「新釈白痴」創作ノート7

2010年7月

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07/01
7月になった。まだ『白痴』は完成していない。草稿はできているが修正が必要だ。とりあえずM大学。先週が宿題の締切だったので、ずっしりと重いリュックをかついで大学に向かう。しかしW大でやっていた頃と比べれば学生の人数が違う。とにかく大学にたどりついて、指導をしながら返却する。M大は2年目だが学生のレベルは去年より高くなった。意欲の高い学生が多い気がする。帰りは荷物が軽くなったので三鷹まで歩く。いつもは武藏境だが、三鷹まで歩くと40分くらいかかるのではないか。さて、夜中に作業を進める。ホルバインの聖母の絵についての言及。原典ではアグラーヤの姉についてムイシュキンが語るのだが、これをイッポリートが語ることにする。こういう微妙な変換がこの作品の仕掛けでもある。サッカーの日本チームが帰国した。わたしはカメルーンに引き分け、デンマークには勝つと予想していたのだが、予想以上の活躍だった。パラグァイには勝つチャンスはあったと思う。するとスペインとベスト4をかけて闘うという夢が実現していたわけだが、孫3人がスペイン人というわたしにとっては、対決が避けられてほっとしている。これで心おきなくスペインを応援できる。結果的にスペインはイタリアとの対決が避けられた。パラグァイは同じラテン系なので楽な相手だ。ブラジル対オランダ、アルゼンチン対ドイツと、強豪がつぶしあいをするのもスペインにとっては有利。ここまでの展開を見て、ブラジルの強さが際立っている。ドゥンガがチームを完全に統率して、守備をしっかり固めている。オランダを撃破して決勝まで進むだろう。もう一つのゾーンは、アルゼンチン対スペインになるだろうが、きっちり統率するドゥンガと、自由奔放のマラドーナの対決を見たい気もする。

07/02
本日は自宅で八王子図書館の人と講演の打ち合わせ。講演はずっと先の十一月。八王子には8年住んでいた。いまもコーラスの練習兼飲み会があるので月に1回は行く。だから土地勘がある。さて『白痴』だが、主人公の心理を中心に登場人物の絡みの密度を上げながらチェックを続けている。かなり厚く修正する箇所もあるので時間がかかる。あせらずにじっくりと見ていきたい。
サッカーの準々決勝が始まる。予選リーグは組み分け抽選の段階で、開催国の南アフリカのグループにフランスが入ったので、どの組にもシード級の国が配置されていた。そのシード国がベスト8になれば順調だったが、まずフランスが敗退し、イングランドは2位になってドイツとぶつかることになった。そこで準々決勝にウルグァイ対ガーナという、ダークホース同士の対戦が組まれることになった。もう一つの番狂わせはイタリアが敗退したのでパラグァイが1位通過で進出してきたこと。日本にとってはラッキーな状況だったが勝てなかった。これで対戦相手のスペインが楽になった。残りの2試合はブラジル対オランダ、アルゼンチン対ドイツという、決勝戦みたいな組み合わせになった。その最初の試合、ブラジルがまさかの敗戦。先に点をとったのに、オウンゴールで自滅した。サッカーは何が起こるかわからない。ブラジルに勝ったオランダと1点差負けだったのだから、日本はブラジルと同レベルだということもできるのではないか。

07/03
土曜日。7月に入ってもこのノートを続けている。実は7月、8月は仕事の予定が入っていない。とりあえず「哲学老人」というのと、「平成悪女列伝」というのをラインアップに入れているのだが、細部を決めていないので、まあ、のんびりした夏休みかなと思っている。「白痴」もまだ終わっていない。しばらくこのままノートを続けることにする。ドイツがアルゼンチンに大勝、スペインはパラグァイに辛勝。これでドイツ対スペインの準決勝になるわけだが、スペイン大丈夫かと心配になる。ドイツは二十歳すぎの若者が多く、試合をするにつれてチームがまとまり、自信をつけているように感じられる。それに対し、スペインはまだ2年前のヨーロッパ大会で優勝した時のようなまとまりが感じられない。ところで、ブラジルに勝ったオランダといい、スペインに善戦したパラグァイといい、日本が惜敗した相手はこの大会でもトップクラスのチームだったと思われる。日本は強くなったのだと思う。ベスト16という結果は日韓大会の時と同じだが、あの時は日本は開催国でシードされていた。リーグ戦の同じ組に入っていたのは、ロシア、ベルギー、チュニジアで、3国とも今回のW杯には入っていない弱小国だった。それに対して今回の日本は、優勝候補のオランダと、アフリカで一番強いといわれたカメルーンに、ヨーロッパ予選でポルトガルに勝ったデンマークだから、死のリーグといっていい組だったのだ。たぶんカメルーンは、第二戦のデンマーク戦に照準を合わせていたのだろうと思う。まあ、とにかく日本の闘いは終わった。あと2試合、スペインを応援したい。

