デーヴァダッタ03

2023年3月

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03/01/水
「デーヴァダッタ」と題するノートの32ページ目。まだ何も進んでいない。やはり中勘助の「提婆達多」が気になっている。昔の作品なので文章が大げさで、話の進め方も類型的ではあるのだが、デーヴァダッタとヤショーダラの関係がスリリリングに描かれている。同じタイトルで、同じ趣旨の作品を書くのだから、中勘助を大きく超えないといけない。中勘助の作品では、デーヴァダッタとヤショーダラを同世代と設定している。だからごく自然に釈迦をまじえた三角関係が成立する。ぼくの構想では、デーヴァダッタは釈迦の12歳年下としている。デーヴァダッタは釈迦の弟子だからそれくらいの年齢差があっていいと思ったのだが、たとえば釈迦とヤショーダラの年齢差を6歳くらいと考えると、ヤショーダラはデーヴァダッタより6歳上ということになる。これで三角関係が成立するかということをいま考えている。まあ、成立しないことはないだろうが、釈迦との年齢差が12歳も離れているとライバルという感じではなく、釈迦とヤショーダラが結ばれるのを遠くから眺めているということだろう。そこからドラマをどのように進めていくか。これは書き始めてみないとわからない。あまり先のことまで考えてしまうと、書く楽しみがなくなってしまう。どうなるかわからないから先を考える楽しみがあるわけで、小説を書く喜びはそういうところにある。『善鸞』の場合、覚如が善鸞に相模で会う場面だけが史料として残っている。エンディングの方向がそこで決まっているのだが、その直前までは、どうなるかわからないという状態なので、そこまでは書く楽しみがあった。善鸞の墓が相模の寺にあるので、主人公が自分の墓の候補地となる怩見上げるところで話が終わりそうだという予感はあったのだが、その墓のある寺にどうやって話を結びつけるかは最後までわかっていなかった。『デーヴァダッタ』の場合、観無量寿経に記されているアジャータシャトルの父殺しの物語が後半の大詰めにある。これは動かせないテキストなので、そこまでのプロセスをどう作っていくかというのが、楽しみでもあるし、不安でもあるのだが、不安といっても出来なければやめればいいだけのことだから、命をとられるわけではない。釈迦については何かを書きたいという思いはあって、それならデーヴァダッタの登場しない釈迦だけの話を書けばいいのだ。

03/02/木
先日、高校の同窓会の席で、参加者から問われた。「なぜ歴史小説を書くようになったのか」。もう長く歴史小説を書いてきたので、この問いは忘れていた問題提起だった。その場ではごく簡単に答えたのだが、いまの日本の現代社会に自分が書くべきテーマが見つからなかったから、という答えで間違いはないだろうと思う。ぼくはドストエフスキーやツルゲーネフを読んで、小説を書きたいと思うようになった。19世紀後半のロシアのリアルな状況を踏まえた作品だ。ロシアはヨーロッパの辺境に位置する後進国で、自由主義がヨーロッパに広がっている状況で、いまだに農奴には自由がなく、皇帝と貴族による軍事政権が続いていて、言論も弾圧されていた。範はヨーロッパにある。当時のロシアの若者たちは、単純にヨーロッパ社会に理想を見だし、このロシアという国をどのようにして変革できるかを考えていた。個人と国家というわかりやすいテーマがあった。その点で、作家と読者には共通の理念があり、共通の問題意識があった。ぼくが小説家になりたいと考えたのは高校時代で、当時の日本には、19世紀後半のロシアと同じような状況があった。日本は戦争に負けたために軍事政権が崩壊し、民衆には自由が与えられ、財閥解体と農地改革によって、貧富の差も身分の差もなくなった。敗戦の廃墟の中からの出発であり、預金引き出し制限や新円への切り替えで、蓄財もできなくなり、瞬間的にすべての国民が貧民であるという平等な社会が実現していた。しかしぼくの高校時代にはすでに戦後の高度経済成長が始まり、公害問題など、資本主義経済の弊害があらわになっており、また日本の政権がベトナム戦争で米軍に協力し、加害者の側に回ろうとしていた。そういう状態だから、言論の自由はあったものの、自民党独裁政権は悪であり、範とすべきロシアや中国の社会主義体制は善であるといった単純な図式が若者たちに支持されていた。だからぼくが学んだドストエフスキーの方法論で小説を書いていけばいいと思っていた。実際に、ぼくは若者たちがいかに生きるべきか悩んでいる、という状況設定で、30歳代を作家として生きることができた。しかし世の中は高度経済成長のつきあたりにさしかかったバブル経済の絶頂期で、若者たちはディスコで遊び呆けるばかりで、いかに生きるべきかといったテーマでは作品が書けなくなっていた。中学生だった長男をモデルにした「いちご同盟」は、中学生ならば「いかに生きるべきか」というテーマで作品が書けるという、小説家としての工夫ではあったのだが、それではジュニア小説の書き手になってしまう。ほぼ同じころにぼくは早稲田で教え始めた。学生たちと接することで小説の新たなテーマが得られるかといった下心があったのだが、成果は得られなかった。それでも10年ほど教えるうちに5人の教え子が新人賞を受賞して作家としてデビューした。彼らから学ぶところは多かったと思う。ただぼくがドストエフスキーから学んだ方法論では小説は書けなくなった。そのあたりから、この小説のテーマが見当たらなくなった日本の現代社会から逃避して、過去の世界を舞台とした作品を書き始めた。最初は、イエス・キリストを主人公とした『地に火を放つもの/双生児のトマスによる第五の福音』だったように思う。これを書いたことは、のちの『偉大な罪人の生涯/続カラマーゾフの兄弟』につながったと思う。担当は高校時代からぼくを励ましてくれた元『文芸』編集長の金田太郎さんだった。それから同じく元『文芸』編集長の木有さんが作品社に移ったので作品を書き始めた。最初は仏典をもとにした『釈迦と維摩』だった。それから『空海』を書いた。この宗教をテーマとした作品で、その後のぼくの作品には流れが出来たように思っている。いずれにしても、歴史的な人物を採り上げて「いかに生きるべきか」というテーマで作品を書く。このことが書く喜びにつながっているといまも思っている。4月に発売される『光と陰の紫式部』も、才能を持て余している天才少女が、左大臣家の女房をしながら、やがては朝廷の財政改革という大きなテーマに挑んでいく物語で、「いかに生きるべきか」という問題を正面から描いたものだ。ぼくの作品は、生きに生きるべきかに悩んだ若者が、何ものかになっていく物語で、成功した有名人ばから描いているという反省すべき点はあるのだが、無名の若者のささやかな煩悶、みたいなものを歴史から拾い上げるのは難しい。今回は『善鸞』という無名の人物を主人公としているので、自分にとっては新たな試みだと思っている。親鸞という有名人の嫡男ではあるのだが、善鸞のことは誰も知らない。記録もほとんど残っていない。ただ親鸞の曾孫で本願寺三世の覚如の伝記のなかにころうじてその名が記されているのだが、覚如は善鸞に対して否定的な態度をとっている。この無名の人物が、当時の有名人の北条時頼、日蓮、忍性、叡尊といった政治家や思想家と対等に議論をすることによって、ドストエフスキー的な思想小説になっていくというのが狙いなのだが、はたしてうまくいっているかどうか。赤字入力がようやく終わり、プリントもできているので、本日は読者になったつもりで作品を読んでいきたいと思っている。

