楠かつのり「気紛れ日記」2009






2009.3.22 「詩のボクシング」の場には朗読者の言葉と声に向かい 合ってくれる他者がいる

6年前に神戸新聞の取材を受けた時の 記事があります。新聞記事ですから取材された内容がどのように文字にされたかは実際の記事を目にするまで分かりません。文字制限もあるでしょうから、 言ったことが非常に簡単にまとめられることもあります。

例えば、下記の記事では「
現代詩を読んで、言葉や表現は上手だけど、その人の書く意味が分からないことが多かった。特に若い詩人の言葉にリ アリティーがない」といった箇所はこれは少し誤解されるかも知れないと思いました。間違っているということではなく、説明が足りないから誤解されてしまう のではないかということです。このことについては吉本隆明さんの著書「日本語のゆくえ」の帯にある「いまの若い人たちの詩は、『無』だ」にあるように吉本 さんも同じような印象を持っているということだけを紹介しておきます。もう少し詳しいことはわたしのブログに書きます。 → 楠かつのりブログ・三々五々

他には、わたしの肩書を映像詩人としていますが、これは音声詩人と映像作家としている肩書きを一緒にしたものではなく、おそらく過去の新聞記事検索の中で 映像詩人とされていたものがあったのでそれを使ったのだと思います。

また、「出場者および観客の大半は、十代から二十代の若者」というのも誤解を与えかねません。「詩のボクシング」の参加者の年齢層は本当に幅広いのです。 確 かに20代、30代の人たちが多いのですが、それに匹敵するくらい10代、40代、50代の人もいます。もちろん、60代、70代もいます。そして80代 の 人たちの参加も少ないですがあります。

そして、「今の若者たちだって真摯で純粋な思いを言葉に結実させている。聴いてくれる場がないだけ。いい言葉を出すには、いい耳が必要。リングは他者の言 葉を聴く場でもある」としてる箇所は「詩のボクシング」をはじめた当初から少しも変わっていない思いです。ただし、その後に続く「純文学がすたれるのも読 み手がい ないから」というのは、これはかなり誤解されてしまうのではないかと感じます。ここはやはりもう少し説明が必要でしょう。

「詩のボクシング」の場については、記事にある側面だけではなく、多くの参加者が感じていることを第3回三重大会チャンピオンの八和詩めぐむ選手の今年の 三重大会開催に向けたメッセージ「ここでは、あなたの声も私の声もびっくりするほど聴こえてきます。普段は騒がしさに隠れていた、沢山の声が聴こえる場所 なのです。リングに立ち緊張すると同時に少しほっとするのは、聴いて下さる人がいるおかげ」から読み取ってもらえるのではないかと思います。

今年もすでに神奈川大会の募集が始まり、徳島大会、三重大会の募集もまもなく始まります。1人でも多くの人の参加があるこを願っています。


「詩のボクシ ング」兵庫大会 協会代表の楠かつのり氏に聞く
神戸新聞2003/03/19

自作詩の朗読で聴衆の審判を仰ぐ“言葉の格闘技”「詩のボクシング」の兵庫大会が23日、姫路市の姫路文学館で開かれる。若者の語いが貧しくなったといわ れる中、リングに上ってくる朗読ボクサーたちの言葉は多彩で、真摯(しんし)で、熱い。今なぜ朗読詩なのか。日本朗読ボクシング協会代表の楠かつのりさん に聞いた。

純粋な思い言葉に結実

「詩のボクシング」は一九九七年秋、映像詩人である楠さんの呼び掛けでスタート。当初は谷川俊太郎、島田雅彦、ねじめ正一、サンプラザ中野の各氏らが出場 したことで話題を呼んだ。

「現代詩を読んで、言葉や表現は上手だけど、その人の書く意味が分からないことが多かった。特に若い詩人の言葉にリアリティーがない。だから活字の内にあ る作者の肉声を引き出したかった。従来の朗読会は、同人誌仲間が内輪で集まるカラオケ状態。読むのも聴くのも詩人で、他者がいない。他者つまり聴衆を意識 させる仕掛けを作りたかった」

その後一般参加のイベントとし、二〇〇一年からは全国大会を開催。地方大会の代表者十六人が、それぞれ三分の持ち時間で朗読し、トーナメント形式で競う。 兵庫大会は今年で二回目。

「有名人だけのイベントでは、また閉じてしまう。ジャッジは他者の象徴。読み手は他者に言葉を届けなきゃならない。パフォーマンス的な面白さを追求するも のではないが、笑わせるのも言葉の力だ。詩とは重い、まじめなものというのは誤解。活字の詩にも散文形やオノマトペなど実験的な表現があるように、朗読詩 にも多くの可能性がある」

出場者および観客の大半は、十代から二十代の若者。最近では学校行事に取り入れられているケースもあるという。

「今の若者たちだって真摯で純粋な思いを言葉に結実させている。聴いてくれる場がないだけ。いい言葉を出すには、いい耳が必要。リングは他者の言葉を聴く 場でもある。純文学がすたれるのも読み手がいないから。ある学校では、大会前に図書館が空っぽになったと聞く。『詩のボクシング』は活字を吸収しようとす るこ とにもつながる」

あくまで詩に優劣を付けるのではなく、聴衆に届くか否かを競うのが狙い。勝ち抜くことは重要でないと強調する。

「日本人って勝敗に関する知恵に乏しい。勝った人はちやほやされるが、負けた人はほったらかし。実は人は負けたときに知恵を授かる。リングは負けるために あり、負けた者こそ真の朗読ボクサーになれる。敗北を超えて出てくる言葉にこそ魅力がある」



2009.3.12 第 6回全国大会を終えての雑感: ノンバーバル表現の場としての「詩のボクシング」(再録)


言語はもともと身体を使って体得 されるのであって、理屈によって得られるものではない

「詩のボクシング」ではパフォーマンスが重視されているという 誤った見方


「詩のボクシング」は、声の場です。正確には、声の「言葉」の場です。「言葉」には、それを伝えるための器が必要です。文字の「言葉」の器は紙、声の「言 葉」の器は身体ということになります。この器の違いを正しく認識できていなければ、「詩のボクシング」では「パフォーマンスが重視されて言葉(詩)が軽視 されている」などという間違った見方をすることになるでしょう。また、「詩のボクシング」においては、身体を使った表現に対してパフォーマンスという言い 方をするのではなく、非言語的な表現、つまりノンバーバル表現という言い方をしたほうがよいでしょう。

ノンバーバル表現とは、相手と対面した時の顔の表情やしぐさ及び身振り手振りを含む態度、動作全般を指します。要するに、「言葉」だけでは分からない、伝 わらない「ことば」があるということです。

人の行うコミュニケーションでは「言葉」を使いますが、心理学の研究結果では、「言葉」が意味するものは5〜15%程度、片やノンバーバル表現の意味する ものは85〜95%になるそうです。この結果らかすると、人がコミュニケーションをする時には、言語そのものよりも、人の表情や態度、動作のほうがはるか に意味を感じさせる力を持っているというとになります。確かに、「熱い」という言葉を発するだけではなく、例えば、沸騰したやかんに触ったとして、その瞬 間の表情や反射動作があるからこそ、その時に感じたやかんの熱さの度合いもより鮮明になるわけです。

余談ですが、心理学では、人の第一印象が作られるのに3分の時間が必要とされるそうです。ということは、「詩のボクシング」で朗読に与えられる3分の制限 時間は、朗読ボクサーの第一印象を形作るには適切な時間であったということになります。ここでは詳しい説明は避けますが、ジャッジ判定においても3分は重 要な時間となっています。

話を戻します。言語はもともと身体を使って体得されるのであって、理屈によって得られるものではありません。このことがノンバーバル表現の源にもなってい ます。その証に声には身体感覚(五感)からもたらされた形容が豊富にあります。視覚的には、野太い声、黄色い声、聴覚的には、だみ声、金きり声、味覚的に は、渋い声、甘い声、触覚的には、尖った声、ざらついた声などと形容されています。そればかりではなく、声は、人の健康状態や心理、人柄(つまり個性)ま でもはっきりと映し出しま す。

ノンバーバル表現については、日本人と欧米人を比較しても、発想は異なるもののそれぞれに人とのコミュニケーションにおいて必要なものとして重視されてい ます。むしろ日本人のほうが、ノンバーバル表現をより大切なものと考えており、「言葉」では語らぬ代わりにしぐさや動作で語ろうとする傾向が強いといわれ ています。しかも繊細です。その一例として、挨拶をする上で、欧米人のように顔を見合わせて握手をするやり方と日本人の顔を見合わせないで互いの心を感じ 合うようにするお辞儀を挙げることができるでしょう。

ところで、この「顔を見合わせない」や「お辞儀をする」ことが、いかにも日本の「語らぬ文化」の表れのように短絡に理解されてしまいがちですが、そうでは なのです。「顔を見合せない」、「お辞儀をする」ことは一見控え目な行為のように見えながらも、実は非常に能動的、積極的な意味を持っているのです。

芳賀綏氏の著書「日本人の表現心理」(中央叢書)には、日本人のコミュニケーションの特徴がうまく八つにまとめられています。それは、「語らぬ」、「わか らせぬ」、「いたわる」、「ひかえる」、「修める」、「ささやかな」、「流れる」、「まかせる」です。これら芳賀氏がまとめた言語イメージからすると、日 本人は非常に受動的なコミュニケーションを得意としているように感じられますが、実はその逆で、繰り返しますが、日本人はそれらの言語イメージを支えるた めのノンバーバル表現をコミュニケーションの中で能動的、積極的なものとしてしっかりと価値化しているのです。

とはいうものの、芳賀氏の指摘する「日本人の表現心理」も今や大きく変わろうとしています。その背景には、日本的な村落共同体の崩壊にはじまり、その崩壊 の一因となった核家族という捉え方にも大きな変化が現れていることが挙げられるでしょう。さらには、日常生活での脆弱化した規範意識の姿勢及び態度、ある いは現在の日本に起こっている犯罪の内容についても、これま でのように「語らぬ」、「わからせぬ」、「いたわる」、「ひかえる」、「修める」、「ささやかな」、「流れる」、「まかせる」といった受動的な行動パター ンでは捉えられない状況が進んでいることも挙げられるでしょう。

だからこそ、現代の日本人を知る上でもあるいは現在の「日本人の表現心理」を知る上においても、リングに立つ朗読ボクサーたちの身体 を使った表現は(単なるパフォーマンスじゃないかとケチをつけないで)もっと注目されてしかるべきものだとわたしは思っているのです。もちろん、朗読表現 の可能性を探る上においてもです。



2009.3.7 第5回神奈川大会出場者募集中! 第7回徳島大会、第4回三重大会出場者募集まもなく開始!


5月2日() 予選会   13:00〜17:00

6月13日() 本大会  13:00ゴング!


チラシ表(応募条件等) → ここを クリック

チラシ裏(会場へのアクセスマップ) → こ こをク リック

下記のページでwebエントリーできます!

webエントリーのページ


主催:「詩のボクシング」神奈川大会実行委員会(MHA02332@nifty.com





第7回「詩のボクシン グ」徳島大会 FAXでの応募も受け付けます!


5月16日() 予選会 13:30〜17:00

6月14日() 本大会 13:30〜16:00


チラシ表(日時等) → ここを クリック

チラシ裏(応募方法等、会場へのアクセスマップ) → ここを クリック


主催:徳島県立文学書道館

    〒770-0807
    徳島市中前川町2丁目22-1(徳島中学校東隣)
    TEL.088-625-7485  FAX.088-625-7540

後援:徳島県教育委員会





第4回「詩のボクシン グ」三重大会in鈴鹿 


5月24日() 予選会 13:00〜16:00

6月20日() 本大会 13:00〜16:00


チラシ表(本大会日、会場へのアクセスマップ) → ここを クリック

チラシ裏(予選会詳細、応募方法) → ここを クリック

応募条件:満15歳以 上で三重県にゆかりのある人(三重県出身及び住んだことがある人など含む)!


2008年「詩のボク シング」三重大会チャンピオン
八和詩めぐむさんからのメッセージ

ここでは、あなたの声も私の声もびっくりするほど聴こえてきます。普段は騒がしさに隠れていた、沢山の声が聴こえる場所なのです。

リングに立ち緊張すると同時に尐しほっとするのは、聴いて下さる人がいるおかげ。

騒々しいことも多いですが、たまには静かに誰かの声も聴いてみて下さいましな。

そして、好きなように声に出してみましょう。ここは、そんな素敵な遊び場なのです。


主催:財団法人 鈴鹿市文化振興事業団(http://www.s-bunka.net)

     〒513-0802 鈴鹿市飯野寺家町810鈴鹿市文化会館内
    TEL059(384)7000 Eメール since-97@s-bunka.net
    FAX059(384)7755




2009.3.2 第9回全国大会へ至る各地の大会スケジュール
      

2009年各地の「詩のボクシン グ」大会開催のスケジュール

 
5
月2日()神奈川大会予選会

5月16日() 徳島大会予選会

524日()三 重大会予選会

530日()、31日()北 海道大会札幌会場、上湧別会場予選会

66日() 山口大会予選会

67日()兵庫 大会予選会

613日() 神奈川大会本大会 全国大会出場者決定!

614日()徳 島大会本大会 全国大会出場者決定!

617日(水)広島大会・高校生大会 (講師:楠かつのり) 全国大会出場者決定!

620日() 三重大会本大会 全国大会出場者決定!

621日()滋 賀大会in彦根 予選会

627日() 兵庫大会本大会 全国大会出場者決定!

75日()北海 道大会本大会 全国大会出場者決定!

711日() 山口大会本大会 全国大会出場者決定!

720日(月、祝日) ワークショップ型秋田大会in大館 全国大会出場者決定!

725日() 高知大会予選会

8月2日() 岐阜大会予選会

8月9日() 滋賀大会in彦根 本大会 全国大会出場者決定!

8月22日()高知大会本大会 全国大会出場者決定!

8月23日() ワークショップ型香川大会in丸亀 全国大会出場者決定!

8月29日()岐阜大会本大会 全国大会出場者決定!

9月5日()山梨大会予選会

9月26日()ワークショップ型佐賀大会 全国大会出場者決定!

9月27日() 長崎大会予選会

9月28日(月)宮崎大会・高校生大会 (講師:楠かつのり) 全国大会出場者決定!

10月4日() ワークショップ型東京大会 全国から応募可能 全国大会出場者決定!

10月16日(金)文芸道場 北海道・東北ブロック大会(山形大会) 高校生大会 (講 師:楠 かつのり)

10月17日()文芸道場 近畿・東海ブロック大会(岐阜大会) 講演+詩の 創作及び朗読指導(講師:楠かつのり)

10月24日()山梨大会本大会 全国大会出場者決定!

11月1日() 長崎大会本大会 全国大会出場者決定!

