研究会の記録

丹沢窒素酸化物調査報告

−丹沢全域でのNO2調査について

 小 林 朋 子・磯 部 津輝子 (神奈川県勤労者山岳連盟自然保護委員会)
 
神奈川県勤労者山岳連盟の活動

 労山は、正式には日本勤労者山岳連盟と言います。1960年に全国組織とし
て結成されました。神奈川労山はその神奈川県での組識ですが、今年で県連盟と
して30年周年を迎えました。現在の県連盟の組識は、22クラブ、約660名
です。
 労山の活動の基本は、■第一に登山の普及です。 そして、山に登る組識とし
て当然の事ながら、■教育・遭難対策活動も重視しています。そして、三つ目と
して自然保護の活動をあげて取り組んできました。
 神奈川県連盟での自然保護活動の中心は、「山を楽しむこと」を基本にして、

全国で30年以上、

  県連盟としても30年近く行ってきた「クリーンハイク」です。しかし、以前は
丹沢での清掃という
事で、「沢登りのついでに行って、下りににごみを拾う」という時期もありまし
た。
 しかし、1991年にHAT−Jと合同で取り組まれたクリーンハイクが50
0名規模になった事に刺激されて、クリーンハイクのあり方が変りだしました。
労山自前でも、よりたくさんの人たちと共同して取り組めるようにしていこうと
いう気運が高まったのです。
また、労山ではクリーンハイクとあわせて丹沢での沢の水質調査も10年以上前
から行ってきました。過去10年間以上にわたって水質調査をしていると変化も
あり、最近は沢のつめや水場でも大腸菌が検出されています。これが労山とし
て、NO2の調査などを含めた環境調査活動に取り組みだした最初だと思いま
す。
 さて、NO2調査を行うのきっかけは、80年代からブナ枯れがはじまった、
という事でした。それも丹沢に行っていて危機感を感じたからというよりも、ク
リーンハイクに様々な自然保護団体が参
加してくれるようになり、やがて鈴木澄雄さんの写真をみて衝撃をうけた、とい
う事でした。同じ場所でとった写真なのに、数年のうちにブナが枯れている変化
を見て「こんなことが起きているか」と気がつかされ、その原因として大気汚染
があるのではないか、との疑いからNO2測定を始めたのです。
 こうした事から、最初は割と軽いのりでクリーンハイクでのNO2調査をはじ
めました。しかし、はからずもこれが注目されました。具体的には、95年4月
に日本テレビが第二東名問題を取材・特集した時に、「丹沢の上でNO2を測定
している人たちがいるなら、その様子もとりあげよう」という事で、取材されま
した。これをきっかけに、昨年度は初めて一年間を通じて月一回の測定に連盟・
自然保護委員会として取り組みました。          (磯部)

