パニス、52周目に大クラッシュ!
両足骨折で今季の復帰は絶望的
今年のカナダGPに何が起こったのか?
悲劇は52周目に訪れた。現在ドライバーズ・ランキングで3位につけ、デ ビュー以来最高の走りを見せていたプロストGPのオリビエ・パニスが、計測ポ イントのある第2シケイン手前でマシンのコントロールを失いタイヤバリアに激 突。自力ではクルマから出られず、マーシャルに抱えられて救急車に担ぎ込まれ たパニスは、その後ヘリコプターでモントリオール市内の病院に搬送される。そ こでのレントゲン診断の結果、両足骨折が判明。金属プレートとボルトで骨を固 定する手術がすぐに施された。
決勝翌日に行われた医師団の会見によると、パニスは歩けるようになるまで 6〜12週間、レース復帰は早くとも今秋になるという。特に右足がひどく、頚 骨、腓骨ともに事故当時はまっぷたつに切断された状態であった。現地ではF1 引退の噂も流れはじめている。
今季に入って著しい活躍を見せるパニスに何が起こったのか。また、これは プロストGPとパニスのみに起きうる事故であったのか。F1界全体が94年の ように危険な状況へと変化してしまったのだろうか。それらをこれから考えてい くことにしよう。
まずは事故までのパニスのレースを振り返ってみることにする。10番手か らスタートしたパニスは、オープニングラップの1コーナーでハッキネンのリア に追突。フロントウイング交換のピットストップを強いられる。ここで最下位ま で転落してしまうが、その後は順調にポジションを回復し、40周をすぎた時点 でポイント圏内直前の7位まで追い上げた。周回遅れにされてしまった彼がM・ シューマッハーを抜き返すなど、パニスの後半の速さが今回も見られるような予 感さえあった。だが運命の52周目、悲惨なクラッシュによってパニスのカナダ GPは幕を閉じる。レース終了後に明らかとなった事実は、スタート直後に誰か との接触によってマシンのリアにダメージを受けていたこと、43周目に第1シ ケインの出口で右リアタイヤをウォールにあてていたことだ。これらによってク ルマが何らかのトラブルを抱えていたことは容易に想像できる。クラッシュの時 にリアホイールがロックしたように見えたのも、これらが原因であろう。しかし ながら、広い視野から考えればパニスとプロストGPのみに起こりうるような種 類の事故ではないと言えるのではないだろうか。
このアクシデントについて原因を考えていくと、今年のF1のスピードアッ プにつきあたるのである。レースのアベレージスピードが上昇すれば、クルマの 各パーツに与える負担は大きくなる。そして、そのスピードアップを促している のはGYとBSのタイヤ戦争だ。しかもこの二社が、最近になって耐久性よりも スピードを追求した設計のタイヤを投入してきた。結果、カナダGPの決勝は気 温20度、路面温度25度という比較的涼しいコンディションで行われながらも 、ほとんどのドライバーがタイヤのブリスターに苦しみ、優勝したシューマッハ ーはタイヤ交換のために3回もピットに滑り込んだ。十数周走っただけで、タイ ヤが使いものにならなくなる。これはきわめて異常な状況だ。パニスの事故でレ ースが短縮されなければ、おそらくもう一回のタイヤ交換が必要になったことだ ろう。
では、なぜタイヤメーカーが耐久性を犠牲にしてまでスピードアップに力を 入れるのだろうか。それは今年のレギュレーションに答えを見つけることができ る。これまでもレポートのなかで触れてきたが、今年から土日、つまり予選と決 勝を同じコンパウンドのタイヤで臨まなければならない。予選のタイムを重視す ればするほど決勝での耐久性を低下させることになる。これまでレースが行われ てきたコースと同様に、モントリオールでも予選でシューマッハーが叩きだした ポールタイムは去年のそれより3秒も速かった。しかしそのタイヤが決勝を大混 乱に陥れる原因にもなった。つまり、タイヤの開発は現在過渡期にあり、ハイグ リップと耐久性が二律背反してひじょうにアンバランスな状況を作りだしている のである。だからこの事故は、誰にでも起こりうると言えるのだ。
パニスの事故について最後に「ジル・ビルヌーブ・サーキット」というコー スにスポットライトをあててみたい。パニスが激突した地点は約240キロのス ピードで走り抜けていく。それだけスピードのでるコーナーで、コースアウトし たクルマを減速させるためのグラベルゾーンがまったく無いのは大きな問題点だ 。そして、それに拍車をかけたのがタイヤバリアである。衝撃吸収材として一見 安全に見えるタイヤバリアだが、当たる角度によっては危険性を増す原因になっ てしまう。ここで仮説を一つたててみよう。パニスのクラッシュポイントがタイ ヤバリアでなく、コンクリートウォールだったらパニスのダメージを軽減できた のではないだろうか。コースに沿ったなめらかなコンクリートウォールならば、 マシンの力をコースの先へ逃がすことができたと考えることができる。インディ のオーバルコース、ストリートサーキットで用いられているアイデアだ。ノーズ コーンが割れ、脚部の安全確保ができなかったのも、タイヤバリアによって異質 の加重がかかってしまったためと推測する。普通のクラッシュで、近年の厳格な クラッシュテストに合格したF1マシンが、そう簡単に潰れるとは考えにくい。
過去にはハーバートの例があるように、足の骨折から完全復活を遂げるのは 難しいと言わざるをえない。だが、パニスにはあきらめてほしくない。今年、あ れだけのポテンシャルを我々に見せつけてくれたのだから。がんばれ、パニス! !
