第20章<ユダヤ人の教育方法>
ローマ発テルアビブ行きのTWAのジャンボに「間もなくロッドエアポートに到着いたします。」のアナウンスが流れた。するとそれまで静かだった機内からドスンドスンという鈍い音が聞こえて来た。今迄こんな音を機内で聞いた事などなかったから一瞬何が起こったのかと思った。がすぐにその原因が判った。パッセンジャーの全員が床を両足で踏み込んでは、又踏み込んでいるではないか。その為に機内に異様な音が出ていたのだ。機が着陸するまでこの踏み込みの音が続いていた。察するに乗客はテルアビブに到着する事実に、常識では考えられない程の喜びを足で表現していたのだった。駐機場に着いてドアーが開いた時、スチュワーデスが私と同行の2名の所に来て云った。「お席にお座りになったまま御案内するまで、そのままお待ちください」窓の外を見ると3台の装甲車と30名位の自動小銃を持った兵隊が窓から見えた。10分位するとジャンボ機一杯の乗客は皆降りてしまって、気がつくと残っているのは自分達2名の日本人と、前の方の席に居た3名のアラブ人らしい色黒の5名だけであった。スチュワーデスが来て「どうぞお降り下さい」と云ったので手荷物を持ってタラップを降りた。駐機場とターミナルが離れているのでバスを探していると、軍人が我々の所に来て日本人2名を1台の装甲車の方に案内し、他の3名のアラブ人達は別の装甲車に案内された。30人位の兵隊は全員完全武装である。中に入ると小さな机があって、将校らしき人が座っていて、自分達2名は彼の前に手荷物を持ったまま立たされた。将校の廻りには3名の兵隊が自動小銃の引き金に指をかけたまま立っている。手荷物を将校の前に置かされた。もう1名の日本人は私と同じ会社の人で英語を話さない。将校は手荷物両名分を全部机の上に広げさせた。それを一つづつ見ながらパスポートを手に「何でイスラエルに来たのか」「何でローマに行ったのか」「何で2名で来たか」「もう1名は何で英語を話さないのに海外旅行してるんだ」「お前の持っているイスラエル人の名刺の会社と人間について判っている事を皆話せ」「現金はいくら持ってきたのか「ローマの前はどこに居たのか」「日本はいつ出発したのか」とかとか質問は約30分続いた。当方イスラエルには仕事で来た事とか、全て質問に答えた「お前はどうしてそんなに良く自分の質問に答えられるにか。何か質問を想定して用意して来たのか」とか日本の警察の質問よりもしつこくて長々とつづく。やっと両名は将校に解放されて別の小さな車でターミナルに着いた。ターミナルでは、そこら中に兵隊が小銃の引き金に指かけて30メーターに1名位づつ立っている。係官が来て我々2名は税間内の部屋に通された。手まねきされて入った所は、10畳位の部屋で大きな机の前に制服の軍人将校が座り、廻りに兵隊がやはり小銃を持って5名位立っている。ここでまた手荷物を全部机の上に広げられて、装甲車の中でされたと全く同じ質問を受けた。同じ様に答えてその将校の質問が終ったら30分経過してた。両名は係官に案内されて荷物受取用ターンテーブルに向う。我々の荷物がポツンポツンと乗っかっているだけだ。2人は自分等の荷物を受け取って税間の検査官の前に向う。係官が5名位わっと寄って来て両名の荷物を全部開いて、広げて一つづつ、全部調べ初めた。何から何までとも角全部だ。常備薬などはメモし、乍らビンのフタ取って中味も全部調べた。検査終了したのが30分后。両名トランクに自分で荷物をしまうのに約10分位かかる。税間の出口で外に出ると取引先の人間が待っていてくれたのでホッとする。飛行場についてからここまで約2時間。
ホテルはテルアビブヒルトンだからかなりちゃんとした所。夜はいつもならほっつき歩くのだが、とも角何か判らない恐怖感があって一歩もホテルより出ずに中で食事をした。こんな恐怖は生れて始めてだ。翌朝イスラエル人の案内で街を一緒に歩く。日本で云うと高校生位の男も女も皆んな迷彩服の軍服を着て手に手に自動小銃を持っている。「実弾入りか」と案内のイスラエル人に聞くと「あたり前でしょ。弾が入ってなければイザという時役に立たない」といいつつ、彼のズボンのスソをめくり上げて靴下を下に落として「この足にあいている穴を見なさい。自分が若い時ドイツの兵隊に射撃された時に足を打たれた時のものだ。一緒に逃げた全員は殺されたか、自分は子供で死んだふりをして助かった」。という。雨の日の新宿駅で、我々が傘を持っている様に若者は自動小銃をぶらぶらさせていたり、40センチ位の弾倉に腰かけていたりで、とに角すごいの一語につきる。そのうちそこいら中で自動小銃を見て、大きな交差点では、6名位の兵隊が重機関銃を据えつけているのを見るに及び、少しは慣れて来た。聞くと彼等は1948年に独立したが、それまで世界中を放浪して来てやっと自分の国を持てたと云う。「カナンの土地を全部永久の所有としてユダヤ人にあげる」と3600年前神様が約束してくれたそうである。それまで住んでいたアラブ人を他所の土地に移住させて、やっと本来の持主の土地になったとうれしそうに話してくれた。その間ずっと他人の土地に対しての所有権の主張たるやものすごい考え方である。死にもの狂いだ。