測定調査から見た問題点
  NO2の測定は、費用が安くて取り組める、と言うことで飛びついたもので
す。調査地点は図1の通りなのですが、尾根筋を中心にしています。
 ブナの枯死について言うと、これは丸裸にならないとなかなか気がつかないも
のです。そして枯れ方の特徴としては、「高いところから枯れてくる」というの
があげられます。ちょうど上空から見るとすると、稜線をはさんでその南側斜面
に枯死が多くなる傾向にあります。また、枯死の状況は風と関係があると思われ
ます。実際、風の通る所で多く枯れているからです。この事から、原因について
の一定の「予感」みたいなものが持てました。
 このNO2調査を始める時の予想としては、「京浜工業地帯から出る汚染気団
が、相模湾上空に出てたまる。その気団が海風にのって丹沢に吹き付け稜線にあ
たる」という仮説がありました。
(これは、神奈川県の環境科学センターが行った調査に基づくものです)
 そこで、NO2をとりあえず測ってみよう、という事になったのです。
 現在使っている測定管は、天谷式カプセルの改良式で七世代目のものを使って
います。この七世代目で改良された点は、風と光に強くなっている事です。これ
は、測定する稜線の条件からみて、意味がある事です。
 このカプセルを稜線上の20個所、風のあたる場所を選んで南東側と西側につ
けています。土曜日につけて、約24時間後の日曜日に回収しました。今回の測
定では、測定場所は稜線のみで行いました。一つの場所で二つのカプセルをつけ
て測定し、その平均値を出してその場所の測定値としました。
 NO2の測定原理について、少し説明しましょう。窒素酸化物にはいろいろあ
りますが、NO(一酸化窒素)は不安定であり、すぐにNO2になってしまいま
す。ですからこの二つについては、NO2の値でわかると考えてよいでしょう。
これがカプセルの中にあるろ紙に吸収されると、亜硝酸ができます。これがザル
ツマン試薬に反応すると色がついた物質ができるので、この色の濃淡でNO2の
量がわかるのです。この検査では、気体状態であるNO2だけが測定対象となり
ます。
 92年から実施している結果のうち近年の結果を表1に示します。ここでは
[ppb]という単位を使っています。これは[ppm]で示すと単位が大きすぎて
0.020などと示すことになるので、1000ppb = 1ppmという単位であるppbで示して
います。こうするとほぼ整数で表示できます。
 こうして見てみると、10〜20ppbくらいの値が多くなっています。汚染さ
れない環境での値(バックグラウンド値)は、本によって違うもののだいたい4
〜6ppb程度かと思います。測定してみますと、これよりは高い値が出ます。ち
なみに、尾瀬での測定ではは4ppbでした。このバックグラウンドよりも高い値
が出ている事は確かです。
 この表では、92年から94年については、値が低めに出ています。実はこれ
は、年々悪くなっているという事ではなく、94年から測定法を変えたのです。
その前は、同じ天谷式でも世代の古い捕集管を使っていました。そのため、うま
く測定ができなかったのだと思われます。現在の方がより正確な値が計れてお
り、ですから94年以降のものを最近では測定結果として主に使っています。
 この表で見ると、値としては丹沢の最高峰である蛭ケ岳での測定値が一番高く
なっています。中でも95年は、全般的に高くなっています。これは当日の天
候・風向きによるものだと思われます。数値は、霧・雨・強風の時には高く出る
ようです。一方、晴れの時は低い値になる傾向にあります。特に霧がでると高目
の値がでるようです。
 先ほど述べたように、96年度には初めて通年で毎月測定を行いました。この
結果では、秋は低く、夏と冬が高くなっています。また、年間を通して鍋割山は
一定の高い数値が出ています。さらに、蛭ケ岳は天候によって大きく変化してい
るようです。
 この数値のうち6月と12月は一斉調査によるものです。この他、鍋割山につ
いては、現在も鍋割山荘の草野さんが測定を続けてくれています。今迄の測定で
の最高値は、26ppbです。これは大山と蛭ケ岳で観測されていますが、天気が
悪い時で、風の影響が大きいと考えられます。

他機関の調査結果
 このNO2測定調査以外には、神奈川県が先に行った「丹沢大山総合調査」
で、県の独自調査として桧洞丸について測定を行っています。この結果による
と、95年6〜8月の間には、平均で7っppb未満であった、となっています。
この桧洞丸について、私たちの測定では、95年の6月上旬には、12〜13
ppb位が検出されています。この神奈川県の調査は、2週間くらいを測定した全
期間の平均値を出したものです。ですから、この神奈川県の調査は長期にわたっ
て数値をならしています。これに対して私たちの計っている測定値は、24時間
での値です。ですから、長期の平均値である県の測定値が下がるのは、当然のこ
とでしょう。しかし、測定値の中にはバックグラウンドの値よりもより低いもの
もあります。これはどうも測定結果としてはおかしいと思われます。
 この他に、神奈川県・環境科学センターが発行した資料に、丹沢山麓にある寄
の測定局の数値が出ています。平成6年度の調査ですが、98%値で、固定測定
局で「秦野52ppb/伊勢原53ppb」、移動局での測定で「松田の寄(やどろ
ぎ)」は一日の平均値で21ppbという結果が出ています。

