第1章 眞白き塔(1)

前頁より



「重臣達が揃いました。早速会議を開きたいと思います」
 ウォルター卿がいつもの低い声で奏上した。 王は居間を出ると、テー
ムズ河に面した会議室に向かった。 廊下にはオズバーン親衛隊長麾
下の兵士達が、溢れるように屯していた。

「王宮というよりも篭城中の山砦のようだな、ウォルター。ハッハッハッ」
 ウィリアム王は後ろを振り返って、ウォルター卿に声をかけた。
 ウェストミンスター宮殿を建造したエドワード懺悔王は、年の初めに
病死していたが、生前は、その呼び名の通り、きわめて敬虔な修道士
であった。

 その前王の渋好みから、宮廷とはいえきらびやかさは極度に抑えら
れて、落ち着きのある調度品が置かれ、装飾がなされていた。
 ノルマン・ロマネス風の建築技術の粋を凝らして、円弧や深みのある
彫刻が、建物の随所に取り入れられ、重厚なうちにも洗練された設計
であった。

 壁に掛かっている絵画や、壁際に飾られている彫刻は、パリのフラン
ス王宮で見慣れた作風のものが輸入されていた。家具や調度品には
ノルマンディーの品が多かった。そのため、王をはじめ諸候・騎士・兵
士に至るまで、異国の王宮にいるという気がしなかった。 懺悔王その
人は、青少年時代の三十年をノルマンディーを過ごしていたから、宮
殿の雰囲気がノルマン風に染まっているのは当然のことであった。

 エドワード懺悔王やハロルド王に仕えていた廷臣や召使・侍女達は、
ヘスティングの敗戦の報を聞くや、身の回りの物を持つ間もなく、慌て
て宮殿から逃亡し、郷里や市内の親類縁者のもとにひっそりと身を潜
めていた。

 宮殿が何となく殺風景であるのはやむをえない。戦いが終わったば
かりである。どのような世の中になるのか、まだ皆目見当がつかなかっ
た。

 廊下を歩むウィリアム王自身にも、明日からの見通しは全くたってい
ない。

「まず砦の構築、次に教会とシティの商人など足元から固めるとするか」
 王は誰にともなく呟いた。
 


第1章 真白き塔(2)

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