我々の行く1年前に、ロッドエヤポートで日本人「岡本こうぞう」が、軽機関銃を乱射してイスラエル人30〜40名殺した后の事であった。
私は、何故ユダヤ人は世界の歴史上偉い人が大勢出るのか質問して見た。答は「一生懸命働いて土地を購入したり、お金を持って居ても突然取り上げられてしまうので、何か手に職をつけたり勉強しておけば誰にも取られないし、どこの場所に行かされても食べてゆけるので、子供が生れると母親は子供の時から大人になるまで勉強に勉強させつづける。金で持つなら小さくても金額の張るダイヤにする。こうした事をカナンの土地を追われて后、何千年間もやり続けています」と教えてくれた。母親がユダヤ人だとユダヤ人になるので、白人も黒人も黄色人種も皮膚の色はさまざまである。それと異教徒で改宗した者もユダヤ人として扱われるらしい。質問のつづきで「どういう風に勉強を子供にさせるのか」と聞くと答は、「その子供の一番好きな事を見つけて、そればかりずーと教えて勉強させる」のだそうで、子供から大人になり大人になっても死ぬまでその勉強をつづけてやる人が多いらしい。答は「ただそれだけで他に何もない」との事。色々聞いて見ると同じユダヤ人でも、一番できの良い人達はロシア系ユダヤといっていた。全員頭が良いわけでは勿論ない。勉強しても出来る人も出来ない人もいるらしい。
子供の時から音楽ばかりずっとやっていて才能開花したのが、メンデルスゾーンでありベートーベン、上手にピアノが出来る人がホロヴィツとなる理屈だ。ゴルフばかりやっている子供が大きくなるとベンホーガンになる。数学ばかりしていた人がノイマンで、物理も途中から勉強した人がアインシュタインとかオッペンハイマーになったわけだ。いつも社会科学を勉強していた人がマルクスエンゲルスで、政治につないだ人がレーニンで、映画に夢中になった人がチャップリンで、映画を作る事ばかり考えていた人がスピルバーグになり、映画に出る事ばかり考えていた女の子がエリザベステーラー、マレーネディトリッヒになりローレンバコールになって開花したわけだ。
一生その勉強ばかり集中してつづけるから、独創力・創造力のある超一流の人間がユダヤ人に多い理由だ。他の民族とここが異る。あれもこれもと精力を散らして勉強したら一流になれる訳がないであろう。
どうしてこんな簡単な理屈が判らないのか判らない。
我々日本人はやはり非常に優秀な民族である。ユダヤ人と同じ教育制度に改質すれば良いのだ。ユダヤ人は世界で人口は1500万人もいない。日本人の約10分の1である。同じ勉強システムにすれば、10年20年も経過すればユダヤ人の10倍の確率で世界的な人物が出るだろうと思う。
日本の人でイスラエルに行った事ある人は非常に少ない。自分は3回行ったが非常に学ぶ所が多い。良い所もそうでない所もだ。
土地は砂と岩と砂漠で、とに角何もない荒地である。畑などはビニールホースで水を給水・散水してトマトなんか作っている。所どころに破壊された赤錆びた戦車が置きぱなしになっている。ジェット戦闘機は砂漠の下に秘密の地下滑走路と地下格納庫を作って、いつでも出撃出来る様になっている。
日本ぐらい四季に恵まれて、イスラエルの様な不毛の土地と違い、紫水明水にして緑のキレイな国は無い。日本人が、21世紀に、明治維新方式の知識積込教育をやめてユダヤ人方式の教育システムに変えれば、これ世界一の国家になれると確信する。
考えてみると、ユダヤ民族以外に日本人が恐れる民族は無いと思う。1日も早く明治の頭脳に対する纒足教育を廃止しなくてはならない。
纒足された足はものすごい悪臭がする。
纒足された頭脳もものすごい悪臭がする。足は腐って変形しても生きてゆける。頭脳がそうなったら生きてゆけない。今の日本の閉塞状態をもたらした原因は総てここにある。他には絶体何も原因は無い。
悪臭を消すのに香水を使う。今の日本の表面的改革は、香水つけているのに良く似ている。「元を断たねばダメ」と便所の芳香剤のテレビコマーシャルがあるだろう。それと同じだ。