03/03/金
旺文社主催のコンクール表彰式。毎年この時期に開かれる恒例の大規模な表彰式だが、コロナのために2年間は休止していた。それまでの恒例のとおりに会場はホテルおーくら平安の間だが、料理の出るパーティーはなく表彰式とその後の受賞者との懇談会が実施される。3年ぶりということで、その間にオークラスは建て替えがあった。こちらは新しいオークラに出むくのは初めて。だいだい同じ場所に配置されているのだが、別館のあった位置には何やらお寺みたいなものが建っていた。大蔵一族の財宝を展示しているらしい。以前は別館から地下に入って本館に行くという経路だったが、新しいオークラは高層化していて一つの建物になっている。ただ土地の段差は昔のままなので、入口のロビー階は5階に相当し、エレベーターに1階の宴会場に下りていく段取りになる。1時間以上もかかる長い表彰式が終わり向かいの部屋に移って部門ごとの懇談会。ぼくは詩の担当だが、小説担当の阿刀田さんがお休みなので、小説も担当。詩の小学生が文部大臣賞、小説の中学生が早稲田大学総長賞を受賞。小学生の詩はいかにも小学生らしいものだが、中学生の女の子の小説はなかなかのものだった。本人がいろいろ質問してくれたので丁寧に答えておいた。才能のありそうな子なので将来に期待したい。久し振りにネクタイを締めたの疲れた。

03/04/土
『デーヴァダッタ』についてはまだ何も始まっていなのだが、とりあえず風景描写から始めたいと思っている。釈迦が生まれたのはルンビニという園地で、いまは観光地になっている。その園地のようすはNETで調べれば写真がある。観光客のブログみたいなものも捜してみたい。ドストエフスキー四部作を書いた時は、ペテルブルクにはぼく自身が出向いたのだが、『新釈悪霊』のトヴェーリなどは、ブログの写真が参考になった。あとは手塚治虫の『ブッダ』も参考になる。新仏教の団体発行の雑誌に連載されたので、編集者が参考資料を用意したはずだ。そろそろ書き始めたいと思っているのだが、まだ『善鸞』のプリントの2回目のチェックが続いている。第一章が終わった。もう直すところはないかと思っていたのだが、読んでみると赤字が入っていく。これでは何回読んでも終わりがないかもしれない。直しながら読むので読者が読むスピードにはならない。大幅な修正はないので、全体のチェックが終わったら、赤字の入ったプリントをもう一度最初から読んで、今度は赤字のボールペンを持たずに、単行本を読むスピードで読んでみたい。3月は公用もいろいろとあるのであわただしい。

03/05/日
スーパーボウルから半月以上が経過したのだが、まだ余韻が残っている。というか、この余韻は来年のプレーオフ開始のあたりまで続いていくのではと思われる。チーフスは新人と2年目が多いディフェンスバックがよくがんばった。シーズン前にベテランをそっくり放出して大丈夫かと思っていたのだが、ディフェンスはチームプレイなので、まじめに頑張る新人たちがシーズン後半からプレーオフにかけて結束力を高めていった。攻撃でも2年目のトニーと新人のスカイ・ムーアが終盤のタッチダウンで勝利を決定づけた。新人はギャラが低いので、サラリーキャップに抵触することはないのだが、ディフェンスラインにベテランが多いので、次のシーズンに備えるためにはそのあたりの調節が必要だろう。優勝したからといって全員のギャラを上げるとサラリーキャップを突きぬけてしまう。そのためにギャラを下げるかわりに長期契約を結ぶといった手段が考えられる。長期契約が難しい選手については放出の方向で計画立てて、そのぶんの補強をドラフトで対応するということだろう。このあたりはすでに戦略ゲームが始まっているといっていい。来シーズンは実際の試合は9月になってからだが、その前の戦力補強の戦略ゲームは、3月15日からスタートする。これは契約による拘束力がその前日まで効力が残っているということだが、すでに放出の決まっている選手については、いま現在でもフリーエージェントということなので、そろそろ移籍の発表がありそうだ。チーフスの場合はマホームズをケルシーを始め、大きな移動はないだろう。昨年はワイドレシーバーのタイリーク・ヒルの放出という大事件があり、ディフェンスバックのベテランをそっくり放出するという大英断もあった。今年はディフェンスラインのクリス・ジョーンズの契約が大テーマで、それ以外は何とかなるだろうと思われる。リーグ全体を見ると、QBの移動は昨年ほどの大移動ではないが、すでに放出が決まっているQBがいる。そのチームは補強をしないといけない。コルツはライアンを放出する。テキサンズは結局先発QBが定まらないままにシーズンを終えてしまった。レイダースはカーを放出する。コマンダーズはウェンツを放出する。セインツも先発QBが定まっていない。バッカニアーズはブレイディーが引退した。ファルコンズもマリオタを放出する。49ナーズは控えのガロポロを放出する。ただこのチームは2年目のランスと新人のパーディーがいるので問題はない。そこでいまのところQBがいないチームは7チームということになる。放出されるQBで先発になれそうなのはガロポロくらいか。ライアンはかなり衰えが目立ったがチームとの相性がよくなかったのかも知れない。ドラフトで対象になりそうなQBは5人くらいいるようだが、即戦力というわけにはいかないだろう。チーフスも控えQBが引退したので、マリオタくらいを確保しておきたいかもしれない。ドラフトは4月末だが、それまでに放出されたベテランQBの行き先が決まっていくかもしれない。

