Cafe de SIMONS
Sting / ...all this timeの誤解
 「全ての人に捧げるスティングの想い...ベスト盤と称せるスティングの集大成!。全ての曲の構成、編曲を組み直し、数々のヒットナンバーに新たなる息吹を送り込んだ最高傑作 !!」。これがこのアルバムに付けられたキャッチ・コピーです。そりゃ大好きなStingの新作なのだから興味はあるけれど、こんなコピーを見せられて、正直「????」でありました。そしていきなり一見?ゴージャスなサウンドに「おぉ〜い、ホテルのディナーショーかい!」と感じました。アコースティックなサウンドを上手く取り入れていた近年の彼のサウンドから、このようなテイストに流れていくことには違和感はありませんが、それをしてこのコピーのように「新たな解釈」だとか言われても何のこっちゃという感じです。しかも全体にめちゃくちゃ雰囲気が重たい...一抹のひっかかりを持ちつつも、このアルバムを年間ベスト・ワンにあげるなんて気が狂ったのかと正直思いました。
 アルバム・リリースから数ヶ月して、このアルバムのオリジナル+メイキングの日本盤DVDが発売されました。このアルバムのパッケージに貼られた紹介シールには「すでに歴史の1ページと称され世界規模で話題沸騰中の2001年9月11日にイタリアで....」とあり、これまた「??」状態に陥った私。この日はアメリカで同時多発テロが起こった日。まさかこの事件のことを指して「話題沸騰中」だなんて実に不謹慎な表現です。ところがそのまさかだったのです。ビデオを見て驚きました。偶然とはいえ、同日にイタリアでプライベート・コンサートを企画していたStimg。確かに「今までの自分の曲を再構成して...」とはSting自身の言葉としてこのビデオで紹介されていました。しかし彼の意図はそんなところにあるのではなく、自分のキャリアを改めて見つめ直し、50を過ぎるかつてのパンク野郎がこれからの音楽性を再構築していきたいというところにあるのは明白です。そしてライブ奇しくも当日にあの歴史的事件が起きました。ライブそのものの中止も検討され、メンバー同士で話し合いがもたれました。その様子もメイキングとして収められていました。そのミーティングは確かに重苦しい雰囲気に包まれていました。「ここでライブを中止したら、それこそテロリストの思う壺だ」との一言で開催決行が決断されます。それでも予定されていた曲の大幅な変更は余儀なくされます。そんな背景があっての1曲目の<Fragile>。この曲は87年に作られた暴力行為の儚さ空しさを歌った曲です。著作権を意識しつつもその歌詞の一部を引用してみます。

  生身のからだ鋼の刃が突き刺さり 流された血が夕陽に染まって乾いて行く時
  明日にでも雨が降れば血痕は洗い流される
  だけどぼくらの心を襲ったものは いつまでも消え去りはしない

  ことによるとこの最終手段は 暴力は何の解決にもならず
  恐れる星の下に生まれた者たちはなす術がないという
  一生かけてこの主張をねじ伏せるものだったのかも知れない
  人というものがこんなに危いとぼくらに思い知らせようと
  (中略)
  人というものがどれほど危い存在か
  僕らがどれほど儚い存在か
  人がどれほど弱いか 僕らがどれほど儚いか...

 何ということでしょうか。あの同時多発テロに対して、これほど相応しいメッセージはありません。さらにその後に続く米国政府の報復攻撃をも含めた、暴力破壊行為の無意味さをも憂いているかの内容にとれたりもします。こんなライブの模様を収録したアルバムなのだから、それはSting入魂の作品であることは間違いありません。ところが、こんなStingの思いはこのキャッチ・コピーからは微塵も感じとれません。DVDのコピーにしても「話題沸騰中」だなんて不謹慎極まりない表現です。下手すぎです。そんなところを補ってくれるのが雑誌などでの紹介文なんだろうけれど、私が目にしたものは、多分そのような内容があったのかもしれませんが、いずれも私には伝わらなかったです。What's Newの「Sound Lile」のコンテンツを書いた時点ではこのDVDは発売になっていなかったので、当然そんな背景を知らずに書いていました。仮に知っていたとしても、年間ベストアルバムとして評することはありませんが、それでもStingの充実の活動を記録した1枚として「特別賞」くらいには挙げたかもしれませんけどね...(^^;;)。
 いずれにせよ、この『...all this time』というアルバムは、単なるゴージャス・ライブを収めたものだけではないということは分かりました。メガ・キャパシティでのスタジアム・コンサートでは決して再現できないこれからのSting の音楽活動は、自身の真面目に見つめ上質で硬派なサウンド・スタイルを追い求めるものとして、これからも聞いていきたいと思うようになりました。ここだけは前言を謹んで訂正させていただきます。危く美味しい音楽を聴かずに捨て去るところでした。危ない危ない(^^;;)。


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