ノルマンディー歴史紀行

パリの地下鉄、女スリ撃退記


「抓(つね)っちゃったわよ」



 モン・サン・ミッシェルから帰った夜の、ホテルへ向かう地下鉄の中で
ハプニングがあった。
 モン・サン・ミッシェルの硬い話題が続いたので、ちょっと気分転換に
体験談を。 これからパリへ旅をする読者の方は参考にしてください。



 マイ・バス社の近くピラミダス駅から地下鉄に乗った。途中で1箇所
下車し散策後、再び地下鉄でホテルへと向かった。
 夜も10時ともなると、そうラッシュではない。
「あなた、日本語会話を勉強しているらしい若者がいますよ。ほれ本
を読んでいますよ」
と家内が囁く。
「カタコトの日本語で話し掛けてくるポン引きや詐欺師も多いから気を
つけろよ」
と、憶良氏は性善説の奥方に注意した。

 地下鉄に乗って気がつくのは、アフリカや中近東系と思われる民族
の数が、ロンドンと同様に増えていることである。
 モンパルナス駅で4番線に乗換えのホームに出た。早朝からの長旅
でいささか疲れていたので、ホーム中央まで行かずに、ホームの端に
立っていた。

 地下鉄が入ってきた。乗換口が近く、かつ最先端の車両のせいか、
混んでいた。

 憶良氏は、押されて中の方へ入った。ぐいぐい押された。欧米で押さ
れるのは珍しい。(誰だ?)と振返って見ると、可愛い少女だった。

 突然、ドアの方でガタガタ音がした。
 一人の少女が、ドアにスニーカーを挟まれていた。必死に両手でドア
をこじ開けようとしていた。
 瞬間(この駅で降り損ねて、発車寸前の扉を空けようとしているのか)
と、感じた。



 それを見た後ろの少女が、パッと身を翻しドアに突進し、二人でこじ
開けて下車した。誰も手伝わなかった。
 地下鉄はすぐ発車した。

 離れて戸口にいた家内がすぐに憶良氏の方に来て言った。
「スリの手を抓ってやったわよ。吃驚した顔をして慌てて逃げて行った
わ」
「エッ、彼女は掏りだったのか!で被害は」
「無いわよ」
 憶良氏は、ほっとする。

「乗車してすぐ、私もあなたについて奥の方に行こうとしたけれど、あ
の娘が邪魔するのよ。入り口でこちらを向いていて、私が右へ行けば
右に、左に行こうとすれば左に身をよじって、行かせないのよ。『この
娘おかしいな』と思っていたら、突然私の上着のファスナーを下ろして、
ウェストポーチに手をかけてきたのよ。だから殆ど瞬間的に私もきつく
抓ったわ」



「声を出せばよかったのに」
「ああいう時には出ないものね」

「すると、僕をぐいぐい押してきた少女はグルだったんだ。二人を離す
作戦だったんだな。発車前に掏ってすぐ飛び出せるように、万一の場
合を考えて、片足をドアにはさまれていいように出していたんだ」
「抓られたんで吃驚したんでしょう。『シマッタ!』という顔をして慌てて
逃げて行ったわよ」

 というわけで憶良夫人に実害はなかった。
 それにしても、発車間際にドアをこじ開けようとするゴタゴタの間も、
車内の乗客は、われ関せずと、静かなものであった。

 「これで私たちは夫婦ともパリで掏りにあい、実害はなしという変な
体験をしたことになりますね」
 と家内は笑う。

 「掏られなくてよかったよ。でも列車の最先頭や後尾車両、出入り口
は避けろというのは、やはり鉄則だね。相手がベテランの数人の掏り
だったら手も足も出ないからね。これからも気をつけよう。」

 憶良夫人が左手に下げていたのは、モン・サン・ミッシェル土産の
クッキーだった。
 (大天使ミカエルがわれらを助けて下さった)と、憶良氏は感謝した。



 フランス旅行される読者の皆さん、パリは地上も地下も気をつけてく
ださい。


ルーアンの史跡めぐり

参考 パリの空の下チョコレートが流れ

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