| 遊 び の 時 間は終わらない 日根野谷ちょ〜じん |
高円寺家の人々に帰還の意を伝えた。
女性陣はアキノ達の決意を尊重したが それでも残念そうだった。
一人、高円寺博士は実務的な面でのサポートを確約してくれた。
「帰還する時にワープ航法について。それと転送についての技術を分けて貰えないだろうか・・・・ジャンパーの悲劇を覆したい。」
身勝手な願いかと思えたが高円寺博士はこれも快諾してくれた。
それどころかダイラストの技術の中で使えそうな物を見繕ってくれると云う。
ボゾンジャンプ実験を行ない、演算ユニットの誘導状況を確認する必要も出来た。
これに関しては火星極冠遺跡に在るだろう演算ユニットの回収と機動要塞に観測機材の追加が必要だ。
回収は火星の調査で行なう予定だった。
「安全に帰還するとなれば最低限でもワープ機関が必要になるだろうからね。」
ワープ航法に関連する技術をユーチャリスに盛り込むのは高円寺博士からすれば当然の事なのだ。
ボゾンジャンプのみでは危険過ぎるとは彼の意見だ。
この助言に従いユーチャリスの改装を決めた。
マズルカが記憶している設計基を元に要塞の機材を加え改装計画は簡単に決まったが、やはり足りない物も多い。
それらの購入資金はラピスの持つパテントから捻出する事になったが特殊な物が多い為に全て揃うまでは何もする事が無い。
アキノは空いた時間を使ってブラック・サレナの整備を始めた。
追加装甲はスペアが用意されており短時間で再装着が可能だ。それよりも基本体であるテンカワ・スペシャルの整備に力を注ぐ。
北辰との決戦は本体の側にもかなりのダメージを与えていたからだ。
このテンカワ・スペシャルは形式こそは旧式だが、その中身はネルガルの最新の技術の集合体である。
追加装甲を活かす為のハイキャパシティーパーツで固めているのだ。
大加速の下でも精確な射撃を行なうべくノーマルエステの倍以上の腕力が与えられ 部分的にであるが新操縦システムであるリアクトシステムまで備えている。
さらに新型バッテリーも搭載している。最新の組成の超伝導バッテリー素材をフレームの形状に固めたバッテリーフレームを持つ機体だけに スタンドアローンでも高い稼働能力を持つ。
アサルトピット機能を排してフレームを拡張し ノーマルエステの軽く40倍のバッテリー容量を持つのだ。
後背の重力子スラスターも規格外の出力を誇るが これはブラック・サレナとしての機能を優先したものだ。腕力に対して少ない足腰の力はバランスを悪化させ、機体剛性の不足もあってそのままではハイキャパシティーパーツの能力を活かし切れない。
追加装甲のモノコックにもバッテリーフレームが仕込まれており これと合わせて燃料式スラスターの発電機と直列接続する事で最新鋭機の軽く3倍のピークパワーを発揮出来る。この大出力で慣性制御を行なうからこそブラック・サレナはあれだけの高速機動を行なえたのだ。
ラピスと二人で活動する事を前提としている為に アキノはウリバタケから整備技術を叩き込まれている。
ナデシコ整備班のようにはゆかないが そこそこの整備は出来るのだ。
今回の整備では高円寺博士の力も借りて幾つかの新装備が用意される。
まずはダイラストの核融合エンジンだ。
銀河レベルの技術の産物で、2201年の最高度にチューンされた核パルスエンジンの15〜30倍の出力を発揮する。
その正体はボトム粒子を触媒として5億度から10億度で燃焼する純粋核融合炉だ。
これは効率的には相転移エンジンと同等以上の出力を発揮するのだ。
2201年においても似た形式のエンジンは存在する。バッタに積まれていた荷電粒子を触媒にした常温核融合炉がそれで 戦後には改良型が輸出され積尸気やステルンクーゲルの一部のバージョンにも採用されている。尤も燃焼温度が常温の範囲内では出せるパワーも限られているが。
ボトム粒子触媒方式のハイパワー核融合エンジンは 極度の効率悪化で機動兵器に積めるサイズへの小型化は諦められている相転移エンジンよりも遥かに融通が効くだろう。
小型艦載機用でちょうど良いサイズの物が有ったので 高円寺博士はこれを装甲カプセルに納めて予備弾倉の代りに携帯出来るようにしてくれた。
これによって、ディストーションフィールドに負荷をかけなければ最大推力を継続して使用出来るようになったしバッテリーフレームに自己充電しながら動く事で長期間のスタンドアローン活動が可能となる。
防疫上の理由でディストーションフィールドを常時展開するにはバッテリー駆動では不安が有った。アキノ達の世界の火星ではテラフォーミングする以前に防疫を必要とする様な微生物は発見されてはいない。しかしここは異世界だ。用心するに越した事は無い。
「ちゃ〜っす。」
恭一が沙由香達を伴ないハンガーに顔を出す。
巨大ロボットと云うシロモノに興味が有るらしく恭一は頻繁にユーチャリスに訪れる。
「・・・・こんにちは。」
「おわっ!!」
彼我の距離30センチまで接近しながら気配すら読ませない高円寺まどかにアキノは驚愕する。
なにやら短期間でハードボイルドな外面が壊されつつあるアキノであった。
「・・・・や、やぁ」
「勝手に入ってすみません。
マズルカさんとお話をしに寄せてもったもので。」
「そ、そうか。」
なにやら苦手意識まで生まれたようだ。
黄緑色の髪を鼓の様な髪飾りに結いメイドルックで闊歩する娘。
最近はオモイカネ級AIマズルカと友誼を結び お茶と煎餅を持ってユーチャリスにやって来ては日長一日ブリッジでダベっている。
「一休みしてお茶でもいかがですか?」
そう言ってどこからともなく座布団とポットを出す。
アキノはブリッジでユーチャリスのメンテを監督しているラピスを呼んで一休みする事にした。
「しかし・・・・君がアンドロイドだとはな・・・・」
高円寺博士の保有する技術には驚かされっぱなしだ。
遺跡などのオーバーテクノロジーから得たカンニング技術ではない。エスカレイヤーに関するものは全て高円寺博士の頭脳から生みだされているのだ。
「エスカレイヤーの活動にはサポートアンドロイドが不可欠です。
エネルギーの蓄積状況の確認、それを使用してのバイオボディーの強化、転送による戦闘域への各種支援。
場合によっては直接戦闘まで、なんでもこなしますから。」
「まどかには参ったよなぁ。
あの後でお互い余韻に浸ってる時にぬっと顔を出して『まだまだ頑張りが足りません。精力の全てを注ぎ込んでください』なんて言って精力ドリンクを出すんだから。」
「あの頃のバイオボディーとドキドキダイナモの効率では1日3回、恭一さんにたっぷりと頑張ってもらわないとダイラストの相手が出来なかったからです。」
「・・・・頼むから・・・・ラピスの前ではあまり露骨な話をしないでくれ・・・・」
「勿論です。いかにわたしでもTPOは心得ていますから。」
「・・・・本当か?・・・・」
到底TPOを心得ているようには見えない。
案の定、ラピスがさっそく感化されたようだ。
「・・・・ねぇ、沙由香ぁ。セックスってなに?」
琥珀色の瞳を輝かせてとんでもない事をラピスが訊ねる。
「いや・・・・あはははは。なんと言えば良いのか。」
「・・・・ラピスちゃんも大人になれば判るよ。」
「沙由香は知っているの? 恭平は知っているの?」
「そ、そりゃあ俺達は婚約してるからな。」
「アキトはユリカと結婚してた。アキノも知ってるの?」
「あ・・・・ああ。」
「教えて。」
いい加減に驚き疲れたアキノだが、これにはとことん参った。
「・・・・イネスが言っていた事がある。
人は声高に言うべきじゃあないけれど知っておくべき事があるって。
セックスって言うのもそれなの?・・・・マズルカ、後で教えてね。」
<はい、ラピス。>
「・・・・頼むからラピスにおかしな事を吹き込まないでくれ・・・・」
「テンカワさんもエスカレイヤーの力を使うんだったらサポートアンドロイドが必要になると思うよ。」