11月21日()第9回「詩のボクシング」全国大会 [広島大 会代表vs宮崎大会代表によって高校生特別枠となる16番目の選手を決定する]


すでにお知らせしているように、1997年に始めた「詩のボクシング」が、1999年に一般参加にしてから今年で10年となります。その節目の年というこ ともあって、人の声というものをどのように記録し伝えることができるのかを考えています。そして、自作朗読ビデオの撮影をすることにしました。

この自作朗読ビデオ撮影は、5月から始めます。撮影した人などを右記ブログでも紹介します。ご期待ください。 → 楠かつのりブログ・三々五々

各大会の主催者の皆さまにもご協力をお願いします。



2009.2.3 各地で「詩のボクシング」出演者が関わる催しものが!


ブンカツ!文科系部活体 験記・高鍋高校・文芸部・文章読み書きへ愛情
  2009.01.25 宮崎日日新聞朝刊
 
今回は高鍋町の高鍋高校文芸部を訪れた。同部は部員九人 で、部長は二年・原田知夏さんである。さばさばした雰囲気が魅力の飯干宏子先生が顧問を務める。

同部の活動は基本的に個人制作で、できた各自の小説、詩、 短歌は同部伝統の文芸誌「なみき」にまとめ、文化祭で販売する。

「もう一つ、『狭辞苑』というものも作りますよ」と二年・ 安部詩織さんが教えてくれる。「学校や先生に関する身近なネタを集めて、辞典形式にしたもので す」。例えば「えんぺつ」という項の説明は「英語のK先生はぱぴぷぺぽがおかしい(例=鉛筆がえんぺつ)」という具合だ。

今回の体験入部では「詩のボクシング」をすることに。この 競技はまずあるテーマに沿って詩を作り、くじで対戦相手を決める。その後、決まった相手と自作の 詩を朗読し合う。両者の勝敗は、紅白の旗を用いて多数決で決する。

「今回は放課後の教室やグラウンド、体育館、自転車置き 場、部活動をしている人たちをテーマにします。さあ、二十分間の間にできるだけ多くの言葉を集めて きなさい」。威勢の良い飯干先生の掛け声で、皆、部室から出て思い思いの場所に行き、目に留まったものや印象を紙に書き付けていく。「自分の教室を見た ら、良い言葉が出てくるかもしれないね」「行ってみよう」。言葉を探すその横顔は真剣そのものだ。

部室へ戻り、書き留めた言葉で詩を作る。頭をツイストドー ナツ並みにひねって、僕もようやく一つの詩を作り出した。

対戦が始まる。一回戦は二年・廣川愛美さんと一年・道下加 菜さんだ。交互に壇上に立ち、自作を感情込めて朗読する。「汚い床/はがれかけのポスター/適当 に置かれたホース/冷える指先/響く私の靴音/何かがたまっていく音/とりあえずおなか減った」という独創的な詩を披露した道下さんが勝者となった。

そして二回戦。対戦相手の二年・新地香純さんの朗読が終わ り、次に僕が壇上に立った。うう、足が震える。披露し終わると、皆は拍手とともに、「終わりの所 の表現が良かった」など感想を伝えてくれる。ちなみに判定でも、僕の勝ちということにしてくれた。

文芸のおとなしやかなイメージと異なり、はじけるような笑 い声と、文章を読み書きすることへの愛情にあふれた同部。今後も魅力的な言葉の数々を生み出して いくにちがいない。

【写真説明】高鍋高校文芸部の部員5人と顧問の飯干宏子先 生。今日も和気あいあいと創作を続ける
【写真説明】与えられたテーマに沿い、短時間で作った詩を 披露し合う「詩のボクシング」。作る時も、朗読する時も、表情は真剣そのもの


イ ベントガイド/高知県
  2009.1.30 朝日新聞/高知

◎朗読フェスティバル2009 2月21日午前10時〜午 後5時、高知市丸ノ内1の県立文学館(088・822・0231)。中高生や劇団員や「詩のボク シ ング」出場者ら22の個人・グループが絵本や詩や文学作品などを朗読する。県出身で「ルパン三世カリオストロの城」のクラリス役などで知られる声優の島本 須 美さんが「語り聴かせる相手はだぁれ?」と題し、午後3時45分から講演。入場無料。


ピ エロに扮してピアノと共演 「詩のボクシング」全国優勝の川原さん 吉野川/徳島県
  2009.1.24 朝日新聞/徳島 
 
昨年11月、第8回「詩のボクシング」全国大会で優勝した 川原真弓さん(32)が25日午後1時から、吉野川市鴨島町飯尾のギャラリー風(ふう)で開かれ る「ピアノとピエロのコンサート」に出演する。川原さんは「見てくれる人が感じるものを大事にしてほしい」と意気込む。

ピアニストで作曲家の重松壮一郎さん(35)の演奏に合わ せ、ピエロに扮した川原さんがパントマイムをしながら詩を朗読。2人とも「寒い冬から暖かい春 へ」をテーマに即興で披露する。川原さんは02年にジャグリングやバルーンアートなどの大道芸を始め、JR阿南駅前やそごう徳島店の時計広場でのイベント に出演してきた。

一般2千円、小中高生1千円、未就学児は無料。お茶とお菓 子付き。問い合わせはかまどゴーゴーへ。

【写真説明】
パントマイムを披露する川原真弓さん=吉野川市のJR鴨島 駅前、川原さん提供



2009.1.30 第8回全国大会チャンピオンを囲んでの祝勝会

今日は、徳島大会に関わった皆さんが全国大会チャンピオンになった川原選手を囲んでの祝勝会を開きます。わたしも徳島大会主催 者である徳島県立文学書道館の丁山さんから依頼されて下記の言葉を寄せています。


第8回「詩のボクシング」全国大会チャンピオン
川原真弓さんへ

川原さん、おめでとう。

徳島大会であなたの朗読を初めて聞いた時、地元の方言と独特のイントネーションを生かした朗読は「詩のボクシング」の目指す身の丈の朗読を具現したもの だと感じていました。

その徳島大会で幾度かの勝ちと負けを経験した末に全国大会のリングに立ち、その大舞台でジャッジと観客の心をしっかりと摑みました。

そして全国大会チャンピオンになれたことは、これまで徳島大会に参加された朗読ボクサー及び大会を運営されている方々の喜びとなり、次の大会への大きな 励みにもなっているのではないでしょうか。

ところで、全国大会チャンピオンになったことで、あなたについて報道されている内容で驚いたことがあります。それは地元の町おこしのためにピエロ姿でパ ントマイムをしていることでした。そのような素振りを徳島大会でも全国大会でも見せることはなかったので意外でした。しかし、その隠された寡黙なエンター テインメント性が、実は「詩のボクシング」のリングでも生かされていたのかも知れません。

ということであれば、次の徳島大会ではエキシビションとして、是非ともピエロ姿でパントマイムを披露してもらいたいと思います。


今年の徳島大会は、予選会が5月16日(土)、本大会が6月14日() となっています。川原選手のピエロ姿のパントマイムも楽しみにしていてください。

今年は1.19の日記も書きましたが、新たな試みとして朗読映像を作 ります。そして朗読メディアという新たなジャンルを作りたいと考えてもいます。

各地の大会の他にも面白い朗読をする人がいれば撮りたいと思っています。推薦してください。



2009.1.19 ついに朗読ボクサーDVDのリリースを予定する!

第9回全国大会に代表を送る各地の大会は、北海道、秋田、東京、神奈川、山梨、岐阜、滋賀、三重、兵庫、広島、山口、徳島、高 知、佐賀、長崎、宮崎の16大会となりました。

そして今回は、各地の大会で面白い朗読をした人をピックアップしてビデオカメラで撮ろうと思っています。撮るといっても1台のビデオカメラになりますが、 ちょっとだけ工夫して撮ります。

撮影する朗読ボクサーは、チャンピオンや大会代表になった選手とは限りません。ひょっとすると予選落ちした選手になるかもしれません。朗読が上手いとか下 手だとかも関係ありません。わたしが面白いと思った人を撮らせてもらいます。撮影も編集もあえてシンプルなものにします。もちろん、朗読をカットすること はありません。

そして1枚のDVDにして日本朗読ボクシング協会リリースとして限定枚数で発売します。売れることは考えていません。売れなくてもいいのです。ただ、こう いった声の文化は、ごく一部の人ではなく、誰にだって担えることを示したいのです。大袈裟かも知れませんが、無名性のパワーを世に示したいのです。その中 からひょっとするとスターが出てくるかもしれませんが、それを目的とするものではありません。

みなさん、今年は記憶に残る朗読ボクサーだけではなく、記録にも残る朗読ボクサーを目指して参加してください。

さて、どんなものができるのか、楽しみです。



2009.1.5 今年も「詩のボクシング」をよろしくお願いします。

今年は一般参加の「詩のボクシング」トーナメントが始まってまる10年になります。今年の世界経済状況は昨年にも増して厳しい そうです。厳しいと言えば、「詩のボクシング」の場を広げる活動は経済的にも外圧という点においても常に厳しい状況にあるので、厳しさには慣れているとい うか、特に外圧に対してはこの10年を振り返っても忍耐力が十分に備わっていると言ってよいと思います。

声の言葉というのは、一本の木に喩えると、葉や実のようなもので、見る人を楽しませるものだと思います。さらに言えば、見ることを楽しませ、時にその実を 味わい、人の心を和ませるものだと思います。それをコミュニケーションの言葉だと言えば、そうでしょう。そして、コミュニケーションの言葉は、軽いものだ と言われれば、それを否定するつもりはありません。一方、木の幹や根は、もっと人の存在に深く関わるもので、そこに言葉の本質的なものがあり、それが ひょっと すると芸術表現というものをなす言葉にもなりえるのかも知れません。

しかし、一本の木は、幹や根だけで生きられるものではありません。葉や実をなすことによって、いや葉や実があり、それが季節によって潔く散ったり落ちたり することによってその命を先に繋げているのです。「詩のボクシング」の場は、その潔い声の言葉を聴いて、勇気づけられたり、癒されたりしながら人が表現し たことを楽しむ場なのです。そのことを理解していただきたいと思います。


ところで、昨年暮れの12月28日と新 年の1月3日に第8回「詩のボクシング」全国大会を収録した番組の放送がありました。今回は1時間枠となりましたが、予想したとおり、前回までの2時間枠 でも伝わらなかったものが、さらに伝わらないものになっていました。スタッフでリングアナウンサーを担当している松本さんからは、「もうテレビ放送はいい んじゃない。あれじゃ、何も伝わらないですよ」との感想が寄せられました。わたしとしてもテレビ放送で唯一認めていた出場選手の日常(応援してくれる家 族や 友人、そしてその選手の生活ぶり)を紹介するシーンがなくなっていたことに失望しました。あのシーンがなければ映像化しても意味がないとさえ思っていま す。な ぜなら、ライブでは見ることのできない出場選手の声と言葉を生み出したバックグラウンドがそこに垣間見えていたからです。

しかし、「詩のボクシング」はライブですから、ライブの3時間半がすべてなのです。そのライブを観ていただいた方には、番組化された「詩のボクシング」が 別物だと分かってもらえている(であろう)ことが救いです。そして、 やはりライブでないと意 味がないという思い を強くしていただけたのではないかと想像します。また、番組は番組として、「詩のボクシング」をまったく知らなかった人が、「詩のボクシング」に少しでも 関 心を持ってもらえる切っ掛けになればと思っています。


2008.1.27の 日記にも下記のようにありました。毎年 テレビ放送があった後に同じようなことを思っていると呆れています。全文ではありませんが、紹介します。(※全文は当日の日記をスクロールダウンして読ん でみてくだ さい。)

「詩のボクシング」は、ライブです。映像によっても再現することはできません。そこがライブの強みなのです。

テレビで放送されている「詩のボクシング」を観て、ああだ、こうだと言う人がいますが、それはライブの「詩のボクシング」ではないと言って おかなくてはなりません。朗読の途中に朗読とは関係のない映像が入るのはおかしいとか、制限時間が3分と 言っているのに計ってみると1分ほど(あるいは数十秒ほど)しかないのはどういうことなのか、なぜリング下からの実況中継になっているのかなどの意見が協 会に寄せられても対応 しかねるのです。

「詩のボクシング」が番組化されて放送されるようになってから同じようなことを繰り返し言っていますが、ものごとに受身的になっていると、やはり見えてい るようで見えていないものなのだなと、ここでもメディアリテラシーの必要性を強く感じています。

この必要性は、文字としての言葉と声の言葉との違いをうまく認識できていない人にも当て嵌まります。文字の言葉で見慣れているものを声の言葉で聞くと違和 感を覚えるのでしょうか、「詩のボクシング」には「詩」がないと言う人がいます。これは何か勘違いをされてもいるのでしょう。「詩のボクシング」は、声と なった言葉が詩であるかどうかを問うている場ではありません。詩であるかないかではなく、朗読者自身の声となった言葉が聞き手に届くかどうかを問うている 場なのです。そして、あえて言えば、届いた声の言葉にポエジーがあれば、それを詩と名づけてもいいという場なのです。つまり、はじめから詩があるのではな く、これも詩だね、というものを探しているのだと理解していただけるとよいと思います。だから、どのような表現ジャンルであれ朗読スタイルであっても「詩 のボクシング」の場には参加できるのです。

できれば、既成のものだけではなく、えっ、そんな表現方法もあるのかと驚かせてもらいたいと思っています。

長くなりますが、もう一 つ、第8回 全国大会に出場した長崎代表の力久夏実選手 がインタビューを受けた元旦の長崎新聞記事を紹介します。全国大会では1回戦敗退でしたが、「詩のボクシング」で経験したことが彼女の将来にきっと役立つ ときが来ると思 います。


青春Wing 長崎発わたしの表現
「詩のボクシング」朗読ボクサー 力久夏実さん(17)
言葉の可能性を実感「大学で日本語研究したい」

2009.01.01 長崎新聞朝刊
 
ボクシングリングに見立てたステージで自作詩を朗読し勝敗を決める「詩のボクシング」。昨夏、長崎市で全国大会の代表を決める「詩のボクシング長崎大会 IN 浜んまち」が本県初開催され、県立長崎東高二年、力久夏実さん(17)がチャンピオンとなった。全国大会では健闘むなしく敗退したが、「言葉には個性や人 柄を伝える大きな力がある」と、あらためて言語の可能性や素晴らしさを感じている。

幼いころから、絵本に親しむ読書好き。学校では文芸部と放送部に所属する。「普段は小学五年の時初めて書いた小説が中心。詩はあまり作らない」というが、 部活動では詩を書いてきた。七月の長崎大会では「勝ち進むとは思っていなかった」といい、決勝では作品の準備がなくなったが、以前書いた詩を思い出しなが らの“即興詩”で制した。

「友だちとも離れてしまうし(中略)対馬んことは、嫌いでしたね」「あの土地は私ん一部になったとやろうと思います。本当に今でも、見てしまうとですよ、 対馬の天気予報ば」

長崎市出身だが、小学一年から四年まで、対馬に住んだ。全国大会では今も消化しきれずにいる幼少のころの戸惑いと対馬への懐かしさが入り交じる複雑な内面 を詩に。初戦敗退となったが、「これほど自分を前面に出した作品はなかった」と振り返る。

朗々と、ぽつりぽつりと、それぞれに朗読する出場者の姿に「自ら詩を作り朗読するからこそ、これほど感動が伝わるんだ」と実感。言葉への興味をさらに募ら せた力久さんは、「大学で日本語を研究したい」と意欲を燃やしている。

◇  ◇  ◇   

若者は表現なしでは生きられない存在。君は、何を手段に何を表現しているのだろう。若い表現者たちにスポットを当てる。

【編注】りきひさ・なつみ

【写真説明】

「絵も音楽も得意ではない。言葉は自分を伝える唯一の方法」と語る力久さん=長崎市茂里町、長崎新聞社

「詩のボクシング長崎大会 IN 浜んまち」で自作詩を朗読する力久さん=長崎市、ベルナード観光通り




[2008年の日記]


2008.12.19 何とかこの厳しさを乗り越えましょう!

