ダーク・スーツのいるゴルフ
(前頁より)
ここまでは、すべて順調であった。
一同は部屋に帰りシャワーを浴び、夕食のため豪華な食堂に集まった。
ロングドレスを美しく着飾った淑女たちとディナー・ジャケット(タキシード)
をびしっと決めている紳士、ダーク・スーツのビジネスマンたちが多い。
燕尾服を来て背筋をピンと伸ばした年配のウエイターは、憶良氏たちの
装いを見て、いささか困惑の表情を示した。
次長会の一行は、全員上着を着てはいたが、現代の宮殿を自負するこ
のホテルではカジュアルな上着や靴は、晩餐の席にはいささか不似合
いだった。

一同は最も隅の目立たない席に案内された。
「これは失敗しましたね。ここらの水準のホテルだと、こんなカジュアル
なコートでは、夕食には不釣り合いでしたね」
大抵のことには動じないロンドン次長連も、いささかシュンタロウである。
「ゴルフの出来るレジャー・ホテルと思い込んで軽装で来たのが間違い
でしたね」
「旅行代理店も不親切だな」
「この国の人間なら、ここに来るにはダーク・スーツ持参が常識なんで
しょうね。いい勉強になりました」
いろいろと知識経験豊富な老練の次長方も、グレンイーグルがこれほ
ど立派なホテルとは考えていなかったらしい。若手の憶良氏とて同じで
ある。いささかボヤキの酒となる。
折角立派な料理やいいワインを注文しても、隅の方で身をすぼめるよ
うにして飲んだり食べたりでは、いささか気勢が上がらない。
「明日のイーグル谷の決戦に備えて、早く寝ますか」
シティでは肩で風切るジャパニーズ・バンカーも、このグレンイーグル・
ホテルには貫録負けであった。
読者諸氏がもしグレンイーグルス・ホテル級のゴルフ場で晩餐を楽し
むためには、どうか憶良氏たちロンドン次長の失敗を繰り返さないよう、
ダーク・スーツ一式を携行したまえ。
余談ではあるが、憶良氏が帰国して勤務した本店のお取引先に、著名
なスポーツ用品のメーカーM社があった。
財務担当の役員さんから憶良氏に、是非話を聞きたいとのお呼びがあ
った。
「うちのYプロがグレンイーグルで行われるトーナメントに出るので、何
か参考になることはないか、教えてほしい」
とのご要望であった。
憶良氏はこう答えた。
「ゴルフとかコースには意見は申し上げられませんが、黒っぽい背広を
持って行ってください。毎晩夕食をとるとき、私たちが失敗したような具
合だと、プレーに専念出来ないでしょうから」
グレンイーグルス・ホテルのパンフレットをお見せすると、大変参考にな
るという。
遊びも時には役に立つ。読者諸氏もそういう経験ありませんか。
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