書評 大地にしがみつけ
ハワイの主権回復を訴える

『サンケイ新聞』Sun, 25 Aug 2002

関西学院大教授 山中速人



 ハワイに押し寄せる観光客を土着のポリネシア系先住民族がどのように観ているか。「観光客には来ていただきたくない。必要でもないし、うんざりしているのだ」と辛辣(しんらつ)に批判する人物の一人が、本書の著者、ハウナニ・トラスクである。ハワイ先住民族を代表する女性の知識人として、先鋭的な民族主義者として、トラスクは、アメリカによるハワイ併合を植民地主義的侵略と指弾し、フラなどの伝統文化が観光客の猥雑な嗜好に合わせて変容させられていく過程を「文化の買春」として非難し、従来の考古学者や人類学者の先住民研究を、学問を装いながら白人支配に都合のよい「未開人」像を捏造(ねつぞう)する人種差別主義だと論難する。

 奪われた土地と主権の回復を要求するトラスクの主張の政治的着地点は、強い自決権をもつ国家内国家あるいは主権国家の確立となろう。このような主張は、「アメリカのハワイ」以外知らない日本人には唐突に響くかも知れない。しかし、トラスクたちが指導するカ・ラーフイ・ハワイイは、二万人以上を組織する先住民最有力の政治団体であり、現地ではその主張を支持する者は多い。

 トラスクは、たんに政治的主権の回復だけでなく、その過程を通して先住民族自身のアイデンティティーをも併せて確立する必要があると説く。それは、「アロハ・アイナ」(大地を愛せよ)の精神にもとづき、具体的には、ハワイ語の復興と公用語化、伝統文化や伝統宗教の再興などである。そして、先住民族たちは、近年、これらの課題の達成にもめざましい成果をあげてきた。

 八〇年代以降、活発化したハワイアン・ルネッサンスと呼ばれる先住民族文化の復興運動は、トラスクらの活動に代表されるように政治的要求へと発展し、ハワイの社会経済を揺るがしかねない大きな火種となりつつある。

 ハワイといえば、能天気な「楽園」イメージしか持たない日本人も、認識の速やかな転換が迫られている。
 

(ハウナニ=ケイ・トラスク著、松原好次訳/春風社・二八〇〇円)