「わたしは火星を離れる時に決めてたんだよ。」

ユリカは言った。

「連絡も無し、何も無しでもう一度逢えたら その時はアキトはわたしの運命の人なんだって。だから、その時には絶対に離れないし離さないでいようって。」

初めて彼女を抱いた時にユリカは言った。

「広い世界の中で あの日あの時にナデシコで わたしとアキトは逢ったの。
だからわたしにとってアキトは運命の人だったのよ。」

そう言ってユリカはポロリと涙を零した。
女の子が嬉しい時に流す涙はこんなに綺麗だったんだって思った。

「最初の頃は恋に恋していたお馬鹿な女の子だったと思うよ。
でもナデシコで一緒に過ごしてアキトの事がどんどん好きになっていったの。
だから遺跡を飛ばす時にキスしてもらって本当に嬉しかったよ♪」

「思い込みと暴走で突っ走っていたと思っていたぞ。
王子様だとかなんだとか、あまりにも人を馬鹿にしたセリフ連発してたしさ。」

「酷いなぁ。
私は真剣だったんだぞ。」

「そぅかぁ?」

「だって、わたしにとって運命の人でもアキトにとってのわたしはそうじゃないかもしれないんだもん。
だから必死でアキトにわたしの事を印象つけようとしてたんだもん♪」

「本当かぁ? お前、思いっきり空回りしてたぞ。」

「えっ、そうなの?」

「ああ、だから最初の印象最悪だったんだぞ。」

「ふぇ〜ん、だからアキト。メグミちゃんとキスしたりしたんだぁ!!!」

「え〜い! 昔の事だっ!
しかしお前がそんな殊勝な事を考えてるとは思ってもみなかったな。」

テンカワ・アキトは思い出す。
自分にとってミスマル・ユリカは良い女だった、と。
確かに第三者から見れば ユリカはとんでもない疫病神だった。
それはアキトも解っている。
解ってはいる。しかしそれでも彼女を愛しく想う。

「ちゃんと自覚してるんだよ・・・・私は大量殺人者だって・・・・」

ナデシコ長屋の抑留生活。
二人きりの時にそう云ってユリカは良く泣いた。
他のクルーには見せないようにしていたが ユートピアコロニー跡の生存者達を殺した事は彼女の裡で大きな傷になっていた。
戦争を止めさせようと動き廻った事の直接の動機はその傷から来ている。
彼女の欠点は巨大であったが それも含めて背負ってやろうとアキトは考えたものだ。
しかしそれも終わった。
彼女は彼女の背負った業に見合った地獄に堕ちたのだ。

「ラピス、戦況をこちらに送ってくれ。」

<うん、わかった。>

リンクを繋いでラピスに頼む。
ハンガーに納まったエステバリス・テンカワ・スペシャルにユーチャリスの情報が転送されてくる。
有人だけでも戦艦300隻を越える守備艦隊が完全に無力化されていた。
昏い笑みがアキトの貌を歪める。
一思いに殺してやる様な慈悲を与えるつもりは無い。
自分達の平和な生活を壊し、夢を壊し、そしてユリカを壊した奴等に地獄を見せてやるのだ。
カメラアイが転送してくる極冠遺跡。
着陸したナデシコCが見える。
ナデシコCに同乗しているイネス・フレサンジュが ユリカの抜け殻を演算ユニットから分離させる作業をしているのだろう。
ミスマル・ユリカは自分にはもったいないくらい良い女だった。
だが、責任を採るべき時が来たのだ。未練は有っても切り捨てねばならない。

「ふ・ふっ・・・・」

未練がましい思考を続けつつも歓喜に震える。
ユーチャリスのハンガーに納まったテンカワ・スペシャルのコックピットでアキトは沸き上がる喜悦を堪えて震えていた。
全ての鬱積を噴き飛ばし身体中を駆け巡る喜悦と興奮にアキトは震えていた。
草壁の企てを粉砕し北辰を殺した後、虚無感に襲われるか? などと想像していた事もある。
罪悪感のプレッシャーに負けて潰されるか? とも思っていた。
だがそれを完遂した今、アキトの気分は爽快だった。
これまで感じた事も無い程に。
その克己は尋常のレベルではない。そんな彼をして身の震えを押え切れないのだ。
復讐の成功がここまでに甘美な喜びをもたらしてくれるとは思ってもみなかった。
世には復讐の後の虚無を描いた物語は数多いが それらは現実を知らぬ者が描いた絵空事だったようだ。それでなければ現実の復讐談がいかに多いか説明がつかない。

<・・・・アキト、嬉しそう・・・・>

「ああ・・・・嬉しいよ・・・・こんなに嬉しいとは思ってもみなかったな・・・・」

アキトは考える。
自身の仕掛けた策略の仕上がりを。
今頃は火星の後継者事件の幕引きが開始されている、と思うと大声で嗤いだしたくなる。
自身の復讐行の最終楽章。
妻と夢を奪われ五感を潰され未来を失った。
自業自得とは云え 最後に残る意地さえも失う訳にはゆかなかった。
自分達を踏み付けていった奴等の鼻を明かさねば死んでも死に切れなかった。
嬲り殺しにされたA級ジャンパーの怨嗟の声を あの糞供に返してやりたかった。
その為に5つのコロニーを墜とし6万人を超える死者を量産した。
しかしアキトはそれを俯瞰視する事が出来た。
それがどうした、と云うのだ。
最初の頃は罪悪感に苦しめられ、その日の行動で何人死なせたか考えたものだ。
だが、殺した数を数えて それが100人を超えた頃には忌避感は完全に消えていた。
人間が殺人に禁忌を持たない生物である事は20世紀のベトナム戦争の折りの兵士の心理分析で明らかになっている。兵士に対して巨大なプレッシャーをかけるのは殺される事への恐怖のみなのだ。
闘いの道を選んだ以上は瑣末時に拘泥する事は無い。
自身の行為への負債は自分の責任で購う。
火星の後継者への探索行の段階でアキトは覚悟を決めてしまっていた。
必死の形相で命請いする秘匿研究所の研究者達を容赦無く嬲り殺す。
腕を撃ち抜き脚を斬り落し必要な情報を口にするまで嬲り尽す。喋った後は皆殺しだ。
優柔不断でどこかあやうい青二才だった頃を思い出せなくなっている自分に気付いた時、殺戮者テンカワ・アキトは火星の後継者の外道達と同じ舞台に立てた。自らの命をチップにして単騎で自分の戦争を闘い抜いた事に誇りすら感じる。
実働の過程は終了した。
次手は情報戦だ。
とは云えアキトがすでに打った手が王手であり 火星の後継者を始めとする屑供に勝機は無いのだが。
これから先は情報が一人歩きして全てを決してくれるだろう。
この後、アキトがする事は観客に徹するのみだ。
どこか宇宙の果てに潜伏して雌伏の時を過ごすとしよう。
ゆっくりと大気圏脱出体勢を採り上昇してゆく白亜の戦艦ユーチャリス。
アキトはブリッジから転送させた映像を眺めて悦に入る。
電子制圧により行動の自由を失った火星の後継者達。
グラビティブラストによる狙撃の誘惑にブルリと震えるがかろうじて堪えた。
一思いに殺してしまうなどもったいない。
彼等には相応の報いをくれてやらねば気が済まない。

「まだまだだ。」

アキトは嗤った。

「くっくっくっくっく・・・・・・く・・・あっはっはっはっは」

遂に堪え切れずに嗤った。
IFSのコントロールが乱れるのも構わず嗤った。ナノマシーンの輝きが相貌を彩る。
リンクを通じてラピスにも影響を与えているのか。ユーチャリスまでが喜悦に堪え切れないかのように艦体を震わせる。

<・・・・アキト・・・・本当に楽しそう・・・・>

ラピスが呟く。
アキトは笑う。
ナノマシーンの輝きを貌に浮かべ笑う。
彼の計画は・・・・彼の遊びの時間はまだ終わっていないのだ。

「あっはっはっはっは・・・・・くくっくっくっく・・・・あ〜っはっはっは♪」

目の前が真っ白になり何も考えられなくなった。
それでもアキトは笑っていた。
白亜の戦艦ユーチャリスは上昇を続ける。
やがてアネモネ色の煌めきを帯びてボゾンジャンプして消えた。















は終わらない


日根野谷ちょ〜じん

 










演算ユニットはジャンプイメージに対する反応を返して融合しているミスマル・ユリカの身体を常態に戻してゆく。
火星の後継者達は彼女の身体を演算ユニットの一部として融合させていたのだ。
演算ユニットそのものがナノマシーンらしきもので構成されている。これに対する同一座標ジャンプにより成された有機体と無機物の融合は分子レベルまで進んでいた。
ミスマル・ユリカはまさに演算ユニットと一体になっていたのだ。
しかし、コロニー戦でその姿の映像を残した事からその実態を看破したイネス・フレサンジュは解除の方法を考案していた。
イネスは補助システムを介して座標位置を設定して ユリカを引き戻すイメージでジャンプさせる事で彼女を現世に引き戻す事に成功したのだった。
アキト程もパワフルではないにしてもボゾンジャンプを自在に扱いうるA級ジャンパーのイネスだからこそ可能な処置だ。
演算ユニットは淡く輝きながらゆっくりとその姿をサイコロ状に戻してゆく。
イネスが素早くユリカを診断する。
同行した医療班員が生命維持装置を繋いでゆく。
無機物と融合させられていたのだ。どんな悪影響が在るか知れたものではない。