測定値・測定方法の信頼性について
 この簡易測定法によるデーターの信頼性については、かなり正確であると思わ
れます。広島大学・中根氏の論文が、天谷式測定法の精度について検討してい
る。その結果では、この測定法は「日射と風速に影響される。風がふくと飽和し
て値がストップしてしまう。ばらつきを市販のザルツマン計でチェックした結果、や
や高い値がでる傾向がある。従って、補正係数をかければより正確である。」
としている。しかし、一方では市販のザルツマン計が必ずしも正しいと言える状況
ではないのが現実である。特に7ppb以下の測定値は不正確であり適さない。
しかしそんな数値はめったに出ないので、この測定法も十分に「可」とみるべき範
囲であると考えています。
 そもそも,市販のザルツマン計の弱点は、0.5ppmをフルスケールとしていること
であり、その結果、0.005ppm以下の値は不正確である。また測定器の更正が
必要なのにやっていない場合がほとんどなのであす。メーカーの機種について
チェックをした所、18%程度の機種による誤差があった。また、精度についても
10台を調べたら、30%も低い値を示すものもあった。研究にはザルツマン計の
誤差をはかるためにカプセルによる測定法を使った、という報告もある。それによ
ると、自動測定器の測定結果をチェックするためには、カプセル法による測定結果
を使え、と書いている文献もあるほどです。

今後の検討課題
 こうした事から、このカプセルによる測定値は補正係数をかけなくても、その
ままで十分信頼できる数値であると考えている。しかし、これは濃度が薄い所で
は役に立たない。また、長期の測定統計と併用する必要があるだろう。また、風
が強かったり、気温が5度C以下だと吸収が悪いために値が頭うちになるという
事であるが、それは測定結果が低い
値となっているという事です。だからこのデーターよりも実際には値が高い可能
性はある。この調査の弱点は、年2回だけだという事があります。時によって
は、NO2濃度が上がったときにタイミング良く測れるときもあるし、測れない
ときもある。これが最大の問題になっています。
 また、気体状のNO2だけでなく気団からのNO2が直接に来ていれば、光化
学反応をしているはずだ。こうした事からは、山麓の汚染物質が風で上にあがっ
ているのではないか、とも思われます。
 汚染気団との関係は、酸性雨の調査をしてもよいと言われており、これについ
ては、初期降雨をとって降り始めの調査をしたいのだが、それが難しい。特に雨
と霧は採取が不便である。測定の便利さからは、土壌のpHをはかるという方法
が考えられる。これは土をもってくればはかれる。どのあたりが酸性化されてい
るか、というMAPを作ってもよいの
ではないかと思っています。        (小林)

■質疑と討論
・土壌の場合は酸性の判定はどのように行うのか。
→土の酸性度については 雨の場合はPH5.6が 基準であるが、それよりも
低いので酸性土壌であ る。土は乾かしてから測定している。
・土の酸性化に対して、汚染物質の累積と雨の関係 はないのか。
・土壌検査の困難さから考えると、イオン検査でア ルミを検査してはどうか。
・土壌とNO2の両方をはかる必要があるのではな いか。
・県の測定については、犬越路の横には県の常時観 測機がある。あれをもっと
増やさせてはどうか。
・測定について費用を県の委託という形で出させて はかる事はできないか。
・この測定結果からはどのような事が言えるのか。
→山枯れについて、この程度の数値では原因とはな らないのではないか、との
考え方もできる。そこ で、カプセル法を考えた天谷先生は、独自の天谷 説を
唱えている。それは、工場で「シアン化合物 を燃やしているのではないか」と
いう予想である。 この予想では、化学工場がある所で急激に枯れる という現
象が起きる。こういう仮説から考えるな らば、工場について追及する事もでき
るだろう。 ただ、どうなのか、確証は持てない。
・都会での問題は人間の健康に直結するが、丹沢な どについてはなかなか関心
がいっていない。大気 汚染物質が風で移送したという説だけから考える と、
70年代に最も被害が多く出ることになるだ ろう。しかし、枯死した木の年輪
では、80年代 における年輪がマイナスになっている。こうした 事から考え
ると、大気汚染の原因として、京浜の 工場と共に山麓の自動車道路や工場につ
いても考 える必要があると思われる。
・土が酸性になる事で微生物が死に、植物の根がい たむ。さらに、アルミニウ
ム・イオンの影響もあ る。だから土壌調査をすすめる事も重要ではない か。
・国や県・大学などの正式な機関がもっととりあげ ていくようにする事が大切
だ。それを労山として 要求する事が大切だ。
・シュバルツバルトの森の場合、本格的なEUとし ての試験場を持っている。
EU全体では、同じよ うな研究所を7個所も持っている。それと比べる と日
本の行政はあまりに貧困だ。もっと山の上で の測定などについて、行政にとり
くませる事を重 視していく必要があるのではないか。

−この報告は第6回研究会でお話しいただいた内容をまとめた ものです。