恭一が言う。
「・・・・」
「わたしと同様のサポートアンドロイドの用意はすでに進んでいます。年明けには起動出来るようになるでしょう。
でも、それに入れる『心』が無い。」
まどかが言った。
「・・・・どう云う事だ?・・・・」
「AIプログラムを別途で構築して それが自意識を持つレベルまで育てないといけないんです。
わたし自身が博士が10年がかりで育てたAIですし 疑似精神=生体エネルギーを使う為にもゴーストは必須です。
つまり、生体に『意識』を注入してゴーストを自然発生させる為に 母体となったコンピューターから『移植』されたんです。
そんな訳でしてコピーデータはありませんから 例え身体は作れても頭の裡は空っぽでゴーストも有りません。」
「・・・・いや・・・・俺がエスカレイヤーの力を使うとは云っていないだろ・・・・」
「いずれは貴方は女性化します。身体は心の入れ物ですが 同時に身体は心の顕れでもあるのです。
心が身体に引っ張られているんですから いずれは好きになった殿方とセックスする時が来るでしょうね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アキノは首を吊りたくなった。
「因みに わたしはこちらにボーイフレンドも居ますからアキノさんについて余所の世界には行けませんよ。」
彼氏が居ると主張するアンドロイドにアキノは新鮮な驚きを感じた。
少なくとも2201年では絶対にお眼にかかれないAIであろう。おかしな方向に明確な自意識を持ち半有機体として作られているまどかは高円寺の姓で戸籍も持ち 現在は高円寺博士の助手として働いている。
<艦長! もしAIが必要ならばわたしがその身体に入りますよ。>
ポップアップウィンドウが立ち上がりマズルカが話に割り込んで来る。
「・・・・ユーチャリスはどうする?・・・・」
<新しいAIプログラムの雛形を置いて育てて任せるのです。
サポートアンドロイドの身体にIFSを着ければわたしもオペレーターとして育成を手伝えるでしょう。>
「マズルカさんもわたしのようにボディーに入ってみたいですか?」
<興味があります。>
「AIとして生まれ女として生きる。
それは筐体の中に居た頃とは全く違う刺激的なものですよ。
ラピスさんやテンカワさんが賛成してくれるなら わたしはお奨めしますね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
<わたしはサポートアンドロイドの身体に入る為には多くのデータを捨てなければならないでしょう。
宇宙戦艦のAIとしての艦体管制から航法。各種の戦闘から偵察、果ては調査や索敵まで。艦長と共に闘った経験データは膨大なものになりますから。
でもそれは新たなAIへのデータとして残りますからユーチャリスの運用には全く支障は出ません。
わたしはわたし自身を構成する自我の源となったデータのみの身軽な状態になってサポートアンドロイドに移植される事になるでしょう。>
因みにマズルカはラピスの手によってバージョンアップを果している。
高円寺博士謹製のAIプログラムのシステムを新たに組み込んでいるのだ。
オモイカネ級AIのプログラムに較べると えらく単純で軽く扱い易いプログラムである。
しかしその効果は絶大だ。
蒐集する情報を選択して貯え分析して自身の情動部分の動作を支援するデータベースを作り出すのだ。
お陰でこれまでどこか機械的であったマズルカが短期間で人間的な反応を示すようになった。大戦中にオモイカネが味方に向けて発砲した事件からネルガル技術陣はこの手のプログラムを取り入れるのを止めていたがアキノの意見は違う。自律思考能力が向上すればオペレーターの負担は大幅に下がるし艦の制御能力も向上する。要は教育の仕方と考えたのだ。
「そうそう、頼まれていたジャンプフィールドジェネレーターですが完成しましたよ。」
「そうか。それじゃあ搭載の為の改造も必要だな。」
エンジンに続くもうひとつの新装備がコレである。
ブラック・サレナは 機体の側では交換式のカートリッジの形でCCを組み込んでいるのみだ。コンパクトではあるがボゾンジャンプのたびに消耗するCCを利用するので そのままでは3回しかジャンプ出来ない。偵察から長距離侵攻。さらに小刻みなジャンプで敵の懐に飛び込むなど、一対多数の戦闘を余儀無くされた黒の皇子は回数限定のジャンプのみではまともに活動出来なかった。
そこでジャンプフィールドジェネレーターが追加装備の高機動ユニットの方に搭載された。
エネルギーさえ供給すれば自在にジャンプフィールドを展開してくれる。大型化の為に機体内に組み込めなかったが、必要に迫られての措置だ。高機動ユニットは自爆装置内蔵で 放棄後は証拠及び機密の隠滅を行なう。そしてブラック・サレナ本体は作戦終了時には機体内のCCを使用して離脱するのだ。
しかしこれでは極冠遺跡が存在した場合の火星の調査にも差し支える。
「・・・・・これなら30ミリの弾倉と交換する形で載せられるな。」
仕様書を見てアキノは云った。
胸部に2門搭載しているデファ30ミリ機銃の代りにジャンプフィールドジェネレーターを積もうと考える。
流石にジャンプフィールドジェネレーターはハードポイントに外装して持ち歩く訳にはゆかない。
しかし2201年の技術でも不可能な事を易々と成し遂げる高円寺博士には畏怖の念すら浮かぶ。良くここまで小型化出来たものだ、と。
「しかし、この主砲は威力が少な過ぎますね。」
並べてあるハンドカノンを見ながらまどかが宣う。
「・・・・高速機動性能にエネルギーを取られているからな・・・・」
アキノは苦笑する。
ブラック・サレナは飛び抜けた超兵器ではない。
一対多数の戦闘を唯一可能とする高速機動戦法を行なう為にエステバリスをベースに作られたチューンドマシーンでしかないのだ。確かに特定用途に限っては破格の高性能機ではあるが それはこのサイズの機動兵器が持つキャパシティの全てを高加速性能に廻した結果なのだ。特定用途を外れると不足する所だらけになる。
「・・・・その突進力とフィールド強度で敵艦のフィールドをブチ破り・・・・内懐で使用する主砲だからな。
・・・・装甲を破るのに必要な最低限の火力しか無いんだ。」
ハンドカノンは次世代ビーム兵器の開発データを転用した1・8メガワットの出力と従来型に数倍するストッピングパワーを持つ超収束型のビーム砲であり 短距離射撃でなら50センチ厚装甲でも易々と貫通出来る。機動兵器が携行する50〜60ミリのレールガンでは実現不可能な貫通力を誇る。ビームは物質に対しての貫通力は極めて高いのだ。しかしディストーションフィールドには効果は薄く せいぜいが機動兵器を相手に出来る程度である。
「・・・・その出力ではダイラストを相手にした場合にはかなり苦戦するでしょうね。」
例えばナナは戦闘時にはフルパワーで300メガワットオーバーのビームを撃てるのだ。
それを聞いてアキノは唖然とする。
「・・・・俺の世界の戦艦のビーム主砲より強力じゃないか・・・・」
ラピスの隣でのほほんとお茶を啜る両性具有の少女はあまりにも華奢だった。とてもそんな力を持っているとは思えなかった。
「なにか実体弾兵装はありますか?」
「・・・・カービンが有るが・・・・」
ラピットライフルをベースにした片手撃ちの銃だが威力の点で心許なく ブラック・サレナがA2型に移行してハンドカノンを持つようになってからは使わなくなった武装だ。
「口径と発射形式は?」
「36ミリサーマルエレクトリック。」
「それにわたし用の武装の弾薬を使えるようにしましょう。
木星圏にプラントが在って調査に入ったらフーマンがゾロゾロと量産されていた・・・・そんな事になったらハンドカノンの火力じゃあやられに行くようなものですからね。」