03/06/月
スペインの孫から写真が送られてきた。地元の小さな本屋の街路に面したショーウィンドにスペイン語訳の「いちご同盟」が飾られていたとのこと。ずいぶん前に裏表紙の作者紹介の文言の校正を求められたので本が出ることは知っていたのだが、実際に売っている証拠写真を見ると感動する。何より4人の孫たちが読んでくれそうなので嬉しい。「四月のきみの嘘」というコミックスがスペインでも評判になっていて、その中でヒロインが「いちご同盟」の集英社文庫を読んでいるシーンがあったので、スペイン語版が出ることになったのかと推察している。

03/07/火
本日は近所の医者に行って薬をもらい、それから深川ギャザリアまでドライブ。日曜のマラソンでは自宅から見える淡路町の交差点を一般ランナーがぞろぞろと通り過ぎるを見ていた。テレビ中継ではトップの集団が門前仲町の不動前のあたりで折り返すところを見ていたのだが、その不動前の少し先のあたりで右折するのが深川ギャザリアへ行くコースになっている。100円ショップでメガネの曇り止めを買う。散歩に出る時はマスクをつけなかったのだが、花粉の季節になったのでマスクをしないわけにはいかなくなった。それでも今年は出発前に花の穴にワセリンを塗り(メンソレタームで代用)、目医者の指示に従って散歩から帰ると目の洗浄液で洗っているので、何とかもちこたえている。プリントチェックは3章に入ったところで停滞している。集中力が切れそうになっている。それでも昨日、孫が「いちご同盟」のスペイン語版をもっている写真を見て、少し元気が出た。

03/08/水
「ウィニー」という映画が評判になっている。見に行く気はないがこういう映画を作る人がいるということに感動を覚える。ぼくは25年ほど前から文藝家協会で著作権問題の責任者を任されてきたので、ウィニーのことは記憶に残っている。今世紀の初め、まだパソコンというものがようやく黎明期から、若者たちの多くが日常的に使用する状態になっていた時期だった。ウィニーというのは個人のパソコンをNETでつないで、情報を共有することを目指したソフトだ。たとえば現在、重力波の観測とか、ブラックホールの画像化とか、天文学における観測や画像処理に必要な大量の計算は、世界中のパソコンを接続することによって可能になっている。一つ一つのパソコンの演算能力には限りがあっても、大量のパソコンをつなげばスーパーコンピュータ並の性能を実現できる。仮想通貨とか暗号資産と呼ばれる世界通貨が実現したのも、個人のパソコンが世界とつながっているから実現できた。そういうシステムのごく初期の段階で、日本の研究者がNETによる情報共有のシステムを試作し、実証実験のためにこのソフトを誰もがダウンロードできる状態にしておくと、このソフトがきわめて実用的な用途に使えることに気づいたマニアがいた。当時、音楽の楽曲をCDで購入するのではなく、NETでダウンロード(有料)することが可能になっていたし、CDの楽曲を自分のパソコンにコピーすることも、個人的なコピーは合法であるとされていた(たとえばカーナビでCDを聞くとカーナビのハードディスクにコピーされるのと同じ)。そうすると個人のパソコンの中に、楽曲が収納されている。世界中のパソコンがつながっていると、その中の誰かのパソコンにその楽曲があれば、コピーをとることが可能だし、そういう検索ソフト(ピア・トゥ・ピアと呼ばれた)も出現した。というわけで、誰もが無量で楽曲を聴くことができるようになった。これではCDは売れなくなる。ということで、音楽業界がウィニーの開発者を訴えて有罪の判決が出た。映画はこの事件の当事者と弁護士の物語を描いたものだ。簡単にいえば、切れ味のよいナイフを売り出した人が、そのナイフを使用した強盗事件の共犯者とされる、というような不当な判決だった。いまから思えばそういうことなのだが、当時のぼくは著作権の責任者であったこともあって、とんでもないソフトが開発された、といった印象をもっていた。いまでもマンガに関しては、画像をスキャニングして無料で公開するサイトがいくつもある。ベトナムなど外国のサイトなので取り締まりも難しいらしい。しかしウィニーはそういう意図で開発されたものでなく、純粋のファイル共有のために基礎的なプログラムを作る試みだった。今日もぼくは午前と午後、ZOOMの会議に出席した。会議の資料として事前に膨大な資料が送られてくるし、会議中にファイル共有と称して発言者のパソコンの中身が共有されることもある。そういうシステムを最初に作った人の労苦を称賛しなければならないし、試作品を公開した人が犯罪者として裁かれるなどということがあってはならない。まあ、映画はそういうテーマを世に訴えようとしているのだろう。当時のぼくはコンピュータというものに無知だった。反省している。

03/09/木
SARTRASのフォーラム準備会と分配委員会。午前と午後に会議があって、その間にiPadの充電が必要。ぼくのiPadは妻から下げ渡されたものでかなり古い。電池がかなり劣化しているようで充電の速度が遅い。なるべく満タンにしないように心がけているのだが、これでFootballの情報も得ているし、ウィキペディアなどの調べものにも使っている。充電が間に合わなければiPhoneでも会議に参加できるのだが、画面が小さいので人の顔がよく見えないし、資料の共有に対応できない。資料は事前に送られているのでパソコンで見ることもできるのだが。会議は午前のは穏やかだったが午後は紛糾した。参加しなかったが、このままではいけないので対策を考えないといけない。