今年も残り2週間を切りました。日本にも世界同時不況の嵐が吹き荒れています。連日暗い重いニュースが流れていますが、みなさ ん、何とかこの厳しさを乗り越えましょう。

暮れの12月28日(日)に23:00から24:00の時間帯で第8回「詩のボクシング」全国大会を収録した番組が放送されます。NHK-BS2です。そ し て、新年、2009年1月3日(土)に16:25から17:25の時間帯で再放送されます。

下の写真は、全国大会会場で収録された番組のオープニング風景を写真家の大西みつぐさんが撮ってくれました。

リング下からの実況中継は、大会当日に撮影されているのではな く、大会から1 か月ほど経ってから四ツ谷にあるスタジオで撮影しています。

地方から全国大会を観に来られない人のために、その様子のいくばくかでもという思いから番組化 を許可して10年。長寿の番組になっています。今回は、1時間と短くなりましたが、2時間にしてほしいとみ なさんの声をNHKに届ければそうなるかも知れません。とりあえず今回の1時間番組を観てみましょう。

NHKの番組紹介ページ → 「詩のボクシング」 〜第8回全国大会トー ナメント戦〜


実況の小林克也さんと一緒に。





また、山形新聞に「詩のボクシング」について3回の連載で原稿を書きました。ぜひお読みください。

「詩のボクシング」広がる可能性(上) 2008年 12月8日 聴き手の心打つ言葉のパンチ 声に出す大切さ伝える

「詩のボクシング」広がる可能性(中) 2008年 12月9日 若者の声に感じる明るい未来 人が交わる「場の文学」

「詩のボクシング」広がる可能性(下) 2008年 12月10日 相手に教えてもらう自分の姿 「負け」て学ぶ思いやり

次の年も引き続き「詩のボクシング」をよろしくお願いします。よい年をお迎えください。



2008.11.5 第8回全国大会を終えて

第8回全国大会が11.3に開催されまし た。今回も満員御礼となりました。そして素晴らしい全国大会になりました。

今回だけではなく毎回そうですが、16人の出場選手、7人のジャッジ、会場を埋め尽くした観客、そして大会の運営を底支えしてくれたリングサイドスタッフ と運営スタッフ、それにもまして各地からの代表を送り出していただいている地方大会の主催者の皆さんには心から感謝しております。

振り返ってみれば、第1回の全国大会から満員御礼が続いています。プロによるタイトルマッチやエキジビションマッチ、タッグマッチも満員御礼でしたから、 満員御礼の記録を更新中とでもいったところでしょうか。この状態は何よりもリングに上がった朗読ボクサーには満足してもらえているのではないかと思いま す。正直、プロの人たちでも「詩のボクシング」全国大会の観客数で朗読を披露できることはめったにないことです。ですから、全国大会のリングに上がれる朗 読ボクサーは本当に幸せ者だと主催者でありながらそう思います。

もちろん、各地のどの大会でもそうであるように観客を集めるのには大変苦労するものです。しかし、大会が終わってアンケート用紙に書いている「今回も楽 しめました」、「生はやっぱりいいです」、「頑張って続けて下さい」、「次回も必ず見に来ます」などの言葉を目にすると、こうやって大会を楽しみにしてく れている人のために頑張ろうという気持ちになります。わたしもそれがあったからこそここまで頑張れたようなものです。それだけではなく、これまで各地の大 会で多く の人に出会えたこと、そして多くの心の言葉と声を聞かせていただいたこと、さらには地方大会、全国大会で大会運営を手伝って応援 し てくれたボランティアの人たちの 存在も大きな励みになっています。

来年は、一般参加の大会が始まって10年目ですが、この10年で「詩のボクシング」という声の場をがむしゃらになって広めて来たわたしの 闘いも一段落します。ちょっと身体にもガタがきているようです。

その上で一般参加10周年記念全国大会を見応え聞き応えのある大会にしたいと思っておりますので、よろしくお付き合いください。

すでにメールマガジンでもお知らせしましたが、次回全国大会では、リングの四方から観覧できるようにリングを観客席で、しかもひな壇式で取り囲むように設 営します。これは自作朗読史上初のことではないかと思います。また、一般参加による新たな形式の全国大会をもう一つ行う予定にしています。来年の開催日 は、11月21日(土)です。そうなれば、全国大会を同日同会場にて二つ行うことになります。今年と違って連休の初日になります。まだ1年以上先のことで すが、ご期待 ください。



2008.10.26 表現とは最終的に人を幸福にするもの

いよいよ第8回全国大会まで1週間となりました。年に一度の全国大会です。各地の大会を代表する16人の選手が一堂に会し、声 と言葉を合わせます。全国大会ではアンケート用紙を配っていますが、これまではほとんどの人が楽しめた、面白かったと感想を書いてくれています。感想の書 き方はま ちまちですが、その文面から伝わってくるのは、大会の熱気というよりは、真剣に自分の言葉と格闘した朗読ボクサーの声を聞けたことによる幸福感でした。

表現とは、どのようなものであっても最終的には人を幸せにするものではなくてはなりません。そして、「詩のボクシング」のリングに立つ朗読ボクサーは、そ の姿によっても、また伝えようとする思いの声と言葉によっても聞き手を幸せにしていま す。

ところが、朗読者の中には、そこまで考えが及ばず、自分の考えに固執するあまりに勝ち負けに強くこだわる人がいます。そうであるならば、自分から逃げ出す ことなく、こだわっているものが何であるのか、その正体をしっかり見定めてもらいと思います。その見定める行為にたとえ負けた悔し さがあったとしても、それは一時のことであり、その後にはその悔しさを越えた自分がきっと見つかるはずです。一度で見つけ出されなければ、もう一度、さら にもう一度と挑 戦を重ねてみてください。繰り返しますが、必ずや勝ち負けの先に行けるはずです。「詩のボクシング」は、そういった場であることを約束します。

一方、初めての挑戦で自分の声と言葉に真剣に向かい合い、そして得られたことを大切に思ってくれている人もいます。下記は、直接応募型・東京大会に初出場 した選 手の一人 か ら届いたメールです。

私にとって初めての「詩のボクシング」、とても貴重な体験でした。

言葉をどのように、またどんな声で届けるか、自分にとっての言葉とは声とは何なのなんだろう、私はつまるところ何を伝えようとしているのか、「詩のボクシ ン グ」の大会までの期間、いつもとは違う向き合い方で自分の言葉と声に向き合った時間がとても貴重なものとなりました。

ひとりよがりになりたくない思い、他者に届くのか試してみたいという思いで応募した今回でしたが、はたしてうまく届いたのかはわかりませんが、「詩のボク シング」の場は、私 の言葉を、さらには私自身を鍛えてくれるものだと確信しました。

これからも他者を恐れず、届けたい思いを大切にしていきたいです。

そして自分の芯となっている自分の言葉を鍛えていきたいと思います。

ほんとうに貴重な機会を与えていただきありがとうございました。


そしてたった今、第8回全国大会へ16番目の出場を決めた町おこし特別枠(第2回山梨大会代表)のくりこ選手から「闘いを終えての感想」が届きました。全国大 会に出場する選手にもそれぞれの思いがあるのです。 第8回全国大会の場もきっと幸福感に包まれることでしょう。



2008.10.13 「詩のボク シング」はどの大会も手作りです、 それで いいのです

いよいよ20日後となった第8回全国大会、その準備で忙しくしていますが、それ以上に気を取られているのが来年の準備です。会 場を決めることから、16人の出場者を決める大会の日程の調整等々です。今日は、秋田大会開催の準備を本格的に進めているとの連絡が来ました。新たな開催 地 の登場は嬉しいものです。しかも、来年は、一般参加のトーナメント戦が始まって10年なのでそれを記念して考えていることがあり、その準備も進めなくて はな り ません。

そこに10月4日の初となる直接応募型・東京大会、10月11日に香川大会があり、そして10月18日には町おこし特別枠の山梨大会があります。すでに終 わりましたが、東京大会も香川大会も出場選手たちが自分の言葉を声にするためにしっかり自分と格闘していました。大会が終わってわたしの記憶に残っている のは、なぜか初めて挑戦してうまく表現できなかった(だろう)選手たちの声と言葉です。しかし、うまく表現できなくても気落ちする必要はまったくありませ ん。それは、その選手た ちの 限界ではなく、むしろそこからスタートとなる声と言葉なのですから。

一方、残念なこともあります。「詩のボクシング」ファンを騙るクレーマーの存在です。ネット上ですが、自分の勝手な思い込みや勝手な判断で「詩のボクシン グ」や大会の運営にあれこれ いちゃもんをつける 人たちです。「詩のボクシング」は、声と言葉を発する出場者と聞き手である観客がその境を越えて出会える場です(言うまでもなく、その場を底支えする運営 スタッ フがいなくてはどう にもなりませんが)。「詩のボクシング」ファンの皆さんには、願わくば、たとえ朗読内容が未熟であってたとしても、あるいはその表現技術が下手であったと しても、「詩のボクシング」ではそれらが出会える場になれるんだという空気を 発してもらい、その空気の中に初めて足を運んでくれた観客を迎え入れていただきたいのです。もちろん、運営についてもです。運営については、スタッフ的 な気持ちになって協力 的になっていただけるとありがたいのです。なぜなら、「詩のボクシング」は、プロフェッショナルな興行の場を目指すものではなく、むしろその対極にある場 でなくてはならないと考えているからです。だから、「詩のボクシング」の場が手作り感を生かせる場であること に理解を示せない、あるいは寛容でない人は、ファンではなくただの悪意あるクレーマーに過ぎないとわたしには思えてしまうのです。

その東京大会、観客が全員ジャッジになるという初の試みでしたが、概ねうまくいったと思います。実際に現場で行ってみることで改良すべきところも見えてき ま したが、何回かやっていくうちにしっかりとしたものになるでしょう。今回の観客全員ジャッジ制という試みも、すでに小、中、高校生の大会ではジャッジの数 が40人から100人ですでにやってい ますか ら(もちろん、ジャッジの数は奇数でなくてなりません)、そ ういった前例があったからこそできたことなのです。

その初となる直接応募型・東京大会のチャンピオンには、土屋智行選手がなりました。京都大学の大学院で言語学を専攻している彼は、「詩のボクシング」に対 す る認識も的を射ています。下記に引用したのは、闘いを終えての彼の感想ですが、「詩のボクシング」の魅力についても的確に書いてくれています。

かつて表現というものは、「ある限られた領域」だけを観ればよいと思われていた。
音楽であれば音、絵画であればキャンバス、詩であれば紙上の文字。
だが今は多くの人が、必ずしも「その領域だけ」に表現がとどまっているわけではないことに気付いている。
演奏者の表情、展示される空間、本の装丁。
そのような要素によって、表現はよりはっきりしたものとなり、またそれらを総合的に観たときに、表現する人そのものの姿が浮かびあがってくる。
このことに同意してくれる人は、きっとたくさんいるはずだ。

では、人そのものを表現にするとどうなるのか。
体ひとつで表現をすると、その場はどのようなものとなるのか。

「詩のボクシング」では、人そのものが表現になっている。
選手の体が、観客の意識に直接切り込んでくる。表現としては原初的で、本質的だと思う。
原初的ではあるが、だからこそ新しい表現が常に生まれるのだと思う。
本質的な部分を問われるが、そこにこそ楽しみが生まれるのだと思う。

「詩のボクシング」では、真っ新なリングの上で、たったの3分間。
だがどの大会でも、まったく新しい3分間が必ず生まれるし、今までの大会にはない場が、もう二度と集まることのないであろう16人によってかたちづくられ る。

2年連続となる土屋選手には前回以上の活躍を期待しています。

そして、香川大会のチャンピオンであり、全国大会出場ともなった海堀賢太郎選手も、観客を魅了する詩的パワーを内に秘めた叫びで全国大会のリングでもきっ と 活躍して くれることでしょう。彼にも大いに期待しています。

ところで、ジャッジの一人である工藤直子さんから「先日、以前、ジャッジをされた江國香織さんに会ったとき、とても楽しかった、とおっしゃっていたので、 大会 の場に立ち 会うことに、ますます興味が出てきました」との伝言をいただきました。その江國さんが天才と評した若林真理子さんも、今回はジャッジ席に座ります。



2008.10.6 新たな表現の場を切り開いて行く高校生たち

10月2日に宮崎県高等学校総合文化祭第30回記念大会文芸部門の交流会で「詩のボクシング」を行うというので講師として招か れて行ってきました。宮崎では、4年前に沖縄県と九州7県の高校が参加した文芸道場・九州ブロック大会で高校生「詩のボクシング」大会を始めたのが切っ 掛け となって宮崎県内でも一昨年から高校生大会を行っています。

2010年には宮崎県で全国高等学校文化祭文芸専門部で高校生「詩のボクシング」全国大会が行われることにもなっており、そこに向かって宮崎での高校生 大会がま すます 盛んに、そして充実したものになるでしょう。ちなみに、高校生「詩のボクシング」全国大会の出場選手16人はわたしが認定することになっています が、すでに鹿児 島県高等学文化連盟文芸専門部からは来年の県総合文化祭で高校生大会を行うことになったとの知らせが来ました。

「詩のボクシング」は、どうやらこれまでの旧態依然とした文芸という場に声の言葉によって風穴を開け、新たな表現への道筋を創出するのがその役割ともなっ ているようです。今 回の宮崎での高校生大会は、そのことをより具体化できた内容になっていたのではないかと感じました。特に宮崎大宮高校の中嶋翠さんと都城泉ヶ丘高校の小杉 賢司くんの決 勝戦は、見応え聞き応えがありました。また、全試合を通して小杉くんの即興を生かした表現力には感心しました。できることなら小杉くんの朗読を全国大会の リングで披露したいと思うほ どでし た。他にも何人か可能性を感じさせる生徒がいましたが、宮崎県下から集まりジャッジとしてあるいは観客として試合の行方を見守った文芸部員も彼ら彼女らの 表現 力を目の当たりにしてに文芸への新たな息吹を感じ取ったことでしょう。

10月10日は、山形県高等学校総合文化祭文芸専門部で高校生大会が行われます。10月19日は、岐阜県高等学校総合文化祭文芸専門 部でも高校生大会が行われます。両大会とも行きます。どんな高校生朗読ボクサーが出てくるのか、楽しみです。



2008.9.24 
『詩 のボクシング』の場の復活が近代文学に新たな可能性をもたらす!