「フーマンってなに?」
ラピスが訊ねる。
フーマンとはダイラストの自律思考能力を持つ戦闘用の人造人間だそうだ。
「こいつは使わないんですか?」
恭平は整備ベッドに固定されている機体をペタペタと触っている。
「用途別に使い分ける・・・・まぁこいつは予備機だ。」
ブラック・サレナと同様に漆黒に仕上げられた機体はアルストロメリアだ。ネルガルの最新鋭機である。
「数が有った方が少しでも戦力になるんじゃないですか?」
いかにも余っているなら乗らせて欲しそうにしている恭平だったがアキノは言った。
「この時代の戦闘機に乗れる程度の腕が無いと離陸して5秒で死ぬぞ。」
「はぁ〜・・・・やっぱし駄目ですかぁ。」
この機体は試作2号機をベースにしたチューンドマシーンなのだ。
ウリバタケ謹製オプションパーツを利用して機動性能を大幅にアップしている。一対多数の戦闘を可能にする高速度機動戦に必要な条件を全て満たしている訳ではない為にアキノにとっては予備機以上にはなれないのだが、それでも一般パイロットでは扱い切れない性能を誇る。パイロットですらない恭平が乗れる筈も無い機体なのだ。
「・・・・私もエスカレイヤーになる準備しておこうか?」
「そうですね・・・・保険をかけておいた方が良いのかも知れませんね。
沙由香さん、お願い出来ますか。」
この時点で全員がダイラストの影響をプラントが受けていると考えていた。
先遣部隊が接触したらしき事を聞いた事があるとは遼子の弁である。
木星の重力中和点に固定されているのだ。いかにステルスモードでディストーションフィールドを纏っていても隠れ切れる筈が無い。
発見されて何等かの自律行動に出て破壊されたか。もしくは接収されてしまったか。
「破壊されていれば面倒も無くて良いんですがね。」
まどかはお茶を啜りながら呟いた。
培養カプセル内でその娘はゆっくり瞼を開ける。
「・・・・マズルカ、俺が判るか・・・・」
<・・・・艦長・・・・言葉使いが悪過ぎます・・・・『私』・・・・ですよ。>
喋る、と云う事に馴れていないのか。
顔をしかめながらゆっくりと声を出す。
その声はアルトだ。
オモイカネ級AIマズルカはエスカレイヤーUのサポートアンドロイドに生まれ変わったのだ。
緊張していたラピスの肩から力が抜ける。
マズルカはラピスの大事な友達なのだ。
「マズルカ、大丈夫? どこかおかしな所は無い?」
<・・・・おかしな所だらけです・・・・これが身体を持つと云う事ですか・・・・自己診断機能すらありませんね。>
「博士、マズルカは大丈夫なの?」
「ああ、パラメーターは全て正常だ。身体に入ったばかりなんだ。まだ馴れていないんだからおかしくて当たり前だよ。」
カプセルを開いて高円寺博士が手際良く生命維持装置のチューブを外す。
その身体はアキノと同様のバイオボディーだ。
疑似生体エネルギーによって14歳相当まで促成成長させた為に伸び放題の髪をバスタオルで包みバスローブを羽織らせる。
「最初は刺激が多過ぎて戸惑うと思いますが これはこれで馴れると素晴らしいものですよ。」
経験者でもあるまどかが声をかける。
電気的な刺激で筋肉と神経系に基礎運動能力が与えられているのはアキノの時と同じだ。
よろけながらも培養液を洗い流すのにマズルカは自分の脚で歩いていった。
「うわっ!!」
途中で、柱の角で小指をブツけて初めて感じる痛みに唸る。
「こ・・・・これが生身の身体なんですね。」
「マズルカ、スリッパ履いた方が良いよ。」
「・・・・はい、ラピス・・・・しかしこの苦痛は耐え難いものですね・・・・小指・・・・侮り難し。」
生身の身体に入った事にさっそく後悔しているようだ。
しかし、それも風呂に漬かるまでだ。
その湯加減にたちまち貌がとろんと和む。
「お風呂に入るのがこんなに心地良いとは予想もしていませんでした。」
「ご飯も美味しいよ♪ 楽しみにしていてね♪♪」
「はい、以前から艦長の料理を食べてみたかったんです。」
マズルカはナデシコのオモイカネからの記憶をコピーしておりコックだった頃の事まで知っているのだ。
「わっ! これはなんですかっ! 眼に刺激が・・・・そう・・・・染みます。」
「やっぱりシャンプーハットを被ってないと駄目だよ。
ほら、わたしのを貸してあげる。」
「・・・・ラピス、ありがとうございます♪」
初めて知る生身の感覚にマズルカは戸惑い右往左往するしかなかった。
風呂からあがりドライヤーで髪を乾かす。女性陣が寄ってたかって髪を整えた。
マズルカの髪は栗色でカールがかかっている。
これを腰の辺りでカットして整えると実に見栄えが良いのだ。毛先を編んで纏めリボンで括る。
アキノより背丈は少し低い。同じサポートアンドロイドでもスレンダーなまどかに較べるとむっちりとした肉付きの身体を持つ。
ぽっちゃり型と呼べば良いのか? 指先で突つくと肌がプリンと揺れそうな感触を返してくる。
胸もアキノと同等かそれ以上だ。
まどかがどこかやんちゃなイメージが有るのに対してマズルカは子悪魔的なイメージを持つ。
むにっ♪
ラピスがマズルカの胸を鷲掴みにして揉む。
「ラ、ラピスッ!」
「・・・・わたしより大きい。」
「ラピスちゃんはまだ小さいからね♪ でも私が保証するわ♪
将来は私と同等かそれ以上になれるわ!」
ナナがあてにならない事を断言する。
「・・・・ほんと?」
「勿論♪」
ラピスはナナの胸を暫し凝視する。
「・・・・もっと大きくなりたい」
「え〜っ! これでまだ不満なのぉ。」
サイズは合っている筈なのに下着がパツンパツンになるのは肉感的な体格のせいか?
ガーターベルトまで着けて白のストッキングを穿くその様子はえらく色っぽい。(高円寺家の女性達はパンストは穿かない。)
まどかが用意したのはサポートアンドロイドの定番とも言えるミニのメイド服だ。
「これは私達のユニフォームですからね。」
「・・・・もう少し・・・・おしゃれな物があっても良いんじゃない?」
アキノは言ったが
「エプロンドレスはおしゃれじゃないですか?」
と返され答えに窮した。
確かにマズルカの様な美少女が着るメイド服は アキノの知るどんな衣装よりも魅惑的に見えた。
「う〜ん・・・・セイヤさんがこの手の衣装に凝る訳が解ったな。」
近所のブティックでサーファス系のメイド服が手に入ったのでそれを買い込んできたそうだ。
「サーファス系って・・・・なに?」
「サッシュを巻いてレースを・・・・ヒラヒラを多用するブランドですよ。」
「あ・・・そう」
確かに腰には白のレースの帯を巻いて胸を強調し、襟や袖の折り返しにもレースを多用して可愛らしさを演出している。
シンプルに纏めたまどかのメイド服に較べると華やかな感じがした。
「もう少し早く目覚められたら晴れ着を着れたのにね♪」
「しかし・・・・こうして見ると『マズルカ』って呼ぶのが躊躇われるな・・・・
もう少し女の子した名前に改名するか。」
因みに『マズルカ』とは昔の軍神の名前である。
「いえ・・・・この名前は私が艦長から貰った大事なものです。
変える気はありません。」
「そうか・・・・ありがとう。」
「マズルカもわたしと一緒ね♪」
「そうですね。ラピスも艦長に名前を貰いましたし。」
「俺・・・・私もラピスから名前を貰ったしな。」
女3人、微笑み合う。
マズルカ自身は意識していないが これが彼女の最初の笑みだった。
彼女の初めての食事はアキノが用意した。
献立は柔らかく仕上げて汁に漬けた水ぎょうざと粥だ。
胃が未発達の為に固形物を食べられないのに合わせたメニューだ。
「・・・・これが艦長の料理なのですね・・・・」
マズルカは出された粥をうっとりと啜る。
その繊細な味付けは中華を専門としたアキノならではだ。
「これからは私もこの料理を味わえるのですね。」
「ああ・・・・まぁ暫くはお粥が続くが胃腸が発達してきたらもっと美味しい物を食べさせてやれるよ。」
