とは水をせき止めてそこの陸地を干陸化して、その土地を農地にしていくことを言います。これに対して、埋め立てはどんどん土砂を入れて陸地化していく方法です。この干拓は、農地を作るということですすめられました。
 1950年代には、自給をめざして八郎潟などで盛んに行われてきた。しかし、その後、事情が 変わり、日本も米が余りだし、あるいは強力な減反政策を行いだしました。こうした中でいったい 、農地を作ってどうするんだ、という問題があるのです。干拓した農地にはいるには負担金がある のですが、だいたい農家がそこに入るには一億円負担して入る必要がある。今時、それだけ出して誰が入るのか。さらに、実は長崎にはすでにたくさんの干拓地があり、ほとんど入植者がいないままになっている干拓地がたくさんあるのです。それをなぜ、長崎県につくるのかと、と問うと、最近は「乗馬クラブをつくる」とか、「きゅうり、レタスをつくる」などともいう。塩の多いあの土 地で何をつくるかよくわからない状態になっているのです。
 次に、災害防止の目的ということについて話しましょう。基本的にあの地域は、地先干拓ですす めてきたので、標高0メートル以下であるわけです。そうすると水がたくさん降ると排水ができな くてすぐに水浸しになってしまう、構造になっているのです。潮止め堤防は、潮が入ってこないの で、干拓地よりも外側は海よりも低くなるので自然排水できて災害が防げると言っている。しかし 、ここにも問題があるのです。
 まず、わかりやすい点としては、諫早大水害というのがきっかけだと言ってることについてです 。確かにこの水害は悲惨なものでした。もともと本明川は、中流域がなく、上で雨がふるとすぐに 下にあふれるという川で、そのために死者もたくさんでました。しかし、調べてみると水が出た範 囲は、海の水があふれたとか、高潮が来て災害が起きたというのではないのです。
 重要なのはむしろ直下型で水がどっとおしよせてきて水害が起きたのです。ですから諫早大水害を想定した対策としては、潮止め堤防は全く意味がないのです。これは、実は建設省もそのように言っている。潮止め堤防の構造ですが、冠水をふせぐ、と彼らは言っている。干潮時にしきれば、満潮になっても水が入ってこない。そして、そこに調整池ができる。大雨が降っても、調整池に水が溜まれば、管理地には水は来ない、と言っている。
 そもそも諫早大水害での土石などの対策は考えずにこのように言うこと自体がすりかえであり、さらに、これはむちゃくちゃな話である。調整池をつくっているが、実は標準的な水害が発生すると調整池では全く間に合わない事ははっきりしている。そうするとあふれた水は、外に流せない。そこで、この水は干拓地に流して、そうすると水害にならない、というのだ。要する、既存の干拓 地での水害を新しい干拓地に移すという、入植した人には詐欺みたいな方法なのです。これでは災害をAという地点からBという地点に移しただけで、何の解決にもならないのです。
 このように諫早干拓事業は、全く理由のない、ばかげたものです。
 また、アセスメントも行われましたがその見解は、ムツゴロウたくさんいるとか、別の場所に鳥 は行くという様なものでした。諫早では確かに、鳥は増えていた。それはどうしてかと言うと、有 明の干潟が全体として減少しているために諫早に集まってきているということなのです。ムツゴロ ウ漁が佐賀県で増えているというのも、諫早でとれたものが佐賀の方にあがって売られていたという事も無視されているのです。だいたいアセスメントとして皆さんが批判しているようなことが、 ここでも行われているのです。
 しかも、費用がなんと2200億円もかかります。これは現状での見積もりで、最初は1700 億円の予定だったのが、あっという間に500億もふくらんだのです。そして、いったいこの先は いくらになるかわからない、空前の無駄遣いという犯罪的な中身がはっきりしているのです。
 有明海の問題、そこには美しい自然が残っている、そして雄大な自然があり、そこに育まれた文化もできあがっている。それがまったく意味なく、そこにまったくの開発目的以外には何もないことで消滅させられている、という事実が展開させられているのです。

