UKを知ろう


ここが山場の北アイルランド和平


ブレア首相・アハーン首相会談に期待




北アイルランド和平問題は、IRAが1月末までに武装解除を開始しなかっ
たことから北アイルランド新政府のトリンブル第一首相が辞意を表明し、
目下英国政府首脳がその打開に奔走している。
折角発足した北アイルランド新政府も僅か8週間で瓦解しようとしている
かに見える。
2月3日のBBCNEWSによれば、マンデルソン・北アイルランド担当相は、
3日の下院議会において、北アイルランド地方自治政府の機能を一時期
停止(suspend)し、本国の直轄統治に戻す法案を来週議会に提出、審議
すると声明した。

北アイルランド和平は座礁したのであろうか。
ブレア首相はヤワではない。新聞やBBCの報道をもとに、憶良流にまと
めてみると、次のようになろう。



プロテスタント側の意向

北アイルランド新政府のトリンブル第一首相は、
「IRAが約束を守らず武装解除をしないのは、和平合意に対する大変侮
辱的な対応である。新政府に責任が持てない」
と怒り、先日付けの辞表(post-dated resignation letter)をUK政府に提出
している。

プロテスタント側は本来IRAの武装解除の実行を確認後に、両派による
自治政府発足を主張していたが、トリンブル・アルスター統一党党首は、
党内の強硬派を抑え、一歩譲って、後日のIRAの武装解除を前提条件
に、地方分権政府を発足しただけに、「話が違うではないか、これではと
てもやっていけない」といっている。

UK政府の意向

UK政府は国際武装解除委員会の報告を受け、議会を召集し、マンデル
ソン・北アイルランド担当相は、地方自治政府の機能を一時期停止(suspend)
し、本国の直轄統治に戻す法案審議の間に打開策を探ろうとしている。

マンデルソン・北アイルランド担当相は、
「とりわけIRAの問題では、武装解除がまさに実行されようとして
いることが明らかにされねばならない」
(Notably in the case of the IRA,it has to be clear that
decommissioning is going to happen)と、カトリック側を牽制。

一方、北アイルランド新政府のトリンブル第一首相には
「短気を起こし投げ出さずに、まあまあもうちょっと辛抱してよ」
という方向で説得し、時間をかけて解決しようとしている。

すなわち来週一杯を法案審議にあてて、時間稼ぎをし、水面下の打開策
を模索するようである。

IRAの意向

IRAは和平に反対しているのではない。
IRAは今武力行使を控えて、北アイルランド新政府の動向をみている。
「和平プロセスには協力する」と声明している。
しかしながら、今までUK本国の直轄統治時代に受けた弾圧と不信の長
い歴史体験から、一挙に武装解除することには本能的な危険を感じ、躊
躇しているというのが実情であろう。
もし武装解除をして、武器を引き渡した後、警察および軍隊が弾圧的行
為にでた場合に、対抗する手段がなくなるからである。
”cease-fire"(停戦)していることをもっと評価してほしい、との意向である。

北アイルランド問題は、カトリック教徒ががアイルランド共和国への帰属
(すなわちUKからの離脱)を求めていたことから、本来中立であるべき
警察や軍隊が、プロテスタント側に立っていたことが、潜在的な不信の背
景とみられる。
(映画「父の祈りを」「デビル」などでIRAと治安当局の対立の様子が描か
れています)

カトリック側の意向

シンフェイン党のアダムズ党首は、
「トリンブル第一首相が今辞職するのは、和平合意の協定に違反だ。
自治政府が機能を停止するようでは、IRAは永久に武装解除しないであ
ろう。自治政府の機能を一時停止するというマンデルソン・北アイルラン
ド担当相の発言は一種の脅しであり、いただけない」
と述べている。