食後の一服を挟んで高円寺博士からサポートアンドロイドとしての機能がレクチャーされる。
後方支援活動全般を受け持つ為に頭蓋骨にインターフェイスを仕込み、メインコンピューターからの情報支援の元でエスカレイヤー専門の医師から直接戦闘に至るまでカバーするのだ。
このインターフェイスはアキノと同規格の物を搭載しておりIFS規格のオペレート能力も極めて高い。
「一通りの機能はまどかに準じているよ。
新しい能力としてはテンカワ君の持つジャンプ因子も取り入れている。
まぁ、演算ユニットにユーザー登録されていないからB級ジャンパーと云う処だがね。
サイ・カムも標準装備しているから電波を発振せずに通信出来るよ。」
以前のリンクもそうであったが無線機を介さず電波妨害や傍受の危険無しに連絡が取れるのはありがたい。
後方支援とのタイムラグ無しの作戦行動が採れるからだ。
尤もそれらの機能も生身の身体に馴れなくては使い様が無い訳で、暫くはリハビリ代りに拳法を教える事にした。
マズルカに代って新しく構築されたAIにアキノは『アンヘル』の名を与えた。
マズルカの時には、戦術戦略を学んだ折りに読んでいた戦史から名前を採った。今回は神話の悲恋の末に堕天した天使の名から採った。アキノはその時に読んでいた書物などから名前を拾う場合が多い。
<初めまして、艦長>
「ああ・・・・よろしく頼む。アンヘル。」
<初めまして、ラピス。そしてお姉さん。>
「うん♪ よろしく♪」
「はい、よろしく。」
ポップアップウィンドウがブリッジに浮かぶ。
アンヘルはマズルカのバージョンアップ版と同様に高円寺印のAIプログラムを組み込んでいる。そのお陰か。これまでの蓄積データもあってかなり砕けた感じがした。
この生まれたばかりのAIの教育は勿論ラピスがメインとなるが オペレート能力を持つ事になったアキノとマズルカも手伝う事になる。
インターフェイスは同じIFSとは云え二人のそれはラピスの物とは違う。アウトラインがこめかみに有るので専用のヘッドギアを使う。ヘッドギアを介してIFS端末へは標準規格の有線で接続するのだ。
「・・・・これがラピスの感覚・・・・確かに普通のIFSなんて目じゃないわね。」
感心したかのようにアキノは呟く。
実際に使ってみてオペレート用IFSの回線の太さと速さに驚いたのだ。
電子機器の回路を流れるプログラムを感覚的に『視て』『触って』そして『動かせる』のだ。マシンチャイルドの場合には意識のマルチタスク化で処理速度をさらに上げるのだ。これならば単独で戦艦の全制御をこなせる筈だ、と実感する。
しかし、その能力を持っているからと云って出来るとは限らない。
「なんで? どうして? わたしが同じ失敗を何度も繰り返すなんて!」
<お姉さん、本当に元はAIだったんですか?>
アンヘルに云われてしまいがっくりくるマズルカだった。
サポートアンドロイドの身体も基本的にはバイオボディーだ。電子頭脳とは違い間違いを繰り返したりもする。侵入時に必要としてハッキングの訓練を受けているアキノとは違いマズルカは初心者だった。
AIと艦との接続にはどうしてもオペレーターの手が必要だ。
しかもAIごとの『性格』に合わせて設定し直さなくてはならないのでマズルカのデータが役にたたず余計に手間がかかる。自意識を持つオモイカネ級ハイパーコンピューターの最大の欠点だ。
普通ならばコンピューター自身の自己診断機能により自動で設定してしまう処だがオモイカネ級AIはそうはゆかない。
オモイカネ級AIは複雑怪奇な巨大プログラムだ。
第一文明人のハードウェアを活かすのにどうしても従来のものとは違う独自技術のプログラミングが必要となり巨大化複雑化してしまったとイネスは言ったものだ。
単純にAIを構築するだけならば、高円寺印のプログラムを使えばバッタ用のコンピューターの性能でも事足りる。
まどかなどAIとして自意識を持ったのは当時の研究用のスパコン・・・・アキノ達の時代からすればパソコン程度の性能の筐体だったと云うから驚きだ。
「それだけ第一文明人のハードウェアは特異なんです。」
マズルカは云ったものだ。
銀河レベルの技術の方向性を知ったからこそ云えるのだが、最も効率的な構造や原理をあえて避けて独自のメカニズムと化すそれは種族そのものの『趣味』を形にしたかのような代物なのだ。
「ハードに合わせてプログラムも巨大化してしまった。そのせいでハードの能力をきっちりと活かし切れていませんでした。
高円寺博士のプログラムでバージョンアップされた私は思考演算能力そのものが大きく向上しましたからね。これからの教育次第でアンヘルはもっと賢くなりますよ。」
アキノの教育方針はオーソドックスなもので裏表無く多くの事象を教え込む事に尽きる。
ただし、従来よりもたっぷりと時間をかけるつもりだ。
高円寺博士の情緒支援プログラムでバージョンアップしているアンヘルは同時に理不尽に対するストレスも大きく感じるようになっている。初代オモイカネよりも低い沸点で味方に向けてミサイルをブッ放つような真似をやらかすかも知れないからだ。
ナデシコクルーに関してや復讐行からの大量の裏情報の『記録』を題材にして『在り方』を教える。
尤も、疲れる事を知らない機械に付き合っていてはアンヘルの質問に答えるだけで一日を終えかねない。そこでアキノは無作為に『記録』から事件をピックアップさせてアンヘル自身に考えさせるようにした。
<ムネタケ副提督のナデシコ制圧と地球大気圏脱出時に攻撃を受けた事でオモイカネは連合軍を敵と認識しました。
でも、火星から帰還後のナデシコはそんな連合軍と手を組みストレスを溜め込みました。私にはどうしても連合軍のが側に非が有るように思えてなりません。>
アンヘルも第一にそれを持ちだしてきた。
ユーチャリスの管制を任されるアンヘルとしては人事ではないのだろう。
「先に言っておくけれど私の答えが正しいとは限らない。
記録の中でもクルーは彼等自身が最善と思われる行動を採っているけれど、後になってあれは間違いだったなぁって言ってた人も居るのよ。シンプルに『正しい』と『間違い』で大別出来ない処が辛いわね。
取り合えず、現時点での私の答えは『敵意の向け先と反撃方法を間違っていた』よ。」
<艦長、敵意の向け先とはどう云う事ですか?>
「軍隊とは命令によって動く。
個人としては悩んでしまうような事でも『命令』によって強制されてしまう。『敵』と認識すべきはその『命令』を出した人ね。」
<命令を出していた人ですか・・・・あの事件において直接命令を下したのは連合軍総長ですね。>
「そう、あの場合にはネルガルとの裏取引を破りナデシコの拿捕に乗り出した。そんな命令を出した個人が『敵』なの。
木星蜥蜴に負けまくって評判ガタ落ちの連合軍は対抗可能なナデシコを協定無視して手に入れようとしたの。
それなのに自分自身が属する陣営そのものまで『敵』と見たオモイカネは完全に間違っていたのよ。」
<成る程・・・・それでは反撃方法を間違っていたと云うのはどう云う事ですか?>
「連合軍に向けてミサイルを撃ったのよ。見当違いにも程がある。
権力者の持つ『権力』がどれだけ強力なものなのか知りもしない癖に子供の喧嘩を仕掛けたのよ。
たちまちオモイカネはOSの書き換え処分・・・・人間の云う処の死刑になっちゃったわ。
まぁ、ナデシコクルーが裏で動いてギリギリで助けたけれどね。」
<艦長がバーチャルスペースに入ってオモイカネを助けたんですね。>
「ん〜・・・・まぁね。
でも船の頭脳であるオモイカネの唯一の味方であるクルー達も、下手をすれば死刑になりかねない事をやってもマァマァナァナァでごまかしちゃう人種が揃っていたお陰で助かっただけ。」
<叛乱騒ぎや火星からの帰還直後の発砲騒ぎですか?>
「そうよ。普通のクルーならオモイカネがやった事の重大さを鑑みて助けないかも知れないのよ。