2008年9月21日発行の京都新聞に下記の記事が掲載されていました。


「連歌には豊かな世界」
源氏物語テーマ 左京で講演会 
 
源氏物語をテーマに連歌の魅力を語る高城さん(京都市左京区・京都教育文化センター)

源氏物語の和歌をテーマにした文化講演会と創作吟詠の研究発表会が21日、京都市左京区の京都教育文化センターであった。芥川賞作家で連歌研究を続けてい る高城修三さん(大津市在住)が「即興で詠む連歌には、詠んだ場が作り出す豊かな世界があった。近代文学を超える一つの方法として追求したい」と講演し た。

京都市詩吟文化連盟が源氏物語千年紀にちなんで開いた。

高城さんは「古代と響き合う場の文学」と題し、連歌で感情をやりとりした平安時代以前の朗詠と、源氏物語が作られた平安以降の活字文学の歴史について講演 した。高城さんは「活字により作品となる近代文学には、作り手や鑑賞者の風景がない。『詩のボクシング』など場の復活が近代文学に新たな可能性をもたら す」と述べた。


連歌の実践を積み重ねている高城さんから場の文学の可能性の一つとして「詩のボクシング」の名前を挙げていただいたのは嬉しいことです。

「連歌は共同の文学であると共に、場の文学。多数の人が特定の時空を共有しながら歌を連ねる」、「連歌の本質は異質なものを出会わせる装置だというところ にある」とする高城さんの考えに「詩のボクシング」の場も合致したのでしょう。

確かに「詩のボクシング」は、異質なものを出会わせ、リングに上がった者たちの声と言葉で織りなす場の文学と呼べるものです。また、高城さんは、「活字に より作品となる近代文学には、作り手や鑑賞者の風景がない」と述べてもいます。このことは、わたしが「詩のボクシング」を始めるきっかけにもなったことで す。

当初わたしは、詩人にしても作家にしても表現者の姿が活字の中に埋もれてしまってそれを感じることができない。その姿を活字の中から浮かび上がらせる ために、声に重きを置いた表現の場が必要だと雑誌や新聞などに寄稿していました。その原稿には編集者によって副題として「場の復活」ならぬ「声の復権」と いう文言がよく付けられ ましたが、それは活字文化の陰に追いやられてその存在が希薄になっていた声の言葉の文化を再認識しようとする意味だとしてわたしは了承していました。

さらに、高城さんの述べた「『詩のボクシング』など場の復活が近代文学に新たな可能性をもたらす」という認識が、「詩のボクシング」を始めて10年たった と ころで一般化しつつあることも感じています。

繰り返しますが、「詩のボクシング」の場は、異質なものが出合うための装置になっています。また、「詩のボクシング」は、一回性のライブの場であり、その 場に参加して 自作朗読者(朗読ボ クサー)として声を出すか、あるいは聞き手になってその場を体感してこそ意味をなすものなのです。



2008.9.19 音楽家と写真家

第8回全国大会のジャッジの一人になっている松本雅隆(まつもと・がりゅう)さんは、ロバの音楽座を率いている人です。ロバの 音楽座のユニークな楽器の音色は意外に耳にしている人が多いと思います。第8回全国大会では、フルメンバーで演奏もしてくれます。イチローの出演する ENEOSのCMに使われた曲も演奏してくれます。これは良いですよ。下記にロバの音楽座のプロフィールを引用させていただきました。

1973年、松本雅隆により中世・ルネサンス音楽を演奏する「カテリーナ古楽合奏団」結成。
1982年、子どもたちに音楽の夢を運ぶべく「ロバの音楽座」結成。ロバの音楽座は古楽器や空想楽器などにより、ファンタジックな音と遊びの世界を繰り広 げている。
1988年、「愉快なコンサート」が音楽団体としては初めて厚生省中央児童福祉審議会の特別推薦文化財作品に選ばれる。
1998年、「ジグの空想音楽会」が東京都優秀児童演劇選定優秀賞受賞。
2001年、2005年NHK「おかあさんといっしょ」にゲストとして出演。
2004年より、NHK教育ショートアニメ「パンツぱんくろう」「からだであそぼ」などの音楽を担当。
2006年ジブリ作品「ゲド戦記」の音楽に参加する。
2007年イチローの出演するENEOSのCM音楽を担当。

実はロバの音楽座の活動の拠点であるロバハウスでも子ども「詩のボクシング」を2回やってくれています。初めてのときは、2001年3月20日だったんで すね。懐かしいです。→ ここをクリック!

懐かしいといえば、第8回全国大会の写真を写真家の大西みつぐさんが撮ってくれます。大西さんとも20数年の長い付き合いになりますが、「詩のボクシ ング」に関しては、「ねじめ正一対谷川俊太郎」戦と第1回全国大会は彼が撮ってくれているのです。太陽賞、木村伊兵衛賞受賞写真家が撮る 「詩のボクシング」、今回はどんな瞬間を切り取ってくれるのでしょうか、これも楽しみです。

学校教育の現場で「詩のボクシング」が行われていることを最近またよく耳にするようになりました。「詩のボクシング」普及の第2波が来ているのかもしれま せん。先日 は、栃木県の高校の英語の先生から英語版「詩のボクシング」のことについての問い合わせがありました。4.2の日記で紹介したように今年から英語の教科書に「詩のボクシング」が紹介 されており、その教科 書を使っているとのことでした。「詩のボクシング」にすごく興味を持ったのだけど、一度も見たことがないので具体的なイメージが持てないとのことでした。 英語版「詩のボクシング」をやっている映像も必要になるのでしょうか。



2008.9.10 全国大会の中心スタッフを紹介しましょう!

全国大会のチャンピオン・トロフィーを作ってくれているヤノベケンジとの出会いは、瀬戸内海に浮かぶ直島にある直島コンテ ンポラリーアートミュージアムでのアート展のための作品作りで島に1週間ほど滞在した時でした。ヤノベさんとは気が合って毎日よく話をしました。それ以来 20年近 くの付き合いになります。彼の作品性が「詩のボクシング」のチャンピオントロフィーに一番合っていると依頼し、快く引き受けてもらい、第1回全国大会から 毎回オリジナルで 作ってくれています。ですから、チャンピオントロフィーは世界に一つしかないヤノベケンジ作品でもあるのです。もちろん、今回の全国大会チャンピオンに も与えられます。さて、どんなトロフィーが届くのでしょうか、そして誰がそれを手にすることになるのでしょうか、楽しみです。

昨日(9月9日)、第8回の全国大会も近づいてきているので、1回目のスタッフ打ち合わせを行いました。いつもリングアナウンサーを担当してくれているパ ブロサンチェス松本(本名は松本徹)は、名リングアナウンサーとしての評判も高いのですが、そういった仕事を生業にしているのではなく、本業は児童書 を出版している福音館書店の現編集長なのです。松本さんとの付き合いも草野球チームで一緒にプレーをしてから20数年になります。また、レフェリーをやっ てくれている藪下秀樹は、これまた 出版社の宝島社で働いていて、雑誌「宝島」の編集長もやっていた人です。二人とも活字メディアのプロなのです。そのプロの厳しい目で全国大会は運営されて いるとも言 えるのです。

藪ちゃん(わたしは藪下さんを普段はそう呼んでいます)は、BEGINやたまを生み出したTBSの番組「イカ天(三宅裕司のいかすバンド天国)」の後に映 画監督を生み 出そうと「エビ天(三宅 裕司のえびぞり巨匠天国)」が始まりましたが、その「エビ天」で金監督になった人でもあるのです。「詩のボクシング」をはじめた頃、リングアナの 松本さんが藪ちゃんのことをわたしの弟子と紹介していたことがありますが、それは以前わたしが開いていた映像作品作りのための私塾の生徒だったのでそうい う ことになっているのです。その私塾のときから数えると藪ちゃんとも20年来の付き合いになります。

この二人とは、「ねじめ正一対谷川俊太郎」戦などのプロの対戦から現在の一般参加の全国大会まで伴に本当の意味で「詩のボクシング」のリングをリング下か ら支えている仲です。今回新たな会場となった有楽町朝日ホールでもリングアナのパブロサンチェス松本の切れの良い喋りと藪下レフェリーの存在感は異彩を放 つことでしょう。この名物 ともなっている二人を味わうことも「詩のボクシング」全国大会の醍醐味には含まれているのです。



2008.9.3 「詩のボクシング」に新たな展開を

8月16日に行われた第7回高知大会本大会は大会開催のための新たな道を切り開きました。新たな道とは、「いごっそ」(土佐の人の代表的な気性を表す語で がんこ 者とい う意味)と言われ、それ故に一つに纏まることの苦手な気質のお国柄の高知で、これまでの大会支援者や出場者で実行委員会を立ち上げて皆で力を合わせて 声の場 を作り上げたということです。ことのことは、「詩のボクシング」をいつも楽しみ応援もしていただいている高知現代詩の長老の小松さん曰く、 「すご い」こと なのだそうです。

特に驚いたのは、実行委員会の一人であり過去2度のチャンピオンにもなっている高瀬草之介選手の行動力でした。高知大会開催のために必要だった協賛金を得 るため に、協賛してくれそうなところがあればどこへでも飛び込んで行ってお願いをしたというのです。その話を聞いて、普段は寡黙なのに、やるとなったらやる人な のだと感心しました。このやるとなったらやる気骨さが彼の作品創りと工夫された朗読法にもはっきりと出ており、結果としても昨年に続き3度目となる高知大 会 チャンピオンになりました。彼は過去の高知大会ではすべて決勝戦まで残っており、今回で7回連続決勝戦進出という前例のない記録も打ち立てました。

しかし、今年度から導入された新ルールによって、つまりジャッジの協議によって、全国大会出場者には準チャンピオンのかわねこ選手が選出されました。確か にかわねこ選手には勢いがありました。彼は高知大学で社会心理学を教えています。ちなみに、大学教員の全国大会出場というのは初めてのことです。

一方、8月30日に行われた復活の三重大会からは、声と言葉が真っ直ぐに聴き手の心を打つチャンピオンが誕生しました。三重大会も1回戦以降良い試合が続 き、特に決勝戦は自作朗読と即興の2ラウンドとも久々に聞き応えのある内容になりました。 決勝戦でどんな朗読をしたかについては、いくら文字にしてもそこからこぼれ落ちてしまうもののほうが多く、これはやはりライブで味わってもらわないといけ ま せん。

高知大会も三重大会も満員状態で、今年は他の大会でも満員状態のものが増えています。増えているといえば、小学校でも「詩のボクシング」に取り組んでくれ ている学校が増えています。9月10日には、神奈川県の川崎市立東高津小学校で国語科学習活動として「詩のボクシ ング」の研究発表を行うとの連絡が入りました。香川県の木村恵美さんからは、9月25日に丸亀市立城東小学校で全校集会の形で「詩のボクシング」が行われ る と の知らせも来ました。

すでに4.25の日記に書きましたが、2010年には高校生「詩のボ クシング」全国大会が宮崎県で開催されます。これから全国の高校へ高校生全国大会への参加方法が通知され ますが、来年は各地での一般参加の大会にも高校生が多く参加して来くれて大会が盛り上がるのではないでしょうか。



2008.8.15 第8回全国大会のジャッジ7人

第8回全国大会のジャッジ7人が決まりました。第8回全国大会は、有楽町朝日ホールで開催されます。新たな場所での声と言葉の闘いの歴史が始まります。

トーナメント戦が行われた会場の歴史を辿れば、バリオホールに始まり、イイノホールへ、そして今回有楽町朝日ホールへと移るわけですが、会場を変えるごと に「詩のボクシング」の内容もより一層充実したものになっています。ご期待ください。

[ジャッジ7人]

内館牧子(脚本家、作家)

ふかわりょう(タレント)

工藤直子(児童文学作家、詩人)

雨宮処凛(作家、エッセイスト)

松本雅隆(ロバの音楽座) 

若林真理子(第1回全国大会チャン ピオン)

晴居彗星(第7回全国大会チャンピ オン)


来年(2009年)は、一般参加の「詩のボクシング」トーナメント戦が始まって10年になります。そのことを意識して若林真理子さんを今回ジャッジに起用 しま した。高校1年生だった彼女も現在はお茶の水女子大学の大学院生です。しかし、時折話す彼女の声は9年前と少しも変わっていません。できればもう一度、あ の 声を皆 さんに聞いていただきたいと思っていま す。

そ れば かりではありません。来年はあっと驚くようなことも考えています。実現できるかどうかは今のところわかりませんが、実現させたいとは思っています。こちら も楽しみにしていてください。


第8回全国大会のチラシです。クリックすると拡大されます。チケット発売は、9月1日からです。いましばらくお待ちください。

   



2008.8.10 新たな声の登場


岐阜大会が終わりました。聞き応えのある試合がいくつもありました。中でも予選会でのわたしのアドバイスに応えてくれ、本職であるきこりの服装をしてリン グに立った 遠藤健二選手とバスガイド口調で時事風刺に挑戦した上原智子選手の朗読は秀逸でした。この二人を「全 国大会へどうでしょうか」とジャッジを担当してくれた浪曲師の国本武春さんが推薦するほどでした。

激戦の結果、チャンピオンになったのは中村師(はじめ)選手。そして岐阜代表にもなりました。彼は劇作家でもあるそうですが、さすがに言葉の切れがよく全 国大会では滋賀大会代表の木村選手同様かなりのところまで行くのではないでしょうか。

しかし、最も印象に残ったのは、準チャンピオンの野口あや子選手です。本大会に臨む彼女の自己紹介文には、「去年、『詩のボクシング』を観て、声としての 文学の面白さに目覚めてしまいした」とあるように本当に目覚めてしまったようです。数人のジャッジが全国大会出場は野口選手をという声を上げるほどに、 10代後半から20代初めにかけての女性の初々しく妖艶ともいえる内面を描いた彼女の歌は、時に聞き手の心に優しく触るように、時に身体の芯 を貫くかのように打っていました。

実は彼女は、寺山修司以来2人目となる10代での短歌研究新人賞受賞者なのです。それを踏まえての「詩のボクシング」への挑戦ですから、どんな自作朗読を するようになるのか、観客をどう楽しませてくれるようになるのか、彼女の今後に期待したいと思います。

寺山さんといって思い出すのは、わたしが谷川俊太郎さんの家で助手をしていた時に谷川さんに紹介されて直にお会いした日のことです。寺山さんが主宰する天 井桟 敷の芝居はよく観に行っていましたが、その日、常にハレの場にいた人が目の前に現れて「こんにちは」とわたしのことを意識し、なおかつ親近感を抱いて発せ られた声によって、まるで寺山修司の作品世界という既視感が現実感にするりと差し替えられたかのような感覚に陥ったのです。「これで寺山さんの作品がやっ と自 分の血 となり肉となった」というような--大袈裟かも知れませんが--そんな感覚になったのでした。そのことを思い出すと、人と直に合う、つまり人の声を対面し て 聴 く こと の大切な意味の一端が「詩の ボクシング」にも無意識的に引き継がれているんだと感じます。ボクシング好きの寺山さんが生きていたなら、きっとこの「詩のボクシン グ」を面白がって楽しんでくれたことでしょう。