03/10/金
SARTRAS共通目的委員会。この会議には外部の委員も参加している。いずれも見識をもった有識者の方々で、毎回学ぶところが多い。外部委員のご意見でこちらの事前の誤解が解けることもある。午後は文藝家協会に出むいて打ち合わせ。問題山積。まあ、命をとられるわけではない。このところ5月くらいの気温が続いている。自宅では真夏に着るティーシャツを着ている。この季節に何を着ていたのか思い出せない。いきなり夏の格好になってしまった。来週はリアルな会合が続く。何より日曜の運転免許試験場が懸念される。試験ではないので落とされることはないはずだが、4年前の前回、同じ試験場で車を動かして以来、ハンドルを握っていない。車ってどうやって動かすのか、忘れてしまった。ぼくは左足でブレーキを踏むのだが、それってイレギュラーなのか。免許証は本人確認のために必要だから返納するつもりはない。マイナンバーカードももっているが、これは実印みたいなもので、気軽に持ち歩くべきものではない。先日読んだ週刊誌に、このカードは設計ミスだと指摘されていた。実印と三文判をいっしょくたにしたようなもので、とても危険だというのだ。とにかく本人確認のためには免許証が必要だ。

03/11/土
震災から12年目とのこと。昨日は東京大空襲の日だった。一晩で10万人亡くなったのだからそちらの方が大きな災害だがそちらは人災。日本が起こした戦争だから仕方がないとはいえ、軍事施設などもない住宅密集地に焼夷弾で絨毯爆撃するアメリカ軍の残虐さは、いまのロシアどころではない。そのことをもっと糺弾すべきだろうが、何しろこちらの生まれる前のことだ。12年前の震災のことはよく覚えている。東京でもかなり揺れた。ぼくは文藝家協会に行くために地下鉄の永田町駅の昇りエスカレーターに乗っていた。すごい音がして揺れたのでエスカレーターが壊れたと思って慌てて駆け上がった。外の街路に出るとまだ揺れていた。交通機関がストップしたので、文藝家協会のある麹町から当時住んでいた三宿まで歩いて帰った。途中、渋谷のスクランブル交差点を通ったが行き場を失った大群衆がひしめいていた。渋谷から三軒茶屋方面の国道も、車道の半分は群衆が徒歩で郊外に向かっていた。ぼくは次の駅の池尻大橋で住宅地の方に曲がる。おそらく人々は二子玉川とか、もっと先の川崎市、横浜市の方まで歩いていったのではないかと思う。それから数日後、放射能の雨が降る中を高田馬場に出むき、歴史時代小説作家クラブ設立の準備会に出席した。あのころは毎日、ハノーバーの天気予報を見ていた気がする。その日の風向きによって放射能がどの方面に流れていくかを詳細に表示していた。日本の天気予報では一切表示されなかった。日本という国に不信感をもった。ぼくは原発反対運動には参加していないけれども、情報はオープンにしないといけない。トリチウムの安全性をもっと宣伝しないといけない。新宿御苑に運び込もうとしている汚染度の危険性に比べれば、トリチウムの排水は飲んでも大丈夫といえるくらいだ。まあ、自分で飲むつもりはないけれども。ラジウム温泉など、地下深くから湧き上がってくる温泉の放射性と比べても、海洋に拡散されるトリチウムの危険性はゼロだと断定できる。

03/12/日
武蔵境自動車教習所で免許更新のための高齢者教習。武蔵境といえば10年間勤めた武蔵野大学のあるところ。大学に向かうバスの最初のパス帝が教習所前。何度この前を通り過ぎたかわからない。この前の高齢者教習は、定年退職した直後だった。今回は後期高齢者になるので認知試験を先に受けている。この教習所に来るのは4年ぶり。その間、一度もハンドルを握っていない。前回はバックで車庫入れみたいなテストもあったのだが、今回はただ周回し、左右に曲がるだけでよかった。それでも終わった時はほっとした。どっと疲れた感じがした。『善鸞』の2回目のプリントチェックは4章が終わった。5章以後は山場の連続になるのだが、ここまで来れば大きな直しはない。ここまでのところ、1度チェックしたはずなのに、赤字がけっこう入った。もう1度、赤字が入ったままのプリントを最初から読み返して、誤字脱字のチェックをしたいと思っている。

