久しぶりのホンチャン・・・

顧問 熊野谿 寛

 

 雪の壁にけり込むとくるぶしあたりまで足場が決まった。上からは風に舞い上がった雪が落ちてか、ひっきりなしにチリ雪崩がサーッと流れてくる。上気した頭に流れてきた雪が舞って、気持ちがよい。一歩一歩、ピッケルを打ち込み、イチ・ニとけり込んで登っていく。雪壁の足場は、ジタバタしたら崩れるが、バチッと重心を決めれば安定している。ああ、この感覚・・・もう17年も前の白馬岳・主稜の登攀が身体の奥からわき出すように甦ってくる。そうだ、これが私の一番好きな雪山の醍醐味なんだ。

 今は二月。そして、ここは八ヶ岳横岳西面の大同心ルンゼだ。去年入り直した中高年ばかりの山岳会で、今日は若い仲間と登っている。他にも、たくさんの元気な山仲間たちとミニ合宿に来て、昨日は赤岳鉱泉にテントをはった。今日は、皆は赤岳にアタック。私ら二人は久しぶりにホンチャン(ゲレンデではない)のバリエーションにやってきた。

 雪面を見てルートを探ると、しばらくは最大傾斜線にそって直上するのがよさそうだ。チリ雪崩はひっきりなしだが、雪は比較的安定して量も少なく、ドカンと雪崩れることはなさそうだ。露岩を横に乗り越える一カ所がちょっとだけ嫌らしかったが、これを越えると快適な雪壁の登攀が続いた。

夢中になって登っていたが、ふと気がついたら私達はまだザイルを出していない。後を登ってくる相棒はどうだろうか、と振り返る。朝まで小雪が舞い、ガスの中だった空に雲の切れ間が出て、茅野の街が見える。いつもは遠くに見ていた大同心が、真横で見ると本当に巨大だ。大同心の取り付きで点のように見えた雲稜ルートを登っている強者たちは、まだ上には抜けてこない。あちらは、冬季登攀の難関ルートで、こちらは入門ルートだ。多分、岩のへたくそな私が冬の人口登攀ルートを登れる日は、来ないような気がする。でも、そんな事は私にはとりあえずはどうでもよい。登ってくる相棒を確認して写真を数枚撮ると、私はまた雪壁に夢中になっていった。・・・結局、ザイルも出さずに、私達は烈風吹きすさぶ横岳の稜線に抜け、この日の登攀は終了した。終了点で相棒と握手する。そう、たとえザイルが無くても、相棒と登ったからこそ、久しぶりのバリエーションを登れたのだ。

硫黄岳に向かうといつものように風が強い。ゴーグルをいじったら風にまかれたのか、ゴーグルが飛んでしまった。フードをうまくかぶって風の直撃を避けないと、天気は悪くはないが凍傷にやられそうだ。でも、上気した私はヒョイヒョイと進み、相棒はゆっくりなので、ついつい先に行ってしまった。相棒がすぐ後ろにいると思ったら、なんと同じヤッケを着た別人。しまった、これは悪い事をした。

去年、雪崩れて犠牲者を出した赤岩の頭の下で、雪面を確認してから待つと、やがて相棒がやってきた。一息入れて、今度は断ってからテントへと先に走る。20分程でテントに戻ると、赤岳から戻った仲間たちが迎えてくれた。荷物を整理してから、相棒の分も小屋にビールを買いに行ってきたら、相棒も戻ってきて、皆で合流しての大宴会となった。

翌日は、皆でノーマル・ルートを硫黄岳にたどる。雪の硫黄岳は初めてという人もいる。雪山としては入門コース。でも、仲間と登るのにはまた別の喜びがある。山頂に誰かが拾ってくれたらしく、昨日飛ばしたゴーグルの残骸があった。もちろん感謝して、ゴミだから回収する。しばらく山頂で展望を眺めての下山する。下山の足取りは軽い。来年はどのルートを登ろうか、石尊稜かな、それとも阿弥陀岳周辺はどうだろうか、などと話しながら、憂鬱な毎日が待つ下界へと足をすすめていった。