アイルランド共和国の意向

アイルランド共和国のアハーン首相も、事態の解決のため動いている。
BBCNEWSによれば、同首相はUKに飛び、ブレア首相と英国南西部
コーンウォールのセント・オーステル(St.Austell)のホテルで、二時間に
わたりトップ会談を行っている。
両首相は「事態はよい方向に進展しているが、危機打開のために、双方
とも更に一層の進展が必要」(There had been progressed but more was
needed)と発言し、双方ともこの問題解決に強い姿勢と見通しを持ってい
る。



ここで日本ではあまり報道されていないが、カトリック・プロテスタント
双方から信頼されている国際武装解除委員会のジョン・ド・シャステレン
(General John de Chastelain)将軍の人物像と、彼の見通し(直近の委員
会報告書は未公開なので少し古いが)をみよう。



同将軍は、スコットランド人の父とアメリカ人の母に生まれ、エジンバラ
で育った。オックスフォード大に合格したが、家庭の事情でカナダに移住、
士官学校に入学、将軍に栄進。その後駐米大使となる。(カナダでも通常
は高級外務官僚のポジションである)
その後、軍の最高司令長官に就任した傑物である。

軍勤務時代にカナダ軍とモホーク・インディアンの紛争を見事に解決した
実績が高く評価されている。駐米大使時代に、今回の和平調停に仲介人
として活躍したミッチェル元米上院議員の信頼を得、その片腕となってい
る。

同将軍は、「2000年5月22日(Good Friday Agreementの有効期限)
までには解決するさ」と楽観的であり、今回の和平合意の進展如何で何
時でも活動できるように待機していると。

余談ながらちょっと付言したいことがある。
カナダという国が、もと将軍を駐米大使に起用していたことである。
日本では防衛庁の高官を駐米大使にすることはあるまい。外務官僚以
外は大国の大使に任命されまい。
ジョン・ド・シャステレン氏がそれほどの大物であるということと、人事が
弾力的で硬直化していないことである。

更に、北アイルランドというUKの国内問題の解決のためなら、なりふり
かまわず、ミッチェル元米上院議員やシャステレン将軍など他国の適材
を登用しているブレア首相の器量の大きさである。
はたして日本の政治家にこのような大胆な能力主義の人事ができようか?

事の成否は別として、経営や政治に携わる方には学んでいただきたい。


憶良氏の観測

アイルランド共和国としては、先般北アイルランド和平合意を機に、
『ブリティシュ・アイリッシュ協議会』を開催し、両国の連携を深めようと
しているだけに、IRAの武装解除問題で、折角の大事業が水泡に帰さ
ないようにしたいと思っているであろう。
水面下でIRAを説得し、武装解除を進めると、憶良氏は観測する。

一方、カトリック側がもっとも恐れている無防備のカトリック教徒側に
UKの警察や軍隊が暴力的弾圧をしないことをブレア首相に約束させ、
不測の事態が発生した場合、アイルランド共和国が断固たる対応をと
ることを述べたと推測される。
なぜならば、今回の和平合意ではアイルランド共和国としては、北アイ
ルランドの帰属を譲歩しているからである。換言すれば北アイルランド
のカトリック教徒への弾圧は、譲歩したアイルランド共和国の面子を潰
すことになるからである。

IRAは、米国・カナダ・アイルランド共和国も関与している和平の調停に、
何時までも武装解除を延引すると、かえって反感を買うことになるであ
ろう。

ブレア首相は、政治生命をかけて、若干の時間をかけてでも、プロテス
タント側を説得し、北アイルランド和平と地方分権の実行、および『ブリ
ティシュ・アイリッシュ協議会』の維持発展という三冠達成に力を注ぐと、
憶良氏は予測する。
北アイルランド和平問題は、UKの国内問題の段階を超えて、今やUK
とアイルランド共和国の問題となっているからである。

日本では報道されていないが、英国のメイジャー前首相(保守党)も
アイルランド共和国の前首相と会談し、事態の解決に協力している。
それは、中世以来の二国間懸案事項の解決という歴史的大事業なの
である。

来週の動きを特に注視したい。



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