岐阜大会の会場には、前回のチャンピオンの洪美怜選手も来てくれていました。来年彼女は再びリングに上がってくると思います。また今回は、この10月に 岐阜県の高等学校文化連盟文芸専門部で「詩のボクシング」に取り組むこともあって岐阜市内の高校生の参加も多かったのです。大会が 終わってから文芸専門部長の先生が挨拶をしてくれたのですが、わたしが「高校生を鍛えなくてはなりませんね」と言うと、「ぜひぜひ、びしばし鍛えてやって 下さい」と言葉が返って きたのが愉快でした。先生たちも今回の大会を直に観て、参加した高校生たちの朗読の不甲斐無さを痛感したのかも知れません。

この岐阜大会で第8回全国大会出場者が10人決まったことになります。今回の全国大会は、この10人だけでもこれまで以上に楽しめること間 違いないという太鼓判を捺します。チケットの発売は、9月1日からです。



2008.8.5 復活の三重大会と再びの山形大会

8月2日に三重県鈴鹿市での復活の三重大会予選会が終わり、翌日は滋賀大会の本大会でした。復活の三重大会を実現させるべく奔 走してくれたのは、第1回の全国大会に出場した川柳作家の松本きりりです。予選会で松本さんは、一言も言葉を発しないレフェリー役を見事に務めていまし た。

7年前に初の三重大会を開催してくれた四日市市にあるメリーゴーランドの森さんも会場に来ていて、「復活して本当によかったです」と声をかけてくれ、最後 まで 予選会を観てくれていました。この復活に繋がるまでに3年の歳月を要しているのですが、粘り強くよく頑張ったと思います。そして、「詩のボクシング」のよ き理解者である鈴鹿市職員の佐藤さんに出会え、彼の自前の音響機材さながらに予選会も手作りで温かいものになっていました。中にはかつて三重大会に出場し て くれた選手もいて、出場者の声を聴いていると6年というブランクが身体の中から消えるのを感じました。予選会は、それほどに充実した時間が流れてもいたの です。8月30日の三重大会本大会は、必見ですよ。

そして再びの山形大会です。この大会を実現させたのは、これまた第1回の全国大会に出場した阿部利勝選手です。阿部さんは、宗教学者の中沢新一さんも認め る 農民舞踏家です。舞踏で「詩のボクシング」に挑戦した初めての選手でもありますが、阿部さんの詩朗読と舞踏の組み合わせは多くの朗読ボクサーの参考になる でしょう。今 回の山形大会でもそれは披露されるはずです。振り返ってみると第1回の全国大会(予選会も含めてですが)にはユニークな朗読ボクサーが沢山いたと思いま す。しかもこうやって第1回の全国大会出場者が「詩のボクシング」を支えてくれているというのも嬉しいことです。

阿部さんの人柄が伺えるPR文を載せた再びの山形大会の詳細はこちらです。 → ワークショップ型山形大会

8月3日の滋賀大会本大会は、選手もジャッジも観客も全員が楽しんでいたように感じました。こういった大会があると、「詩のボクシング」は誰のものでもな く、その場にいた人たちのものなのだと痛感します。しかもそこにいた人たちが、誰も知らないいいものを見つけ、自分の秘かな宝物にできるものを持ちかえる ような、そんな感じにさえなるのです。

第4回目の滋賀大会チャンピオンで全国大会出場者となった木村泰崇選手は、第1回の滋賀大会から出場していますが、寺の住職にして中学校の国語教師という 人で、とにかくシニカルで自虐的てありながら非常にユーモアがあり、全国大会でも観客を大いに楽しませてくれること間違いないでしょう。

滋賀大会を代表して全国大会 のリングに上がった選手は、これまで1回戦突破をしていませんが、木村選手は1回戦突破どころかかなりのところまで行くのではないでしょうか。も ちろん、1回戦での対戦者運もありますが、しかし大舞台ともなればその運の引き寄せ方も寺の住職としては心得ているかも知れません。



2008.7.24 不満足であるが不幸ではない自分


第6回北海道大会が終わりました。大会の日の上湧別町の気温が15℃、東京は31℃、地域によっては35℃に達する猛暑日だっ たそうですから、さぞかし羨まし かったことでしょう。でも、まあ、本当のところは、寒かったといったほうがよいのですが。

北海道大会は、小さな町で開催され、人の温かみで成り立っている大会です。だからなのでしょうか、人は声を発することによっ て、発した人自身でさえ見えていなかった姿が--まるで谺によって自分の声を知るように--見えてくるのだということを濁った被膜のない透き通った感触で もって 感じさせてもらえました。

ところで、わたしたちはこの先の見えない不安定な時代の中にあって、不満足であるが不幸ではない自分をしっかりと感じていることがますます大切になってい るのではないかと思いま す。少 なくとも「詩のボクシング」の場で必死になって自分の声と言葉を伝えようとしている人たちは、その行為の中で自分に対して怒りを覚えたり、満足したり、失 望したり、歯 がゆかったり、いとおしく思ったりしながらも、実は不満足であるが不幸ではない自分を感じることができているのではないかと思っています。

しかし、そう感じる一方で、その自分をもっと確かなものにしたい、つまり不満足の閉塞感を打破できる自分とは何かを問う先にもたらされる不幸ではないと いう悟り--煩悩からの解脱とでもいいましょうか--をしっかりものにしたいとも思っているのではないかと想像します。

もし、そうだとして、では、「そのために何が必要なのか」と尋ねられれば、わたしは迷うことなく「自分がどれだけ裸になれるか」だと答えるでしょう。なぜ そう答えるのかについては、下記のページを読んでみてください。

第4回神奈川大会の大会を終えてのジャッジの感想 → PDF形

第4回神奈川大会については、米国の高等教育関係者(のみならず世界の教育者)が読んでいる最も信頼されている新聞「THE CHRONICLE OF HIGHER EDUCATION」でも紹介されました。 → PDF形式

明後日の26日は、初のワークショップ型長崎大会です。北海道の東の端から九州の西の端に位置する長崎へと移動するのですが、振り返ってみれば、この10 年間は人の声を聴くためにそういった移動を繰り返してきた日々でもありました。そして、わたしの中には、いま仕事場の窓から見えている樹木の葉のようにさ まざまに表情を持った多くの声が茂っています。



2008.7.2 各地の大会が成熟して来た!

6月28日に行われた第7回兵庫大会は素晴らしい大会になりました。これはもう兵庫大会単独のものとして「詩のボクシング」を 開催できるのではないかと実感したほどでした。満員の観客もジャッジを担当された方たちもそう感じたのではないでしょうか。こういった大会ができるように なるまでに7年という 歳月を要 していますが、この間の姫路文学館の担当の職員の方々とボランティアスタッフの皆さんの情熱的な運営があったればこそだと思います。

兵庫大会の前に開催された徳島大会も同じように感じました。こちらも観客が会場を埋め尽くしていました。内容も非常に充実したものになってきたので市民参 加型のイベントとして確立された感があります。来年がさらに楽しみです。


また、山梨県北杜市の小学校先生たちの北巨摩教育研究会で今年も「詩のボクシング」の実践に取り組むとの連絡がありました。北杜市立小泉小学校の福井先生 か らは、「共同研究者の先生からは、非常におもしろい実践で『詩のボクシング』を実践したことによって、子どもたちに変容が見られコミュニケーション能力が 高まったことが評価され、さらに、この実践が継続されることを期待していると述べられました。もちろん、実践を継続していくことが『文化』として根付いて いくことだ としてです」との言葉も添えられていました。そうです、継続こそが文化なのです。

先日講師を担当した品川区教育委員会が開講しているシルバー大学でも、50人ほどの参加者の皆さんが「詩のボクシング」に興味を持ってくれたようです。も う一回講義が ありますが、その時は皆 さんで自作品を声に出して読むことになっています。こうやって年配の方々の滋味あふれる声が聞けることは楽しいことです。感想を講座担当者の方ら送ってい ただいたので紹介します。

ひとこと感想   
第8回「詩のボクシング」をやってみようT-聞く話すことの大切さ
- 楠かつのり先生

「詩のボクシング」のビデ オ、面白かった。興味を持ちました。
「詩のボクシング」という ものがあることを初めて知りました。言葉を声に出すということの大切さを最近知ったのでとても良いことだと思いました。
気持ちを声に出して伝える ことの大切さ、同時に人の言葉を聞くことの大切さを改めて気づかされました。
聞くことの大切から、話す ことの大切さを教えていただき、おもしろかったです。
声に出して言葉にすること が少なくなった時代に、大変大切なような気がしています。今日の勉強も、一層感じました。メールとかパソコンとかで通じること が多いですけど、言葉によって感情が良く出すようにも、ふり返ると思っています。
驚いたの一語。音読には文 字にない迫力があった。素人の闘いは、まさに詩そのものだった。
言葉を声に出す大切さ。子 ども達が保育園に通っていた頃、読み聞かせをしてくださいねと、よく言われました。今日、「詩のボクシング」の講座の中でなつ かしく思い出しました。
やさしい語り口でしたけれ ど、心にはしっかり投げた小石がぶつかりました。説得力がありました。きちんとした教養のある言葉を久しぶりに聞かせて頂いて 勉強になりました。勝ち負けだけにこだわらない事、人生大事にしたいです。
こんな面白い言葉の表現方 法があったのかと初めて知り興味を持ちました。「自分の話を伝えたかったら、まず人の話をよく聞く」というのは、しみじみ感じ 入りました。また言葉遊びの楽しさを教えて頂きました。
言葉で心を打つ、素晴らし いですね。小さいときから女の子は無口がよいと育てられたものですから切り替わりが大変です。ただただ驚きの連続で、今夜はそ れを考えて皆に聞いてもらうことにしようと思いました。
今日は初めての世界を教え て頂きました。「詩のボクシング」でこれはどういう意味と興味シンシンで楽しく勉強させていただきました。一度はどのような場 なのか空気にふれてみたいと思います。
「詩のボクシング」とは面 白い学びの課程だと解りました。たった今、来週の用意を帰宅して取り組むよう、努力する決心をいたしました。こんなことを文章 に書きましたが、心の中は “心配” でいっぱいです。
人の話をよく聞くというこ とが人に伝えることが出来る。それは真実だと学んだ。なかなか自作自演は大変だ。自分の気持ちを伝えることはむつかしいと思 う。

そして、初となる長崎大会出場者の募集が始まりました。長崎にはどんな朗読ボクサーがいるのでしょうか、新たな声を聞けるのが楽しみです。→ ワー クショップ型長崎大会PRページ



2008.6.12 ノンバーバル表現の場としての「詩のボクシン グ」

6月15日に昨年に引き続き第2回高校生「詩のボクシング」神奈川大会(主催:神奈川県高等学校文化連盟文芸専門部)が公文国 際学園高校で開催されるとの連絡が入りました。また、広島県立呉三津田高校で全校挙げて毎年行われている「詩のボクシング」大会も6月25日に開催されま す。今年は残念ながら両大会に行くことができませんが、来年も引き続き行われるということなので次回を楽しみにしたいと思います。

「詩のボクシング」の場ではパフォーマンスが評価対象となっているという誤解が未だに払拭されていないようです。「詩のボクシング」のテレビ 番組を観てそのように誤解してしまうのでしょうか。この誤解を解くことができるかどうかはわかりませんが、わたしが以前書いた拙文を読んでみてくださ い。 → 雑感:ノンバーバル表現の場としての「詩のボクシン グ」

「THE INDEPENDENT」というイギリスの新聞に5月10日に行われた神奈川大会の予選会のことが紹介されました。「THE INDEPENDENT」はイギリスでの3大新聞の一つだそうで す。→ 「THE INDEPENDENT world」

滋賀大会のPR文も届きました。→ 滋賀大会PRページ



2008.6.9 負け方が分からない

昨日秋葉原で起きた悲惨な事件についてニュースやワイドショーが取り上げています。

この事件が起きたのは、自分の存在が認められないことへの苛立ち(あるいは自分の実態とあるべき姿の自分とのギャップへの苛立ち)と いうも のが、世 の中に蔓延していることの証としてなのでしょうか。それとも容疑者の個人的な資質によるものなのでしょうか。

いずれにしても、2008.6.3の日記に書きましたが、自分にしか 関 心がなくなってしまったかのような時代では、こういった理 不尽な八つ当たりとしか見えない事件はますます増えるのかも知れません。もちろん、だからと言って他 人の人生を自分勝手に 奪うこと が許されてよかろう筈がありません。

「詩のボクシング」の公式サイトのフロントページには、「感情の抑制が きかなかったり、自分の思いを言葉にうまくできない子どもたちが増えています!小学生の暴力行為は3倍にも増えているそうです」と書いていますが、小学 生にとどまらず、 今後は中学、高校、大学の教育現場でもこの傾向は顕著になって行くのではないかと懸念しています。

それをどうやって防ぐことができるのか、具体的な方法が見つかっている わけではありませんが、少なくとも「詩のボクシング」にはその可能性があるのではないかと思っています。

「詩のボクシング」では、自分の声と言葉を探し出すことだけではなく、それが他者に伝わるものにできるかどうかが問われます。そして、誤解を恐れずに言え ば、むしろ伝わら ないこと、つまり自分の声と言葉が伝わらなくて負けを経験することが大切だとしている場です。

なぜなら、「負けは負けではない」という負けの意味を知ることができなければ、負けた人は、負けた悔しさを人のせいにしてネット上で攻撃するかまた はその悔しさ を直接行動として暴発させるか、あるいはとにか く人を見下すことで自己満足させるしかないといった歪んだ内 面を育 て上げてしまいかねないからです。

負けをどのように理解し納得するのか、このことはその人の生き方にとってはとても重要なことです。本来ならば、負け方を誰かが教えてやらなくてはな らないのですが、残念ながら自分にしか関心がなくなっている現状では、負けは人の心を傷つけるものだと決めつけて、そのことに真正面から向かい合おうとは し ません。教育界よろしく、表面的な平等観を隠れ蓑に見て見ぬふりをするのが精一杯といったところです。そうではなく、この今だからこそ負け 方について教えることに真正面から 取り組まなく てはならないとわたしは思っているのです。



2008.6.3 自分がニュースの時代


自分がニュースとなる時代だと言われていますが、確かにネット上での公開を前提とした個人日記には、自分がニュースになっている書き込みがほとんどのよう です。しかも、その書き込みには、内省されることない好き嫌いの直接的な感情がベースとなっているものが多い。これは、自分にしか関心のない時代を象徴し ている出来事のようにも見えます。

「詩のボクシング」は、そういった自分にしか関心がない「自分が自分がと言っている声と言葉は他者には届かない」こと、さらにはそういった声と言葉では 「自分自身とのあるいは世 界との関係を変えられない」ことを認識してもらう場でもあるのですが、それ故にということもあるのでしょうか、自分が自分がと言っている人たちから(もち ろ ん、ごく一部の人ですが)、「詩 のボクシング」 の場を感情を剥き出し にして時にヒステリックに否定も しくは露骨に敬遠することがあります。これにはもうあきれるばかりです。

