メディアと自然保護

加藤 久晴

■ネイチャー番組という虚像



 アウトドアブームや環境問題の高まりを背景に、テレビなどで、いわゆるネイチャー番組が増えて
います。しかし、なかには、どうかと思うようなお粗末な番組も少なくありません。
 つい先日、NHKテレビの『小さな旅』というヒット番組が新潟県を流れる「魚野川」をとりあげて
いました。番組の最後で、「川を楽しむ人、川で生活する人、さまざまな人の中を魚野川は流れて
いく」というような内容のナレーションを流していました。しかし、これは重大な欠陥を持つナレ
ーションではないのか。つまり、「川をこわす人」というのが抜けているのではないか。「魚野川」
では今、奇形魚が現れはじめ、沿岸の人たちを不安におとしいれています。奇形魚の原因は。流域
のゴルフ場の農薬やスキー場で使う・凝固剤ではないかといわれているのです。しかし、一般的に
いうところの『ネイチャー番組』では、ほとんどがこうした自然破壊の問題を避けて通っています。
大部分が自然の素晴らしさだけを強調するにとどまっています。製作現場では「花鳥風月」番組な
どと自己卑下しながら、作っていますが、NHKに特にこの種の番組が多いようです。

 今年の春でしたか、NHKの昼の番組で長野県佐久のバラダスキー場を紹介していました。このスキー
場は、八ケ岳の展望台としても良く知られている、標高およそ1,000mの「平尾山」がある場所で、付
近には佐久市民の森もありました。ここに、市とリフト会社が結託したとしか思えないのですが、大規
模な人工スキー場を作ったのです。
 計画段階から自然破壊につながるし、地盤が緩いので危険である、として地元ではこの計画を危惧す
る声が強く、反対運動も起こリました。市民の声を無視して工事は強行されましたが、案の定、途中で
大きな土砂崩れが起こりました。そのため工事は中断されましたが、何年か遅れで完成。冬こそスキー
客が入りますが、夏場は全くの無人地帯です。
 夏の人工スキー場というのは無残そのもので見る影もないような光景を呈しているのですが、NHKはそ
こに中魅力メラを何台も持ち込み、アナウンサーを派遣して大宣伝番組を作ったわけです。まったく気
がふれたとしか思えないひどいピント外れの番組でしたがさすがに視聴者からの抗議がかなりあったい
われ、東京新聞のコラムでも厳しく批判されていました。
 同じくNHKですが、今年の春先に連続で尾瀬からの中継リポートを5回流していました。その中で、尾瀬
ケ原の竜宮小屋の親父さんに会いに行き、とこでキャスターが意識的に木道から外れ、雪の湿原の上で
遊ぶシーンを放送していました。雪におおわれているから湿原に入っても実害は無いとNHKサイドは考え
たのかも知れませんが、とんでもない話で、春の湿原は雪の下で植物が既に芽吹きの準備をしているの
です。
 尾瀬ケ原は現在、年間60万人にものぼるオーバーユースで、問題になっているのですが、従来は、雪
のシーズンは湿原の動植物にとって安らぎの季節でした。ところが今や、山小屋主催のクロカンスキー
ツアーが行われたり、山小鼻の案内でエンジン付きスノーモービルの客が入ってくるわで、尾瀬の自然
環境は一挙に悪化しているのです。
 そこへ湿原での雪遊びを奨励するような番組を放送したのですから何をかいわんやです。大体、この
5回のシリーズには尾瀬の自然をどう保護していくかという視点がまったく欠けていました.国立公園の
特別保護地区という国宝にも等しい地域でありながら、東電が土地を所有し、大量に取水していたり、
十数軒の営業小量があって雑排水を大量に垂れ流ししているという異常な状況の中に尾瀬はあるのです。
 まさに、ある意味では尾瀬は日本の恥部です。そういうことに全く触れず、表面的に尾瀬の美しい景
観をなぞるだけでは、尾瀬の状況悪化をあおるだけの番組になるわけです。