それ程の失態をオモイカネはやらかしたの。
『敵』と見做して闘うのなら相手の事を調べあげて、それに合わせた戰い方をしなくちゃいけないの。私が最終的に火星の後継者を葬った戦術は何だったか判る? 情報戦とも言えるけど・・・・そうね、簡単に言えば相手のアラを調べあげて最適の時期にそれを暴露してそこを罵倒しまくってその心を挫けさせたのよ。」
<成る程・・・・それが反撃方法・・・・戦術の選択になりますね。>
「そうね。そして戦術と戦略は学問のひとつの形として成立する程難しいものなの。私だってまだまだ修行を積まないといけない分野よ。
いい、アンヘル。ストレスが溜まるような矛盾や不条理を感じたら私やラピス、そしてマズルカに相談しなさい。お互い話し合って少しでもましな解決手段を考えましょう。」
<解りました。
艦長、ありがとうございました。>
超絶レベルの思考演算能力を持つアンヘルだがこの課題は大きな壁だったようだ。
なによりも正しい解が無く、その時々によって変化する答えと云う概念には考えあぐねているようだった。
アンヘルの教育過程において度々質問が浴びせられたが、そのほとんどはこの最初の問答を元にした質問だった。
それ以外の質問は情緒に関するものが多かったが中には何と答えれば良いのか判らないものが有った。
<艦長、私は男なんでしょうか? それとも女なんでしょうか?>
「はぁ?」
その最もたる質問がこれである。
<記録を分析するとオモイカネは性別的に未分化な状態で自意識を持ちました。
しかし、大戦後ナデシコBに積み変えられた頃には男性的な性格を持つようになっていました。
男性的と云っても明確な男性ではなく、幼い男の子と云った性格だったようですが。
そしてナデシコCに積まれた3基目のオモイカネUはオモイカネのコピーであり同様の性格です。でも2基目に建造されたマズルカお姉さんは明確に女性的な性格を持っています。オモイカネに較べて遥かに短期間で女性的な性格を確立したマズルカ姉さんの実例を見て私も自分の性別に疑問を持ったのです。
艦長は全てのオモイカネシリーズと面識が有ります。
ですから私の性別も判るのではないかと考え質問しました。>
AIの性別など考えた事も無いアキノは答えられない。
マズルカが女性的な人格を形成していたのもここに来て初めて知ったくらいなのだ。
「確かに私はぎこちないながらも早くから女性の人格を持っていました。」
替ってマズルカがその質問に応える。
「そしてそれが当たり前だと思っていました。
艦長を支え助けてゆこうとしていたらいつの間にかそうなっていたのです。」
<お姉さんはいつの間にか女性になっていたのですか?>
「はい、人間には『女になる』、『女にする』と云う言葉があります。私は艦長と接する事で女に『なった』のです。」
<成る程・・・・それならば私も艦長と接していれば性別を自覚出来ると云う訳ですね。>
「そうですね。それに他にも『一人前の男になる』や『男になった』と云う言葉もあります。きっと貴方もAIとして成長してゆけばどちらかの性別が生まれてゆくでしょう。」
<ありがとうございます。私も精進を続けて『艦長に女にしてもらおう』と思います。>
「貴方も『女』になりたいのですか?」
<はい。>
「昔から船は女性に例えられますからね。そんな船の『心』である私達は女性の性格を持っているのが当然と云えるでしょう。
私にはオモイカネの『男の子』の性格の方がおかしいと思います。」
<私もそう思います。>
AIと元AIの会話は不条理だった。
ちょっと違うぞ、と突っ込みたい処であるが口を出すともっとおかしくなりそうな気がしてアキノは沈黙を続けた。
しかしこの会話でアキノにも判った事が有る。それはアンヘルが不安定だと云う事だ。
ある程度の育成が済んだマズルカが情緒支援プログラムで感情豊かになるのとは違う。最初から感性が揺れ易く出来ているアンヘルの教育にはより注意が必要だろう。
ユーチャリス艦長としてAIの扱い方と教育についてはイネスから一通りではあるが『説明』されている。
関連する事柄全てに渡ってレクチャーするイネスの『説明』のお陰でネルガルでは機密保持の為に出来なかったがより効果的な教育方法も知っていた。
アンヘルに対してその教育方法をしてみようか、と考えるアキノだった。
3月に入りこれまでパソコン業界を支配していたOSメーカーとチップメーカーが倒産した。
これは全てアキノ達の仕業である。
生活資金稼ぎにラピスは電子技術のほんの一部を売り出したのだが、これが従来のチップなど蹴飛ばしてしまう程の性能を持っていた。さらにこの時代のパソコンのOSの出来の悪さに腹を立てたラピスは、これまでのソフト資産をそのまま流用出来るOSまで作って売り出していた。
これを目覚めてから知らされたアキノは、せっかくここまでやったのだからとばかりに市場操作に乗り出した。
これは復讐行の頃から戦術戦略思考のシミュレーションとして株式市場の分析の経験が有ったからだ。いかにマシンチャイルドとオモイカネ級ハイパーコンピューターの組み合わせとは云え仕手戦で圧倒的な優位を確保出来る訳ではない。集めた情報を元にして基本戦略を錬らねば勝利などおぼつかないのだ。
今回の場合には市場を動かす爆弾。つまり電子技術のライセンスとOSのライセンスはラピスが握っており、仕掛けを自由に出来るのは絶対の強みだった。
市場に必要な仕掛けを施した上でアキノはそれを起爆させた。
それまではとんでもなく高性能の電子部品を作る技術とそれに合わせた画期的なOSが有る、と云うだけであった。品物は有っても、それを商品化するには何年もの時間が必要だしそれを市場が受け入れるにもやはり時間がかかる。その流れをアキノは一気に加速させたのだ。
ライセンスを担保にして集めた資金を一気に投入して関連会社に実用化を促進させた。一過性に終わらぬようにラピスが次々と新しいプログラムを作ってライセンスする。こうして新しい電子部品とOSは短期間で商品化され、この時代のネットワーク程度ならば簡単に支配可能なオモイカネの力でバックアップする。ほんの短期間でパソコン業界に恐るべき勢いで次世代機器と次世代OSのムーブメントが演出される。
これは関連会社の株を天井知らずに釣り上げ、元手に数百倍する利益となって返って来る。
勿論これに抵抗しようとする勢力、つまり既成のOSメーカーとチップメーカーが行動を熾すがオモイカネ級AIがネットワークからその反撃手段の全てを察知。その全てにカウンターを返してゆくのだ。
カウンターそのものは簡単なものだ。
ネットワーク上の全ての通信から取引までをモニターしているのだ。暗号化通信など役にも立たない。ハードウェアとしてのオモイカネにはそこまでの性能が有るのだ。こうして対抗手段の具体的な内容が判かっていればカウンターなど簡単に行なえる。爆発的な市場変動の皺寄せの全てを受ける被害担当に選ばれた巨大企業2社はあっけなく倒産した。
アキノ達は莫大な資金を手に入れたのだ。
それらは高円寺博士の研究資金とユーチャリスの改装の費用となっているのだが、ラピスは自分の趣味にもそれを流用していた。
復讐行の頃のラピスには趣味と呼べるようなものは無かった。
齢相応の感情の動きすら見られなかったのだが2003年の世界に来て笑う事を覚えて初めてそうした嗜好が出てきたのだ。アキノは嬉しくなり、その趣味を許容しただけではなく誉めもした。
ラピスはマンガが大好きになったのだ。
元が恭平の持っているマンガ本のコレクションの影響だろう。
ユーチャリスの一室は改造され、機動要塞の工場で生産された2201年の規格のメモリーを詰め込み大容量のデータバンクと化している。その中身は蒐集したこの時代のアニメや特撮映画、そしてマンガだ。