07/04
日曜日。何事もなし。

07/05
自宅にて新聞の取材。著作権の取材は原則としてお断りしているのだが、本日は文学の話ができるのではないかと思っていた。が、結局、著作権の話しかできなかった。いまは著作権の話を始めると丸一日あっても語り尽くせないくらい問題が山積している。まあ、一つ一つ解決していくしかない。『新釈白痴』、3章までのチェックが終わる。これで全体の30パーセント。草稿が完成してから1週間たった。ペースが遅いが仕方がない。前作『新釈罪と罰』は右のものを左に換えるような作業だったので4ヵ月で完成した。今回は草稿だけで6ヵ月かかった。ドストエフスキーの創作ノートの一つのプランを復元するという試みだが、まったくのオリジナル作品なので仕方がない。頭の中に19世紀のロシア人たちがうごめいていて、本当は著作権どころではないのだが、頭のトレーニングにはなるので、著作権について考えることは、自分の仕事の準備運動だと考えている。

07/06
書籍検索提言協議会。丸ノ内の弁護士事務所。ここの受付は最高の見晴らし。弁護士って儲かるんだなあと来る度に思う。少し会議が長びいたが、余裕をもってペンクラブへ。実は事務局が時間を間違えて1時間遅く設定したのだが、わたしにとってはちょうどよかった。暑い日が続くが、今日は久々にサッカーがある。それまでしっかり仕事をしたい。

07/07
護国寺のコンピュータソフト著作権協会で打ち合わせ。護国寺なんて、めったに行かない。講談社や光文社があるが、行ったことはない。本は何冊も出しているのだが、作家が出版社へ行くことはめったにない。昔、自分が新人だった頃は、編集者の方が偉かったのでよく行ったものだが。護国寺。飯田橋から2つ目なので、それほど遠方というわけでもないのだが、何だかえらい僻地へ行った気がした。朝のサッカーはオランダの勝ち。順調。さて、これからスペイン対ドイツがある。ドイツの予言タコはスペインの勝ちを予言したらしい。ドイツは強いが、セルビアに負けたくらいだから弱点はある。ただしあの試合はクローゼがはやばやと退場になった。そういう奇蹟が起こらない限りドイツの優勢は否定できないが、スペインにはねばりがある。これまでスペインの試合を見る時は、気まぐれなスペイン人たちが取りこぼしをしないかと心配していたのだが、今回は格上の相手にチャレンジする感じになる。がんばってほしい。
スペイン勝った。これまでの試合とは見違えるような統制のされたチームに変身していた。いままでのは何だったのだというくらいに、強いチームになっていた。これで決勝が楽しみ。日本が負けたオランダにスペインが快勝するところが見たい。

07/08
わずかな仮眠の後、妻の運転で有明のビッグサイトへ。ブックフェアの講談社のブースでスピーチとサイン会。まあ、本を出してもらっているので作家としてのささやかなサービス。で、木曜日はM大学の出講日。有明からどうやって武藏境へ行くんだ? 新木場→東京→武藏境と考えていたのだが、ホームに降りてみると最初に川越行きが来た。まったく反対方向だが、これだと1回乗り換えだと気づいてとっさに飛び乗る。これで正解。スペインの勝利の余韻で一日中、幸福な気分だった。

07/09
文藝家協会で知的所有権と電子書籍の合同委員会。電子出版協会に来ていただいて、デジタル雑誌についてのガイドライン(案)に概要をご説明いただいて、こちらから疑問点や問題点を指摘する。委員の方々から的確な指摘があって、充実した協議になった。こうしてステップを踏むことによって、新しい時代のメルクマールが生まれることになる。確実な手応えを感じた。