「・・・・やっぱり・・・・」

小さくため息をつく。
長い髪に隠れて ちょっと見には判らないが頭部に生体改造手術が加えられているのだ。
ユリカの前頭部には脳にまで達する針状のターミナルが24本打ち込まれ、後頭部に至っては頭蓋骨の一部を切除してインターフェイスを埋め込んでいる。
この調子では 脳にも何等かのチップを埋め込んでいるのは間違い無い。
21世紀中期のサイボーグ技術のひとつに電脳化と云う物が在る。
脳にインターフェイスを埋め込んで電子の世界と有機的にコンタクトさせる技術だ。
大規模な肉体改造が必要な上に 機械部分への高度なメインテナンスが恒常的に必要な為に技術的には完成していながらも普及する事は無く、やがてナノマシーンを利用したIFS技術に取って替られた。
23世紀の現在では完全に廃れた技術でもある。
単純に性能で較べれば圧倒的にナノマシーンを利用したものの方が優れている。
だが、ユリカの場合には彼女が電子装置を制御するのではなく 外部から彼女の脳を制御するのだ。この点では 後からの変更が難しく時間も必要とするナノマシーンではなくインターフェイスを被験者に埋め込んだ方が 外部機材を通してチューニングし易い。
ユリカが電脳化されてから2年。
ジャンプユニットとB級ジェンパーを繋ぐ中継機として完成するまで試行錯誤を繰り返しこの形に落ち着いたのだろう。
アキトからその模様を詳しく聞いていたイネスだが 実際に知り合いがこんな目にあわされているのを見ると吐き気がした。

「生体改造ではいかなる手段を以てしてもA級ジャンパーは生み出しえない、か・・・・だからってこれはないじゃないの・・・・」

ポツリと呟く。
火星の後継者達がそれに気付いた時には人体実験でA級ジャンパーを殺し尽くした後だった。
新たに火星に入植して次世代のA級ジャンパーが育つのを待つには何年かかるか。
ユリカを改造して中継機として使用したのは苦肉の策だったと云う訳だ。

「・・・・艦長・・・・あなたは夢だけを見て幸せなのかしら・・・・現実はこんなに苛酷なのに・・・・」

イネスは哀しかった。
夢見るミスマル・ユリカは薄く微笑みを浮かべていた。










やがて電子制圧の仕上げを完了させたルリ達がユリカの周りに集まって来る。
イネスはシーツを被せてユリカの裸体を隠した。

「お〜! 艦長、無事救出かぁ。」

リョーコが大声で訊ねる。
それに刺激されたのか? ユリカの瞼がピクリと動く。
ゆっくりと眼を開いたユリカは自分の周りに集まったナデシコクルーを眺めて一言云った。

「・・・・あれっ? みんな老けたね・・・・」

「あ〜、いつものボケだぁ。」

「まったくよぉ。」

「はぁ〜無事で良かったねぇ♪」

全然無事ではないのが判るだけにイネスの貌は強張る。
そこに大気中でハイチューンの相転移エンジンを稼働させる時に発する低周波音が響き渡る。
オーロラが揺れる火星の空をゆっくりと上昇してゆく白亜の戦艦ユーチャリス。

「あれがアキト君の母艦かぁ。」

「このまま行っちゃうのかなぁ?」

しかし、それを見送るナデシコクルーの心境は複雑なものである。

「・・・・あいつ・・・・これからどうするつもりなんだよ・・・・」

やるせなさそうに呟くリョーコ。
だが、星野ルリは応える。

「帰ってきます・・・・帰ってこなければ追いかけるまでです・・・・大事なひとだから・・・・」

オーロラの彼方に消えるまでユーチャリスを見送る。

「・・・・アキト・・・・」

希望を感じさせる口調と貌でルリは呟く。

「・・・・しかし、これからどうする?・・・・良いとこ無しの統合軍だ。
責任逃れにアキトに罪をなすりつける事くらいしかねねぇぞ。」

「・・・・・・・・リョーコさん、それはありませんよ。」

「とは云ってもなぁ・・・・大事になり過ぎてるからなぁ。」

「責任逃れだからこそ統合軍はアキトさんを犯人に出来ないんですよ。
なにせ、お偉方が揃って調査委員会の委員を勤めていますからね。」

「へ?」

「アオイ中佐が証拠を提出しているのも関わらず幽霊ロボットは存在しない。そう、公式見解として公表して査問会のやり取りまで記録に残してるんですよ。
騒いだのはマスコミだけ。
今更それを覆す事は出来ません。
ただでさえ軍法会議で極刑が確実の醜態を晒しているんです。揉み消そうにも これ以上のマイナス要因を出すと地位だけではなく自分の命まで危うくなる・・・・そう云う処でしょうね。」

「そ・・・そうなのか?」

アマテラアスに出現した黒い機動兵器は書類上は幽霊ロボットとは別物として処理されているし そのパイロットこそは手配されたが公式には死亡したとされるテンカワ・アキトは容疑者名簿にすらピックアップされていないし出来もしない。

「私達がそれを証明しない限りはアキトさんに捜査の手が及ぶ事はありませんし、喋った処で目撃証言だけではただの容疑者として2週間の拘束以上の事は出来ませんよ・・・・・それに・・・・」

「それに?」

「現時点で政府や軍内部でアキトさんの事を知っているのは火星の後継者と通じている証拠にされかねませんからね。
口を噤むしか無い筈です。」

「な・・・なるほどぉ。」

パイロットであるリョーコからすれば そう云う思考法は出て来ないので驚くばかりだ。
その用意周到さと あまりにも逆転劇が鮮やかに決まり過ぎている事が気にかかる。
あらかじめ筋を読んでいなくては出来る事ではない、とルリは思っている。
全てを裏で仕組んだネルガルの動静はこれからのアキトにも大きく関係してくるだろう。

「とりあえずはナデシコCに戻りましょう。
ユリカさんの身体にも障ります。リョーコさん。演算ユニットをハンガーに運びこんでください。」

「おぅ!」

「ねぇねぇ、アキトどこぉ?」

ユリカが声を張り上げた。

「アキトアキトアキトアキトぉ〜愛する奥さんが呼んでますよぉ。出て来てくださぁ〜い!!
あきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきと。」


アキトを呼び続けるユリカ。
セリフが棒読みになりどこか痴呆じみた異常さが感じられイネスが貌をしかめる。

「アキトアキトアキトぉ〜アキトアキトアキトアキトアキトアキトアキト・・・・アキト・・・・あきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとあきとはどこへいくのぉ?あきとはどこへいくのぉ?あきとはどこへいくのぉ?あきとはどこへいくのぉ?あきとはどこへいくのぉ?あきとはどこへいくのぉ?あきとはどこへいくのぉ?」

壊れた蓄音器の様に繰り返す。
そこにはあの溌剌としたユリカらしさは微塵も無い。

「ユ、ユリカさんっ!」

「ふぅ・・・・予想されていた症状よ。・・・・さぁユリカさん。ナデシコに戻りましょう。
星野ルリ、撤収の準備を。」

「は・・・はいっ。」

















エステバリス隊の援護の元、同乗していたネルガルSSが草壁達を捕縛する。
全裸にされ、小道具を隠し持っていないかどうかを尻の穴の奥まで調べられた後に監禁された。

「星野ルリ、彼等の部屋にニュースウィンドウを開いておいて欲しいの。」

「?・・・・どう云う事ですか?」

「・・・・お兄ちゃんからの頼みよ。
任意には消せないようにしておいて欲しいの。」

「!!!・・・・判りました。」

ナデシコCは衛星軌道まで上昇して警戒体制に入る。
後続の宇宙軍揚陸部隊が到着するまで 火星の後継者の別働隊に対する警戒体制を敷く為だ。
ここで提督として乗り込んでいるアオイ・ジュンは制圧成功の一報を宇宙軍司令部に送る。
相継ぐターミナルコロニーの損失でボゾン通信網が全く動作しない為に通常通信を使わねばならなかった。
現在の火星の位置とその距離から来る光秒差を入れて約20分程度待った処でミスマル・コウイチロウの貌がスクリーンに大写しにされる。





『任務の成功、おめでとう。
ナデシコの諸君、よくぞ劣勢を跳ね返してくれた。
警戒体勢を敷きつつ揚陸艦と海兵隊の到着を待ってくれたまえ。
現在、こちらでは情報戦が仕掛けられてえらい事になっておる。
火星の後継者よりも大事かも知れん。
宇宙軍海兵隊に捕縛任務を引き継いだ後は火星の後継者幹部の護送を兼ねて大至急地球圏に戻ってほしい。』