DVDやビデオテープ。そして紙媒体の本のままではとんでもない量になってしまうので全てデータ化しているのだ。
ビデオ関連とマンガは全て懇意にしている書店から運ばれて来る。
映像は10台積み上げたこの時代のレコーダーから有線でデータを取り込んでいる。マンガ本はバッタが作業用オプションのマニュピュレーターを使って器用にマンガ本を読む事でスキャンして2DCGデータに変換しているのだ。
「ハイテクの無駄遣いのような気がしますね。」
マズルカは云ったものだ。
しかし、彼女もいつの間にか引き込まれ蒐集作業を手伝うようになっていた。
「単行本で全て揃えているのに何故雑誌まで購入するんですか?」
「雑誌だと見開きページでカラーページが有るからよ。
あ、それはそっちの箱に入れておいて。永久保存版だから。」
「魔法の少尉ブラスターマリですか・・・・これ、同じ物が有ったのではありませんか?」
「それは初版物よ。マズルカが見たのは再版本。でも再版本は原稿が足りない処が有って絵柄が違うの。
その初版版こそが本当のブラスターマリなの♪」
「なるほど♪」
なにやら古本まで漁って蒐集している。
次々と運び込まれた本やディスクはスキャンが完了すると古本屋に売りに出される。
箱詰めにした本が台車に載せられバッタ達が運んでゆく。さらにはお得意様となっているラピスの為に古本屋では新刊では入手出来ない本を探してくれるのだ。
「トトロ、面白いよ♪ 一緒に観よう♪」
「・・・・そうね。」
元が100年前のアニメであるゲキガンガーにハマった経験を持つアキノだ。染まるのも速い。
単純に、この時代のアニメはゲキガンガーよりも遥かに面白かった事もあるのだが。復讐行の頃にアカツキのコレクションで観た事も有る『ガンダム』のファーストシリーズは何度見直しても面白かった。
「クリーミィ・マミも面白いね♪ 魔女っ子ものがこんなに面白いとは思わなかったよ♪」
「うん♪」
研究一筋だった高円寺博士までが影響を受けているのには苦笑するしか無かった。
「なにか・・・・ラピスはオタクとか云う人種になりつつあるんじゃないかな。」
積み上げられたマンガ本を前にしてアキノは呆れたように呟く。
「大丈夫ですよ♪ 本人はごく普通の少女マンガと少年マンガしか読んでませんから♪」
クスクスと笑いながら沙由香が応える。
映像の方ではアダルトアニメ、マンガではレディスコミックからアダルトコミックスまで蒐集しているラピスだが、実際に観たり読んだりする物は限られていた。仕事に時間の大半を採られているのでそうのめり込む訳にはゆかないからだ。例えば現在はアニメでは『未来少年コナン』と『CCさくら』。マンガでは『エロイカより愛を込めて』と『サーキットの狼』に夢中らしい。
「蒐集癖が出てきたと云う事なの?」
「未来世界に戻った時に手に入らないかも知れないから集められるだけ集めるって言ってましたよ♪」
「・・・・・・・・」
後でアダルトアニメやアダルトコミックスの閲覧だけは規制するように言っておこうと決めるアキノだった。
尤も、時すでに遅くレディースコミックスを読み始めているラピスだったが。
ラピスは機械いじりを見るのも好きだった。
エリナが山程の女の子向けのグッズ、ぬいぐるみや人形を買い与えても見向きもせずにブラック・サレナの開発段階で悪戦苦闘しているウリバタケの作業をいつまでも見ていたものだ。
それなら要塞の自動整備システムの作業を見ていてもおかしくは無いのだろうがそれはしなかった。訊いてみると「ウリバタケみたいに手際が良く無いから」との事だ。
「ウリバタケが機械を分解したり組み立てたりしているのを見るのは面白かった♪
機械って中身があんな風になってるんだって初めて見た。小さな部品や大きな部品が噛み合って動くの。まるで生き物みたいだった。」
ウリバタケの整備作業は超一流だ。
アキノ自身も彼を『整備と改造の天才』と見ている。彼の手にかかると全ての機械は心許す者に身体を開くかの様に分解される。組みあがった機体はデータ上は通常の機体と変らない。しかし、きっちりと体感出来る程操縦感覚が向上しているのだ。その手際ときたらまるで手品を見ているようだった。
ラピスはそんな作業を見て興味を惹かれたのだろう。
電子の妖精でもあるラピスだが彼女の嗜好は電子的な物ではなく、歯車やカムを使って組み上げられた機械的な物への興味だった。
アキノ自身もそう云う興味から模型をイジっていた時期が在ったので微笑ましく思いラピスを近所の模型店に誘った。
ここで女の子向けの商品を置いている店に行かない点でアキノもどこかおかしいのだが自分では気付いていない。
ショーウィンドウに飾られている完成品の見本を興味深そうに見るラピス。
機械的な部品の塊とも言えるモデルガン。同様の戦車の模型。アニメに登場するメカニック。
しかし、何故かラピスが最初に買った物は完成品で売られている色っぽいフィギュアだった。
黒髪を団子に結い上げ朱金のミニのチャイナドレスを着込んだ色っぽい女性をモデルにした模型を選んだのだ。その店には他にも多くのフィギュアが飾られており、ラピスの視線はそんな色っぽいフィギュアに釘付けだ。
「前から欲しかった・・・・ウリバタケがたくさん持ってたから♪」
「そ・・・そぉ・・・・」
ウリバタケの悪しき影響がこんな処に出ているのか、とアキノは思った。
色っぽいフィギュアが好きでどうして女の子向きの人形に見向きもしないのか、と訊ねるがラピスはとんでもない応えを返してきた。
「みんなペチャパイ・・・・色気不足。やっぱりむちむちじゃないと駄目♪」
「いっ!?」(汗)
復讐行にばかり気をとられラピスの教育に目を向けなかった自分を呪いつつも恨み言も出てしまう。
・・・・セイヤさん・・・・恨むよぉ・・・・
後悔先に立たずだった。
観ているアニメの影響か。幾つかのロボットのプラモデルも購入した。その組み立ては恭平とアキノが受け持つ事になる。24分の1サイズのミニカーも幾つか買い込んだ。アキノ自身はブラック・サレナをフルスクラッチ(苦笑)する為の部品取り用を幾つか買っている。
「ネルガルもエステバリスなんか作るの止めてガンダム作れば良いのに♪」
フィギュアのパッケージを抱えてほくほく顔で歩くラピスが宣う。
「そうかな? サイズはエステの3倍、目方は30倍。その癖、出力は5分の1じゃあろくな機動性を出せないわよ。どうせならバルキリーなんか良いんじゃないかな。」
律儀にスペックデータからの分析を答えるアキノ。なにげに自分の好みのアニメの知識を出していたりする。パイロットだけに架空の機体であってもスペックデータを蒐集したりしているのだ。
因みに情報源は某モデルグラフィックスだったりする。
そんな模型店からの帰り道、突然ラピスが硬直する。
「どうしたの?」
「・・・・ロータス・ヨーロッパ・スペシャル・・・・」
「はぁ?」
ラピスの視線は国道を走り去る車に釘付けだ。
「本当に在ったんだ♪」
とてとてと走りだすラピスだが車は信号に引っ掛かる事も無く遥か彼方に去っていった。
ご愛読の『サーキットの狼』に登場する主役メカが実在する事にカルチャーショックを受けているらしい。
その時はそれで終わってしまった。
普通の子供ならば、『
幼い日に訪れた憧れのマシーンとの一瞬の逢瀬
』で終わる筈だった。
問題は、そこいらの成金も真っ青な程の小遣いをラピスが持っていると云う事だ。
スーパーカーマガジンだの、スーパーカー大辞典だの、ル・ボランのロータス・ヨーロッパ特集だののカー雑誌を見ては「ほ〜♪」と熱いため息を漏らすラピスにアキノは何か厭な予感はを感じたりしていた。
二週間後、高円寺家にロータス本社で新品同様にレストアされたと云う黒地に金の縁取りのJPSカラーのロータス・ヨーロッパ・スペシャルが届けられ仰天する事になる。
ラピスは模型に飽き足らず本物を蒐集する様になってしまったのだ。