07/10
土曜日。ひたすら仕事。明け方、3位決定戦。テレビ中継がない。有料の放送局ではリアルタイムで放送しているのだろうが、テレビを見ていては仕事ができないので、わたしは無料の放送しか見ないことにしている。ネットを見ていれば何が起こっているかはわかる。ドイツの先制点が決まりかと思ったが、ウルグァイが2点とって逆転。しかしドイツが2点とって再逆転。そのままタイムアップ。ゲーム展開としては最高にエキサイティングな試合となったが、どちらを応援しているわけでもないので、仕事をしながら、淡々と経過を見守っていた。ウルグァイはよく頑張ったが、結局のところ、今大会のドイツは強かった。スペイン戦では新鋭のミュラーが出場停止になっていた。その意味ではスペインはついていた。初戦に負けて優勝したチームはないそうだが、新たな前例を作ることになるだろう。

07/11
日曜日。今日はこれしかない。スペイン優勝。おめでとう。延長後半のあと5分というところで、イエニスタのすごいゴール。最後まで意志の力が持続していた。切れやすいスペイン人とも思えないねばりだった。スペインには多くの知人がいるので、わたしも嬉しい。しかし見ているだけでも疲れた。明日、というかもう今日なのだけれども、会議が3つもあるのに、これでは寝不足だ。しかしこれから一人で祝杯をあげたい。

07/12
著作権情報センターで著作権と言論の自由委員会。初台から急行で市ヶ谷乗り換えで麹町、文藝家協会理事会。それから永田町から溜池山王乗り換えで虎ノ門、メンデルスゾーン協会運営委員会。一日に3つも会議があると疲れるが、まあ、どうでもいい。W杯決勝戦の余韻がまだ残っている。自宅に帰って夜中の再放送を見る。スペインは無敵艦隊といわれながらこれまでW杯では勝てなかった。スペイン人にとって、国といえばカスティージャ(マドリッド)であり、カタルーニャ(バルセロナ)である。わが息子の勤め先のあるサラゴサはアラゴン国の旧都で、嫁さんの親族は自分たちはアラゴン人だと考えている。アラゴン州の外部は外国で、その点では、カスティージャやカタルーニャは、アルゼンチンやメキシコと同じ、スペイン語圏の外国ということになる。その点では、イングランド、スコットランド、アイルランドなど、別のチームとして予選に参加する英国と同じように、国単位で予選に出た方がいいのではと思われるくらいだ。スペイン人には国家という概念がない。では、今回のチームはなぜ強かったのか。チームの中央ラインをFCバルセロナの選手で固めてしまったことだ。守りの要のピケ、プジョルから、ブスケス、イニエスタ、シャビの中盤、これにフォワードのペドロが加わる。これだけバルセロナで固めて、これに「外人」のフェルナンド・トーレスがくっついているという布陣、つまりふだんならメッシやイブラヒモビッチのいるところにトーレスがいるだけで、中枢は生っ粋のバルセロナ育ちで固めたところに強さがある。ふだんと同じメンバーなので、ナショナルチームとしての練習でチームワークを育てる必要がなかったのだ。そう考えると、Jリーグはチームが多すぎるようにも思える。とにかくスペインが勝ってよかった。

07/13
サッカーが終わった。そしてふと気づいてみると、つかこうへいさんが亡くなっていた。つかさんと、深いつきあいがあったわけではない。だが考えてみると、自分が芥川賞を受賞してプロの作家になった直後、最初に「対談」というものをやった相手が、つかさんだった。その後も、何度が座談会や対談をしたことがある。麻雀をしたこともある。厳しいけれども懐の深い人だった。立松和平が亡くなったばかりなのに、また同世代の作家が逝ってしまった。人が死ぬのは定めとしかいいようがないが、自分にはまだやり残した仕事があるので、あとしばらくは生きていたいと思う。健康法などといったものはないのだが、仕事に追われないという生活を続けたいと思っている。締切のある仕事はなるべく受けない。やりたいことだけやる。売れなくても気にしない。要するにストレスにさらされないことが大切だと思っている。どうでもいい、と思って生きている。「やり残した仕事」というのも、どうでもいいと思っている。やりたくなればやるだろうということだ。そう言いながら、ここ何年か、自分では充実した仕事をしている。やりたい仕事だけを気分よくやっているからだろうと思う。
選挙で自民党が負けたみたいだ。わたしは去年の夏、高校時代の友人の民主党候補のために応援演説をしたけれども、とくに民主党を支持しているわけではない。いまの首相とは一度、陳情に行ったことがあるが、わたしが話している間、ずっと寝ていたのではないかという印象が残っている。まあ、どうでもいいことだ。