 むろん、問題はNHKだけにあるのではなく、民放も同様です。いや、民放はもっとひどいかも知れません。
 某民放のニュースが尾瀬のアヤメ平の植生回復作業を扱っていました。東電の下請け企業の人たちが種を
植えているのを紹介しながら、アナウンサーがなんと、「これで来年の春にはこの一帯の禄が回復されるでし
ょう」などと言ったんですね。これを聞いて、「馬鹿ぬかすんじやあねえよ!」と怒り心頭に発した視聴者
も多かったのではないでしようか。
 ハイカーの経み荒らしによって裸地化してしまったアヤメ平では、十数年前から植生回復作業が続いてい
るのですが、いっこうに効果があがっていません。2千メートル近いところでの気象条件が非常に厳しく、植
生回復に使っているミタケスゲなどの鍾や苗がなかなか取付かないのです.それを、一年で緑が戻って来る
みたいなナレーションを付けたのですから、大笑いなのです。
 海外取材番組にもこの手の異常シーンはゴマンとあります。例えば、熱帯雨林の過剰伐採を扱った番組で
はしばしば登場するシーンですが、日本から学者やボランティアが渡つて植林をしている光景が紹介されま
す。しかし、一方で、伐採による凄まじいばかりの自然破壊.伐採によって現地先住民が生活環境を破壊さ
れ、どれほどひどい状況に追い込まれているかについては、一部の例外を除いてほとんど伝えられていませ
ん。


■メディアの現状



 NHKでも民報でも、メディアの世界でどうしてこういうことが起きているのか?一言でいうとメディアの世界
では不磨、”チェック アンド コントロール”によって支配されているのです。
 どんなテーマを取材するにしても内容を厳しくチェックするシステムがメディア内部に出来上がってしまって
いる.特に、行政や企業を批判する内容についてはチェックが一段とシビアになります。そして、そうしたテー
マの取材については、行政や企業は情報提供を拒否し、取材も拒否します.また、辛うじて取材に応じても後で
その内容を厳しくチェックします.情報公開を義務付けられている行政に関しても同様です.視聴者の知る権利
に基づいて報道の自由を保許し、換閲を禁じている日本国憲法の精神はメディアの世界から雨散霧消しているの
です。
 反対に、行政や企業はPRネタを積極的にメディアに売り込んできます.そうやって、情報コントロールするわ
けです。バラダや尾瀬ケ原の中継に際しては、きっとかなりな便宣供与を関連企業から受けているのでしよう。
また、アヤメ平の植生回復作業のニュースも東電の下請け会社からの売り込みによって取材し、放送したのでし
ょう。
 熱帯雨林の問題に関して言いますと、この件の取材についてはマレーシア政府は絶対にビザを発給しません。
税関で追い返されたり、国立公園を取材する名目で入国し、熱帯雨林に入ったところ強制退去処分を受けたテレ
ビクルーもあります.一方で、熱帯雨林を伐採している日本の商社の誘いに乗って植林作業の取材をするといえ
ば現地では大歓迎され、まことに楽に取材ができます。
 しかし、本来、メディアは行政や企業の宣伝機関ではありません。視聴者の立場にたてて批判する機能を保持
していなければならないはずです。特に、電波は公共の財産であり、放送局は視聴者から電波を預かっているに
すぎないのです。主人公は視聴者なのです。とはいうものの、メディアの現状はお寒いかぎりです。どうやって
こうした閉塞状況を打破していったらよいのでしようか。
 もっと視聴者の権利を主破していくことに解決の一つの鍵があると思います。アメリカなどと比較すると、日
本の視聴者運動は非常に弱いのですが、可能性はあると思います。手始めに、局の社長室宛に抗議を集中させた
り、活字メディア宛に放送の問題を投書の形にしてどんどん訴えるなどという活動はどうなのでしょうか.放送
局は活字メディアに弱い部分があるので、投書についてはかなり神経を使っています。
 それと、自然保護の問題についても、市民運動でもっと盛り上げることです。メディアはしょせん事実の後を
追っているのですから皆さんの運動が盛んになれば、メディアも報道せぎるをえなくなるわけです。もっとも、
渋谷区にはヒマラヤまで行って、事実を勝手にでっちあげてしまう局もあるのですがーー。冗談はともかく、市
民運動が盛んになれば連動してメディアのほうもそれだけましになるのではないでしようか.メディアの一員と
しては皆さんの活動に対して大いに期待しているわけです。
 ご清聴ありがとうございました。


1996年6月16日の連絡会結成一周年総会での記念講演をもとに執筆いただい たものです。