■自然の権利

 この諫早湾の問題は、最近でこそマスコミでも大きく取り上げられていますが、長い間、多くの 漁民が反対してきました。命の海を守れということで反対をしてきたのですが、だんだん追いつめ られ、漁業権放棄の決議をしてきました。その背景には、やはり漁業の不振もあります。また多く の推進派によるきりくずしもあり、ある漁民は「なぜ自分たちが反対運動をした時に、誰も応援し てくれなかったのか」と言っています。しかし、そんな中でも先ほども言いましたように、山下さ んや原田さんなど、干潟をなんとか守りたいと考えた人たちが地道に運動を展開してきたわけです。そして、彼らは自然の権利訴訟という運動のスタイルを選んできたのです。なぜ、彼らは自然の権利訴訟というのを選択したか、お話ししておきましょう。
 私と原田さん、山下さんたちとの出会いは、奄美の裁判の支援を訴えに諫早に行った時のことでした。原田さんたちと話し合った時に、最も重要なポイント二つ出てきました。自然の権利の重要なポイントの一つは、「人間の分、やってはいけない領域があるのではないか」ということです。この場合には、アマミノクロウサギですが、その生態系の維持、生態系の基本的な同一性、過去との連続性を遮断するようなことは、私たちにどんなに経済的利益があっても、やってはいけないことはいけないのではないか。これが自然の権利を考えることではないのか、ということなのです。
 私たちは多くの利害の中で生きています。例えば農地の開発、災害の防止、などがある。一方では私たちは自然を守りたい、里山を守りたい、という考えも出てくるのです。多々の考えがある中で多くは、どっちが大切か?というような、利益衡量を行いながら判断をしているのです。
 しかし、自然保護の中には利益衡量では解決が付かないことがあるのではないでしょうか。それは、「絶滅」ということです。例えば、道路をつくる時に、どんなに道路が必要でも、人を殺して まで道路を作るということは世の中にないのです。
 つまり、人間の社会には絶対にやってはならない領域があるのです。それを保障するために様々な権利や利益があり、その調和をはかっていこうとするのが民主主義社会の基本なわけです。例えば、この人の家をどけて下さいという時には、必ず弁明の機会を与え、防衛の機会をあたえるわけです。また、開発行為についての違法な許可であれば、裁判でその取り消しを求めるチャンスを与える。そうして、一人一人の権利を参加の機会を与えることや対話の機会を与えることで守っていく、それではじめて調和がはかられていくというのが私たちの社会のルールなのです。自然の権利の中にも、自然の中にも「やってはいけない」ことがあるのではないか。やっては行けない領域かどうかについて、同じような方法で調和を図っていこうというのか。
 「人間の命が大事」と開発側は言う。よく研究しないマスコミもこれに簡単にのってしまう。私 たちの自然の権利訴訟のテーマは、自然と人間が共に生きたいのだ、ということです。しおまねき大行進で、山下さんの言葉が引用されていましたが、「私たちはムツゴロウと共に生きたいのだ」というのがこの自然の権利訴訟の目的なのです。

 さて、もう一つは、自然の権利の中で重要なポイントとして、誰でもが代弁できるという考え方 がある。自然の権利と価値は、誰でも市民なら代弁できるという事が自然の権利の核心の一つです。自然そのものは完全に代弁できるものではない。人間が自然を理解することは大変に難しい。しかし、私たちはやっては行けないことはわかる。例えば諫早干潟をなくすということはやってはいけないということである。そこで、たくさんの人々がそれに代弁して意見をのべて、その中でよいものを選択していくのが、民主主義社会では最善の方法である、と考えるのです。ですから、私たちは自然の権利訴訟として、誰もが代弁できるという考え方がたいへんに重要であると考えるのです。 また、この見方は科学にとっても大切です。自然の権利には生物の相互の関係の維持という考え方があり、その生態学の考え方を土台にした倫理観や物の見方もある。科学は多の論争を検証することにより真実に近づく過程ですが、そこには多の意見・研究が求められます。このような科学の視点からいっても「自然の権利」を誰でも代弁できるのは重要なことです。

■自然の権利訴訟
 
 海は誰のものでもない。こうした物を自然公物といいます。これは誰か特定の人のものではない。海は、漁民のものでも、市町村のものでも、特定のゼネコンのものでもない。海は誰のものでもなく、誰のものでもある、そうした公共性の高いものなのです。それについて市民が何もアクセスする事が出来ない、というのはおかしい。
  「自然の権利」訴訟は、ムツゴロウ裁判と言っているが、干潟とその生態系を守る裁判です。干潟とその生態系は人類の共通の財産、未来世代を含めた共通の財産でもある。それについて国民的な財産として誰でも国民が発言できて当然である。環境破壊というのは、だいたい国家が独占して何かをする時におきている。地域の人、そして離れていても、市民ならば誰でも意見を述べる権利があるのは当然ことなのです。
 こうしたことを諫早の原告の人たちとも話し合い、自然の権利訴訟にいたったのです。

