楽園のもうひとつの姿〜滞在型観光の影で

山中速人

 「ハワイに住む」というようなタイトルのガイドブックがいくつか出版されているらしい。よく読んでみると、たいがいワイキキのコンド(コンドミニアム=日本で言うところのマンション)を一ヶ月程度レンタルしてひと夏を過ごそうという話である。

 たしかにワイキキには、そういった中長期滞在者向けのコンパクトなコンドが多い。ワイキキ海岸通りではなく、一筋北に入ったクヒオ通りやアラワイ運河沿いにこの手のコンドーは林立している。80年代の終わり、日本がまだバブル景気に沸いていた頃、この手のコンドを巡って激しい不動産投機が起こり、1ベッドルームやスタジオ程度の物件がワイキキというだけで数千万円もしたこともあった。もちろん、そんな物件を買うのは日本人であった。しかし、実際に休暇をそこで過ごすというのではなく、観光会社を兼ねた不動産業者に管理を任せれば、宿泊用として貸し出して10年もすれば元が取れますよ、といった甘い話になっていた。ワイキキ以外では、これにゴルフ場の会員権がセットで付いていることが一般的だった。当時、この手のコンドミニアムの建設計画がいったいハワイ全体でいくらあったことだろう。

 しかし、それも今では、強者どもが夢の跡。罪作りなディベロッパーが地上げした土地は、現在、そのままペンペン草ならぬ、熱帯の帰化植物に覆われている。たとえば、ワイキキに隣接するオアフ島きっての繁華街であるケアモク通りに面した土地は、裸地のまま放置され、ホノルル市民の顰蹙をかっている。

 「ハワイに住む」というのは、ハワイ観光の究極の形であろう。誰しも、たった数日の滞在ではなく、この美しいポリネシアの島に住むことを夢見ても不思議ではなかろう。しかし、それが不動産業者によって市場に供給されるという現実的な姿をとった途端、夢もロマンもない醜悪な投機熱に姿を変えてしまうのは悲しい。

 実際にハワイに住むということは、かつてこの島に太平洋の楽園を見たヨーロッパ人たちの考えたような呑気な話ではない。ハワイはアメリカでアラスカに並んで住宅費と物価の高い州である。この島に住むと言うだけで、大変なお金が必要なのである。

 住宅費を高騰させている原因はいくつかある。まず、リゾート開発などの投資目的の土地利用が常にハワイの土地価格を押し上げる。それ以外にも、ハワイ第2の巨大産業である軍が関係している。米軍はハワイ在住の軍人家族に住宅賃貸費用の半額を住宅手当として負担している。この手当分を見越して不動産業者は賃貸価格を高めに設定する。

 そんなこんなでハワイの住宅は、そこで暮らす一般市民たちにとって、一生掛かっても手にいれることが難しい高嶺の花となっている。「ハワイに住む」という観光のあり方をロマンチックに語りたいのはやまやまなれど、現実を知っている私としては、ついついこんな話をしてしまう。

 この住宅難の最大の犠牲者は、何といってもポリネシア系先住民ハワイ人である。1893年の白人クーデターによって国家と土地の権利を奪われて以来、ハワイ人はハワイでもっとも貧しい人々として暮らすことを余儀なくされてきた。ハワイ人に対しては、アメリカインディアンに認められているような居留地の権利も認められていない。居留地の代わりとして、先住民のために州が優先的に住宅を供給することになっているが、不十分な予算のため供給数も少なく、質も劣悪で、また、ハワイ人の血が2分の1以上の者でないと入居権がないため、現住している親の一方がハワイ人以外の民族だと、彼らの子どもは自動的に親の住宅を受け継ぐことができなくなってしまう。

 ハワイ人の家族にとって、住宅の確保は本当に深刻な問題である。移民と異なり、ハワイ人にとってはハワイこそ故郷であり、他に帰るところはない。勢い彼らが住む土地は、都市から離れた辺鄙な田舎ということになり、それも、10人を超える複数の家族が狭い一軒の家に住むというようなこともまれではない。

 私が、10年来調査対象地としているオアフ島西北部ワイアナエの町もそんなハワイ人が住む町の一つである。一見のどかな田舎の風貌を見せるこの町だが、住民の持ち家率は低く、多くは2時間かけてホノルルに通勤し、低賃金の非熟練労働に従事している。低い所得と不安定な雇用のため家庭崩壊も多く、ドラッグが密かに蔓延している。

 しかし、そんなワイアナエも、海浜部は金網で囲われて威勢を誇る豪華なリゾートがいくつも占拠している。そこでは、豊かな観光客と貧しい住民とのコントラストがあまりにも鮮やかだ。そして、そんなリゾートにやってきて「滞在型」レジャーをお楽しみになるのが、アメリカ本土からの白人、ついで日本人観光客なのである。彼らは金網の向こう側を知らないし、興味もないだろう。ただ、ガイドブックなどで、「この周辺の住民は貧しいから、モノを取られないように注意して」といったこわい話を聞きかじるだけなのであろう。

 こんな高級リゾートがどんどん増えれば、ハワイ人の住み家がなくなっていく。このままでは、ハワイからハワイ人がいなくなってしまうと真剣に危惧した時期もあった。私が友人たちとともにタロイモ基金というNGOを設立して、先住民の村興しを微力ながら応援するようになったのも、その危惧のためであった。しかし、昨今、状況は少し変わってきた。

 一つはバブル経済の沈静化と未曾有の不況の到来によって、日本の開発業者の勢いがすっかり萎えてしまったことがある。土地の価格は、とりあえず今は安定している。それに加えて、先住民族の権利運動の高揚が政治的に新たな状況を出現させ始めたのである。その結果、クリントンを大統領とするアメリカ政府はハワイ先住民に100年前の併合が不正義なものであったことを正式に謝罪し、土地をはじめとしてハワイ人の先住権を基本的に認めることに合意したのである。それ以来、ハワイでは、土地問題を考える際、先住権に対する考慮がつねに必要とされるようになった。

 たとえば、一例を挙げれば、ホノルル空港の土地には、先住権が認められる土地が含まれている。いずれ空港を利用する航空会社は、先住権に対して何らかの対価を要求されるかもしれない。現に、98年の夏、地元のメディアをにぎわせた話題は、先住権が認められたハワイ大学構内の土地を大学が使用する対価として、先住民族出身学生に対して特別の入学枠を設けよと言う主張に対する賛否の議論であった。ハワイは、今後ハワイ人の先住権を巡ってさまざまな問題の解決を迫られるはずである。

 さて、袖触れあうも他生の縁。ワイキキのコンドで気ままな休暇を過ごす日本人のみなさんも、土地を巡るハワイのこのようなシリアスな現状について、少しくは知っておいていただきたいのである。それは、「住む」という観光の形が先住民族の犠牲の上に成り立っているということの一抹の責任を多少自覚していただくためにも必要なのではなかろうか。