第8回「詩のボクシング」全国大会 2008.11.3







第8代日本ライト級 チャンピオン・
川原真弓 (第6回徳島大会代表)



[全国大会を終えての感想]


出かけようと思うて玄関を出たら、ツバメの巣が落ちとりました。
ほれは私達がそこに引っ越してくる前からあって、毎年春になったらツバメの夫婦がにぎやかに子育てしよったものです。
ほれを見守るんが、私は大好きでした。
何で落ちてしもうたんか知らんけど、(今年はツバメ来んのかな)と思うたら、なんか悲しいて寂しい気がしました。
でも、落ちとるツバメの巣を近くで見たら、ほの断片の感じに、なんか別世界の気配があって、あのとてつもなく遠いと思いよった宇宙は、もしかしたら私の頭 の上数メートルのところからもうはじまっとんかもしれんなと、ふと思ったのです。
そういう感じを、私は詩にしていきたいと思うています。
けっして何も無いところから物語をつくるんではなくて、日常の中にちりばめられとるちっぽけやけどしっかりとした事実を、私は詩にしていきたいです。
そうすることで、悲しみや寂しさがとても安らかに癒されていって、そこに一片の詩が残る。  
そういう感じがとても好きです。
 
今回、「詩のボクシング」全国大会で優勝できたことは、本当に本当に嬉しいです。
地方大会を勝ち抜いてきた朗読ボクサーのみなさんの詩は、それぞれに個性も光っていて本当に素敵でしたし、優勝したからといって、私の詩が一番というわけ では決してないけど、あの時、あの瞬間に、詩の神様が私に微笑んでくれたことを、私は忘れないと思います。
 
そういうふうに自分の表現を続けていけることに、心から感謝します。
今も、いつもと変わらん日常がここにちゃんとあって、私はおばあちゃんになっても詩をつくっていきたいな、と思います。
本当に、ありがとうございました。


「詩のボクシング」全国大会 徳島の川原さんが優勝

2008/11/03 【共同通信】
 

ボクシングのリングを模した舞台で、自作の詩を対戦者2人が交互に朗読して勝敗を競う「詩のボクシング」の第8回全国大会が3日、東京都千代田区の有楽町 朝日ホールで開かれ、徳島大会代表の主婦川原真弓さん(32)=徳島県在住=が優勝した。  

15都道県の地方大会を勝ち抜いた選手らがトーナメント方式で対戦。脚本家の内館牧子さんやタレントのふかわりょうさんら7人の審判が判定した。  

川原さんは、言葉を1つ1つ抽出するような静かなリズムで詩を朗読。決勝では即興の題目「マネキン」が出され、マネキンに恋するウサギの心情を詠んで観客 の盛んな拍手を浴びた。

準優勝は東京大会代表の大学院生、土屋智行さん(25)=京都市在住。詩を書いた紙を破りながらの個性的な朗読で勝ち進んだが、決勝の題目「年金」が時間 切れとなり、判定で敗れた。


「詩のボクシング」全国大会で優勝した
川原真弓(かわはら・まゆみ)さん
2008/11/07 徳島新聞

ボクシングのリングを模した舞台で自作の詩を朗読し、勝敗を競う「詩のボクシング」。全国大会の勝者が、実はパントマイムのピエロだった、と聞けばそれだ けでも十分、詩的だ。

吉野川市内で開かれる「まちかどコンサート」で、無言劇を演じる主婦。おとなしい印象で毎月、人前に立っているとは、とても想像できないほど。娘の通う幼 稚園の保護者と話せば、圧倒されることもしばしばだそう。

詩を書くのは小さいころから好きだった。兄や夫の影響で、四年前の県大会に初めて出場。二年連続、二回戦で敗れた。長男の出産を経て三年ぶりに出場した六 月の大会で、念願の全国大会出場を決めた。

日常でふと感じたことを、言葉に起こし、阿波弁で語りかける。聴衆の反応が直接伝わってくるのが朗読の魅力だという。

初戦で読んだ詩「出かけようと思うて玄関を出たら、ユーフォーがおちとった?」は、自宅玄関にあったツバメの巣が落ちたときの寂しい気持ちを詩にした。 「悲しいとかつらいとか、ネガティブな気持ちも詩にすることで好きになれる」

昼間は子育てで自分の時間がない。詩を書くのは二人の子どもを寝かしつけた後。枕元の電気スタンドをつけ、ノートに向かう。この五年間で書き上げたのは三 十四編と多作ではないが、何度も読み返しては筆を入れ、大切に育てる。寡黙なピエロは、これからもずっと、言葉の世界を放浪していくつもりだ。

吉野川市鴨島町飯尾で夫(32)、長女(5つ)、長男(1つ)と四人暮らし。三十二歳。




川原真弓:「まちかどコンサート」 は私 の住んでいる鴨島町というところで、駅前活性化 のために町の人たちが一生懸命続けている手作りのイベントです。


徳島代表 川原真弓

[徳島大会の闘いを終えての感想]