 いま話してきた諫早の問題は、誰がみてもおかしい、と気が付くものです。しかし、なぜ後戻り できないのか。災害目的が成り立たないことも、真実を整理すればわかることです。しかし、ここ に干潟の権利や、ムツゴロウの権利があれば、何が問題かを裁判の場で明らかに出来るのではないか、そして、激しい対立の中で何が正しいか、明らかにできる。自然の権利とは、発言する機会があり、その正しいことが実行力を持っていることなのです。
 諫早の裁判ですが、4月14日に、潮止め堤防が閉められました。私たちは当初、3月14日に 閉まるという情報だったので、私たちは準備をして各方面に働きかけました。懸命に東京行動をして、3月は回避できました。
 諫早の潮受けが閉められた4月14日、私は鹿児島地裁にいました。そして、午前中に潮止め堤防がやられたという話を聞きまして、午後からの裁判でも諫早の事を奄美自然の権利訴訟の裁判でも話しましました。どうしてこうまで、自然は無視されるのか。行政の一方的な判断よって干潟が消失させられようとしているのか。もしも、「自然の権利」があったらこんなことにならなかった、と。全国には様々な自然保護の裁判がある。これらが正当に受け入れられれば、こんなことにならないのだ。これらの一つ一つは、その地域を守る裁判であるかも知れないが、こうしたことが守られることによって全国の数多くの自然が守られていくのだ。一つ一つの裁判が、全国の自然環境を守るものであり、人類の課題を担っているのだ、ということを弁護団の見解として述べました。
 世間ではともすると、訴訟は難しい、特定の分野だ、と言われます。しかし一方で重要なことは 、訴訟を通じて、そこで明らかにされた理屈、あるいは正義が、その裁判にとどまらないで大きな 利益をもたらすだろう。あるいは別の事件にも影響を与えるだろう。全く除外されてきた住民が、 裁判を通じて国や事業者とやりあい論争する、そういう事が出来る場ができる、それらが重要なのです。そして、判決がどういう形であれ、私たちの方向に理解をしめしたものがでれば、その価値はその事件にとどまらない価値を持つものとなるだろうと考えるわけです。
 私たち「自然の権利」訴訟弁護団では、「自然の権利」のもつ意味をだいたい整理してきました 。「自然の権利」という考え方は、奄美の裁判以来、多くの方が関心を持っています。これは最近 の環境危機の中で、様々な環境保護の思想を考える上での大きな一つきっかけとなるという意味で注目しているのだという気がします。しかし、私たちは、自然の権利訴訟として重要なことは、それが裁判の場で、法律的な社会的なシステムの中で語られたということに価値があるのではないかと考えています。環境倫理とか環境思想というものは、現実の環境保護、現実の自然の保護の戦略を示せなければ意味を持たないのではないか。環境思想や環境倫理は、現実にある環境の危機や里山の保護に対して、もっと実践的な意味を持つものでなければいけないのではないか、と考える。そうした物に対して、「自然の権利」という形で社会的システムを利用した実践が注目を集めたのではないか、と考えています。
 さらに自然の権利の裁判の意味は、新しい国のあり方、国と自然の新しいあり方を提起するものとしての意味を持っているのではないかと思います。現代社会は、かつては自由・平等と個人の尊厳を確立する時期があった。それがさらに、福祉国家と言われている、一人一人かが実質的な平等を実現する社会へと憲法は発展してきました。そして今の課題は21世紀にかけて、環境問題を憲法の中で、あるいは国家秩序の中でどのように位置づけていくか、ということが、が現代社会の最も重要な課題の一つになっているのではないか、と思います。例えば、環境の問題を法の上で考えることに、自然の権利は重要な価値を持っているのではないでしょうか。

   先ほど、産業廃棄物の問題がありました。廃棄物の問題は、一般廃棄物の問題も含めて、その多くが豊かな自然の農山村で起こっています。それは、何かというと廃棄物というのは、任毛善の活動の中で生まれる環境負荷ですが、憲法が大切にしている自己決定・自己責任の原則をふまえると、環境負荷を一方的に負担をおしつけてよいのか、という問題である。
 自然保護ということで言えば、人間と自然との関係で憲法をどう考えるのか、という事を考える べきなのかという時期になっている。これまでは憲法では、人間と国家、人間と人間の関係を中心に考えてきた。しかし、これからは人間と自然との関係を憲法の中でどう位置づけていくべきかも考えねばならない時期にきている。法律は人間の問題なのだが、その中でも、自然の価値を大事にしていく社会的なシステム、法律的なシステムが求められているのです。
 自然の権利や自然の権利訴訟は、そうした21世紀に向けた新しい国や地域地方のあり方を考える重要な意味をもっている。私たちの自然の権利訴訟は、人と自然の関係を解明していくものとして意味を持っている、と考えて裁判をすすめています。

 最後になりますが、私たちの自然の権利キャンペーンを奄美、諫早、霞ケ浦、生田緑地といくつ か展開しています。私たちは、このために自然の権利基金をつくっています。これはまだ600名 ほどですが、自然保護の裁判のための基金なのです。費用は裁判のために使われているのでニュースもほとんど出せませんが、はがきや電子メールで通信や裁判報告を出しています。ぜひともご協力をいただき、ご支援をいただければと思います。