03/13/月
『デーヴァダッタ』についてはいつでも書き始められる状態になっている。史料は何もない。伝説を記載したものはあるが史実としての整合性はない。中勘助の『提婆達多』と手塚治虫の『ブッダ』は手元に置いてある。あとは釈迦に関する史料がわずかにある。それから自分が高校時代に読んだ筑摩から出た『仏典T』と『仏典U』。必要なのはこの程度だろう。さあ、いくぞ、と決意すればいつでもスタートできる。現在作業中なのは『善鸞』の2回目のプリントチェックが4章まで終わっている。全体の3分の2くらいのところだ。今週中に最後まで行けるだろう。そのあと赤字が入ったままでプリントをもう1度読む。読者になったつもりでスピードを上げて読んでみる。気が付くところがあれば赤字を入れる。それで作業は完了する。赤字の入力は2日もあれば終わるだろう。それですべての作業は終わる。そこから『デーヴァダッタ』の作業は始まる。4月のあたまくらいかと思っている。ただ行き詰まることもあると思われる。もう一つの作業として、デッドストックになっている『人麻呂しのびうた』の書き替えを検討している。デッドストックになっているということは出版の見込みがないということなのだが、オファーがあればいつでも出せるようにしておきたい。『光と陰の紫式部』も3年前にデッドストックになっていたものがいまごろ出版されることになった。来月の初旬には刊行される。プランとしては、女性をヒロインにしたい。奈良に遷都した元明女帝を中心にスピンオフの展開としたい。
とここまで書いてアップロードしようとしたらFTPソフトが作動しなかった。というかまったくつなげなくなった。このホームページを開設したのはたぶん25年くらい前で、まだMS-DOSなどという言語が存在したころだ。そのころから使っている無料ソフトで、問題なく昨日まで動いていた。何がどうなっているのかわからないが、とりあえず新たなソフトをダウンロードしたのだが、そもそも設定の仕方がわからない。えらい時間をかけて何とか試みてみた。この部分が表示されているとしたら、作業は成功したということだ。
さて本日は夕刻、新宿の居酒屋で加賀乙彦賞の選考会。これは亡くなった加賀さんの名を後世に遺したいという岳真也さんの発案で始めたもので、当初は加賀さん自身が一人で選考するというものだった。去年、ぼくと藤沢周さんが選ばれた。まあ、身内ともいえる親しい人が選ばれるという感じだった。で、加賀さんが亡くなられたので、去年の受賞者2人と岳さん、および編集者1人の4人で選考することになった。ということで、無事に選考は終了。満場一致だった。その後、2次会に出かけた場所で、岳さんが受賞者に電話をかけ、受賞に同意をいただけた。賞金なしの選考なので、同意が得られるかどうか心配だったが、よかった。岳さんは受賞者とネットで知り合いらしいが、ぼくと藤沢さんは無関係なので、身内でも知人でもない。公平な選考ができたと思っている。

03/14/火
49ナーズのガロポロがレイダーズに移籍。ベテランのカーを放出してベテランを入れた。そのカーはセインツへ移籍。ブレイディーが引退したバッカニアーズはメイフィールド獲得か。ロジャースはジェッツと交渉中。今年もQBの動きが慌ただしい。本日は文藝家協会でリアルな会議。評議員会、常務理事会、理事会。疲れた。明日は点字図書館理事会。明後日はSARTRAS理事会。連日の会議。そのあとは浜松の仕事場に移動するつもり。少しのんびりできるか。

03/15/水
Footballのドラフトは来月の月末近くだが、現在のところ、パンサーズが全体1位の指名をすることになりそうだ。ドラフトの指名順は昨シーズンの成績のビリから始まるので、本来は3勝14敗のベアーズなのだが、この指名権は別の指名権や選手とトレードすることができる。ベアーズは成績はふるわなかったが、3年目のQBジャスティン・フィールズの成長に賭けるようで、今年はQBを指名しないことにしたようだ。ということでパンサーズが全体1位の指名権を獲得した。パンサーズは昨年、コーラルというQBを獲得しているのだが、昨年はQB不作の年だった。49ナーズのパーディーのような「残り福」もあったはずだが、コーラルでは満足できなかったのだろう。今年はQBの当たり年だといわれている。その中でも1番のQBをゲットしたいのだろう。パンサーズはまたベアーズから控えQBとしてダルトンを貰う受けている。あるいは今年はダルトンを先発させて、途中から新人を起用するといったことも考えられる。昨シーズンのスティーラーズも当初はドラビスキーを先発させ、途中から新人のピケットに切り替えた。最初からピケットでいけばプレーオフに進出できたのではという批判もあるのだが、いきなり新人を先発させてダメージを受けることを恐れたのだろう。2番目の指名権はテキサンズ。ここもQBは不在。新人を最初から先発させるのではないか。3番目はカーディナルスで、ここはマレーがいるのでQBは指名しない。4番目はコルツ。ここは昨年移籍させたライアンが不振ですでに放出が決まっている。ここも開幕から新人を先発させるだろう。5番目はシーホークス。ここはベテランのジーノ・スミスがプレーオフ出場に導いた。来年もスミスで行くはずだが、新人QBの指名を検討している。希望のQBが残っていればの話だが、今年は5人くらいは有望な新人QBがいるという話なので、誰かは残っている。6番目はライオンズ。ここはまだ若いゴフがいるのでQBは採らない。7番目のレイダーズは49ナーズからガロポロを移籍させているのだが、意中の新人QBが残っていれば選択して、2〜3年後に先発させるというプランもあるのではないか。8番目はファルコンズ。昨年指名したリダーの先発が決まっていて、控えにはコマンダーズのハイニケを移籍させた。このあたりになるとめぼしいQBは残っていないと考えるべきだし、これより下位のチームは現状のままでいくか、ベテランQBを獲得するかというところだが、ガロポロとカーの移籍がすでに決まっているので、使えそうなベテランはもう残っていない。コルツでもダメ、コマンダーズでもダメだったウェンツは引き取り手がないだろう。ライアンもどうかな。フラッコ、マリオタ、ブリッジウォーターは控えとしてなら置いておきたい選手だが、ギャラを控え並に下げてもらえるか。さてチーフスは10年以上先までマホームズで行くだろうが、今年は控えのいぶし銀的なチャド・ヘニーが引退を表明した。今回のプレーオフでもマホームズが足を傷めた試合でチャド・ヘニーは第2クォーター途中から出場して、92ヤード前進してタッチダウンパスを決めている。一昨年のプレーオフでも同じような代役出場があった。マホームズ中心の攻撃システムの中に急遽入ってシステムを機能させるためには、クレバーなベテランでないといけない。ただ優勝チームだがサラリーキャップが限度いっぱいになっているはずで、ライアンは来てくれないだろう。ブリッジウォーターくらいが来てくれないかなとぼくは期待している。さて、本日は日本点字図書館の理事会。いつものことだがここではいつも議長に指名させる。議長は議事進行をつねに見張っている必要があるので、内職や考え事ができない。まあ、無事に終わってよかった。