07/14
今週は公用が少ない。本日も自分の仕事に集中している。第6章。ここが作品の山場だ。全体が10章なので、後半に入ったばかりだが、前半の一定のペースで進んでいく展開から、急激に山場に入っていく。前半でちりばめられた伏線がここでいっきょに解決され、謎が解き明かされる。後半は謎が判明したあと、さてどうなるかという展開になる。このあたりは3月のスペイン滞在中に書いた。ちょうど息子の嫁さんのお父さんと食事をしていた時に、料理が来るまでのわずかな間に、ポメラを叩いていた時が、主人公の生い立ちの謎が解き明かされる瞬間で、思わずポメラを打ちながら涙をこぼしてしまったが、本日、その部分を読み返していると、やっぱり泣いてしまった。自分の書いたものに自分で泣くということはあまりないのだが、この作品の山場は泣かずにはいられない。いい作品になっているなと自画自賛する。

07/15
M大学。暑いが、がんばって武藏境の駅から歩く。木曜日はいつもふだんの日より倍くらい歩くことになる。

07/16
「白痴」の読み返しの作業。順調に進んでいる。将軍が出てくる。脇役だがキャラクターが立っていてユーモラスだ。この将軍と、次に出てくる枢密院議員など、この作品では老人たちが狂言回しになっている。こちらが老人になっているせいか、こういうキャラクターが出てくると流れがよくなる。

07/17
日本点字図書館で朗読会。講談の前座で短い時間だったが、いい感じで朗読できたと思う。サイン会もした。『青い目の王子』と『星の王子さま』。本をたくさん買っていただいた。盛会だった。

07/18
日曜日。ひたすら仕事。捜査官が出てくる。『新釈罪と罰』の主人公の捜査官がゲスト出演。こういう楽しい趣向があってもいいだろう。

07/19
月曜日だが祝日。やたらと暑い。本日は散歩は休んだ。熱中症になりそうだから。老人は無理をしない方がいい。ここでヒロインの一人が出てくる。3人のヒロインが小説が始まってから終わるまでに、少しずつ変化していく。その変化をチェックしながら読み進めているのだが、ここはしっかりとデッサンのやり直しが必要だ。ところでテレビで「スターウォーズ」のエピソード3を見た。実は3は見ていなかった。これでようやくストーリーがつながった。この6本、映画館で見たことはない。いまでは4〜6とされている最初のシリーズが封切られた時は、子育てに忙しい時期だった。とても映画館に出かける気分にはならなかった。子どもを連れて初めて映画館に行ったのは「ET」だったと思う。雑誌の写真を次男に見せて、これを見に行くのだぞと言うと、次男はおびえて、「咲くがる?」と尋ねた。動物園と間違えたらしい。映画館に行ったことがなかったので、映画というものが理解できなかったのだろう。その「ET」ではハロウィンの行列の中にヨーダがいて、ETが興味を示すという場面があった。こちらは「スターウォーズ」を見ていなかったので、何だかわからなかった。それくらい昔の映画だ。ところでETの写真におびえていた次男が、いまは二人の子の親なのだから時間の経過に驚くしかない。

07/20
何という暑い日。まさに猛暑。本日は文藝家協会で打ち合わせがある。妻が車で送ってくれるというので出ようとしたら、ガレージの電動シャッターがちゃんと開かない。何とか人力でこじあけて脱出に成功。夕方、すぐに担当の人が来てくれた。この家も建ててから24年が経過している。とんでもなく重い扉をアメリカ製のモーターで駆動させているのだが、もはやこの設備は製造停止になって久しい。バネのワイヤーが断線しているのだが、そういえば6年前にも同じことが起こった。シャッターを頻繁に開け閉めしていればいいのだが、閉めたまま長く放置しておくとバネに負担がかかって金属疲労を起こすのだという。そういえば子どもたちがいた頃は家に車が2台あって頻繁にシャッターを開閉していた。最近は車を動かさなくなった。6年前に断線した時も真夏で、浜松の仕事場から帰ったら開かなくなっていた。猛暑の時に長く閉めっぱなしにしている時が危ないらしい。そして今後、問題が生じた時に、もう部品がないかもしれないとのこと。しかもガレージの構造上、他のシャッターをつけるのは難しいとも言われた。うーん、まあ、もう車を2台使うこともないので、ガレージは縮小してもいいのだが。