小さいころから詩をつくることは好きでしたが、それは何か特別なことでした。
でも「詩のボクシング」に参加させてもらうようになって、詩はだんだんと私の日常の中に入ってきました。
毎日同じことのくり返しみたいに、たんたんと過ぎていく日常やけど、
ふと心にひっかかることや感じる思いは日々違っとって、
そういうもんを忘れんと大事にとっておいて、詩ができたり、できんかったりします。
例えば、寂しさや悲しみみたいなものでも、詩にすることで癒されたり、
あんまりやりたくないことでも、詩にすることで楽しいなったりして、
なんかとても得をしたような気分で面白いです。
だから詩をつくることを日常にしてくれた「詩のボクシング」が、私は大好きです。

今回徳島大会で優勝することができて、じわじわとうれしいです。
リングの上に立つのはたまらなく好きなので、
今回最後まで残って立つことができてしあわせでした。
三度目の参加でしたが、いつも他の参加者の方々の詩や、
審査員の方々のお話を聴いて学ぶことは多いです。
全国大会に向けて日常生活の中でアンテナをピンピンに立てて生きていきたいです。
日々を大切に大事にして、たくさんの詩たちと一緒にいっぱいリングに立てたらいいなと思っています。
ありがとうございました。
全国大会、思いっきり楽しんできます!





準チャンピオン・土屋智行 (直接応募型[第4回]東京大会代表)



[全国大会を終えての感想]

この大会では、今までことばや声にされなかったものが、
たくさんことばや声へと、かたちを変えていったと思う。

ふつうは、イメージというものは、なかなかことばにできない。
声に出しても、文字に書いても、
ただぼんやりとした像しか浮かび上がってこなかったり、
自分が思っていることとは全く違うものができてしまう。
また最近まで、「ことばにできない」というフレーズをよく耳にした。
ことばの難しさは、誰もが実感するところだ。

たしかに、ことばにできないものは、あると思う。
しかし、本当はことばにできるのに、ただしていないだけのものも、あると思う。

今回、朗読作品をつくるにあたって、ふたつの条件を自分に課した。
まずは、自分が一番よみたい作品であること。
そして、自分が一番聞きたい作品であること。
この条件にあうような作品のイメージを、できるだけ細かく決めていった。
そのあと、イメージを自分のことばと声にするにはどんな工夫が必要かを、
朗読する直前まで考えつづけた。

いま思うと、この推敲にかけた時間は、ほんとうに充実していた。
だがそれ以上に、「詩のボクシング」全国大会は充実したもので、
贅沢すぎるほどの時間を過ごせたと思う。
そう思えるのも、自分のことばだけでは紡ぎ出せないイメージが、
他の選手のことばと声から、出てきたからだ。

さて、これからどんな作品をつくろうか、いろいろと悩むが、
まずは、いろいろなものを見たり、聞いたりして歩きたい。
その過程で自分が聞きたい作品、読みたい作品もまた変わってくるし、
そこから色々なイメージも生まれてくるだろう。

ことばや声にされていないものは、まだあまりにも多く残っているし、
また、ことばや声にされても、もう残っていないものがあまりに多い。
できることなら、ことばと声の可能性を信じている人たちと出会いたい。
そしてできるだけたくさん、「詩のボクシング」という場で過ごしたい。


東京代表 土屋智行

[東京大会の闘いを終えての感想]

「あなたのことばは詩ではない」と言われる場はよくあるが、「詩のボクシング」は、「声とことばの全てが詩」とされる唯一の場だ。
背格好や体の動きでさえも、詩だ。
これが意味することは、とてもおおきい。

かつて表現というものは、「ある限られた領域」だけを観ればよいと思われていた。
音楽であれば音、絵画であればキャンバス、詩であれば紙上の文字。
だが今は多くの人が、必ずしも「その領域だけ」に表現がとどまっているわけではないことに気付いている。
演奏者の表情、展示される空間、本の装丁。
そのような要素によって、表現はよりはっきりしたものとなり、またそれらを総合的に観たときに、表現する人そのものの姿が浮かびあがってくる。
このことに同意してくれる人は、きっとたくさんいるはずだ。

では、人そのものを表現にするとどうなるのか。
体ひとつで表現をすると、その場はどのようなものとなるのか。

「詩のボクシング」では、人そのものが表現になっている。
選手の体が、観客の意識に直接切り込んでくる。表現としては原初的で、本質的だと思う。
原初的ではあるが、だからこそ新しい表現が常に生まれるのだと思う。
本質的な部分を問われるが、そこにこそ楽しみが生まれるのだと思う。

「詩のボクシング」では、真っ新なリングの上で、たったの3分間。
だがどの大会でも、まったく新しい3分間が必ず生まれるし、今までの大会にはない場が、もう二度と集まることのないであろう16人によってかたちづくられ る。

その新しい3分間が生まれる現場に立ち会えること、そして今までにない場をかたちづくる16人の一人としてリングに立てることが、今からほんとうに楽しみ だ。





主催:
日本朗読ボクシング協会


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