03/16/木
SARTRAS理事会。理事会くらいはシャンシャンと紛糾なく進行してほしいと思うのだが、いろいろなことを言う人がいる。各業界の利益代表の方々がおられるので、理事会に自分の発言を残しておきたいという気持があるのだろうが、言っても虚しいようなことをいちおう言っておくという人が多く、やたらと時間がかかる。民主主義だから少数意見にも耳を傾けるということだろうが、自分の存在感を確認するために一言発言するという人もいる。ぼくも時々、少なくとも一回くらいは発言しておきたいと思って発言することがあるのだが、最近は一言も発言しないことも多くなった。言っても無駄なことは言わない方がよいのだ。さて、ようやく2回目のプリントチェックが終わった。かなりの赤字が入った。1回目のチェックは何だったのかと思う。明日、浜松の仕事場に移動する。10日ほどいられるので、赤字の入ったプリントをもう1度最初から読み直すことにする。入力作業は東京に戻ってからでもいい。

03/17/金
今週は4日連続で会議があり、そのうち3回はリアルな会議だった。ようやく終わったので本日は妻の運転で浜松の仕事場に移動した。海老名SAの直前まで渋滞が続き運転する妻が疲れていた。仕事場に通うのもそろそろ難儀になってきた。年末年始に来て以来だが、建物は無事。ネット環境もつながっているし、庭の雑草も伸びていない。こちらには『善鸞』の赤字の入ったプリントをもってきた。2度チェックしたのだが、3度目のチェックをしてから、赤字を入力して、完成とする。御茶ノ水の自宅ではティーシャツ1枚で暮らしていた。陽当たりのよい密閉された空間なので、昼間は暑いほどで、真夜中になっても温度が下がることがない。こちらは築40年の木造家屋なので、真冬の寒さだ。石油ストーブを焚き、ヒートテックの下着をつけている。まあ、正月のころと比べれば凌ぎやすい寒さだが、夜中からは雨が降り出した。それでもここにいると気持が落ち着く。御茶ノ水の高層住宅から見えるのは大手町のビル街だが、ここからは浜名湖が見える。東京という街から具体的に距離をとるために、この仕事場は手放せないと思っている。

03/18/土
浜松の仕事場での第1日。こちらではのんびりしたい。前から見たいと思っていた「刑事モース」の第1回を見る。この第1回がシリーズの中で最も充実しているように思う。『善鸞』の3度目のプリントチェック。さらに赤字が入る。困ったことだが仕方がない。

03/19/日
大河ドラマの『どうする家康』は必ず見ている。『天海』を書いたので家康の人生については頭に入っている。歴史ドラマは作家によっても脚本家によっても自由に書き換えられるもので、その書き換えが創作という領域だ。『天海』を書くにあたっては天海という人物を描くだけでは歴史的な背景が見えないので、よく知られた人物と天海とを出会わせることで小説としての展開を創出した。いまはもう気持が引いているので、家康という人物への興味も失せているのだが、まあ、キャスティングを見るだけでもおもしろい。ところで大相撲は中日だが、翠富士が単独で全勝を守っている。静岡にいるとローカルニュースに地元力士の取組を紹介する。翠富士は静岡では英雄だ。小さい力士だ。これでよく幕内でやっていられると感心して見ていた。応援もしていた。今場所は突然、強くなった。背の高さは変わらないが、筋肉がついた気がする。熱心に稽古をしているのだろう。最後まで応援したい。

03/20/月
午前中は甘夏の収穫。浜名湖に面した庭の斜面に甘夏の樹が植えられている。すぐ下が道路なので、塀の代わりに樹木を何本か植えてあるのたが、仕事場を建ててくれた大工さんが蜜柑畑ももっていて、苗木を植えてくれたのが、毎年、実をつけるようになった。けっこう甘い夏ミカンで、市販のものより美味で、今年も大量に収穫できた。いつもは名古屋の孫たちが採ってくれたのだが、今年は上が高校入学、下が中学入学でいろいろ忙しいらしい。明後日から雨とのことで、本日、収穫することにした。斜面なので足場がよくない。それでも何とか収穫できた。足腰がかなり痛んでいる。午後はオーファン委員会。利害のない和やかな会だが司会をしないといけない。まあ、楽しい会になった。雑談の席で健康保険証の話になった。文藝家協会では美術関係者と共同で文芸美術健康保険というものを利用できるようにしてあり、この保険証にはペンネームと本名が併記されている。ここが重要なところで、たとえば不在票の入っていた書留郵便を郵便局で受け取る場合、宛名がペンネームであっても、保険証を見せて本人確認することができる。マイナンバーカードでは本名だけなので、健康保険証がなくなるとペンネームで書いている人は困惑することになる。確定申告の書類のコピーとかで代用できるか、といった意見も出たが、他のジャンルのクリエーターの場合も、ペンネームの人が多いので、これから重要なテーマになるのではと思われる。

03/21/火
今日は祝日らしいが仕事場に閉じこもっているので毎日が休日だ。昨日は甘夏を収穫したのだが、庭の方からは採りきれない果実が10個ほどあった。採る時に落として斜面の下まで落下した実もいくつかあった。そこで本日は下の道の方から斜面に入った。下の道というのは、以前は有料道路だった道路から別荘地に入ってくる誘導路で車はほとんど通っていない。そこに行くためには別荘地内の公園を突っ切って道路に出て戻ってくることになる。道路沿いには躑躅の植え込みがあるのだが、わずかな切れ目があってちょうど甘夏のある斜面の下に入ることができる。まずは落下した実を拾い上げる。それから高枝切りでいくつか実を採集した。拾った実も含めて十数個の実を新たにゲットした。ぼくはFootball(アメフト)のファンだが、いちおう野球も見るので本日は早起きして中継を見た。最初から逆転サヨナラの場面まで全部見ていた。メキシコはサッカーも強いけれど、野球もなかなか強かったが、先発投手が早めに交替したので、吉田選手の同点ホームランが生まれた。投手はよく頑張ったがそれでも打たれる。メキシコはよいチームだった。明日の試合は名古屋に行く用があるので最後までは見られないだろう。