戦勝の挨拶の後、大量のデータと共に新たな命令書が送り付けられる。
命令書とデータを提督室に転送した後、ジュンとルリはブリッジを離れて開封閲覧に向かう。

「あっちじゃまだ何かやってるのかな?
こっちがターミナルコロニー無しでジャンプ出来ると思って使い放題にしようとしてるんじゃないのかなぁ?」

サブロウタが言った。

「火星の後継者の最後のあがきって処じゃないかしら?」

「頭を押えたからには 後に残るは烏合の衆じゃないんですか?
一体誰が情報戦なんか仕掛けてきてるんですか?」

ミナトとハーリーが暢気に応える。
しかしそれもジュンとルリが血相を変えてブリッジに戻ってくるまでだ。
ただちに警戒体制が発令した後、慌ただしくコンソールを操作してネットワークに繋ぐ。

「この状況下で電波を出すのは危険じゃないですか?」

ハーリーが訊ねるが 

「その状況を調べないとどうしようもありませんから。」

とルリに返される。
ネットワーク上には木連大戦から火星の後継者事件の裏事情までが公開されていた。
音声細砕フィルターを通して声紋を殺したナレーターが放送する暴露番組だ。

「なんだ? こりゃあ。」

あまりに露骨な番組内容にサブロウタが驚く。
地球圏との時間差にも関わらず繋ぐと同時に視聴出来る処を見ると すでに放送開始されてからかなりの時間が経っているようだ。
操作を続けるルリだが 約10分の時差は覆しようが無い。

「やっぱり・・・・地球圏に戻らない限りは停めようが無いですね。」

「どう云う事ですか?」

「軍や政府。情報部のサーバーを乗っ取ってます。
これまで情報操作の為に使っていたシステムが全て敵に廻ってるんです。」

「お偉いさんがいかに停めようとしても停められないシステムか。
艦長以外にこんな事が出来る奴は・・・・」

「・・・・アキトさんとラピス・ラズリですね。」

驚くべき事に これまで一般には流れていなかった詳細な事柄までも実名入りで公開されているのだ。その時にはルリ達も確認出来なかったが これと同様の放送は木星圏でも流されており全てのコロニーで一般人にまで裏情報が知られる事となった。
利権の為だけに木連からの通信を無視し、特使が来訪した時には木連が有するプラントの引き渡しを国家承認の条件に挙げた政治家と官僚。100年前のスキャンダルの暴露を怖れて ことさらに開戦を狙って挑発した軍部。
その結果として火星の住民1480万人が虐殺された第一次火星会戦。
さらに、クリムゾンと草壁との結託にまで情報公開は進む。
地球圏への侵攻。
次々と破壊されるコロニー群。占拠される月。
この時に半分だけの占拠で済んだのは有人の制圧部隊を持たない無人兵器主体であったからだ。
しかし、その事がさらなる被害を招く。
無人兵器における制圧の概念は懺滅なのだ。
軍が退いた後も民間人に攻撃を仕掛ける無人兵器が続出する。



『木連大戦における1億8462万人の死者は 全てこの屑供の私欲と戦意過剰によって発生した。
夫を、妻を、息子を、娘を、孫をあの戦争で死なせた者達よ。
すべての責はこの者達に有るのだっ!』




そして、屑供の家族のプロフィールまでが網羅されていた。

意趣返ししたいのならやってやれ!

そう声高に叫んでいるのだ。
ルリ達は顔色を変えた。
与えられた状況がいかに悲惨でも『仕方が無い』で済ますのは平和ボケの日本国民程度だ。他の国ではそうはゆかない。
欧州や米国。イスラムや中国などでは 平凡な一般市民ですら何等かの行動を開始するだろう。そして銃器の所持が禁止されている国は地球全体から見れば少数派なのだ。ルリの命令によりただちにハーリーが検索を開始する。
普通ならば数秒で済む処が距離の壁に遮られ、これには30分近い時間を費やす事になる。
案の定、木連大戦当時の軍高官の家族が散弾銃で頭を吹き飛ばされているニュースを発見する。

「これ、アメリカの話だろ。
時差を考えても放送が開始されて1時間で行動開始かぁ。気が迅いと云うか気短かと云うか。」

木連は日系故に その面では淡白なサブロウタが感心するやら戸惑うやら。

「本人じゃあなく家族って処がミソですね。
本人には幾重にもガードが有りますけど その家族となると抜けてる処が有りますから。」

自身の復讐行を実行に移したアキトが行なう情報公開だ。そこに含まれる毒は苦く、そしてきつい。
世界はテロリズムの嵐が吹き荒れるだろう。
さらに辛辣なのは 彼等が権力を嵩に着て行なった犯罪の証拠までも網羅している点だ。



『情報部を使い保身の為に手を打っているつもりだったんだろうが 彼等にも良心の疼きに耐えきれない者も多かったんだろう。
証拠蒐集と裏付けを取る段階で協力してくれる者も多かった。』



「そうですよね。
やっぱし彼等だって人間なんですから。」

ハーリーが感激したかのように云ったがサブロウタの意見は違う。

「情報部に本当にそんな殊勝な奴等が居るのかぁ?」

「・・・・これは多分、情報部との乖離を謀って言っているんだと思います。
言い換えれば 権力者達が裏から廻す手を奪おうとしているんですよ。
案外、この発言以外にもそう云う情報が権力者達の手に渡るようにしているのかも知れませんよ。」

ルリは予想こそはしたが アキトが昏い情熱を以てそれを実行に移している事までは知らない。

「そうして情報部の中に反抗勢力が在ると考えると権力者達も熾烈な手段を採れなくなりますから。」

ルリは言った。
彼等は保身についてのみは有能である。だからこそ、僅かではあっても芽吹いた疑惑に絡め取られて動けなくなるのだ。
しかし、その場合には使える手段に手を伸ばす。それも速やかに。
その事に思い当たったルリの顔色が変る。

「クリムゾン配下の統合軍と結び付いてクーデターを熾すかもしれませんね。」

「・・・・やりますかね。」

「・・・・クリムゾンもそこまで短絡的ではないと思いますが・・・・もしもの時の生き残りの為の保険はかけてあると思いますが。」

「今、熾さないと先が無いわ。絶対に動くわよ。」

イネスの声がブリッジに響く。

「イネスさん・・・・ユリカさんの方は?」

「予想されていた通りの症状なんでね。処置はメディカルスタッフに任せてきたわ。」

「先生、それで、奴等が動くって云う根拠は?」

サブロウタが訊ねる。

「動かざるおえないようにこちらが仕向けているからよ。
実際の処、クリムゾンを糾弾するだけの証拠は集まっていないの。
メガインダストリーが本気になって秘匿しようとすると情報部だって根をあげる程なのよ。アキト君のバックにネルガルが居るのが予想されていながら統合軍はネルガルに何も出来なかったのと同じね。
でも、世界規模の集団ヒステリーの矛先を向けるならこの程度の状況証拠で充分なの。それが解っているからこそロバート・クリムゾンも焦っているでしょうね。」

「後は軍部の屑に担ぎ出されるだけ・・・・ですか。」

「情報操作も行なわれているから、これまでの反ネルガル陣営も瓦解を始めるでしょうね。

第一次火星会戦の参考資料として 現在の火星の映像が流される。
コロニー跡において折り重なるようにして朽ちている白骨。
瓦礫を動かすと簡単に死骸を見る事が出来る。
或るシェルターにおいては 数千にも及ぶ白骨が並んでいる。
我が子を庇って死んで逝った女性の死骸は憐れであった。そのかいなに抱いた赤子の頭蓋骨には銃創が見える。



『木連の無人兵器が行なった無差別殺人の結果がコレだ。
木連上層部は これを国民に見せたくないが為に火星の再開発に非協力の立場を採っている。
正義を信奉する木連軍人が 近代戦争における最大の禁忌であり犯罪である無差別虐殺に手を染めた事をひたかくしにする為だ。
木連人よ。もはや貴様等は正義を口にする事は出来んぞ。
貴様等は戦争犯罪者草壁春樹の走狗、共犯者なのだからな。』



事実だけにアキトの言葉には恐ろしい重みが有る。
高杉サブロウタも苦渋に貌を歪めている。彼も戦後になってこれを知り驚愕したものだ。



『俺は木連が憎い。
俺の故郷を、思い出深い街並を、気軽に話せる近所の人達を、そんな生活の場を奪った木連が憎い。
木連人よ。貴様等は解っているのか。
確かに100年前に貴様等は地球に酷い仕打ちを受けた。だが、貴様等はそんな歴史の裏を知らない第三者を 老人から子供まで。軍人でもない武器を持たない普通の人達を皆殺しにしたんだ。
なにが正義の闘いだ。』



「・・・・・アキトさん・・・・・」

流石のルリも言葉が出ない。
実際、大戦後に地球に移住した数万の木連人は事有るごとに『正義の戦い』を口にする。
大戦で家族を失った人達の傍で無神経に『正義』とガナりたてたあげくにリンチを喰らい200名以上が惨殺されているし 市井においても差別が起きて深刻な問題になっていた。