シューマッハー、今季2勝目!!
「運」も味方につけて
ポイントリーダーに返り咲く
シューマッハーとフェラーリのタイトル挑戦が、いよいよ現実味を帯びてき た。最大のライバル、ビルヌーブがリタイヤに終わったのに対し、シューマッハ ーは運までも味方につけてモナコに続く今季2勝目を敵地で飾ったのである。ス ペインでビルヌーブに奪われたポイントリーダーの座も取り返し、逆に7点の差 をつけた。一方コンストラクターズではシューマッハーの活躍によってフェラー リの首位が保たれ、こちらは2位のウィリアムズに8点差をつけている。
カナダでのシューマッハーとフェラーリは、金曜の走り出しから好調だった 。午前のフリー走行ではビルヌーブに次ぐ2番手。午後はアタックせず、午前の タイムがベストラップとなって初日は総合9番手。ここでシューマッハーは「マ シン特性とサーキットがここでは合っているから、今回はフェラーリにもチャン スがある。」とのコメントを残した。この言葉通り、翌日はビルヌーブを応援し にきた観衆を沈黙させることになる。
土曜日、予選前のフリーでシューマッハーは前日の21秒台から一気に3秒 もタイムを短縮してトップに立つ。モナコと同様にウィリアムズ勢との熾烈な戦 いが予想される予選となった。今年は常にビルヌーブが先手必勝でセッションを リードしてきたが、カナダではシューマッハーがそれを実行したのだ。はじめに トップに立った後、クルサードがシューマッハーのタイムを破るが、すかさずア タックに出てトップを取り返す。その次は満を持してトップに立ったビルヌーブ を、赤旗中断後の残り1分で抜き返し、今季初のポールポジションを決定づけた 。ポール獲得の会見ではフェラーリの大幅なマシン改良に触れ、レースセッティ ングにも自信をうかがわせている。
すべての流れがシューマッハーに傾いているように思われた。完璧なスター トを決め、2周目にはビルヌーブが最終コーナーで姿を消した。片山のクラッシ ュによってセーフティーカーがコースインした後も、2位以下を引き離すことに 成功。誰もがシューマッハー独走の気配を感じていた。しかし、27周目のルー ティーンストップを終えた後、シューマッハーに誤算が生じる。1ストップ作戦 を選んでいたクルサードのペースが予想以上に速く、対してシューマッハーの2 セット目のタイヤはすぐにブリスターが発生して使い物にならなかったのである 。レースの折り返し地点をすぎた39周目にようやくクルサードがピットイン。 これによってシューマッハーはかろうじてトップに再浮上する。ところがタイヤ を替えて16周しか走っていないにもかかわらず、43周目、早くも2回目のピ ットストップにシューマッハーが滑り込んだ。再度タイヤを替えた後もシューマ ッハーのペースは上がらず、クルサードが独走態勢を築く。このままレースも終 わりを迎えようとした50周目、タイヤ交換をしたばかりのシューマッハーが、 なんと3回目のピットイン。ブリスターによってタイヤ交換を強いられる。これ でシューマッハーの勝利は絶望的に思われた。とその時、クルサードが決定的な ミスを犯したのである。
今年のカナダは荒れに荒れ、クルサードがピットで立ち往生している間にパ ニスがクラッシュ。2度目のセーフティーカーがコースに入り、そのままレース が終了した。ビルヌーブがリタイアしたときに勝てたシューマッハーだが、そこ に喜びはなく、パニスに対する心配とタイヤに対する怒りがあった。何とも後味 の悪いカナダGPであったが、シューマッハーとフェラーリにとっては、ポイン ト争いを考えた上で最良の結果だったと言ってよいだろう。そしてこれからビル ヌーブとウィリアムズの巻き返しが当然予想されるが、こつこつポイントを稼ぐ シューマッハーは、彼らを翻弄することだろう。かつてのプロストのように、シ ーズン全体を見越したチャンピオンドライバーとしてのタイトル争いを、シュー マッハーが見せてくれるのでは、と感じさせられた。
天国から地獄へ
勝ちレースを逃したクルサード
開幕戦でマクラーレンに50戦ぶりの勝利をもたらしたクルサードだが、そ れからは苦戦が続いていた。ブラジル以降、クルサードが獲得したポイントはス ペインのたった1点のみである。今年のマクラーレンMP4/12は、予想通り コースレイアウトの選り好みが激しいクルマだったのだ。しかし、コース特性が クルマとピッタリ合ったとき、優勝争いさえ可能だということを、カナダGPの クルサードは証明することができた。