07/21
昨日よりも暑い。ひたすら仕事。もう1カ月近く、この見直しの作業を進めている。うまくいっているのだが時間がかかる。登場人物が多く、一人一人の流れを見きわめなければならない。ドストエフスキーの小説はポリフォニーだと言われる。登場人物のすべてが同時進行で主役として生きている。その世界を踏襲して新たな作品を書いているので、わたしの小説もおのずとポリフォニーになる。ところであまりに暑いのでなるべく電気を消して作業をしている。パソコンの画面は見えるのだが、キーボードが暗い。ブラインドタッチで打っている。ひらがなキーは一番上の段が打ちにくい。先日、妻に届いた長男のメールによると、パソコンが壊れて、スペインが買ったらしい。スペインで買ったパソコンはスペイン仕様で、すべての情報はスペイン語になる。キーボードにはたぶん、スペイン語に特有の?がひっくり返った記号やアクセント記号が表示されているのだろう。もちろんカナキーなどはないはずだが、息子はブラインドタッチで仮想のカナキーを打っているらしい。

07/22
M大学。あまりに暑いので妻が車で送ってくれた。帰りも吉祥寺までバスに乗る。『白痴』は8章が終わった。課題となっていた箇所はほぼ修正できたので、ゴールは近い。スペインの長男から妻に電話があった。何かの試験に受かったらしい。めでたい。

07/23
今週は会議がない。世の中は夏休みモードに入ったようだ。集中して仕事をする。明け方、『新釈白痴』完成。自分で言うのも何だが、すごい作品になった。たぶん1200枚くらいになっているだろう。長さはどうでもいい。小説としての面白さと哲学的な深さの点で、自分にとってのベストの作品になっていると思う。還暦をすぎてこんな作品が書けるのだが、わたしはまだ充分に若い。いずれ『新釈悪霊』や『新釈カラマーゾフの兄弟』を書かねばならないのだが、とりあえず『新釈罪と罰』に続いて二歩目を踏み出すことができた。それにしても半年以上かかった。その間、まったくの無収入だった。ありがたいことに厚生年金とM大学の客員教授の手当と、集英社文庫の「なついち」のフェアで『いちご同盟』と『永遠の放課後』が増刷されたことで、食いつなぐことができた。それよりも本を出してくれる作品社に感謝しないといけない。3月にスペインに行っている時に、この作品の山場となる、白痴の生い立ちが明かされる場面を書いた。ここと、エンディングが、泣かせどころだ。伏線を張っていって、そのすべての伏線を有効に結びつけるという、長篇を書く醍醐味を充分に楽しんだ。爽快な気分だ。昨日、長男がスペインで何かの試験に受かったという知らせを聞いて一人で祝杯をあげたのだが、本日は明日の講演に引きずらない程度に祝杯をあげたい。

07/24
宇都宮で講演。宇都宮ビジネス電子専門学校が、数年前に開設した宇都宮アート&スポーツ専門学校で年に一回、講演をしている。『早稲田文学』に広告を出していただいた縁で、編集長が講師をし、わたしが年1回講演することになった。いつもこの季節なので、宇都宮は暑い、という印象がある。今回は電子書籍の話題などを入れて、1時間半、しゃべり続けた。講演を終えて外に出ると、ちょっと気温が下がっていた。新幹線で東京駅に着くと、都心は暑いままだった。東京は宇都宮より暑い、と思った。夜中は仕事をしたが、もう『新釈白痴』は完成しているので、何だか寂しい。何をすればいいんだ、と不安になるが、とりあえず50枚の作品を一週間で書かないといけない。その後はたぶん『老後の難問』という本を書き下ろすことになるだろう。妻がネットで、長男が合格した試験のサイトを見せてくれた。何人が受験したのか知らないが、合格は6人で、長男の成績は首席だった。偉い! 