6月1日に第7回兵庫大会予選会が終わりました。今回もいろいろな人の声と言葉を聞かせていただきました。ふるつわものに混じって新たな声が増えたことも 嬉し かった。

予選会参加者がどんな生活をしているのかはわかりませんが、そのことを参加者の声と言葉によって想像して聞くのも愉快なものです。これはわたしの予選会で の声の楽しみ方の一つです。もちろん、人が人の声を聞くとは、自覚しないまでもそういった聞き方をしているものなのでしょうが。

そして、予選会がそうであるように「詩のボクシング」の本大会も予選を通過した人全員によって生み出される声と言葉の場です、決してチャンピオン一人の声 と言葉のためにあるものではあり ません。このことをわたしは、各地の大会と全国大会で繰り返し言っています。その点においても今回の兵庫大会本大会は、これまでになく見応え聞き 応えのある大会になるでしょう。朗読ボクサーの年齢幅も15歳から80歳となっています。6月28日(土)午後1時半にゴングで す。

と書いているところに、新たに三重大会のPR文が届きました。三重大会の出場者募集中です。→ 三重大会PRページ



2008.5.19 地方大会のあるべき姿

徳島大会の予選会が、終わりました。毎回挑戦して来てくれる人のほかに3年ぶりに帰って来てくれた人や新たに挑戦してくれた人 が 声を聞かせてくれました。

映画館で働いている参加者は、映画館への要望としたアンケートをピックアップして地方の映画館にやって来ている人達の人間模様を垣間見せる朗読をし て聞き手を楽しませてくれていました。また、回転寿司屋での出来事を即興で表現していた人の一皿の寿司の行方をミステリアスに描いた作品は聞き応えがあり ました。それは見事な一篇の詩になってもいました(もう20年も前になりますが、ある新聞で3年間ほど詩誌評を担当させていただいたことがありますが、 この 作品は間違いなく今月の1篇として取り上げていたことでしょう)。

この2人を含めた予選通過者には、昨年の徳島大会チャンピオンと高校生徳島大会チャンピオンも含まれています。他にも会場を盛り上げてくれるに違いないユ ニークで パワフルな朗読ボクサーたちも入っています。

徳島大会は参加者の年齢幅が広くまた参加者一人一人が「詩のボクシング」を楽しんでくれていることが感じられ、人の声を聞くにはとてもよい雰囲気の場に なっていま し た。

今回の徳島大会、誰が全国大会に行くとかよりも、本大会そのものが楽しみです。わたしは、これが地方大会のあるべき姿だと思っています。

そして、また新たに岐阜大会のPR文が届きました。→ 岐阜大会 PR ページ



2008.5.5 老人ホームでの「詩のボクシング」を

先日行った英語版の「詩のボクシング」についての記事と「詩のボクシング」神奈川大会の情報が英語による情報雑誌「メトロポリ ス」に 載ったとリチャード・キンバーさんからメールが届きました。全文英文ですが、日本のユニークな文化状況の一つとして在日外国人に紹介してくれているのが嬉 しいです。

記事は→ METROPOLIS/Global Village

ところで、今朝の朝日新聞に演出家・蜷川幸雄さんへのインタビュー記事が載っていました。蜷川さんは最近、シニアー劇団「さいたま・ゴールド・シア ター」を率いた活動もしています。高齢化社会を迎えた日本では、高齢者の社会参加や自己実現の在り方を探る必要性が高まってきていると思いますが、そう いった 状況下での蜷川さんのこの活動はわたしにとって実に興味深く感じられたことでした。

そのインタビューの中で蜷川さんが、「やってみて初めてわかったことがあります。まず、老いのデータがない。きのう言えたセリフが今日言えない。その逆も あります。歩けなかった人がけいこの間に歩けるようになった。松葉づえを外すというプロセスに立ち会うんですね。演劇の表現以前に、『人間としてちゃんと 生きているんだ』という姿勢に感動した」といっている個所が印象的でした。

わたしも老人ホームでの「詩のボクシング」をいつか実現できればと思っています。それはそこで起きることが、これまでに体験した事のない声と言葉 の関係を 見せてくれるはずだと期待しているからです。なぜかといえば、「詩のボクシング」は、個々それぞれに声が異質であり異なるが故に表現以前の個としての存在 を認めることのでいる場 であるから です。

そして、インタビューの締めくくりで蜷川さんが高齢者問題について、「高齢者の問題は、普遍化できるところと出来ないところをきちんと抑え直して考えない といけないと思う。個人史を大切にすること。先に普遍化して、『高齢者ってこうだ』と決めつけない方がいいと思いますね」といっていたのは、わたしが2008.5.3の日記で書いたことと偶然にも相通じるところがあって驚きまし た。



2008.5.3 声的な「私」という感覚

声を発するところに、その時その時の「私」が現れてくるものです。わたしたちの普段の生活においても、たとえ崇高な考えを持っ ていたとしても、その考えとは裏腹な自分がいることを声によって気づかされることがあります。では、その声は嘘なのかといえば、そうではなく、その声 に宿る ものこそが今の「私」であるのでしょう。

声とはありのままの自分を晒すことになりますが、その声によって人と人は関係を切り結ぶのであって、たとえ自分を抑えた沈黙であったとしても、または建前 的な声であったとしても、それによって結ばれた関係が今の「私」を表しているのです。

もちろん、声はいつも一定で安定しているのではなく、繰り返しになりますが、本当の自分だと思い込んでいる「私」とは矛盾して立ち現れてくることがありま す。だ からといって、つまり人的環境に影響されたからといって、自分が矛盾してよい、あるいはぶれるのが当たり前だと肯定してよいのかといえば、そうではないで しょう。やはり自分がぶれることなく存在できることが「私」の望ましい姿ではないでしょうか。

ところで、「私」を捉える思考環境に目をやってみるとどうでしょうか。大雑把ですが、哲学的・心理学的な視点、政治・イデオロギー的な視点、モ ダン・ポストモダ ン的な視点、そ して今や脳科学の視点から「私」というものを捉える環境に移ってきているように思います。しかし、そこではメディア的要望も相俟って「私」をあまりにも普 遍化 =観念化し過ぎるところに 追いやり、 自然体として 実感できる「私」を地球環境よろしく破壊してきたところもあったのではないでしょうか。

「私」を普遍化=観念化し過ぎる思考環境のベースになっているのは、文字的に「私」を捉えることです。その環境が-活字離れというプロパガンダ的戦略や学 力低下問 題の扇動なども含め て-さ らに悪化す れば、その先に現れる「私」に 自然体として 実感できる「私」が雁 字搦 めになり、絶滅とまではいいませんが、まったく身動きできなくしてしまうのではないかと懸念しています。その 反動が、唐突に聞こえるかもしれませんが、将来に出口を見いだせないままに、あたかも身体を失ったように漠然とした自分を無化する、あ るいはリセットする自殺が多発している現状にも繋がっているように感じています。だからこそ、文字化できない、または文字化したものからはみ出してしま う、あるいは文字化以前の「私」を生かすてだてがますます必要になってくると考えています。

ということを文字で書いていますが、であるとしても、この文字化以前の「私」、つまり声的な「私」を感じ取る、または実感する感覚は、この先もわた したちが生きる上で決して不感症にしてはならない大切な感覚であると思っているわけです。



2008.4.25 声の言葉が自立する表現の場 

すでにお知らせしているように各地の大会で出場者を募集しています。募集の締切日は、神奈川大会が5月6日、徳島大会が5月 10日、兵庫大会が5月27日、北海道大会が6月10日となっています。詳しくは、公式サイトのフロントページをご覧ください。

「詩のボクシング」は、これまでの日本にはなかった声によって立つ表現の場を創ろうと始まりました。つまり、こういうと誤解を生じるかもしれませんが、 「詩のボクシング」は文字表現ではなく声の言葉が自立する表現の場を目指しているということです。さらにいえば、声の言葉でしか表現できないことと声の言 葉でしか味わえないものとが出会える場として「詩のボクシング」はあるのだということです。だから、文字表現のものと短絡に比較できるものではないので す。 このことを今日の気紛れで言っておきたいと思いました。

ところで、わたしの「詩のボクシング」について書いた文章が、高校や大学の入試問題に使われているようで、その著作権使用許可申請書が届くようになりまし た。今日も一通届きました。ところが、自分が書いたものなのに、問題として出された箇所に必ずしも的確に答えを書けないところがあったりして驚いていま す。たとえ作者とは違うところに答えがあったとしても、その答えがきっと正解なのでしょうね。ちょっと複雑な気持ちです。

他にも、宮崎県の高等学校文化連盟の文芸専門部で今年も高校生「詩のボクシング」宮崎大会を行うことになったと連絡がありました。しかも2010年には宮 崎県で 全国高等学校文化祭が開催されることになっており、その中で高校生「詩のボクシング」全国大会が行われる予定にもなっているとのことでした。2009年に は山形県で文芸道場の北海道・東北大会が開催され、そこでも高校生「詩のボクシング」北海道・東北大会が行われるので、来年から再来年にかけて高校生の熱 い闘いが 全国各地で繰り広げられることになります。

また、都留青年会議所が主催する山梨大会の内容についての連絡も来ました。今年の大会には、かなり力が入っていています。第2回山梨大会は、見逃せません よ。



2008.4.2 高校の英語教科書に「詩のボクシング」 徳島大会PR

「詩のボクシング」が今年から使われる高校3年生用英語教科書に紹介されています。その教科書とわたしが執筆した解説が載って いる指導書が届 きました。

     


これを切っ掛けにして高校でも英語による表現力を高める場として「詩のボクシング」が行われるようになればと思っています。英語版「詩のボクシング」の実 践方法についても日々いろいろと考えています。

すでに5月10日に行われる第4回神奈川大会予選会に ついてはメールマガジンでもお知らせしていますが、1週間後の5月17日には第6回徳島大会予選会 が行われます。その徳島大会のPR文が届きました。→ 徳 島大会PR ページ

徳島大会で大変お世話になっている丁山さんとも長いお付き合いをさせていただいております。丁山さんは、大会に出場すればいいのにと思うほどに独特の話 し方 で 人を引き付ける力を持っています。ところで、徳島大会は徳島県立文学書道館の開館記念事業として始まったのですが、実は四国での他の大会も、高知大会が文 化プ ラザ・か るぽーとのオープニング事業として、香川大会はサンポートホール高松の柿落し記念事業として始まったのでした。ちょっとした開館記念連鎖といったところで しょうか。

今年の徳島大会は、昨年11月に高校生「詩のボ クシング」全国大会が開催されてかなり認知度も高まっているので盛り上がること間違いないでしょう。



2008.3.24 国語力を高める・新教育課程への対応 兵庫県篠山市で 小学生大会

現在、学校教育においても読解力の育成が重要視され、新教育課程ではそのことがより強く打ち出されているそうです。

筑波大学附属小学校の青木先生は、読解力の育成に声としての場である「詩のボクシング」が有効であるとして教育現場で実践しています。それも「詩のボクシ ング」が始まった 10年前からです。そして、実践した内容を研究成果として発表もしています。彼もまた「詩のボクシング」を正しく理解してくれている一人です。

先日も6年生の国語の単元「10th anniversary 『詩のボクシング』をしよう」と題して行った公開授業が日本教育新聞に紹介されていました。その記事はこちらです。→ 記事

一昨日は、兵庫県篠山市で来年の夏に「詩のボクシング」小学生大会を行いたいとの連絡がありました。大会を主催する代表の方と話していると、頭を使って 考 えさせるだけではな く、身体を使って考えさせる教育の必要性が高まってきていると実感しました。

ところで、「詩のボクシング」には即興対決のラウンドがありますが、このラウンドにおける即興力の育成にはフィンランドでの考えさせる教育と相通じるもの が あると考えています。なぜなら、即興力は、何をいかに考えたか、あるいは考えさせられたかという経験が身体化(あるいは無意識化)されることによって培わ れるものだ からです。また、読解力も、文を読めば自然に身に付くものではなく、読んだものについていかに考えたか、あるいは考えさせられたかで身に付くも のです。即興力と読解 力、こられは「詩のボクシング」における自己表現力の程度を探るためのキーワードでもあるのです。このことについては、日記でまた触れることもあるで しょう。



2008.3.20 直接応募型の大会を来年は京都でも

直接応募型・東京大会の第1次募集を締め切りました。応募者は、北海道、新潟、群馬、茨城、千葉、埼玉、東京、神奈川、滋賀、愛知、福岡、宮崎などから予 想に反して規定数の16人を越えた人数になっております。

これから選考しますが、その結果、16人に満たなかった場合には第2次募集を行います。第1次募集の機会を逃した方にも、まだチャンスは残されてい ますので選考の行方を見守っていてください。

第1次、第2次、あるいは第3次募集を経て全国から選りすぐりの朗読ボクサーが集まってトーナメント戦を行うということになれば、これは選抜式・全国大会 のような 様相を呈するのではないかと思っています。さてどうなるのか、10月4日の直接応募型・東京大会を楽しみにしていてください。

この直接応募型が成功すれば、来年は京都でも同じ大会を開催したいと思っています。その折には、参加者が京都を楽しめる「詩のボクシング」ならではのエク スカーション付きにしたいですね。もちろん、他の地域で、ここでもぜひ開催してほしいとの要望があれば、それに応えて開催できるようにもしたい ので、どんどん申し出てください。

「詩のボクシング」は、聞き手がいて成り立つ場です。つまり、これまでのように表現することを過度に重んじる表現者至上主義 的、あるいは表現者の自己満足を甘やかす場ではありません。なぜなら、「詩のボクシング」は、先ずは聞き手が楽しめてこその表現の場であると考えているか らです。そして、表現者であり聞き手でもある参加者が、そのことをよく理解した上で自覚的に新たな場を作り出せるのが、この直接応募型の存在 理由でもあると考えています。直接応募型の今後の動きにも注目してください。



2008.3.13 朝の会での「ミニミニ『詩のボクシング』」と宮崎の朗読ランナー

青森県の八戸市立下長小学校では、朝の会の5分で「ミニミニ『詩のボクシング』」をやっている学年があります。「おきて」として、そ の日の当番の二人の朗読が終わると判定を行い、その後で判定した児童たちが朗読について必ず感想を述べることにしているのだそうです。

子ども達はすぐに慣れて、今ではほとんど間を空けずに進めるので5分もあればできるようになり、ノートを見ないで暗唱して朗読する子も増え、発表の苦手な 子が 早々と立って感想を言えるようにもなっているとのことでした。

一方的に朗読するだけではなく、聞き手がしっかりと感想を述べることで、つまり「双方向で話す力」を身に付けられるようになるのが趣旨だそうです。この朝 の 会 での「ミニミニ『詩のボクシング』」が、全国の小学校に広まるといいですね。

一方、青森県から遠く離れた宮崎県にも頑張っている人がいます。延岡市に住む第2回宮崎大会チャンピオンで高知で開催された2試合制・選抜式全国大会の1 試 合目チャンピオンになった ささりんです。彼から近況報告が届きました。

