第43章 <外交官のお嬢と花形 敬>
四ツ谷見附から歩いて3分位の2階の一間に住んでいる女性の所に行った。皮トランクが5,6個端につんであるだけ。殺風景な部屋で小さな卓が中央に一つ。最初の女房になった者の親しい友人で、総領事の父親の仕地のペルーだかチリーより一人だけ「東京に帰って来たばかりで何もお構い出来なくてごめんなさい」と云ってお茶を出してくれた。我々の結婚式に出席依頼と私の紹介を兼ねて挨拶に行ったのだ。小柄で色黒の女性に初めて会った瞬間から、1時間位お邪魔して帰る間、私はその人から何とも云えない雰囲気を感じた。目線が会うと普通何となく好意が持てるのかだがその感じが全くしない。女性同志は久しく会ってなかった様子で実に楽しげに話している。私が彼女を見る毎に口で表現出来ない変な気持がする。何となく気持悪くてすごく居心地が悪い。殺風景な部屋のせいではない。後で「いつもあんな風に変な人なのか」と質問すると「どこが変なの。いつもと一緒で私の友人にケチつけないで」と怒られた。
1ヶ月位して、式があった。私の友人5名位と、女房の友人達総勢10名位同じテーブルに席があった。後になってから私の友人達に「隣りに居た女性に何か感じなかったか」と尋ねたが誰も何も感じなかったとの事。
留守中のある日、2人の刑事が家に来た。特定の日の私の様子と行動を詳しく聞いて帰った。背が高く、自動車部品の仕事をしていて、ヤサ男で英語が出来て、姓がローマ字のAで始る男を調査していた。私と条件が総て一緒だ。私にはずうっと尾行がついていたらしい。
刑事達は被害者の日記を見て調査に来た。日語は全部英語で書かれ、5つの条件の男がホシと断定され、交友関係を洗い2人が浮び、私がその中の一人になった。
男は事業に行きづまり、妻子があったが、独身と偽り金のある女性から結婚を条件に資金をだまし取っていた。女性はいつまで経っても結婚してくれないから会う毎に男性を詰った。煩くなって云い逃れ出来なくなった男はその女性、女房の友達の外交官のお嬢を、多摩川の土手でガソリンかけて燃やしてしまった。黒コゲの燃えカスが残った。私達の結婚式から1ヶ月の事だ。
悲劇は続く。娘の非業の死を任地で知った母親は自殺をする。母親の死を聞いたお嬢の姉はゴールデンゲイト ブリッジから投身自殺してしまった。一連の事件は1年以内に連続して起きた。
お嬢に死神を感じたのだ。実に変なイヤな感じがしたのは死神の事だった。この気持、口では表現出来ない。40年も前の事でも鮮明に思い出す。似た感覚は火葬場でも感じる。でも火葬場の感じの100倍位強い。御嬢達の御冥福を祈る。南無阿弥陀仏。
怖い思いをしたのは、府中競馬場でもある。その人に紹介されて、見つめられた時高校生の時だったと思うが、全身に寒気が走った。青白いハンサムな顔で細身の背丈170位、目と鼻の間が青い色していた。安藤 昇親分の親分節の人が連れてってくれた時の事だ。その人は浅草6区でドス一本で身張っていたヤクザで、私の父が父親代りをしていた。「安藤組の花形です」と自己紹介した彼は、この後、2人組に両脇腹を出刃で同時にやられて死んでしまった。花形敬さんの顔は1年位顔を思い出す毎にゾクゾクした。同業の人達は彼に睨まれると「ヘビに会ったカエル」みたいになると教えてくれたが、本当にそうだと思った。花形さんは「疵」という映画になった。陣内孝則が花形さんになった。南無阿弥陀仏。