晴耕庵の談話室

NO.45


ESSAY

2000/6/27

標題:ラスキン百年忌その他


ロンドン憶良様

ロンドンのSYです。これまで他の場所に投稿した文章を送って
きましたが、今回ある展覧会をみて思うことがあったので、「ロン
ドン憶良向け特別書き下ろしエッセー」(笑)をお届けします。

英国美術はイタリア・ルネッサンスや印象派の影に隠れて日本
ではマイナーな存在ですが、漱石の「坊ちゃん」や「草枕」を読
むと明治の頃は西洋美術の代名詞だったことがわかります。

拙文で触れましたようにミレニアム関連の建築でロンドンの街の
眺めも幾分変わりました。ロンドン憶良さんも機会があれば、古
巣を訪ねられては如何でしょうか。
                     
                    SY in ロンドン

        ラスキン百年忌その他
 
 「西暦2千年は、19世紀の文芸思想に巨大な足跡を残した
哲学者ニーチェと作家オスカー・ワイルドの没後百年に当る。
しかし、昨今そのことは殆ど話題に上らず、代りに当時はマイ
ナーな存在であったジョン・ラスキンの回顧百年展が大々的に
開催されているのは時代の移り変わりというべきか」。

タイムズ紙のこんな記事をみて、テームズ河畔のテート・ギャラ
リーに足を運んだ。
「テート」はもともと人名であるが、筆者は勝手に「帝都画廊」と
記している。このギャラリーの目玉が大英帝国華やかなりし頃
の英国美術のコレクションであることを勘案したもので、我なが
ら良くできた当て字と自負しているのだ・・・。

 ジョン・ラスキンは、「ラファエル前派」に代表される19世紀英
国の美術革新運動の中心人物であった。
自ら画筆をとり、風景画を中心に傑作を残す一方、美術評論家
として大いに活躍した。ただ、評論家としての彼には同時代の
画家を「えこひいき」したとの批判もある。

ラファエル前派のミレーやロゼッティーといった友人達、及び
日本でも有名なターナーといったお気に入りの画家を高く評
価する反面、好みに合わない画家は画壇から抹殺せんばか
りの勢いでぼろくそに批評した。結果として敵も多かったらしい。

素人考えながら、ラファエル前派の活動は、芸術至上主義、
理想主義の影響、同人達の強い連帯感等色々な意味でわが
国の「白樺派」に通じるものがあるように思う。
白樺同人の中でラスキンに相当するのが東大教授の美術評
論家児島喜久雄であろう。一流の画家でもあった児島は、歯
に衣着せぬ辛口の絵画評論で画壇に恐れられたが、白樺派
の周辺にいた安井曽太郎、梅原龍三郎等については徹底的
に持ち上げ、彼等の名声確立に貢献した。

ラスキンは私生活の面では必しも順調でなかったようで、幼馴
染みの妻がラファエル前派の盟友ミレーの下に去った後独身
を通し、50歳近くなって10代の少女に片思いをしたというエピ
ソードが伝わっている。

展覧会は盛況であった。ラファエル前派とターナーはもともと
帝都画廊のコレクションが最も充実しており、今回はそれらを
他の美術館からの出品も加えて整理し、ラスキンとターナーの
関係に焦点を当てた展示内容で、2千年のミレニアムが百年
忌に相当するという話題性もあってか久し振りに日本の美術
展並みの混雑を味わった。

展示と離れてその雑踏の中で感じたのは、林望さん風にいえ
ば「英国は元気だ」ということである。
日本では専ら経済の好調が話題になるが、文化の面でも95年
のグローブ劇場(シェークスピア劇を当時のままの雰囲気で上
演)開館辺りから様々なプロジェクトが目白押しだ。昨年はロイ
ヤル・オペラ・ハウスの大規模な改装が終了した。

ラスキン展の成功は、英国人が経済の好調を背景に自らの文
化への誇りを改めて自覚しつつあることを物語っているのだろ
う。
こうした中で帝都画廊はミレニアムを機に現代美術のコレクショ
ンを纏めてテームズの向う岸、グローブ劇場の隣りに大規模な
新館をオープンした。
さらにこの新館と対岸のセント・ポール寺院を結ぶ歩行者専用
のミレニアム・ブリッジが完成しロンドンッ子の話題を集めてい
る。

その反面、「救い難き英国病」は未だに健在である。ミレニアム・
ブリッジは渡り初めの日に殺到した人の重みで橋が揺れ、安全
確保のため閉鎖中である。
これに限らずロンドン周辺にはミレニアム絡みで多くの新建築
がみられているが、後楽園球場の4倍といわれるミレニアム・ド
ームは閑古鳥が鳴いて大赤字、世界一の観覧車ロンドン・アイ
も肝心の元旦に間に合わなかった等々、完全主義の日本人か
らみると信じ難いような醜態が目立つ。
そもそも、地下鉄の駅がエレベーターの故障により1週間程度
閉鎖されるといった事がしばしば起る土地柄なのだ。
筆者自身ロイヤル・オペラ・ハウスの目玉公演(アラーニャ、ゲ
オルギュー夫妻のロメオとジュリエット)で舞台装置の故障から
休憩が長引き、名演に水を差された思いを味わった。

しかし、ロンドンに住んで2年を超えるとこうした欠点も英国の元
気の現われであり、愛すべき側面と感じるようになってきたから
不思議である。
何時の間にか筆者も「英国では」、「ロンドンでは」と叫んで顰蹙
をかっている「出羽の守」の仲間入りをしてしまったようだ。

                              以上



THANKS

2000/6/28

SY様

メールありがとうございました。
BBC News World で、ミレニアム関連のドームの赤字など
を見ていましたが、いろいろ問題ありますね。

「ラスキン百年忌その他」のご寄稿ありがとうございました。
大変分かりやすい解説になっていますので、絵画愛好者には
参考になると思います。「帝都画廊」はまさにピッタリです。

ここほどターナーがあるところはないと思いますが、ターナーは
UK以外ではあまり評価されていないという解説も読んだような
気がします。

私は少年の頃、雑誌でターナーの絵を見て以来、ターナーは
馴染みのある画家ですが、テート・ギャラリーやターナー展など
を見て晩年のぼやっとした色調の絵もいいなと感じています。

英国人はターナー好きですから、今回のラスキン展の成功の
一部はご指摘の通りターナーとの関係を取り上げた辺にもある
のでしょう。

来年あたり最近の欧州英国事情を見学に訪れたいなと思って
います。
最近の英国マイナス事情などとともに、ラスキンのご寄稿どうも
ありがとうございました。

  ロンドン憶良



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