『俺は そんな憎悪を心の奥に抱えながらエステバリスライダーとして闘った。
最初は あまりにもふがいない軍人を憎みながら、だった。
戦争なんか嫌いだった。闘いなんかに出るよりも 俺の夢を実現させたかった。素晴らしい師匠と出会い その夢は手の届く処まで来ていた。・・・・でも、木星蜥蜴をブッ殺したい。皆殺しにしてやりたいって心の底で思いながら闘ったんだ。
しかし、或る人に出逢ってそんな憎悪を忘れて木連と和平を結びたいと思うようになった。
貴様等木連の軍神と云われている白鳥九十九、その人だ。
・・・・・・・最初は敵だった。
しかし闘いの中で彼から地球連合の昔の悪行を聞き、やがて彼の説く和平を望むようになった。
俺達は地球連合から離れて講和の為の話し合いに出る事になった。
しかし、その席で白鳥さんは草壁中将によって殺された。
良いか! 貴様等木連軍人が敬愛する草壁が 地球との戦争を継続させる為に和平論者である白鳥さんを殺し、そして俺達に罪を擦り付けて彼を軍神に祭り上げたんだ。』



初代ナデシコのライブラリーからピックアップされた映像が流される。
地球との和平を、平和を望みながら死んで逝った白鳥九十九の姿が克明に放送される。
思わず知らずミナトとユキナの貌が歪む。



『貴様等にも専門家が居るだろうから これが偽映像かそうでないかくらいはすぐに判るだろう。
これが軍神と祭り上げられた白鳥さんの真実だ。
あの戦争が憎しみしか生み出さない事に気付き平和を望んだ白鳥さんは 戦争をしたい。昔の恨みを晴らしたいだけの草壁の気違いに殺されたんだ。』



やがて遺恨戦争は遺跡争奪戦に姿を変えて木連大戦は終盤戦に雪崩込んでゆく。
初めて明かされるボゾンジャンプとジャンパーの秘密。
これまでは夢の超光速航法と喧伝されてきたボゾンジャンプにまつわる各勢力の駆け引き。
そんなパワーゲームの中で九十九の遺志を継いで単身火星に赴くナデシコ。
そして演算ユニットの奪取と放逐。
熱血革命による和平。
だが、地下に潜った草壁がクリムゾンと結託して新たな戦乱を巻き起こす。
火星の後継者によって回収された遺跡。



『草壁春樹は自らの事を悪と断じて火星の後継者を立てたそうだな。
確かに悪だ。
それも、鬼畜外道の名を冠するに足る本物の悪だ。』



火星の後継者に囚われたA級ジャンパー達の末路が詳細に放送される。
人体実験の詳細なビデオまでが配信されていた。
これはアキトが虱潰しにした秘匿研究所から強奪した”本物 ”のデータなのだ。
過剰なナノマシーンを打って 被験者が悶死するまでその動向を調べあげる。
その死体までも解体し その遺伝子を詳細に分析する。
被験者の中には妊婦が居たが その腹を切り裂いて胎児を摘出してジャンパー因子の遺伝を調べようとする。あげくの果てにはその胎児を標本にしてしまう。腹を裂かれ半死半生の母親が標本にされた我が子を見て血の涙を流し憤死する様子までが放送されている。
まるでスプラッタームービーの如き所業を繰り広げるニヤケ顔の研究者達。

「艦長・・・・あいつアマテラスで居た奴ですね・・・・」

「・・・・ええ・・・・」

「ヤマサキとか云う奴ですね。」

意識を残したまま頭蓋骨に穴を開けられ 脳からナノマシーンへ情報の伝達が行なわれる様子を詳細に調べる実験。
剃りあげられた頭を固定されて頭蓋に穴を開けられてゆく。その時の被験者の表情は 人の根源的な恐怖を煽る。
30分以上も続くスプラッターシーンにヤマサキは出演を続けている。



『私兵を動かしA級ジャンパー達を拐し、人体実験にかける。
草壁よ。知らなかったでは済まさないぞ。
俺や妻を人体実験に供する命令を発したのは貴様だったな・・・・そして、過剰なナノマシーンを打たれて悶え苦しむ俺の助命を懇願する妻に・・・・嘲りながらした事を・・・・霞む眼で見た・・・・その時の貴様の愉悦の貌を・・・・俺は絶対に忘れないぞ。
何が大義だ。なにが理想だ。狂った理想と大義を抱え 世界に狂気を撒き散らす気違いの戯言だ。
火星の後継者に参加した者達よ。あんな気違いに加担するとは、貴様等の正義とやらは腐りきっているようだな。
貴様達はもはや二度と正義と口にする資格を失った。
貴様達は汚らわしい罪人だ。』



「・・・・なんて・・・・なんて事・・・・」

「・・・・かなりセーブしているようね・・・・」

ルリの独白にイネスが応える。

「え?」

「ユリカさん・・・・どんな目に遭わされたか・・・・診断すれば大体判るもの・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「草壁はナデシコにしてやられた事がよっぽど腹に据えかねたようね。
治療の段階で或る程度は判る事だけど アキト君を苦しめる為だけに責めたような形跡が有るわ。
ナデシコの艦長だったユリカさんだって・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

やがて、火星の後継者に協力した連合の非主流国のリストまでが挙げられる。



『ボゾンジャンプの独占に踊らされた亡者達ばかりだ。
だが、肝心の演算ユニットの制御には人身御供を立てねばならない。
すでにA級ジャンパーは死に絶え 僅かな生き残りは空間を跳び越える力を活かしていずこかへと隠れ消えた。
次は普通の地球人を融合させる為に新たな人体実験でデータの蒐集を始めるかも知れない。
貴様等が支持してきた政府が 今度は貴様等を実験台にするかも知れないな。』



その言葉を最後にして放送はリピートに入る。

「情報操作も効かないんじゃあこりゃあ大変な事になりますよ。」

サブロウタが呻くように言った。

「ええ・・・・ハーリー君・・・・ニュースを全て検索して この放送がどんな影響を与えたか調べてください。」

「はっ、はいっ。」

小さく震えながらルリは言った。
10分の時差を挟み 新たなニュースが次々と入って来る。
要人の家族に対するテロは あれからも続発している。この短時間で2000人以上の死者が出ている。
木連大戦の遺恨は深い。そのブツけ先が提示されて衝動的な行動に出る者が続出しているのだ。
デモが発生し官庁に詰め掛け始めている。ボゾンジャンプの実態を知らされた民衆は 嫌悪も顕わにして火星の後継者を非難する。
そして統合軍はイネスの云った通りの行動を採った。

「・・・・統合軍がクリムゾンの強制捜査ですか。」

放送開始から3時間。クリムゾン本社が統合軍に押えられた。
明確な証拠も無しにそんな短時間で捜査礼状が出る筈も無い。そもそも軍は議会の承認無しでは司法権を発動出来ないのだ。

「ここまで短絡的だと笑っちゃうわね。
クリムゾンも統合軍が噛み付いてきたんでびっくりでしょうね。」

そしてイネスはころころと笑う。

「笑ってる場合かよっ!
また戦争が起きるかも知れないんだぞっ!!」

リョーコが噛み付くがイネスは笑みを崩さない。

「火星の後継者の為に統合軍の戦力は大きく削られているわ。
そこに加えてアキト君の放送で士気はガタガタ。それに わざと逃げ道を用意してあるから真っ当な軍人は離反するでしょうね。まともに闘えるのは30%程度でしょうね・・・・と云うか、そうなる様に巧妙に仕向けていたのよ。
現在の宇宙軍にも充分に闘えるわ。このナデシコCが加われば短時間で決着がつくわ。」

だが、統合軍は各宙域の戦略拠点の警備と防衛を任されており それぞれの基地に大量の戦力を貯えている。

「・・・・・集結が上手くゆけば統合軍の戦力はもっと増えます。
そうなればこちらの敗北で決着がつきかねませんよ。」

「それは無いわ。
ターミナルコロニーは二度と使えないから。」

「・・・・・・どう云う事ですか?・・・・・・」

イネスが白衣のポケットからプレートを出して見せる。

「これ・・・・覚えてる?
私が古代火星から持ち帰ったメッセージプレートよ。すでに解読済み。」

「え?」

「これはね・・・・演算ユニットのコマンド集だったのよ。
この中にはボゾンジャンプを封印する為のコマンドも含まれていたわ。
すでに入力済みだからジャンパーのナビゲート無しのジャンプは全面的に停止したわ。
ボゾン通信が出来なくなったのもそのせいよ。
統合軍は戦略拠点に戦力を分散させ過ぎているから通常航行で半月。艦隊行動を採ろうとすればその倍はかかるわね。
これで、統合軍は迅速な戦力集中が出来なくなったわ。宇宙軍はすでに集結を済ませているから確固撃破の標的ね。」