07/25
日曜日。短篇小説を書き始めた。短篇を書くのは久し振りだ。記憶にもないくらい。たぶん西部さんの『表現者』に書いて以来だ。短篇は私小説になる。私小説こそ日本文学の王道と考えている。

07/26
夕方、雨が降って、少し涼しくなったか。

07/27
昨日、妻が四日市に泊まって、次男の嫁さんと交替で運転して戻ってきた。R&Rもいっしょ。R&Rというのは次男のところの孫2人(日本男児)のこと。ともに頭文字がR。平仮名で書いても頭文字が同じ。まぎらわしい。R1号、R2号と呼ぶことにする。R1号は2歳。かなり明るい子ども。R2号はまだ2カ月。これもきげんがいい。しばらく滞在する。まあ、何とかなるだろう。今年はスペインの長男一家は来ない。春にわれわれが行ったし、長男は試験の勉強で疲れ果てたようだ。そのかわりに次男の仕事が忙しいので、嫁さんがR&Rをつれて避難してきた。わたしだって仕事は忙しいのだが、大長篇が終わったばかりなので少しはゆとりがある。

07/28
いつものように昼前に起きると誰もいなかった。孫たちは近くの公園に行っていたようだ。昔、犬をつれてよく行った世田谷公園。ミニチュアのSLが走っていて、乗ることもできる。プレイパークという遊び場もある。R1号はたっぷり遊んだようだ。R2号はひたすら寝ていた。こちらは夕方に散歩。50枚の短篇、いま半分くらいのところ。私小説だからとくら構想を練ることもない。あるがままのことを書くだけだ。

07/29
午前中の会議。妻に文化庁まで送ってもらう。終わって地下鉄で東京駅へ。中央線で武藏境。昼食をとってからいつものように歩いていく。今日はちょっと涼しい。それでも30度を越えている。30度で涼しく感じるというのも異様だ。今年は文部科学省の通達で8月の第1週にも授業があるが、最終回は雑談で出席もとらないと言い渡してあるので、本日が前期の最終授業。ああ、疲れた。暑い日が続いたせいだ。帰って孫の相手。R2号はわたしが話しかけてやると、喜んで何やかやとしゃべる。生後2カ月だから言葉をしゃべるわけではないが、何やら言いたいことがあるようだ。

07/30
そろそろ短篇の締切だがまだ完成せず。日曜日は大阪へ往復するのでのんびりしていたい。明日には仕上げてしまいたい。孫たちは三郷のららぽーとに行ってきたらしい。機関車トーマスのテーマパークがあるとのこと。孫2人とも、疲れきって、帰ってくるなり寝室で寝てしまった。うーん、何か、寂しいような、おかげで仕事がはかどるような……。明け方、これでいいかな、というところに到達した。明日は世田谷文学館で青野總さんとの対談がある。帰ってきて最初から読み返し、よければ完了ということになるだろう。

07/31
世田谷文学館で青野聰さんと対談。世田谷文学館では世田谷文学賞というものを設置して、作品を公募している。選考委員はわれわれ2人。今回は初めての試みとして、応募希望者を対象に質疑応答の教室を開くことになった。初めてなのでどういう進行になるのか、予測不可能だったが、意外にスムーズに進行して、楽しい会になった。青野さんとは30年前くらいに早稲田文学の編集委員会の席でお目にかかったことがあるが、ふだんは文学論などすることもない。2人でレクチャーしているうちに、何となくまじめな議論をしたところがあり、有意義なやりとりだったのではないかと思う。帰って孫の相手。次男の仕事が忙しいので、仕事のできる環境を作るために孫がこちらに来ているという話だったのだが、昨日、嫁さんが電話したら、次男は麻雀をしていた。何だ、それは。おじいさんだって忙しいのだぞ。しかし大長篇が終わっていることでもあり、こちらもゆとりがあるので、孫と遊ぶのも楽しい。スペインの長男のところは娘3人で、異国でもあり、娘をもった経験もないので、ただ眺めるだけなのだが、次男のところは息子2人で、自分の30年前を見るような思いがする。わたしの2人の息子は歳の離れた双子みたいによく似ていたが、次男のところの孫2人もまったく同じ。双児みたいだ。そこのところが何だかおかしく、同じことがくりかえされるという神話的構造の中に置かれているような気がする。


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