その中に「選抜式全国大会を終えてからは、様々な場で数々の依頼があり、中には元旦の特集号新聞表紙(宮崎日日新聞)を飾る詩を書いてほしいというものも ありました。原稿として扱われる詩で自分らしさを消さないようにつくることに頭をかかえながら、恥ずかしながら書き上げました。朗読してみると作品のイ メージが変わったところが面白かったです」との報告もありました。

添えられた活動の一つを伝える
新聞掲載記事を紹介しましょう。 → 記事  (※記事の中で全国大会とあるのは、通常の全国大会ではなく2試合制・選抜式全国大会のことです。)

ささりんは、「詩のボクシング」が生み出した実にユニークな表現者です。宮崎大会チャンピオンになった当初は、文芸とスポーツが 融合した「文芸朗読ランナー」とメディアには紹介されていました。言い得て妙ですが、確かにささりんの登場は、声と言葉のスポーツを標榜している「詩 のボクシング」の理想の一つを具現化した出来事でもあったのです。

もう一つ添えられたものは詩だったのですが、それは「すーっはっはあ すーっひっひい」、「どどんどくどく どっどっどぐん」といった 独特の擬音語・擬態語によって、ささりんの走っている時の呼吸と血管の音が臨場感を伴って伝わってくるものでした。この擬音語・擬態語の使い方か らも分かるように、ささ りんは走る身体で
詩を書いている人なのです。 しかし、こうやって読みながら感じている臨場感は、わたしがささりんの朗読の仕方を知っているからこそのものでもあるのでしょう。

そして、ささりんがこの詩を「朗読してみると作品のイメージが変わった」と書いているのは、これは少し難し い言い方かもしれませんが、文字面では先ず身体と観念が平面に同じ感覚なものとして並んでしまう、ところが繰り返し声に出すことによって観念は身体の側に どんどん引き寄せられやがて溶解することになる、その結果、作品のイメージが変 わったと感じたと言っているのだと思い ま す。文 字としてある 作品 を声に出して読む時には、こういった感覚を
常に引き受けなくてはなりません。それが身体化ということなのですが、だか らこそ余計にこの詩をささりんがどう読んだのか生 で聞いてみ たくもなるのです。



2008.3.11 香川大会の動き

3月9日の日記に紹介させていただいた木村さんつながりということ ではないのですが、第6回全国大会チャンピオンの木村恵美さんが、地元香 川県高松市で「詩のボクシング」香川大会実行 委員会の委員長をやっています。昨年の香川大会チャンピオンで全国大会で準チャンピオンとなったこうっし〜を囲む会を開いたとのことで、その報告をしてい る ブログのコピーを送ってもらい ました。要約して紹介しましょう。


先日の「こうっし〜を囲んで全国大会を見よう1人一品持ち寄り お好み食堂」、大変盛り上がりました!一番のごちそうは皆さんのいきいきとした近況報告と 「詩のボクシング」への熱い思いでした。

また、こうっし〜選手の仲間で、4年前に九州福岡で行われた 国民文化祭の中の全国大会に沖縄代表で出場した天願雄一(てんがん・ ゆういち)さんも、大学の卒業旅行の帰路を変更して飛び入り参加。琉球伝統芸能の継承者の道を選んだ彼の話は大変興味深く、ゆったりと した語り口に旅情を誘われました。

予定通り、午後1時過ぎより全国大会の番組を録画したビデオを鑑賞しましたが、結果が分かっているにもかかわらず改めてそ の臨場感に巻き込まれ、一戦ごと にいろいろな感想が飛び交いました。そして、ビデオ終了後はこうっし〜への直撃質問タイム!時に突っ込んだ質問や感想が向けられ、 一生懸命答えるこうっし〜選手の姿に、またその人柄の魅力を感じたひとときでした。

「詩のボクシング」の面白さはたくさんありますが、勝ち進むごとに その人の素顔がどんどんあらわになる所が大きな魅力だと思います。包み隠さぬ自分の本当の思いこそが(ただそれだけが!)聞く人の心に届くのだと 思います。

放送された全国大会の番組は、それだけでももちろん十分楽しめるとは思うのですが、「詩のボク シング」の醍醐味は、それらの付加的要素に頼らない本人の声と言葉と たたずまいの全体性から、それらの付加物が語る以上の「その人」を感じ取ることができる所です。そしてそれは、大会の会場に足を運び、直接その現場に立ち 会うことによってしか体感できないことです。

今回の「こうっし〜を囲む会」は、終盤、某地元新聞記者のS氏も乱 入し、大いに話が弾んで予定時刻を大幅に過ぎた午後6時ごろ、 それでもみんな話足りない顔のまま、ようやく解散しました。


香川大会を盛り上げようと尽力する木村さんは、「詩のボ クシング」を正しく理解してくれている一人です。香川大会の今後についてもいろいろ考えながら動いているようです。木村さんは、冷静に物事が判断できる人 ですから、その動きに大いに期待しています。また、木村さんとは、「詩のボクシング」についての往復書簡をやってみようと考えています。その内容について は、この日記で紹介する予定です。

それにしても天願くんが来ていたとは、懐かしいですね。天願くんは、沖縄大会では準チャンピオンになっているのですが、沖縄方 言のイントネーションある朗読が今も
心地よく耳に残っています。



2008.3.9 徳島大会の最高齢チャンピオン

徳島大会チャンピオンの木村英昭さんから同人雑誌「逆光」(2008冬  第66号)が送られてきました。その雑誌の同人 となっている木村さんは、71歳です。

木村さんは長年 詩を書いてきており、第1回徳島大会から参加して現代詩をしっかり読んでいましたが、負けを重ねていました。その負けを重ねた末に考え出したのが、 もっと聞き手に楽しんでもらおうと朗読に大好きな落語を組み込むことでした。それもドイツ語を交えたものでした。そして臨んだ昨年の第5回徳島大会で 真骨頂を発揮 したのは、決勝戦の即興ラウンドでした。即興では、身体化された言語感覚がそのまま表れ てきます。メッキ的なもの はすぐに剥がれ落ちてしまうのです。その点、木村さんは身体にしみ込んでいる落語のリズムによって、普段から得意とするユーモアのあるカリカチュアをさら に切れの良いも のにし、落ちも詩的に決めることができてチャンピオンとなったのでした。まさしく逆光とも言える光を放ったのです。

残念ながら、全国大会では1回戦で負けてしまいましたが、その木村さんが「逆光」に「詩のボクシング」のことを7ページにわたって書いてくれています。文の終わりの個所を要約的に紹介しましょう。

「今日ではビデオテープ、CDDVD、 インターネットなど種々の映像音声メディア及び機器が、ソフト面を含めて巷にあふれている。だが、人間の肉声で物事を伝える可能 性を放棄してしまったのでは、片芸と言われても仕方がないではないか。シナリオが劇化されて、はじめて花が開くように、肉声の陰影や活力で物事の本質を顕 在化させる言の葉表現の音声上の工夫はまだまだ少ない。音声によって言葉のバリエーションをその可能性を轟かせるところに、詩の存在が生き生きと蘇る。こ の一年、私はそのことに賭けてみた。そこでは競うことで表現に工夫が生まれ、互いに向上する。また、人間同志 の真の交流も生まれ、批評し合うことにもなる。先ずは一人の人間としての感性表現を尊び、その上で老いも若きも互いに影響し合い向上するのである。勝ち負 けは、結 果としての副産物。私の来年への戦いはもう始まっている。」

全国大会が終わってからも、木村さんからは事あるごとに丁寧なあいさつをいただいています。徳島大会の場を作ってもらったこと への感謝だ けではなく、主催者に対して工夫を凝らした表現でその気持ちを十分に表しているようにも感じています。また、実際の場作りにもさまざまな形で身体を動かし て 協力して くれています。次回の徳島大会ではどんな朗読を聞かせてくれるのでしょうか、今から楽しみです。




2008.3.6 「詩のボクシング」の教育効果

こどもと創る「国語の授業」という雑誌(東洋館出版発行)の2008年NO.20が届きました。この雑誌は、小学校の先生たち が、自分が実践している国語の授業を紹介しているものです。今号では、3人の先生が「詩のボクシング」を紹介してくれています。

巻頭では、筑波大学附属小学校の青木先生が、写真で見る授業として、「『詩のボクシング』をしよう(団体戦)」と見出しのついたものがあり、3年生たちが 教室で5人一組なって行っている団体戦の様子を紹介してくれています。

そして、岐阜県の可児市立南帷子小学校の長瀬先生は、国語で学級を作る「学校生活を言葉で綴り、子どもたちの関係づくりを高める」教育として「詩のボク シ ング」を実践し、その成果についての報告をしています。成果としては、「言葉のひびきや面白さに興味をもつ子ども達が増えてくる」、「勝ち負けにこだわら ず、 詩の音読そのものを楽しむ姿勢が見られる」、「グループで活動してきたため、お互いに高め合う、協力し合う姿が見られる」とありました。

また、神奈川県の小田原市立前羽小学校の小菅先生は、「大切なことは、勝ち負けではない」として、「子ども達が楽し んで取り組む中で、いかに友達に伝え、いかに聞くことが出来るかを学習できる」ところが、「詩のボクシング」の持つ教育効果だと力説しています。

子ども達には、本当の意味で、勝ち負けを超えたところでの表現のみならず人間関係を築けるようになってもらいたいものです。その点において、雑誌に紹介さ れているように教育現場でも「詩 のボクシング」は大いに役立っているようで喜んでいます。

先日も岐阜県高等学校文化連盟の文芸専門部の大会で昨年から「詩のボクシング」に取り組んでおり、今年も取り組むとの連絡が来ました。全国各地の高校で取 り組 んでくれるところが増えています。一方、若い人だけではなく年配の方にも頑張ってもらおうと、東京の品川区が開いている60歳以上を対象にしたシルバー大 学で「詩のボクシン グ」に関する講座を2 回ほど引き受けることにしました。この大学から新たな朗読ボクサーが誕生することを期待しています。



2008.3.4 
2008 年大会スケジュール変更と追加

第8回全国大会に向けて残りの13大会が予定も含めて決まりました。その調整の中で北海道大会本大会の日が変更され、7月20日の 日 曜日になりました。翌日は月曜日ですが、海の日で休みです。なので遠方から参加される方または観覧される方にとっては、時間的余裕ができてよいのではない かと思います。

そして、7月26日(土)には、ワークショップ型長崎大会が開催される予定となりました。初となる長崎の地でどんな朗読ボクサーに出会えるのか楽しみで す。

また、 これから開催される大会の募集エリアも決まってきました。神奈川大会では、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、静岡県の1都7県 のエリアに在住の方であれば応募可能になります。香川大会は、今年は香川県内在住者または出身者となります。岐阜大会は、まだ正式には決まっていませ んが、近県からの応募は可能になるかもしれません。他の大会は県内在住者と出身者を対象とするので、全国公募は直接応募型東京大会のみとなります。


5月10日() 神奈川大会予選会
6月7日()  神奈川大会本大会

5月17日() 徳島大会予選会
6月15日() 徳島大会本大会

6月1日()  兵庫大会予選会
6月28日() 兵庫大会本大会

6月20日(金) 第3回ふじいば ら杯「詩のボクシング」御殿場西高校大会←追加!

6月21日()、22日() 北海道大会札幌、上湧別予選会
7月20日() 北海道本大会←日程変更!

7月26日() ワークショップ型長崎大会←追加!

7月5日() 岐阜大会予選会
8月9日() 岐阜大会本大会

7月6日() 滋賀大会予選会
8月3日() 滋賀大会本大会

7月13日() 高知大会予選会←日程変更!
8月16日(土) 高知大会本大会←決定!

8月2日() 三重大会予選会
8月30日() 三重大会本大会

9月6日() 山梨大会(町おこし特別枠)予選会
10月18日() 山梨大会(町おこし特別枠)本大 会←日程変更!

9月13日() ワークショップ型山形大会

9月20日() 香川大会予選会
10月11日() 香川大会本大会

10月1日(水) 宮崎県高等学校 文化祭文芸専門部主催 高校生「詩のボクシング」宮崎大会←追加!

10月4日() 直接応募型東京大会(予定)

10月10日(金) 山形県高等学校文化祭文芸専門部主催 高校生「詩のボクシング」山形大会←追加

10月19日() 岐阜県高等学校文化祭文芸専門部主催 高校生「詩のボクシング」 岐阜大会←追加


2008.3.1 アマチュアからプロまで

10年を越えて過去を振り返ってみるのもよいかも知れないと思って、公式サイトに公開されていた記事を読んでいると、目に飛び 込んできた写真がありました。亡くなられてしまいましたが建築家の黒川紀章さんの姿です。黒川さんもリングに上がったことがあるのです。その時の様 子を伝える記事を紹介しましょう。

2003年8月30日に行われた「日本文化デザイン会議」主催 のイベントについて のレポート(渡辺泰介)

六本木アカデミーヒルズ・タワーホールで行なわれたイベント、その名も《知の異種格闘技》!これは、「詩のボクシング」の形式 を使った、プレゼンテーション・バトルです。各界の著名人が一堂に会し、与えられたテーマについて、それぞれの専門分野からイメージを広げ、持論を展開 (各々制限時間5分)、どれだけ観客の興味を獲得できたかで勝敗をリング上で競う、まさに異種格闘技戦!