「・・・・避けられないように仕組んだ・・・・戦争ですか・・・・たくさん・・・・人が死にますね。」

「そうね・・・・でもこれが当たり前なの・・・・たくさんの血を流して・・・・初めて歴史は動くの。
綺麗事で済まそうとした・・・・大戦の時のツケが今廻って来たの。
これを乗り越えてこそ 本当に一息つけるようになるんでしょうね。
アキト君は復讐と同時に未来への布石を打っておいてくれたのよ。」

「・・・・・・アキトさんはどこへ行ったんですか。」

「さぁ? 暫くは姿を隠すって言ってたから。」

「暫くって・・・・ユリカさんを放っておいてですかっ!」

「・・・・生体と遺跡との融合は・・・・体細胞の隙間に遺跡のナノマシーンが入り込んでユリカさんの肉体の生命維持を暫定的に行なっていた。それが、遺跡と分離させた時にすっぽりと抜けちゃっているの。お陰で現在の彼女は健康とはほど遠い状態よ。
色々と病原菌も貰ってるし、治療はされているけど衰弱が酷いわね。
そして快復しようとする意志の力が無いから これから悪化してゆくのみよ。
生命維持装置に繋げば 身体だけは維持出来るけどね。」

「・・・・快復しようとする意志が無いって・・・・どう云う事ですか?」

イネスが説明する。

「簡単に云えばミスマル・ユリカはすでに殺されているのよ。」

イネスの発言にメインクルーは愕然とする。

「そんなっ! ちょっと錯乱してるけど生きてるじゃないかっ!」

リョーコが悲痛な声で叫ぶ。

「・・・・・・アキト君は火星の後継者のラボでユリカさんの最後を看取ったそうよ。・・・・・・あのユリカさんは抜け殻なのよ。」

「・・・・どう云う事ですか。」

ルリが震える声で訊ねる。

「・・・・外部から演算ユニットを制御するインターフェイスとしてA級ジャンパーを融合させる。
でも、そのジャンパーに自我を残しておくと いつ遺跡を操って自分達に反撃してくるか判らない。
外科手術や薬物に因るロボトミー化はナビゲートに必要な思考部位をも壊してしまう。下手な洗脳は抑圧された深層心理に影響されて自分達への敵意を顕現化させかねない。そこで奴等は被験者の自意識を完全に破壊してフォーマットする方法を考えたのよ。その上で本人の思考原理を素にした平坦な疑似人格をインストールすれば親和性の高さからぴったりと定着してくれるし 深層心理の反抗心や敵愾心も押えられるわ。」

「そんなっ!」

「自分達に都合の良い部分だけをピックアップして作った疑似人格だけど、それでも制御するのにえらく苦労したみたいね。」

ナデシコの人々にすればミスマル・ユリカと言えば人の言う事を聞かない人間のナンバー1である。
少女マンガのストーリーを模した命令伝達を考えつくまでさぞや右往左往した事だろう。

「薬品や電子的な処置に頼らない方法で人間を壊す。
・・・・アキト君は詳しい事は云わなかったけど・・・・診断した限りでは宿敵ナデシコの艦長であるユリカさんの・・・・人間の・・・・女の尊厳を徹底的に破壊する手段を使ったと考えられるわ・・・・」

ユリカがどんな目に遭ったのか? ルリには想像もつかない。
いや、訊くのが恐ろしかったと云うべきか。

「・・・・アキト君は・・・・それを見せ付けられたのよ。」

「だからって・・・・だからって・・・・そんな・・・・」

「アキト君は復讐って云ってたでしょ・・・・これはユリカさんの敵討ちでもあるの。
アキト君にすればすでに弔いは済ませてあるって処でしょうね・・・・だからユリカさんに逢おうともせずに跳んでっちゃったでしょ。」

「・・・・知っていたんですか?・・・・」

震える声でルリが訊く。
イネスのみならずウリバタケもバツの悪そうな貌をしているのにルリは気付いた。

「・・・・知っていたんですね・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・ええ・・・・・・・・・・・・・・・」

「ん〜・・・・ああ・・・・あいつの機体の開発・・・・手伝った時にな・・・・」

「・・・・どうして・・・・どうして教えてくれなかったんですかっ!」

「・・・・・・・・ユリカさんは自我を破壊されて遺跡の部品にされちゃいましたって・・・・言える?」

「・・・・治療は・・・・出来ないんですか・・・・・」

「無理ね。フォーマットされた人格は元には戻せない。
人の心・・・・そうね・・・・魂・・・・ゴーストとでも云うべき部分はその人が生きた年月が作りあげたものだから。
ユリカさんの元の人格を完璧に再現した疑似人格プログラムが在ったとしても それをインストールした処で初期のオモイカネ程の情緒も持てないわ。
まぁ、脳自体も改造されていて そんな事は出来ないでしょうしね。」

「・・・・・・・・・・・」

「アキト君は云ったわ・・・・・これは自分なりの責任の採り方だってね。」

「責任をとるって・・・・連合を分裂させるような事を公開してですか?」

「それでも、よ。
歴史は血を流す事で前に進むって・・・・アキト君が良く読んだ戦略研究書に書いてあったセリフだそうだけどね・・・・血を流してでも事を成さねばならなかった時にそれをしなかったからここまで体制が疲弊したのね。
ねぇ、星野ルリ・・・・何故こんな事になったと思う?」

「・・・・前の大戦の時に草壁を捉え切れなかったからだと思います。
現在の連合は腐敗してガタガタだから 草壁の裏からの暗躍を防ぎ切れなかったんです。」

「・・・・星野ルリ・・・・貴女は優秀な戦術家ではあるけれど戦略家じゃあないわね。
まぁ、その意味じゃあユリカさんも戦略家じゃあなかったけどね。
大学じゃあ戦略教程も最優秀だったそうだけど現実じゃあ情に流されて何の手も打てなかった。
アキト君が言っていたんだけどね・・・・自業自得だって。
全ては自分達がやった事が自分達に返って来ただけだって。」

「そんなっ!」

ルリは絶句する。騒ぎだすクルー達。ウリバタケも鎮痛な貌を見せる。
しかし、イネスは平然としたものだ。

「国家の代表でもないのに勝手に飛び出し和平交渉を行なう。
あの時はそれが一番大事な事のように私達は錯覚していたけど、まるで詐欺師の手口だわ。
草壁の継戦の意志の前にそれが失敗するや戦争の原因の『ひとつ』である遺跡をボゾンジャンプで飛ばしてしまう。
その特性からしてボゾンジャンプが可能な者ならば簡単に回収出来る事に想い至らなかったのが躓きの始まりね・・・・事実、火星の後継者は金で雇い入れたA級ジャンパーの協力で 『機動戦艦ナデシコの傍をイメージしてボゾンジャンプ』する事で発見に成功したそうよ。
そのジャンパーも報酬を貰う事無く人体実験の被験者にされたんだけどね。
詐欺師の手口で和平の糸口を提示して 原因の『ひとつ』を消してしまう。
だから戦争責任が有耶無耶になり 開戦の原因の『ほとんど』である屑や外道が政府や軍部に残り草壁一党の暗躍を赦す事になった。
回収の可能性を信じたクリムゾンからの援助は続き、草壁は独自の組織を立ち上げ闘う力を持てた。
挙げ句の果てが責任放棄で市井に戻る。
自分達A級ジャンパーの価値を考えようともせずにそんな真似をすれば拉致監禁は当然だわ。
僅かな期間とは云えマトモな生活が出来た事の方が奇跡よ。
全ては繋がっていたのよ。」

「アキトは・・・・アキトはあの和平を否定するのかよっ!」

堪らなくなりリョーコが叫ぶ。

「否定してるんじゃないわ。
貴女はパイロットで・・・・あくまでも戦術畑の人間だから解らないでしょうけど・・・・実は私もそのあたりきっちり理解していた訳じゃあなかったのね・・・・アキト君に教えてもらったんだけど 戦略とはあくまでも状況を作る技術なの。
あの時に私達が行なった和平は 戦略的には後の時代に深刻な動乱の火種を残したのよ。
それも、あの大戦の比じゃあないくらい陰湿で危険な火種をね・・・・
遺跡を秘密裏に確保し、木連和平派とパイプを維持した上で可能な限り戦争を長引かせるべきだったのよ。
A級ジャンパーが3人揃っていたあの時のナデシコならそれが出来た筈だったのに その場の勢いで悪い方へ流されたってアキト君がこぼしていたわ。」

「そんな・・・・」

「連合と木連。双方の国民の大部分が戦争の本当の辛酸を舐めていないから草壁の陰謀に簡単に踊らされて今回の事件になった。
彼は青臭い自分から卒業したのよ・・・・そして現実をしっかりと見詰めて手を打っているの。
この状況も全てアキト君が見極めて手を打っていたからこそ出来たのよ。」