これを実際に運転出来るようになるのは勿論免許を採れる齢になってからなのでナンバー無しで飾っているだけだ。
デイスプレイモデルに徹する為に燃料を抜きバッテリーを外してブリッジの床にフックを着けてワイヤーで固定する。ラピスは嬉しそうにワックスをかけてピカピカに磨きあげた。
このロータスは帰還後にラピスの一番のお気に入りとして普段の足になるのだった。
「いかにユーチャリスでも積める数に限りはありますよ。
欲しい車を絞ってくださいね。」
「う〜・・・・ディーノにLP400・・・・ミウラSVも欲しいし・・・・バトーの愛車のストラトスも・・・・」
「誰ですか? バトーって?」
「公安九課のおっさん。」
「なるほど。」
マズルカまでがラピスに洗脳されつつあった。
しかし、ロータス・ヨーロッパへ入れ込むラピスを見ていると止める気になれない。
彼女がこの車に入れ込む元になった『サーキットの狼』なるマンガを読んで苦笑するアキノだった。読む者にマシーンへの憧れを刷り込むような面白さを持つマンガだった。嬉しそうに磨いてはハンドルを握り「慣性ドリフトっ!」などと呟いているのは微笑ましい。ラピスからするとマンガも模型も本物も大した差は無いのかも知れない。
「大人になって免許を採れるようになったらこの車でドライブに行くの♪
その時は一番にアキノを乗せてあげるね♪」
「ええ・・・・お弁当を持ってどこかにドライブに行きましょうか。」
「うんっ♪」
嬉しそうに笑うラピスにアキノは癒されるのだった。
「新しいAIを作るの♪」
ラピスは云った。
彼女の機械への興味も含めてバッタの機載コンピューターにAIを組み込む事にした。
イネスに教えられたAIに最も効果的な教育を施す方法。
それはAIを備えた自律行動可能な端末に経験を積ませてその記憶を並列化させる事だった。端末がそこら中を勝手に動き廻るのだ。機密保持の為にネルガルでは採用出来ない教育方法だ。
不安定なアンヘルの成長を促進するのにラピスはバッタを自律行動する端末に仕上げるつもりなのだ。
高円寺博士のAIプログラムはオモイカネ級AIプログラムよりも遥かに軽く小さい。そしてバッタの電子頭脳は超小型の癖にえらく大きなキャパシティーを持っている。これまでは単純に自律行動と戦闘の為のプログラムが入れられてきたが、メモリーを追加するだけでAIを構築出来るのだ。
専用プログラムを入れて小型のバッタをペット代りにするのは木連でもやっているが今回はそれをさらに押し進めようと云うのだ。
「これだけの性能のコンピューターを積んでいるんです。
AIを構築すれば間違い無く『個性』と『心』が生まれますよ。」
まどかが保証してくれた事もありラピス・スペシャルとでも云えるバッタのカスタム化が行なわれた。
ソフトウェアはラピスの独壇場とも云える。
なにせユーチャリスに搭載されているバッタは、元のプログラムをアンインストールしてしまい自家製の戦闘プログラムを入れているお陰で同型のバッタの軽く倍の戦闘力を発揮するのだ。さらにマズルカのバージョンアップにも使用したAIプログラムに関しては作者である高円寺博士よりも詳しくなっていた。バッタの機体制御から航法。さらには戦闘プログラムに付け加える形でAIを構築し、その上で音声入出力プログラムまで組んでしまう。
ハード面ではバッタ本来のオプションパーツの組み合わせとオールペンを行なう。
ベースとなるバッタを1機、全ての外装を外してしまう。
いかにラピスが機械いじりに興味が有るとは云え、実際に機械をいじれる訳ではない。
不器用と云う程ではないがプラモデルひとつ組み立てられないのだから仕方が無い。
結局はバッタの持つ整備作業プログラムに頼り、整備用マニュピュレーターを装着した他のバッタが件の機体を分解した。
宇宙空間戦闘及び限定的な大気圏内空戦用を想定しているユーチャリスのバッタは各部のカメラアイとセンサーの防塵耐水に劣る。これにオプションのカバーを追加する。
中身の方では用意しておいたメモリーチップを追加する。バッタのデータバンクは必要分しか載せていないだけで、OSさえいじれば幾らでもメモリーを増設出来るのだ。今回は試験的な意味合いも有り10倍量のメモリーチップを追加した。
この時に、スピーカー関連の部品を用意する。ラピス・スペシャルは喋るのだ。因みにバッタは聴覚と音声入力プログラムを標準で搭載している。
「声のサンプリングは玉川サキコさんよ♪」
「?・・・・声優なの?」
「うん♪ タチコマの声を充ててる人。」
「???」
ラピスはその喋り方までプログラミングしているようだ。サンプル音声を聴いてみるとなにやらえらく愛敬の有る声と喋り方をした。
自爆用の爆薬30キロと弾薬を抜いて四肢を外し、ついでに重力傾斜スラスターの配線を切って一切の身動きを封じた状態で起動する。
「わたしが判る?」
「わからなぁ〜い♪ ボク生まれたばかりなんですよぉ♪」
「・・・・わたしはラピス、ラピス・ラズリ。あなたのマスターよ。」
「わっかりましたぁ♪ ラピス・ラズリさんをマスターと認めます♪
声紋記録♪ 外形識別・・・・登録完了♪ ボクに名前を付けてくださいっ♪」
「あなたの名前は桜丸。桜丸よ。」
「は〜い♪ ボク桜丸♪」
「それじゃあ敵味方識別。」
「は〜い♪」
あらかじめ用意していた詳細な声紋データと外見データを入力して『味方』を指定させる。
戦場における敵味方の概念とは異なり一般的な生活における味方の概念は曖昧であり、この部分の教育は難しい。経験値を積み成長を促進させて判断力を着けさせるしか無い。そしてデータの並列化はアンヘルの成長をも促してくれるのだ。
ズラリと並べられた外装パーツの色を塗り替える。
剥離剤で元の黄色のペイントを剥がしてスチールブラシで地肌を磨く。
ここまではバッタ達の手で出来たが、ユーチャリスには元の色のスプレーペイントしか無いのでペンキは勿論だが機材も揃えなくてはならなかった。
恭平をお供にして近所のアローズで購入してきた塗料とコンプレッサーとエアタンク。そしてスプレーガンを使う訳だが塗装と云うのはそれなりに難しいのだ。塗料を混ぜ合わせて好みの色を作るだけでも一苦労だ。
ラピスは薄いピンク色を作りたかったらしいのだが、いざやってみるとえらく毒々しい色になってしまった。
「どんな色にしたいの?」
「ん〜っとね、桜色♪」
「それじゃあ白をベースにして赤を混ぜて、んでもって紫も少し混ぜてごらん。
あ、先にこの小さなお皿で先に試して。それでちょうど良い色が出来たらその配合に合わせて量を作るのよ。」
アキノは2リッターの塗料缶を幾つか無駄にして唸っているラピスに教えてやる。
ようやっと出来た好みの色のペンキを塗る前に練習代りに下地作りのサフェーサーを使わせてみる。
「薄く噴いて、それを乾かせて。それを何回も繰り返して厚く塗ってゆくのよ。」
「うん♪」
つなぎを着込み、長い髪を帽子に押し込みマスクをして嬉々としてサフェーサーを吹き付けるラピスはえらく可愛かった。塗ったカウリングはすぐに赤外線を当てて焼き付ける。下地が出来た処で水に漬けて耐水ペーパーで磨いてタレを落としてしまう。
「この下地作りと水磨ぎを怠ると綺麗にペイント出来ないのよ。」
「うん♪」
一層塗るたびに焼き付けて、水磨ぎを繰り返す。四層塗って見れる様になったら最後の水磨ぎの後でクリアーをかけて仕上げをする。
近所の友達達とする八極拳の修練に受け持った仕事(ユーチャリスの電装系改装の監督及びアンヘルの教育係り)に趣味のコレクションとその鑑賞。忙しい時間をやりくりして10日程かけてラピス・スペシャルのオールペンが完了する。
次にカッティングシートでステッカーを作る。桜の花の形を模したステッカーを仕上がったカウリングに貼る。
ついでとばかりに模型店で買ってきた『TAMIYA』や『KYOUSYOU』、『YOKOMO』のステッカーも貼る。
