第2部 反 乱

第5章 デンマーク王の野望





 イングランド南部を領有し権勢をほしいままにして、ついには一族の
頭ハロルド伯がイングランド王に戴冠したゴッドウィン家も、王位継承
に異議を唱えたノルウェー王ハラルド・ハードラダとのスタンフォード橋
の戦いや、ヘイスティングズでのウィリアム公との激戦を経て、1066
年秋、その栄華に終止符が打たれた。

 新王ウィリアムは、翌1067年の春から夏にかけて、ノルマンディー
に帰国して戦勝を祝し、教会に戦没者の慰霊を行い、ゆっくりと日々
を送っていた。

 その間にも、王の側臣ウォルターの許に配下の間諜たちからイング
ランドの情報が刻々と入ってきた。
 大豪族ゴッドウィン家を倒したが、イングランドの政情はまだ混沌とし
ていた。

「ウォルター、エドリック・ザ・ワイルドとか申す者のヘレフォード反乱は、
いかがな状況か?」

「ご安心下さい。ウィリアム・フィッツ・オズバーン殿は、ロンドンにいて
ヘレフォード城を不在にしていましたが、さすがにオズバーン隊長の守
備隊は強く、見事撃退しました。彼らはウェールズ領に逃げております。
しかしエドリックは地元の人望がありますから侮り難く、エドリック・ザ・
フォレスターとも呼ばれるように、森に潜んでは神出鬼没の攻撃を仕
掛けて来ております。大軍団ではありませんが、これからも十分警戒
を要しましょう」
 ウォルターの報告は、彼我の状況を客観冷静に伝えていた。
 事実、親衛隊長ウィリアム・フィッツ・オズバーン伯は、武勇の誉れが
高く、若いノルマン騎士達の尊敬を集めており、部下もよく訓練されて
いた。

「フィッツ・オズバーンに油断するなと伝えておくように。それからエドリ
ックと申す男、日和見のイングランド貴族が多いのに、敵ながら天晴れ
じゃ。人物をもっと調べよ。案外こちらで使える男になるやも知れぬ。こ
の含みフィッツ・オズバーンに伝えておけ」
「わかりました」

「ケントの反乱はどうじゃ」
「王のご指示でドーバー城の城壁の補修をし、勇猛なフュー卿を副将
としてをオド公につけておいたのが、早速役にたちました。ユーステス
伯やケントの反乱軍の方が圧倒的多数でしたが、あの城は攻めるに
難く、少数で守り易い城であることが立証されました。またドーバーの
町の様子や港湾の状況も手に取るように把握でき、城から町へは勢
いを以って打って出れたと報告にあります。ケント州はしばらく安泰で
しょうが、これとて油断できませぬ」

「この機会に、反乱が起こりそうな他の地域も含め、余に敵意を持つ
国々の現状とそなたの考える対策をまとめて説明してくれ」
「御意」

 ウォルターは人払いすると、王の前に大きな地図を広げた。地図は
イングランドのみか、南はフランス、北はスコットランドからノルウェー
まで、東はフランダース、デンマーク西はアイルランドも書かれていた。
 そう、北海周辺国を含む地図であった。

 その上に、ウォルターは人名を書いた木片を置いて行った。親ノルマ
ン勢力には青色が、人質の諸侯や中立勢力には白色、敵方には赤色
がつけられていた。





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