「ネルガルが・・・・アカツキさんが考えたんじゃあないんですか?」

「アカツキ君はアキト君の案に乗っただけ。
連合が分裂するにしろ再び戦争が熾きるにせよ 勝者の側に組みする限りネルガルは莫大な利益をあげる事が出来るわ。」

「・・・・勝つのが判っているんですね・・・・」

「・・・・アキト君は特殊部隊のスペシャリストに匹敵する絶大な個人戦闘力を有しているわ。
特に1対多数の空間機動戦闘においては並ぶ者の無いエキスパートよ。
でも、その本質は戦略家よ。
救助された頃は人体実験のせいで身体がボロボロ。
復讐を志し闘う為の力を求めながらも動かぬ身体に歯咬みしていた頃・・・・彼の武器は思考しか無かったの。
全ての思考力を注ぎ込み草壁一党の力を殺ぐ事のみを考えたんでしょうね・・・・治療のお陰で体力が戻り始め 機械の助けを借りてではあるけれど動けるようになった時に思考を形にする術を求めたわ。
そして、戦術と戦略のイロハを学ぶ。
教材はごくありふれた士官学校の教科書だった。
でも、アキト君によって読み解かれていったそれは深い思考を交えて彼の血肉となっていった。そして、戦略こそが闘うに当り純粋に思考すべきものである事に気付いたのね。
彼は自分を料理馬鹿と卑下するけど 親が学者夫婦なのよ。その基が悪い訳じゃあないわ。
ユリカさんののように閃くタイプじゃあないけれど 思考を深めてゆけばゆく程に真価を発揮するタイプの頭脳を持っていたの。
アキト君は闘いながら情報を蒐集し、完全勝利しうる状況を作り出す計算を重ねていった。
現在の状況は全てアキト君がシナリオを書き演出したのよ。」

現在の状況を演出したのがアキトだと聞いてリョーコは困惑した表情を浮かべている。
ルリの顔色は蒼白になっていた。
人の命の尊さを教えてくれた筈のアキトが成した事の恐ろしさに愕然とする。
アキトのあまりと云えばあまりな変貌にクルー達の動揺も酷い。

「・・・・・・・・演算ユニットを自由に出来るコマンドはネルガルが独占するんですか?」

「ふっ・・・・まさか。
48時間後にはジャンパーのナビゲートも完全停止されるわ。
演算ユニットは強制的に休止状態に入るの。次に目覚めるのは1万年後よ。
それまではどんな事をしても動かないわ。」

「・・・・良くアカツキさんが承知しましたね・・・・」

「承知なんてしてないわ。
プレートを解読した事も知らないしね。
人間を融合させるなんて無茶をやらかしたせいで演算ユニットがストライキを熾したって事で話を通すわ。」

「・・・・・・・・・・・」

「お兄ちゃんは 当分はゆっくりするって云ってたわ。
ラピスの情操教育もあるしね。戦いは避ける方向でゆくそうよ。
だからあの放送だって 見え見えだけど自分の事は隠そうってしてたでしょ。
すでに実働は終了して情報戦の段階に入ってるからって。後は状況の方が勝手に動いて屑供を淘汰するだろうから。
まぁ、養生もあるんだけどね。」

「アキトさんの身体はどうなんですか?」

「少しずつ快方に向かってるしユーチャリスにはアキト君用の医療器具を載せてあるから大丈夫よ。
心配していた一番の山場はこうして越えたし 後はのんびり出来るでしょうね。」

「一番の山場?」

「そう、過度期のせいか興奮し過ぎると脳溢血を起こすの。血液中のナノマシーン濃度が濃すぎるからよ。
このまま戦闘を続けていたら いつポックリって処までいってたの。
だけど、これも養生しながらナノマシーン除去治療を続けていれば3年もあれば安全値に戻るわ。
現在も五感は治りつつあったし、まぁ味覚はコックを出来る程は戻らないみたいだけどね。」

「・・・・そうですか・・・・」

「さて、星野ルリ。
ここで海兵隊を待っていられる時間は制限されているわ。
ターミナルコロニーが使えないから予定していた時間内で任務の引き継ぎは不可能でしょうね。
地球圏は大騒ぎ、ナデシコCの助けは是非にでも必要だわ。」

「・・・・猶予は・・・・」

「48時間・・・・・正しくは47時間と15分ね。
準備を考えると45時間以内に離脱の準備を完了させないとね。
システム掌握を解いた後の用意をしてから 最後のボゾンジャンプで地球圏に戻るしかないわ。」

「・・・・判りました・・・・」





















極冠遺跡周辺に着地していた火星の後継者艦隊に対してナデシコCから放送が開始される。
システムの掌握が続いているからメインスクリーンから艦内放送設備まで使い放題だ。
流されたのは録画したアキトの放送だ。

「嘘だぁっ! 草壁閣下がこのような非道な事をする筈が無いっ!」

放送の内容を否定する者は多い。
だが、これらの放送には証拠となる大量のデータまでもが添付されていた。
なによりも司令部から接収された演算ユニットには実際に女性が融合されていた事まで映像付きで流されている。
そして、無茶をした事で演算ユニットが死にかけている事まで流された。
リピート放送されてその内容が浸透するにつれ士気は急降下で下がって行く。
数回のリピートの後、ナデシコCからの制御で全艦艇のエンジンの火が落とされた。
メインの相転移エンジン。サブと非常用の核パルスエンジンも完全に停止する。
エネルギーの貯えの乏しい艦艇は たちまちの内に重力制御バランサーに割いていたエネルギーを失い横倒しになる。
艦体のヤワな母艦は着地の衝撃で軒並外殻に亀裂を生じさせメインモノコックが歪み 二度と飛べなくなった。
弾薬や燃料などの危険物を満載している輸送艦の類いが編制に加わっていなかったお陰で大惨事こそは起きなかったが それでも相応の被害は出た。艦内環境の維持に最後のエネルギーを廻していたお陰で 横倒しになる折りの衝撃で死者こそは出る事は無かったが 結構な数の怪我人が出る。
きっちりと着陸脚を出しての着陸ではなく ただの着地なのだから当然か。
グラビティブラストや大射程レーザー砲を持つ戦闘艦艇は サイズの大小に関わらず大容量のパワーバンクを持っている。
これらの艦艇は貯えたエネルギーを食い潰しながら暫くの間はバランスを保っていられるだろうが時間の問題だった。

「退艦用意っ!
医療品と食料と衣類を運び出せっ! 酸素ボンベは絶対に忘れるなっ!」

艦内重力制御が切れた状態で横転すれば軽く20Gを越える衝撃に襲われる。そして、通路すらまともに歩けなくなる。さらに生命維持装置が停まれば換気出来ずに酸欠で倒れる者が続出するだろう。人工ずくしの航宙艦の艦内環境とはそう云うものなのだ。
腐っても軍人だ。
日頃の訓練に従い迅速に退艦準備を始める。
ハッチが開かれて常備されている非常用のロープが地上へ垂らされる。
かろうじてシステム掌握を免れている作業車輌が発艦デッキのシャッターをこじ開ける。
クレーン車で食料や医薬品のコンテナーを地上に降ろす。降ろしたコンテナーは 先に降ろしておいた作業車輌で艦から離れた場所に運ぶのだ。マットが、シーツが、毛布がそのままハッチから放り出されて下に降りた者達が艦から離れた場所に運ぶ。

「持ち出せる限りの衣類やシートを外に放り出せっ! 野営用のサバイバルグッズもありったけ持ち出せ。燃料も忘れるな。ステルンクーゲル用の燃料なら野営に使える。フェリータンクに入れて運び出せ。」

やがて戦艦が、巡洋艦が、レーザー護衛艦が着底を始める。
僅か地上数十m。
普通ならば不時着で済ませられる高度である。
艦内でもそれなりの衝撃はあるだろうが、それでも応急修理を済ませれば再度浮上出来る筈だ。
しかしエネルギーを使い果し重力制御の揚力を失った巨体は轟音をあげて火星の大地にめり込んだ。
重力制御の恩恵が受けられない為に この程度の衝撃伝播でも照明は一斉に割れ砕け 艦内の機材が固定されているボルトを砕いて暴れ廻る。固定されていない物が銃弾もかくやと云うスピードで艦内を弾け飛び壁や天井にめり込む。
強固な艦体も数万トンの自重を支える事は出来ずに横転する。
各所の武装が火を噴く。
弾薬を装填された武装がへしゃげて誘爆を始めたのだ。
運の悪い艦は 次々と誘爆が起り砕け散ってゆく。
救いはエンジンの火が完全に落ちていたお陰で核爆発や相転移爆発が起きなかった事だ。
これが発生していたら退艦し避難した者達もたででは済まなかっただろう。
例え無事に済んだ艦でも 再起動用のエネルギーまでも完全に使い果していた。
核パルスエンジンは臨界出力に持って行くまでに数万キロワット単位の電力が長時間必要だし、相転移エンジンは起動時にエネルギーを馬鹿食いする。大規模施設からのエネルギー支援無しでは二度と飛び立つ事は適わない。
300隻を越える艦隊はこれで完全に潰えたのだ。
ナデシコCのシステム掌握を受けた時と同様に唖然とする火星の後継者達。
しかし彼等の苦難はまだ続く。
いかにテラフォーミングされているとはいえ火星の極冠地帯は夜間にはマイナス40度にもなる極寒地帯でもある。局地的に風速80mの強風も吹き荒れるし酸素含有度が低い致死性の大気が低地に巻く時がある。暖を採る事が出来ないと簡単に凍死してしまうし酸素ボンベも必要となるだろう。
短期決戦を想定していた火星の後継者は 司令部たるイワトにもそれなりの量の物資しか備蓄していなかった。
司令部要員と艦隊構成員、総勢6万人は苛酷な火星の自然を相手にサバイバル生活を余儀なくされたのだ。
地球圏に吹き荒れる嵐は激しく 捕縛の為に派遣されようとしていた海兵隊は留め置かれる事となった。彼等が火星に飛来したのは全てが治まった半年後だった。
疲れ切って逮捕された彼等を待っていたのは火星の後継者に対する世間の白眼視だった。
全ての士官は所属の如何に関わらず厳しく裁かれた後に軍籍を剥奪された。士官に従った兵士達も軍籍剥奪の上で投獄された。



