03/22/水
名古屋大学の豊田講堂で、付属中学高校の吹奏楽部の演奏会。中3の孫兄が出演。何とクラリネットのソロも披露。学年末の集大成のような演奏会なのでレベルが高く見事な演奏だった。4月から新1年生になる弟も刺激になっただろう。とはいえ名古屋まで出かけるのはけっこう大変。野球中継を途中で止めて車で東海道線の鷲津駅へ。まずお土産のウナギを買ってから駅前駐車場に車を駐め、東海道線で3駅先の豊橋へ。名鉄の特急で名古屋の1つ手前の金山で地下鉄に乗り換える。名古屋大学前という駅があって、会場の講堂は駅前にある。途中、iPhoneで試合経過をチェック。特急に乗り込んでから妻がアマゾンのプライム会員になっていることを思い出して野球中継につないでもらったら、すでに試合は終わっていたが、すぐに耳に入った解説者の声のトーンで、試合に勝ったことがわかった。さて、時間に余裕をもって出発したので、演奏会スタートの1時間くらい前に到着してしまったが、会場内のロビーで休憩。次男夫婦と孫弟とも再会。孫弟は年末年始の猛勉強で入試にすべりこみ、兄の後輩になることができた。孫兄が1年生の時に将棋の藤井くんは高校3年に在学中だったので、その後輩にもあたるわけだ。帰りは外が暗くなっていた。妻は夜は運転しないようにしているので大丈夫かと思ったが、何とか無事に仕事場に帰り着いた。

03/23/木
昨日の名古屋までの往復は後期高齢者寸前の老夫婦にとっては負担だったようで、妻は疲労気味。ぼくも集中力が戻らず。午後から豪雨。散歩にも行かずに、プリントをチェックする作業を続けているが、後半は1回目、2回目でかなり直したので、新たな修正箇所はあまり見当たらない。それでも簡単な脱字や、同じ言葉の重複が見つかるので油断はできない。それでも1〜2章あたりと比べると赤字が少ないので、集中力の低下ではと心配になるが、まあ、2回目までで修正されているので、大きな直しはないということだろう。雨の日が続いて、名古屋に行った以外はまだどこにも出かけていない。肥料や除草剤を買わないといけないのでカインズホームには行かないといけない。

03/24/金
西気賀の駅舎にあるなじみのレストランに寄ってから都田テクノのカインズで買い物。除草剤など。プリントのチェックは4章が終わった。残り2章。仕事場での滞在はあと2日なので東京に帰ってから仕上げる。まだ赤字を入力しないといけない。担当編集者と会うのは4月6日ということになったので、急がなくても充分に間に合う。それで作業は終了。『デーヴァダッタ』に本格的に取りかかれる。久し振りにFootballの話題。選手は複数年契約が切れたり、もともと1年契約した場合には、チームと再契約することになるが、どのチームはサラリーキャップとの調整があるため、活躍度や期待度に比べてギャラの高い選手は放出することになる。複数年契約がまだ残っていても、トレードに出すこともあるし、選手本人の要望でトレードに出ることもある。たとえばパッカーズの大ベテランQBロジャースは、ジェッツへの移籍を要望しているが、契約がまだ残っているので、チーム同士の交渉でトレードということになる。トレードというのは何かと交換するということだから、見返りの選手またはドラフトの指名順位を代わりに出す必要がある。ジェッツのドラフト1巡はいまのところ13番目の順位。パッカーズとしてはこれとの交換を望むだろう。あとはかけひきだが、ロジャースの意思が固いので、無理に決裂させると引退してしまうかもしれない。というような、これからどうなるかわからない要素もあるが、各チームのQBの状況を見ておく。Aカンファの東地区、北地区はまったく変動なし。ただしジェッツにロジャースが入れば、3年目のザック・ウィルソンが出番を失う。とはいえロジャースは1年か2年後に引退するだろうから、ザック・ウィルソンをそのまま確保しておいてもいいだろう。南地区はテキサンズとコルツがQBの空白状態になっている。テキサンズは2位、コルツは4位の指名順なので、新人QBを指名するだろう。昨シーズンの成績がビリで1位指名権をもっていたベアーズはこれをパンサーズにトレードした。パンサーズはベテランのダルトンを確保しているのだがこれは控えで、ナンバーワンのQBを指名するだろう。3位指名権をもつカーディナルスはいまのマレーで行くのでQBは指名しない。従ってテキサンズが2番人気のQB、コルツが3番人気のQBを指名できる。その次の新人QBはシーホークスが指名する。ここにはスミスという中堅QBがいるのだが、競わせて成長させることになる。今年は優秀なQBが5人いるらしい。その5番手を指名するのはどこか。指名順6位のライオンズはゴフのままで行く。7位のレイダーズはガロポロをとった。8位のファルコンズは去年の新人リダーがいるのだが、去年はQB不作の年だったので、5番人気のQBが残っていれば採るかもしれない。もしファルコンズがQBを採らなかったら、9位のベアーズ、10位のイーグルスもQBは不要なので、11番のタイタンズまで回ってくれば、タネヒルの限界が見えているので指名するだろう。これより遅い指名順のチームは、昨シーズンの成績がそこそこによかったので、QBを替えることはないだろう。さて、西地区はレイダーズにガロポロが入った。Nカンファに目を移すと、東地区はウェンツのハイニケを放出したコマンダーズが控えのハウエルで行くのか。フリーのQBはライアンくらいしか残っていない。北地区はパッカーズがロジャーズを放出して控えのラブで行く。南地区はブレイディーが引退したバッカニアーズはメイフィールドを獲得した。パンサーズはベテランのダルトンを確保した上で、ベアーズから1位の指名順をゲット。今年のナンバーワン新人QBを採る。セインツはレイダーズをクビになったカーを確保。ウィンストンが控えに回る。西地区は変動なし。ガロポロを放出した49ナーズは3年目のランスと、昨シーズンのシンデレラボーイのパーディーを競わせる。このように見てくると、Aカンファはアレンのビルズ、バローのベンガルズ、ローレンスのジャガーズ、マホームズのチーフスの牙城は揺るがない。Nカンファはブレイディーとロジャーズ、それにガロポロもいなくなったので、群雄割拠の時代になるのだろう。