今回、我々を最も驚かせたのは、クルサードがトップと変わらないペースを 維持しながら1セット目のタイヤをレース半ばまでもたせたことだ。燃料が軽く なるにつれて、ラップタイムもじょじょに上昇していくというレースのセオリー を彼だけが実行できた。序盤は前のアレジに詰まっていたこともあり、タイヤを 温存していたのだろう。そして前が開けたとたん、ファステストラップを連発し たのである。オーストラリアGPを彷彿させるクルサードのレース運びだった。
ところが2セット目のタイヤは他のチームと同様、すぐにブリスターが発生 することとなる。後ろから2ストップ作戦を選んでいたシューマッハーが追い上 げてくる以上、タイヤ交換のロスは許されない。だが50周目、そのシューマッ ハーが予定外のタイヤ交換をするためにピットに入ったのである。結果的にはこ れがクルサードの確実視されていた勝利にゆさぶりをかけた。シューマッハーの 動向を見てマクラーレンが動いたのだ。直後の51周目にクルサードもタイヤ交 換ためにピットイン。この時点でトップのクルサードと2位シューマッハーには 30秒以上の差があった。タイヤ交換に10秒かけても余裕でトップを維持する ことができただろう。だが、ここでクルサードに焦りがでてしまった。タイヤ交 換を終えてジャッキをおろした瞬間、まさかのエンジンストール。無論再スター トを試みるが、死んだエンジンはなかなか生き返らない。優勝はもちろん、入賞 さえもはじけ飛んでしまった。
ピットストップは常にリスクを伴うものだ。しかしながら、なぜあの場面で クルサードは乱暴にクラッチをつなごうとしたのか。2位との差を正確に伝えら れていなかったのだろうか。勝つことに慣れていないのがミスの原因なのか。
どうあがいても過去を取り戻すことはできない。この大失敗が糧となり、今 後、クルサードが飛躍するのを期待するばかりである。
ハーバート、2戦連続5位入賞!
好調ザウバーのナゾを探る
今年のハーバートは元気がいい。アルゼンチンとスペインで入賞という結果 を残しているが、カナダでも予選13番手から追い上げ、ピットレーンスピード 違反のペナルティを受けながらも5位、2ポイントを獲得した。これでハーバー トのポイントは計7点。昨年は全16戦で4ポイントしか挙げられなかった彼だ が、今年になって何が変わったのか。
シーズンオフを振り返ってみると、ザウバーは全チームの中で最後にニュー マシンの発表を行った。使用するエンジン、タイヤもなかなか決まらず、ほとん どぶっつけ本番という形で開幕戦を迎えなければならなかったのだ。ところがハ ーバートはその開幕戦で、決勝を除くすべてのセッションにおいてトップ10入 りを果たした。それどころか決勝前のウォームアップでウィリアムズ勢に続く3 番手のタイムをマークしたのである。フロックかと思われた開幕戦の好走だった が、ブラジルでもウォームアップで4位につけた。アルゼンチンではハッキネン を押さえて4位入賞。比較的コースレイアウトに左右されない安定した走りをこ れまでの7戦でハーバートは見せた。
ハード面では、エンジンが好走の理由になっているのは間違いない。パワー こそルノーやメルセデスにはかなわないものの、平均以上の性能を持ち、何より も高い信頼性を誇っている。しかし、それ以上にハーバートの好走を生みだして いる鍵となるのは、ナチュラルな反応を示すシャーシなのだ。ハーバート曰く「 エアロダイナミクスがすごく良くて走らせやすい」クルマなのである。フレンツ ェンが抜け、ハーバートにナンバーワンの地位が確立されたのも、今年のマシン がハーバート好みになった理由の一つだろうか。
話をカナダGPに戻すと、ピットレーンのスピード違反さえなければ、本人 も言うとおりもっと上のポジションを狙えたかもしれない。なぜなら、ハーバー トもクルサードと同様、1回のピットストップでレースを組み立てていたからで ある。しかもグッドイヤー勢の中ではタイヤの減りが少ない方だった。ちなみに 悔やまれるスピード違反は、スピードリミッターのスイッチが勝手に切れてしま うというトラブルのためである。
ハーバートとザウバーは、緩やかながら確実に上昇曲線を描いている。特に ハーバートはナンバーワンとしてすばらしい働きを見せている。これまでシュー マッハーやフレンツェンの影に隠れがちだったハーバートだけに、“天才”言わ れてデビューした89年の走りを我々に思い出させてほしい。
中野信治、F1初入賞!!!