一般民衆にまで全ての裏情報が公開された結果として地球連合政府はリコールを喰らい解散に至った。
僅か3日で連合最高裁をリコール案が通ってしまったのは あらかじめネルガルが根回ししていたお陰でもある。
火星の後継者の魔の手から一旦は救いながらも ネルガルは彼等を社会的に葬った。
木連と云う連合以外の国家が成立している状態でこれまでのような無能かつ愚鈍な輩を権力の中枢においておく事は新たな紛争の火種になるからだ。
こう云う手段を採ったのは ネルガルを危険視する勢力にも納得させうる為に合法的な手段に拘ったからだ。
その際に 統合軍は政治家や官僚と手を組み非主流国と共にクーデターを熾すべく行動を開始した。
暴走気味の統合軍上層部は無理矢理にでも自陣営に引き込むべく陸戦隊を差し向けクリムゾン一族を捕縛するに至った。
その過程で統合軍に占拠されていた本社ビルのせいで クリムゾンはネットワークで繋がった全社規模の混乱に陥った。
だが、彼等の動きもそこまでだった。
末端が自由に動いてはくれないのだ。
一例を挙げれば 大の宇宙軍嫌いで知られるアズマ准将の部隊である。
アマテラスコロニーの失陥に雪辱戦を誓っていた彼は 剃りあげた頭に湯気をあげながら直卒の部隊を率いて衛星軌道上に展開していた。
そこに暴露放送である。
彼は 若き日に自らが鍛え育てた部下達を動乱において宇宙軍所属の戦艦の援護射撃で皆殺しにされ責任問題でも有耶無耶にされた過去を持つ。この事に恨みを抱き宇宙軍に根深い反感を抱いていたのだ。処が現在の統合軍上層部に その命令を発した者や揉み消し工作を行なった者達が居る事を知って激怒したのだった。
位置的には 展開を開始した宇宙軍艦艇への牽制と監視にちょうど良い位置に在り 統合軍上層部はただちに命令を発した・・・・がアズマ准将はこれを無視したのだった。
これによって単独ボゾンジャンプによって火星宙域から帰還したナデシコCが宇宙軍艦隊と合流する事を防ぐ事が出来なくなった。
ターミナルコロニーが作動不能に陥った事で 大量の遊兵を出した統合軍は迅速な戦力の集中が出来なくなった。
電子の妖精のシステム掌握と云う切り札を突き付けられた統合軍は サボタージュと部隊の離反で勢力を減衰させつつ宇宙軍艦隊と激突。
僅か一戦で空中分解に陥り組織的な反抗能力を失った。
各地に分散したまま取り残された統合軍は宇宙軍の確固撃破に遭って勢力を減らし やがて降伏した。





ナデシコCの独房に四六時中流されたニュースにより自らの悪行が全て公開された事を知った草壁春樹は覚悟を決めたかのように沈黙を続けた。やがて、ナデシコCの地球圏帰還により連合宇宙軍にその身柄を引き渡されたが 反草壁で高まる世論を知らされるにつけ悄然とするのだった。
ボゾンジャンプは火星の後継者の非道な実験の悪影響で稼働不能状態となり 木連までもが草壁を批判する。火星の後継者の兵士までもが草壁批判を口にして投降する。
決定打となったのは 草壁春樹の名が歴史に残る『悪』として近代の独裁者と同列に並べられた事だ。
世論が草壁春樹を新世紀のアドルフ・ヒトラーと揶揄し その名を悪の代名詞として吹聴するようになると 最低限の食事さえ拒むようになり 独房の天井を虚ろな眼で眺めるのみとなった。
叛乱軍の討伐が一区切りつき連合はそこそこに清廉でそこそこに有能な新政権の元で再出発が可能となった頃、草壁春樹は連合最高裁に出廷した。
点滴によって生かされているだけ。まさに骨と皮と云う姿になった草壁は それでも暴露放送が事実だった事を認めて謝罪した。しかし返って来たのは罵声だった。傍聴席にまで入り込んだ木連大戦の遺族が投げ付けたものだ。
毒を含んだ憎悪の声は草壁を打ち据えた。
最初の公判が終了するや倒れた草壁は そのまま二度と目覚める事は無かった。
彼の遺骨は木連に送られたが 親族はその受け取りを拒んだ。
この時に親族は『ゲキガンガーの絶対正義を信奉する木連を悪事に加担させた男を草壁家の墓に入れる事は耐えられない』と応えたと云う。
草壁春樹の遺骨は軍の横槍で無縁仏として処理される事すらも拒絶され 石油資源の無い木連のプラスチック材料精製用のバクテリアプラントに投棄され
糞尿と同様に扱われた。


ヤマサキ・ヨシオは その悪行を知った両親が『世間に申し訳がたたない』と遺言を残して自殺した事をニュースによって知ってから極度の情緒不安に陥った。
彼本人はいかに罵倒されようとも馬耳東風と受け流すだろうが 家族の事となると話は別のようだ。
そして兄夫婦が 彼がモルモットにして殺したA級ジャンパーの遺族達によって嬲り殺しに遭ったニュースを見て自殺を図った。
両の手首の動脈を噛み切り死のうとしたヤマサキであったが発見は早く命はとりとめるのだった。しかしその後も情緒不安定は続き 数度にわたり発作的な自殺を繰り返すし拘束具を着けられ身動き取れなくされた。
草壁春樹と同様に連合宇宙軍に身柄を引き渡されたヤマサキだが、その際に演算ユニットが稼働を停めた事を聞かされた。
研究の全てが無効化された事を知ったヤマサキは放心した状態で連行されるのだった。
科学者として心血注いだ研究をチャラにされた事が心理的な致命傷となったのだろうか?
その夜、彼は最後の自殺を図る。
ヤマサキの独房は扉に鉄格子が付いていた。
彼は狭い独房の端から僅か20センチ四方の鉄格子に全力で頭突きをかまして自殺しようとした。
拘束具で腕を固められた彼に出来るのはそれくらいだったのだろう。
差し渡し3mしか無い独房内で超人的な脚力を発揮して助走して 充分に体重の載った頭突きを鉄格子にかましたヤマサキは頭蓋骨を陥没させた。
ただちに治療が施されたが酷い障害が残った。
ペラペラと良く動いた舌は錆び付き、左半身は麻痺したまま元には戻らなかった。明晰な筈の頭脳も後遺症によってろくに廻らぬ状態だ。
そんな状態で車椅子に載せられ公判に出廷したヤマサキだが、行方不明の婚約者が人体実験によって殺されていた事を知った男が警備の隙を突いて肉薄。出刃庖丁で滅多突きにした。10ヵ所を刺し貫かれたヤマサキは恐怖と苦悶に貌を歪めて死んだ。
翌年、この男の裁判が行なわれたが 明確な殺意の元で行なわれた殺人であるにも関わらず執行猶予が付いた。


軍の降伏によって命長らえたクリムゾン一族は 法的には容疑者止りで拘束される事は無かった。しかし、この混乱の中で300兆ギャラントにも及ぶ隠匿財が消失していた事を知り愕然とした。
ヒサゴプランへの投資によって半減していたとは云え この額は超大国の国家予算に匹敵する。
ただの大企業ではメガインダストリーなどと大層な呼び名が付く筈も無い。数世代長年月をかけて溜め込んだ巨額の隠し財産が在ってこそ ただの企業では不可能な活動が出来るのだ。
これを失ったクリムゾンは もはやメガインダストリーの名に値しないのだ。
アキトの策の元、ラピスがクリムゾンの社内ネットワークに侵入させていたクラッキングプログラムが稼働した結果である。
このプログラムの稼働を初期段階で気付かれない為に クリムゾン本社を占拠させて混乱を演出する情報を流していたのだ。
巨額でありながら公に出来ない資金であり その喪失を知ったロバート・クリムゾンは憤死した。
この300兆ギャラントは数年後、連合最高裁を通して火星復興財団へ寄付されて世間を騒がせた。