03/25/土
本日も朝から雨。昨日は晴れて真夏のような暑さだったが、浜松に来てから一週間、ほとんどが雨だった気がする。それでも庭の斜面の甘夏を収穫し、名古屋で孫のコンサートを聴き、カインズホームで必要なものを買ったので、浜松に来た目的は果たせた。仕事をするための仕事場で、この間、ネット会議が1回あっただけで、自分の仕事に集中することはできた。『善鸞』の3回目のプリントチェックは5章に入った。いよいよ日蓮が登場して主人公が折伏されそうになる。作品の山場の1つだ。それから北条時頼に会い、忍性、叡尊に会って、この章が終わる。六章は秘儀の法門という秘密の儀式の話。それと主人公の墓の予定地で話が終わる。短い終章がついているのだが、これは直すところはほとんどないだろう。ここまでくれば、大きな直しはないはずだ。

03/26/日
今日も雨。仕事場にいる間にプリントチェックを終えたかったが6章の後半で止まってしまった。秘事の訪問は終わったので6章はあとわずか。終章はごく短いのであと1日あれば完了する。明日は東京に戻る。

03/27/月
朝、車に荷物を運び込もうとして腰を傷めた。まあ、こちらの不注意なので仕方がない。道路は混んでいたが止まってしまうことはなく、午後3時には御茶ノ水に到着したが、地下の駐車場から荷物を運び込み整理をし、パソコンをセットするだけで2時間かかった。まだ郵便物の整理が残っている。

03/28/火
昨日傷めた腰はけっこう深傷であった。寝ているのも苦しかったが今朝起きようとするとさらに悪化している感じがした。最初に腰を傷めたのは30歳くらいの時で、当時は安静が第一と言われていたのでそのようにしていたのだが、その後、腰の捻挫の場合は周囲の筋肉をほぐした方がいいということですぐに動かした方がいいということになった。ころはけっこうつらいのだが治りが早いことは体験で知っている。ということで今日も散歩に出かけた。昨日の夜も仕事しようと思ったのだがあまりの痛さに集中力が出ず、夜中はスーパーボウルの録画を見て過ごした。録画はテレビの中に入っている。10日ほど仕事場に出むいていたので見ることができず禁断症状のような感じであった。本日は午前中の作業で3回目のプリントチェックを完了した。秘事の法門の場面の描写を増やした。少しあっさりしすぎていた。ものものしすぎるのも逆効果だと思い、簡単に推移だけを書いたのだが、描写を厚くした方が雰囲気がでる。これで作品は完成したと思う。ただ赤字入力の作業が残っている。腰が痛いというのは困ったことだが、パソコンは正しい姿勢でキーボードを叩くので、痛みで作業ができないほどではない。たちまち第一章が終わった。1日に1章。無理をせずに進めていきたい。

03/29/水
午前中に第三章までの赤字入力を終える。午後は中野の小劇場で松橋登さんと三田和代さんの朗読会。満席だった。松橋さんのムイシュキン公爵、三田和代のナスターシャでドストエフスキーの『白痴』を上演したのはもう50年ほど前のことになる。お二人がまだ現役でこうして朗読会を開くというのは素晴らしいことだが、年月の変遷というものを改めて感じた。夜中も少し仕事。明日はネット会議が2つあるので忙しい。腰の痛みはまだ続いているが、パソコンに向かって作業をすることはできる。パソコンで作業をするとつねに腰の不調を抱えながら何とか仕事をしているという感じになる。

03/30/木
午前と午後のネット会議。自宅で会議に参加できるのでありがたい。Footballは先発急のQBの移動が一段落した。パッカーズのベテランQBロジャースがジェッツ入りを希望している。ただ契約期間が残っているのでトレードで移籍するしかない。ジェッツがドラフト1巡、全体13番目の指名権を交換に出すことにすれば円満に解決するのではないか。ただ本人が強く移籍を望んでいるのと控えQBラブをそろそろ先発で試してみたい時期ではあるので、そこをジェッツに足もとを見られて2巡とか3巡の指名権と引き替えなどという低い条件を出しているので決着が長びいているのだろう。さて、チーフスはワイドレシーバーのスミスシェスターとハードマンを放出した。サラリーキャップが厳しく、ディフェンスラインの選手を維持したいので、彼らの昇給に応じられなかったのだろう。昨年はタイリーク・ヒルに逃げられて、一時はどうなることかと思ったのだが、ヒルがいるとどうしてもヒルに投げたくなって、そこを警戒させるということがあった。代わりに入れたスミスシェスターやスキャントリングは一流プレーヤーではない。それでもチャンピオンシップでスキャントリングが、スーパーボウルではスミスシェスターが活躍した。二流のプレーヤーでも核になる選手はいた方がいい。スキャントリングに、スーパーボウルでタッチダウンを挙げた2年目トニーとルーキーのスカイ・ムーアがいるし、タイトエンド兼任のワトソンもいるけれども、もう一人、核となるレシーバーが欲しい。相手がディフェンスを2人マークにつけるような、一発のある選手がいると他のレシーバーが動きやすくなる。ただチーフスはスーパーボウルでも、タイトエンドを2人にして、足を傷めていたマホームズを守った。パチェコの前にマッキノンを置くというランニングバック2人のシステムも試みた。そうなるとレシーバーは2人でもいいのだし、相手のディフェンスがスミス・シェスターに注目している時に、トニーとムーアという伏兵が活躍した。スミス・シェスターの代わりになるキャッチのうまいレシーバーが一人ほしい。ただベッカムみたいな高額のプレーヤーはまずい。ディフェンスバックには新人が多くギャラが安いので、あと一人くらいそこそこのギャラのレシーバーを入れることは可能だろう。

03/31/金
赤字入力完了。実に長くかかった『善鸞』がついに脱稿した。ただちにプリント。来月6日に担当編集者と会うのでその時にお渡しする。3月中に完了してよかった。


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