夏のヨーロッパ連戦に向けて好発進
中野がカナダで待望の初ポイントを獲得した。日本人ドライバーでは中嶋悟 、鈴木亜久里、片山右京に次いで4人目となり、95年の鈴木以来、日本人とし て実に2年ぶりの入賞を果たしたのである。
中野に関しては当初からいろいろな意見、批判があった。オーストラリア、 ブラジルは完走したものの、ここ4戦はリタイヤ続き。チームメイトのパニスが 最高の結果を残していただけに、中野は微妙な立場におかれていった。ドライバ ー交替の噂がつきまとい、精神的にもかなり辛かったことだろう。そして運命の 悪戯と言うべきか、チームメイトのクラッシュによって、ついに形として残る結 果を生みだしたのである。すなわちポイント獲得だ。
パニスの今季欠場が明らかとなった今、プロストGPにおける中野の扱いは 間違いなく良い方向へ向かうだろう。しかし、ここであえて厳しいことを言わせ てもらえば、これからが中野の真価を問われる時期になる。新しいチームメイト に対し、決して後れをとってはならない。少なくとも中野の方がプロストのマシ ンを長くドライブしているのだから、チームメイトに後れをとったときの言い訳 がきかなくなる。幸運にもフランスから中野の走ったことのあるコースが続く。 フランスGPはプロストにとって最重点レースとなるだろうから、ここでぜひポ イントを挙げてほしい。フランスGPでのポイント獲得は、中野の未来を大きく 変えることになる可能性がある。
中嶋に次いで2番目に早くポイントを獲得した日本人、中野信治から目が離 せない。成長の瞬間をしっかりと見ていこうではないか。
POS. | DRIVER | CAR | TIRE | TOTAL TIME | LAP |
Winner | 5 M.シューマッハー | フェラーリ | GY | 1:17'40.646 | 54 |
2位 | 7 J.アレジ | ベネトン | GY | 1:17'43.211 | 54 |
3位 | 12 G.フィジケラ | ジョーダン | GY | 1:17'43.865 | 54 |
4位 | 4 H.フレンツェン | ウィリアムズ | GY | 1:17'44.414 | 54 |
5位 | 16 J.ハーバート | ザウバー | GY | 1:17'45.362 | 54 |
6位 | 15 中野 信治 | プロスト | BS | 1:18'17.347 | 54 |
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−フランスGP− 6月27〜29日
正直に言うと、ここには「パニスの活躍に期待する」と書くつもりだった。 これまでの流れを考えれば当然だろう。しかし、そのパニスはフランスGPにい ない。
無論注目はプロストGPだ。マニクールはプロストのホームコースであり、 どのチームよりもコースデータを持っているはずである。現時点では中野のチー ムメイトに誰が選ばれるのか定かではないが、プロストGPの一挙手一投足に世 界中が注目するだろう。中野はこれまでで最大のチャンスを迎えることになる。
そして気になるところはシューマッハーとビルヌーブの走りだ。モナコのと きも同じようなことを書いたが、もしもビルヌーブがシューマッハーに負けるよ うなことがあれば、チャンピオンシップでこのままズルズルと後退する可能性も でてくる。コース的にはややフェラーリ不利か。1コーナー先の長い右回りの高 速コーナーをシューマッハーとフェラーリがどうやって攻略していくのか、とて も興味深いポイントだ。対してビルヌーブは母国での屈辱的なリタイアを振りき るために必勝態勢でマニクールに臨むであろう。カナダGPあとのテストでも念 入りなセッティングチェックを行っている。
プロスト以外にフランスと言って忘れてならないのは、好調アレジと今年で F1から手を引くルノー、そのライバルであるプジョーだ。去年はルノーが1ー 2ー3ー4フィニッシュをフランスで飾った。2年連続で偉業を達成することが できるか。プジョーは来年のオールフレンチに向けて国民の前で印象的な走りを したい。アレジはここにきて3位、2位と一つづつ順位を上げている。母国での 優勝に闘志を燃やすことだろう。
多くの想いが入り交じるフランスで、銀色のモエを口にするのは誰なのか. ..。