そのテーマもユニークで、「穴」「闇」「火」「水」「風」…など、すべて漢字一文字。

いかにそのテーマから話を発展させられるかが、勝敗の分かれ目でした(判定はジャッジの示す青または赤のプレートの数によって下される)。しかも、2R目 はレフリーが出す「テーマ」でのプレゼンテーション!これは、「詩のボクシング」でも数々のドラマを生んできた「即興詩」の応用です。

さすがにみなさん「その道のプロ!」どの対戦も見ごたえがあり、集まった大勢の観客をひきつけていました。とくに「水」をテーマに闘った三枝成彰(作曲 家)VS黒川紀章(建築家)の大御所対決は、それぞれ独自の視点で芸術の世界へ観客を連れて行っていましたし、「風」でのバトルとなった「詩のボクシン グ」でもおなじみ島田雅彦(作家)VS真木準(コピーライター)は、お互いの弱点をたくみに攻めながらの接近戦となりました。





10R終了後、観客の投票により、栄えある第1回チャンピオンが、冨田勝(慶応大教授)に決定しました。

自作朗読とは一味違った「プレゼンテーション・バトル」、専門は違ってもそれぞれに個性的なキャラクターを前面に出してぶつかり合った出場者たち。6時間 という長さを感じさせないほど、充実した時間が過ぎていました。

他の出演者:日比野克彦(アーティスト)、團紀彦(建築家)、浅羽克巳(アートディレクター)、千住博(画家)、稲越功一(写真家)、波頭亮(経営コンサ ルタント)、勝井三雄(グラフィックデザイナー)、広瀬通孝(東大教授)、香山リカ(精神科医)他総勢30名。







この話があった時、「詩のボクシング」は子どもから大人まで、さらにはアマチュアからプロまで楽しんでもらえるものになったと 喜んだものでした。

もちろん、それだけではなく、プロとして活動している人が、売れなくて悶々とした日々を過ごしながらある日 突然のように日の目を見ると いう最近もたらされた知らせにも喜んでいます。実はエド・はるみさんも何度か「詩のボクシング」に挑戦してくれていました。残念ながら予選会落ちをしてい ましたが、その不屈の意志で大 ブレークをものにした姿をテレビ越しに見ながら本当によかったと思っています。彼女は少し注目されてから、それをチャンスとしてテレビという場の中で急成 長したと思います。やはり 場が人を成長させるのですね。

先日も高知で行われた2試合制・選抜式「詩のボクシング」全国大会の朗読劇で出演してくれた小学生3年生の女の子が、この5月にフジテレビ主催のファミ リーミュー ジカル「魔法使いサリー」でサリーの弟のカブ役(準主役)に抜擢されたとの知らせが届きました。朗読劇に出演してもらうためのオーディションを行った時、 わ たしの出す 注文をよく聞き分け、なおかつその注文に真剣に応えようとする姿を見て「プロ根性のある子だなぁ」と感心していたので、この抜擢もすぐに納得できました。 彼女なら 射止めた役を最後までしっかりとやり抜くことでしょう。

これから先も「詩のボクシング」の場に関わった人たちの中から、どのような分野であれプロとして活躍する人が出てきてくれればと期待を込めてそう思ってい ます。



2008.2.24 
地 方に元気になってもらおう・町おこし特別枠

地方分権の時代といわれる中、「詩のボクシング」を地域活性化・振興化の町おこし文化事業にしようと山梨県都留市の青年会議所が動いています。昨年行われ た 初大会(主催:都留青年会議所)の地元での評価が非常に高く、大会の継続もすぐに決まったとのことでした。

このように「詩のボクシング」が地域活性化に役立つのであれば、大いに利用してもらいたい。そして、都留青年会議所 の目指す「人の声と言葉によって新たな出会いをもたらす」場としての「詩のボクシング」が、もっと広まることになればと 期待します。

都留市の人口は3万6千人ですが、 小さな市ならではの文化の底力をきっと見せてくれる ことでしょう。そういえば、大会開催のあいさつの中で市長もそのようなことを言っておりました。

都留青年会議所も他 の青年会議所に 「詩 のボクシング」の良さをアピールしてくれているようですから、 これを切っ掛けに「詩のボクシング」の大会を開催する青年会議所が1つでも出てきてくれればと思っています。

そこで、都留青年会議所への期待だけではなく、その情熱を応援する意味もあって、「地方に元気になってもらおう・町おこし特別枠」として第8回全国 大会へ 山梨大 会からもう1人 出場してもらうことになりました。正式には、日本朗読ボクシング協会と都留市青年会議所との合議によるものですが。

開催は、予選会9月6日(土)、本大会10月18日(土)でいずれも午後1時から行われることが決定しました。会場は、予選会、本大会とも都の社 うぐいすホールです。



2008.2.16 2008年大会スケジュール

第8回全国大会に向けて今年予定されている大会の日程を知らせたいのですが、最終的に決まっていないところもあり、どうしたも の かと思案中です。ただし、 決定しているところをとりあえずここに書いておきます。書き出した大会の中で全国公募(全国どこからでも応募できる)と なっているのは、今のところ直接応募型東京大会のみです。

5月10日() 神奈川大会予選会
6月7日()  神奈川大会本大会

5月17日() 徳島大会予選会
6月15日() 徳島大会本大会

6月1日()  兵庫大会予選会
6月28日() 兵庫大会本大会

6月14日() 高知大会予選会
7月13日() 高知大会本大会

6月21日()、22日() 北海道大会札幌、上湧別予選会
7月27日() 北海道本大会

7月5日() 岐阜大会予選会
8月9日() 岐阜大会本大会

7月6日() 滋賀大会予選会
8月3日() 滋賀大会本大会

8月2日() 三重大会予選会
8月30日() 三重大会本大会

9月6日() 山梨大会(町おこし特別枠)予選会
9月27日() 山梨大会(町おこし特別枠)本大会

9月13日() ワークショップ型山形大会

9月20日() 香川大会予選会
10月11日() 香川大会本大会

10月4日() 直接応募型東京大会予定)



2008.2.5 「詩のボクシング」の勝ち負けについて

「詩のボクシング」にはジャッジがいて、リングに上がった2人の朗読者のうちのどちらの声の言葉がより心に届いたかを判定します。7人いれば、7人全員が 1試 合ごとに青または赤色の判定札を 各々掲げて示すのです。そして、示された色の数が多いコーナーの朗読者が勝ちとなります。

もちろん、ジャッジを担当した方たちは、あえて数字として表すならば、一方の朗読者が100%よくて、一方は0%だとして判定を下しているのではありませ ん。 どちらの朗読にもよいところ、あるはよくないところがあって、例えば青60%対赤40%で青色の札を示しているのです。さらには、どちらも非常によくて青 49.99%対赤 50.01の僅差で赤色の札を示すこともあります。こういった試合 は 見応え、聞き応えがあって後々までの語り草にもなります。

ところが、そういったいい試合であるにもかかわらず、7人のジャッジ全員が同じ色の札を示すという ことが稀に起こります。4対3ならまだしも、表面的には大差の7対0となるのです。その結果を見て、7対0というのはおかしいという人がいますが、 それはジャッジの心の内を見て言っているのではないでしょう。

わたしは、「詩のボクシング」が、勝ち負けという言葉の持つ心理的抑圧の過負荷からどれだけ人を解き放てるのか、 あるいは勝ち負けという現象の本質をどう比喩化(=見方を変えて生きる上で役立つものに価値化)できるのかを問いながら、そのために必要な人の 五感と 想像力 を育む場になればと考えていま す。なぜな は、自分が自分らしく生きるためには外に開かれた身体感覚と新たな価値観を見出す創造性が必要だと考えているからです。



2008.2.3
 英 語版「詩のボクシング」と兵庫大会について

初の英語版「詩のボクシング」は、大成功でした。大学生といえどもその英語力には不安があり、はじめはどうなるかと思いましたが、やってみると、自分の言 葉を声にすること人の声を聞くことの大切さ、そして「詩のボクシング」の楽しみ方まで日本語での「詩のボクシング」とまったくもって同じだったという感じ でした。 → 記事・神奈川新聞文化欄2008.2.20

人は、英語あるいはその他の言語においても、流暢に声にされた言葉よりぎこちなくてもその人の身体を通った言葉の方に耳を傾けるものです。このことは、考 えた 言葉または自分と格闘した言葉が、人と人との交わりには必要であることを教えてもいます。人の心に届く声の言葉とは、自分の内面をいかなる言葉にしてそれ を どの ように声にできる かであって、どこかで読んだり聞いたりしたことを真似るようにして声にしてもやはり駄目なのです。

また、英語版「詩のボクシング」は、人が言葉を使うのであって、言葉によって人が使われる(=言葉に酔う、言葉に呑まれる)べきではないことも改めて教え くれました。しかも、この英 語版「詩のボクシング」は、国語同様に学校教育の現場でも有効だと確信できました。もし、英語版を試みたいという申し出が、小、中、高校の英語担当の教 師からあれ ば協力したいと考えています。気軽にお声掛けください。

北海道大会の大会PRに続いて兵庫大会の大会PRをフロ ントページに載せました。兵庫大会は、姫路文学館で行われています。大会を担 当していただいている学芸員の甲 斐さんと竹廣さんは、面倒見がよく、後フォローもいいですから、兵庫大会の参加者の皆さんは気持ちよく朗読できていると思います。何といっても 朗読 ができるリングがあっての朗読ボクサーですから、皆さんには甲斐さんや竹廣さんたちのように場作 りをしている方への感謝の気持ちを忘れないで大会に臨んでほしいと思います。兵庫大会も気持ちのよい季節での開催です。また、皆さんにお会いでき るのを楽しみにしています。



2008.1.31 北海道大会と全国大会の新たな会場

フロントページに北海道大会の大会PRを載せました。各地の大会は、そのほとんどが都道府県庁所在地で開催されています が、北 海道大会は北海道の東にある小さな町で行われています。わたしは、大会が開催されるたびに訪れていますが、とても好きな町です。町というよりも、新たな地 を開拓した屯田兵 気質の町の人たちが好きだと言ったほうがいいでしょう。いつもお世話になっている大西さんには、初めて訪れた時にオホーツクの海や少し足をのばして網走ま で連れて行ってもらいもしました。その時に感じた酸素密度の濃い空気を忘れることができません。

この町での「詩のボクシング」の大会は、純朴で物静かというか独特の雰囲気があって気に入っています。しかも、町民の観客も増えており、年々盛り上がっ ていま す。今年の開催は、とてもよい季節なので多くの方に参加してもらいたいです。

ところで今、新しい大会の型として直接応募型大会の出場者 募集をしています。こちらの大会は、北海道とは全く逆の東京の中心地で開催されます。既に応募 していただいている方の年齢幅は19歳から76歳と広く、大学生、社会福祉施設職員、矯正歯科医、教員、農業、主婦と職業もさまざまです。といっても、ま だ既定の人数には達していません。全国各地からのご応募をお待ちしています。

その会場となる内幸町ホールは、前回までの全国大会会場であったイイノホールの近くにあります。実は、今年の全国大会 の会場となる有楽町朝日ホールも近く にあります。当初全国大会の会場として予定していたサントリーホールは、リング設営に難しいところがあるとわかり、新たに探していたところ朝日ホールが見 つかったというわけです。イイノホールとは違い、有楽町駅に接している場所なので大会の前後に楽しめるところも沢 山あ ります。開催 は11月3日、文化の日です。新たな会場での全国大会を楽しみにしていてください。



2008.1.29 「詩のボクシング」と環境問題

「詩のボクシング」はプリミティブ(原始的)な場ですね、とよくいわれます。原始的というのは、生身の身体一つでやってい るということです。その言い方には、古めかしい時代遅れのといったイメージも含まれていますが、見方を変えると、「詩のボクシング」は今の時代の最先端を 行っているとも言えるのです。つまり、心や身体の健康だけではなく、環境にもいいということです。

なぜなら、「詩のボクシング」は、二酸化炭素の排出量ということでは、人が生きるための呼吸に必要な最少限の量、あるいは樹木が光合成で吸収す る 二酸化 炭素のごく一部の量の排出ですんでいる場だからです。また、「詩のボクシング」の場では、聞く人のために朗読者の作品を紙にプリントして配布していな い、いやする必要のないことも挙げられるでしょう。なぜ必要ないかと言えば、「詩のボクシング」は、紙を媒体にしているのではなく、声を媒体にし ている場だからです。将 来的には、チラシやパンフレットなどを印刷しなくて も大会が開催できるようになればとも思っています。

日本にネットが登場した1990年代初めには、ネットによって紙の消費量が減り、環境にもよい結果がもたらされるとされていました。ところが、そううまく 事は運ばず、データとしてあるものを念のために紙にプリントして保存するといった事が起こり、逆に紙の消費量が増えてしまいました。未だに紙への信頼性が 根強く、会議や会合などではデータとしてあるものを紙に大量にプリントして配布しているようですが、現状での環境問題への認識からすると、なるべく紙を使 わ なくてすむように本気になって実践を重ねるべきではないかと思います。

この点においても「詩のボクシング」は、声を発する口とその声を聞く耳があればいいわけですから、はじめから実践していると いうことになります。



2008.1.27 「詩のボクシング」とメディア


「詩のボクシング」は、ライブです。ネット上では、決して味わうことのできないものです。紙媒体でできることであれば、ネット上 で もそれは可能となるかもしれませんが、ライブはそうはいきません。また、映像によっても再現することはできません。そこがライブの強みなのです。

テレビで放送されている「詩のボクシング」を観て、ああだ、こうだと言う人がいますが、それはライブの「詩のボクシング」ではないと言って おかなくてはなりません。もちろん、ライブの「詩のボクシング」を放送用に再構成=編集した番組ですから(そのように番組の中でもテロップで断りを入れ ていま す)、それを楽しんでいただくということでは問題ありません。ところが、朗読の途中に朗読とは関係のない映像が入るのはおかしいとか、制限時間が3分と 言っているのに計ってみると1分ほど(あるいは数十秒ほど)しかないのはどういうことなのか、なぜリング下からの実況中継になっているのかなどの意見が協 会に寄せられても対応 しかねるのです。

「詩のボクシング」が番組化されて放送されるようになってから同じようなことを繰り返し言っていますが、ものごとに受身的になっていると、やはり見えてい るようで見えていないものなのだなと、ここでもメディアリテラシーの必要性を強く感じています。

この必要性は、文字としての言葉と声の言葉との違いをうまく認識できていない人にも当て嵌まります。文字の言葉で見慣れているものを声の言葉で聞くと違和 感を覚えるのでしょうか、「詩のボクシング」には「詩」がないと言う人がいます。これは何か勘違いをされてもいるのでしょう。「詩のボクシング」は、声と なった言葉が詩であるかどうかを問うている場ではありません。詩であるかないかではなく、朗読者自身の声となった言葉が聞き手に届くかどうかを問うている 場なのです。そして、あえて言えば、届いた声の言葉にポエジーがあれば、それを詩と名づけてもいいという場なのです。つまり、はじめから詩があるのではな く、これも詩だね、というものを探しているのだと理解していただけるとよいと思います。だから、どのような表現ジャンルであれ朗読スタイルであっても「詩 のボクシング」の場には参加できるのです。

できれば、既成のものだけではなく、えっ、そんな表現方法もあるのかと驚かせてもらいたいと思っています。



2008.1.25 英語版の「詩のボクシング」


「詩のボクシング」を始めた頃、ネット上に公式サイトを作り、そこに「気紛れ日記」を書いて載せていたことがありました。久しぶりに、また始めてみようと 思います。気が向いた時に書きますので、なかなか載せなかったり、すぐに載せたりしますが、よろしくお願いします。

今の時期、「詩のボクシング」の地方大会はありませんが、6月からはまた毎週末のようにどこかで大会が開催されます。ちなみに、5月17日(土)は、徳島 大会の予選会になっています。徳島では、昨年11月に高校生「詩のボクシング」全国大会が開催され、地元の新聞やテレビでも放送されたので、認知度は上 がっていると思います。今年は、どんな朗読者がやってきてくれるでしょうか、楽しみです。

高校生といえば、今年の10月に山形県高等学校文化連盟文芸専門部主催の高校生「詩のボクシング」山形大会が鶴岡市で開催されます。山形県では、高校生大 会を長きにわたって開催してくれています。しかも、一般参加のトーナメント戦は山形県から始まったわけですから、山形県は「詩のボクシング」と深い関係に あるということになります。実は、2009年の10月16日には、山形市で開催される文芸道場の北海道・東北大会で「詩のボクシング」高校生大会が行 われることもすでに決定しています。

もうひとつ高校生関連で、来年度の高校の英語教科書に「詩のボクシング」が紹介されることもあり、英語による「詩のボクシング」の実践にも取り組もうとい うことになり、2月2日に英語英米文学科に在籍する大学生たちが、「詩のボクシング」をやってくれることになりました。英語による初めての「詩のボ クシング」が、どんなことになるのか、楽しみです。当日の様子をイギリスのBBC放送が取材するということです。この取り組みに ついては、また日記に書きます。



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