これらは全てアキトの要請を受けたネルガルSSの仕業である。
暴露放送と同時に世界中でアジテーターを動かし世論を誘導したのだ。
その上で草壁春樹に その罪状に相応しい二つ名を与えたのだ。
勿論、獄中にあっても情勢が判るように看守にも話を通してある。
ヤマサキも同様だ。
彼の両親は厳格な性格の一般人であり火星の後継者の所業は赦せるものではなかった。ましてや、自分達の息子がその悪行を率先して行なったなどと知れば尚更である。
尤も、ヤマサキの裁判までは見届ける程度の理性は残っていただろう。だから、裏情報の暴露と同時に自殺してもらったのだ。
兄夫婦も ジャンパー因子を持たない為に放置されていたジャンパーの遺族にその動静を流していたのだ。
息子や娘がジャンパーであったとしても それ以外の親族までがそうと云う訳ではない。結構な数の遺族が暴露放送によって頭に血が登った状態に誘導されていた。
それを指し図したプロスペクターは ヤマサキの兄夫婦に詰め寄った約1000名の遺族が数発ずつ殴り付けていった挙げ句の嬲り殺しには背筋が寒くなったと後に語っている。
この私刑に参加した遺族全員が傷害罪で逮捕された。
しかし、ただ殴るだけのどの時点で被害者が死んだのかは不明だった。そして世間の情勢もあり 遂に殺人罪に問われる事は無かった。


テンカワ・アキトは復讐行の準備中にネルガルのシンクタンクの力を借りて草壁やヤマサキの心理構造を本人以上に詳しく分析していた。
ネルガル傘下の出版社からルポライターやジャーナリスト多数を調査員として木連に派遣して細かく調べあげたのだ。
敵の指導者や指揮官の精神分析は20世紀の第二次世界大戦で爆発的に発達した戦略研究分野だ。
戦術戦略の分野では正面装備の開発以上に重要な事とされていた程だ。
ここ数十年の連合軍は その分野を全く重要視していない。
これは肥大した連合軍に敵が居なくなったからであった。
木連に至っては鎖国状態を長く続けたお陰でそんな研究分野が在る事すら知らない。
お陰で 本来の目的を知らないジャーナリスト達による情報蒐集は大成功を納め 草壁の心理傾向はシンクタンクによって再構築された。
これによって火星の後継者の作戦動向は全て予想出来たと云っても過言ではない。


分析の結果はアキトからすれば不本意なものであった。
彼は 草壁が征服欲や妄想に駆られた独裁者であってほしかったらしい。そうすれば心おきなく嬲り殺しに出来るものを。
蒐集した情報から分析した限りでは 草壁春樹も木連男児の典型とも云えるゲキガンガー流の絶対正義の洗礼を受けた人間だったのだ。
他の木連軍人と違うのは 巨悪に勝利する為には『悪』にも手を染めねばならねばならないと覚悟を決めていた事だけだ。
木連大戦から火星の後継者まで。草壁は一環して『彼なりの正義』の為に動いていたのだ。
自省出来ない性癖故に その『正義』は歪んだ物だったが。
こんな人物をただ殺しただけでは復讐にはならない。下手をすれば自身の正義に酔う殉教者になりかねない。
アキトは草壁春樹と云う人物が最も嫌い怖れる方法を採る事にした。
それが『巨悪』として歴史にその名を刻まれる罪人のレッテルを押す事だったのだ。
ヤマサキも同様だ。
彼の場合は地球出身なので情報蒐集はさらに簡単だった。
両親に対する深い敬愛。清廉な兄に対する敬愛と それと比較した自身の性向から来るコンプレックス。家族が彼のウィークポイントである事は簡単に判明した。そこに優れた科学者に特有の 研究成果に対する深い愛着をブレンドすれば最も効果的な復讐の手段が弾き出される訳だ。
木連の名家である草壁家の私兵である北辰に関しては単純に殺せば済む。
テンカワ・アキトは、残る二人の復讐相手に直接の死を与えるよりも遥かに辛辣な復讐を用意した訳だ。





総選挙によってそれなりに清廉で有能な政治家が議会を占め 統合軍は新政権によって完全解体される事となった。
解体には木連も絡み難航が予想されたが 暴露放送に打ちのめされた木連はその決定をそのまま受けて人員を引き上げている。
そうして政治的にも軍事的にも落ち着いた頃、ネルガルから対電子戦用の電子機器が販売開始された。
このデバイスの普及により『電子の妖精』のシステム掌握は一回限りの戦法として識される事となる。
後にルリがアカツキから知らされたが 彼女を危険視する勢力に対する牽制としてのデバイス販売だった。
ナデシコCのハッキングデバイスは 大戦時のナデシコのアクシデントがヒントとなっている。ユニットと本体の装甲の隙間から艦内に入り込んだ無人兵器がハッキングを行ない発生した記憶マージャンを発想の起点としている。
現代の電子装置の大本の規格は 地球の物も木連の物もその分野が飛躍的に発達した20世紀の影響を数多く残している。同時に当時の各メーカー間の規格の鍔迫り合いで生まれた矛盾も内包したままだ。記憶マージャンで それが偶然に発見された訳だ。この矛盾を突く事であらゆる電子装置にアクセスするのがハッキングデバイスだ。
すなわち、現行のあらゆる電子装置は 規模こそは星野ルリとナデシコCのコンビには劣るがハッキングとシステム掌握を受ける可能性を持っている訳だ。
その為に民生用から軍事用、公共設備用に至るまで。システム掌握に代表される新時代の電子戦にも対処可能な電子機器に交換される事になった。そのシェアは天文学的な規模に及ぶ。
地球圏と木連の全ての電子装備の刷新でネルガルは木連大戦時に倍する利益を数年に亘ってあげ続けて 凋落のクリムゾンにとどめを刺してメガインダストリー群のトップに立った。




















ミスマル・コウイチロウは 結局はユリカを人形にしておく事に耐えられず安楽死を与えた。
愛娘の二度目の死は彼を酷く打ちのめしたが その際の泣き落としで遂に念願のルリとの同居を果して一応の安定を見た。
停止した演算ユニットは再び稼働する事は無く 人類からボゾンジャンプは永遠に失われたのだった。
これに対してアカツキは

「人類にはボゾンジャンプは過ぎたものだったのさ」

と言った。
大戦における機動戦艦ナデシコの叛逆の時と同様にイネスのやった事を容認していたのかも知れない。
本人は

「ドクターを傷つけるとテンカワ君が怖いからね。」

と云って笑っていたが。
姿を消したテンカワ・アキトを星野ルリは探し続けた。
だが、宇宙は広い。
戦闘行動を慎み潜伏する場合には限定された宙域だけをいくら調べても埒はあかない。
アカツキ・ナガレはルリに アキトが復讐行の合間に大量の生活物資をいずこかへ持ち出している事を教えた。
これは彼が人類文明圏へ近付く事無く隠棲する事を意味している。

「まぁ、3〜4年は隠れて暮らせる分は持って行ってるからね。
ルリ君は その間にもっと良い女になって帰って来たテンカワ君を篭絡出来るようになっていないとね♪」

彼なりの励まし方でアカツキは言ったものだ。
落胆したルリを影に日向に支えたのは高杉サブロウタだったが それ以上に彼女を奮起させたのはイネス・フレサンジュだった。

「もぉ私はお兄ちゃんを諦めたりしないわ。
帰って来たら絶対に落してやるんだから。」

イネスの宣言にエリナまでが顔色を変えたのを見て 

「いつまでも少女ではいられないんですね。」 

と応えた。
これらの励ましに加えて 17の齢を迎えてから急速に背が伸び始めた事から自身を磨く事を意識しだしたのは良い傾向だと周囲を安堵させた。小柄な上に子供子供した容姿が年齢相応に成長してゆく過程でハーリーなどはさらに熱をあげ アララギ艦隊の電子の妖精ファンクラブの面々は喝采をあげた。
尤も、バストの成長だけは遂に彼女の想う通りにはならなかったが。
しかし、物資を使い果たした頃になってもアキトが帰って来る事は無かった。
ここまできてネルガルもアキトの捜索に協力するようになったが結局は見つからなかった。
『電子の妖精』星野ルリが『ザ・プリンス・オブ・ダークネス』テンカワ・アキトと邂逅する事は二度とは無かったのだ。
そして2211年、ルリは高杉サブロウタと結婚してミスマル家を継いだ。











続く

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ちょ〜じんは『機動戦艦ナデシコ』と云うアニメを観ていません。
レンタルビデオで借りてきましたが映画版と本編6話まで観て 後は観るのをやめました。
アニメとしては3流の作品。
それがちょ〜じんの『ナデシコ』に対する評価です。
ナデシコはテレビ本編よりも絶対にファンフィクション小説の方が面白い、と。
んなもんで、ちょ〜じんもそんなナデシコ小説を描きたくなりました。
どこまで続けられるか判りませんが どうぞ見捨てずに応援をよろしくぅ♪