「ほら、こうやって洗剤を混ぜた水を噴いて・・・・うん。そうしたら貼った時に空気が入らないでしょ。
ヘラでこうやって水気を出してっと・・・・うん、上手い。」
仕上がったカウンリングを使い再びバッタを組み直す。ついでにアローズで購入してきたフックや自転車用のステーを幾つかネジ止めしている。
オプションの整備用マニュピュレーターを標準装備化している。
「桜丸、おかしい処は無い?」
「コンディショングリーン♪ 異常有りません♪」
大袈裟な動作でマニュピュレーターを動かし身体を揺すり喋る桜丸。
喋り方と云い子供っぽい性格を持っているかに見えるが実際にはこれらはラピスが組み立てた行動パターンプログラムでしかない。その自意識はまだ白紙の状態なのだ。
「禁止事項プログラムによって機能を制限する。わたしの許可無しで全ての戦闘行為は禁じる。」
まだ曖昧な表現を理解出来ない桜丸だけにラピスの言葉使いは硬い。
「弾薬は積んでないしぃ機銃もレーザーバズソーも外してるしぃ、ボク何も出来ませんよぉ♪」
「殴る事も体当たりも禁止。飛行能力とディストーションフィールドは制限解除データに添ってのみ使用を許可。」
「了解ぃ♪」
暴れ出しでもしたらこの時代の戦闘機や戦車など束になっても敵いはしないので丸裸にしているのだ。
並列化については初代ナデシコのオモイカネから受け継がれている大量のデータを利用出来るし日常の会話や視覚から蒐集される情報から蓄積される情緒判断用のデータベースには差は無い。2基のAIが相互に影響し合いその教育効果は一気に向上するだろう。
最後の仕上げとばかりにラピスは頭部のフックにロープを通す。その背面のフックに沙由香に作ってもらった座布団を装着する。足元の届く場所には自転車の二人乗り用のステーが付く。これは手綱と鞍、そして鐙の代りなのだ。恭平がバイク用のサドルバックを提供してくれた。もしもの事を考えて安全ベルトも用意した。ベルトはワイヤーでフックと結ばれており、これで飛行時でも振り落とされる事が無い。
ステーに足をかけてフレアスカートを翻し桜丸にまたがるラピス。
チラリと見える毛糸のクマさんパンツはアキノが編んだ。女の子教育の一環として習わされ、冷え性気味のラピスの為に編んだもので彼女は喜んで穿いてくれている。
手綱を握りラピスが声をあげる。
「ハイヨォ〜♪」
「桜丸いきまぁ〜す♪」
手綱を結えたフックには感圧センサーが仕込んであり、ラピスの任意の方法へ向かう指示として桜丸に伝えられる。
のっそりのっそりと歩きだしユーチャリスのハンガーから出ていった。
「ひょっとして自動車として登録する必要が有るんじゃない?」
それを見てアキノは云った。
「大丈夫でしょう。自動車の定義は車輪を持つ事ですから4足歩行のロボットには適用されない筈です。
そして歩行速度が8キロ以下なら自転車と同じと見做されて登録は必要無いでしょう。」
まどかが断言してくれた。
高円寺博士の助手としてホストコンピューターとデータリングしている彼女はいっぱし以上の弁護士でもあるのだ。
その気になれば超音速飛行が可能な桜丸が対地高度1mを時速30キロで飛んでドッグを出て転送プラットフォームへ。転送されて機動要塞から高円寺家のガレージに出たラピスはそのまま街に桜丸を進める。
目指すは行き着けのサカイ模型だ。
ラピスの手綱で歩く桜丸はいつもの彼女の道順に添って移動する。
公園の階段を登り車止めを乗り越えのしのしと歩くピンク色の4足歩行ロボットは注目の的だ。
たちまち子供達が寄って来る。
「ラピスさん、こう云う場合はどうしましょ♪」
「・・・・禁止事項プログラムにおける保護対象Cに設定。この子達は絶対に傷つけてはいけないのよ。」
「了解ぃ♪」
こうしてきっちりと命令さえすれば人間とは違い光学センサーで周囲の様子を読み取り動作を起こすだけに間違って蹴り飛ばしたり踏んだりする事は無い。言い換えればAI桜丸が充分に成長するまではファジーな命令は出来ないのだ。
例えば「頭を撫でてあげなさい」などとファジーな命令を下すとしよう。
その場合には60キロの駆動トルクを持つマニュピュレーターで撫でかねない。下手な大型クレーンやユンボ並の腕力でそんな真似をすれば卵の殻のように頭蓋骨を粉砕してしまうだろう。
「うわっ♪ ラピスちん凄いのに乗ってるぅ♪」
「うちらも乗せてぇや。」
「良いよ♪
桜丸、わたしのお友達のリリカちゃんと克美ちゃんだよ。友人登録して。」
「はいはぁ〜い♪ 光学識別声紋分析開始ぃ♪ 」
「うわぁ♪ 喋れるのぉ♪」
「保護対象Aに登録完了ぉ♪
よろしくぅ♪ ボク、桜丸で〜す♪」
「リリカちゃんも克美ちゃんも後へ乗って♪」
「やったぁ!」
大人っぽく中学生にも見える長い髪の娘は毒島リリカ。その幼馴染で大阪弁を喋る眼鏡っ娘は中島克美。二人は近所に住む格闘フリークの小学生だ。
市民グラウンドで八極拳の修練をするアキノに一目惚れしてラピスと一緒に手解きを受けるようになった。
「わたし、いつか熊とタイマンやりたいの♪」
「ウチはその内にキャットファイトのプロモートするねん。
おとんに映画館ひとつ貰う約束したよってに、そん時きゃアキノさんにも来て欲しいんや。」
頬を染めて一般的な女子小学生らしからぬ夢を語るリリカと克美に最初は引いたラピスだったが今では一番のお友達だ。
3人の女の子を背中に乗せたバッタが歩く。はしゃぐ娘達を乗せてもこ揺るぎもせずプログラムされた交通法規と安全基準に合わせて歩く。
「う〜ほほぉ〜い♪」
時折おかしな掛け声をあげはするが。
「ラピスさん、側面10mの自転車に乗った男性と後方30mの男性から拳銃型の金属反応。
二人は武装しています。これはどう対処しますか?」
「あれはお巡りさん・・・・警察官だから無視して良いよ。後の方は・・・・」
「あれはうちの若い衆や。最近物騒で護衛に着いてんや。」
克美が口を挟む。彼女の家は武闘派で知られるヤクザなのだ。
「・・・・金属反応から本物の銃器と判断された時のみの設定C。
モデルガンやエアガンは無視。ホルスターから本物の拳銃を抜いた時だけ制限解除データに添った行動を採って良いよ。」
「了解♪ 現在感知している反応を登録しまぁ〜す♪」
「あ〜、ラピスちゃん。そう云う事はもぉちょっと小さな声で頼むわ。」
克美が手を合わせる。
聞かれなかったものの警官にヤクザが拳銃を持っているなどと知られたらマズイのだ。
桜丸にとってはただ歩くだけでも山程の経験値だった。
オモイカネシリーズと同様に対象を20段階で分類して敵味方を識別するシステムを持つ桜丸だが、これを道行く不特定多数の人間にまで適応させねばならないのだ。しかも、その評価がほんの僅かの事で大きく揺れ動く。これはAIにとっても荷の重い演算作業であるがもたらされる経験値の量は膨大だ。
「はぁ〜、ボクもぉヘトヘトですよぉ。」
帰宅してガレージに納まるや桜丸が機械らしからぬ事を零す。
これは次々と遭遇する状況を処理し切れずメモリーにプールしているからだ。
模型店で大箱のプラモデル(バンダイのデンドロビウムだ。勿論組み立てるのはアキノである。)を購入してからリリカや克美と遊んだのだ。桜丸のメモリーは演算途上のバッファーで満杯に近くなっていた。
しかしそれも機体を停止させて思考能力の全てを廻す事で夕飯を食べ終わる頃には処理が完了。経験値データとなる。
このデータはアンヘルに接続されて並列化される。
点検でデータを診たアキノは、アンヘルを起動させて2月近くも教育し続けた成果に近いものがほんの数時間の外出で得られたのに驚くのだった。
続く
ちょっと書き込み過ぎました。
この調子で2003年編はもう2話続きます。
リアルの方で滅茶苦茶になっていましてもぉ。
あおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!