自然との触れ合い、森林浴、頂上へ登り着いた時の達成感が好きで、ときどき山歩きをします。
★茶臼岳(1915m):JR東北本線の黒磯駅から那須ロープウエイまでバスで行こうとしたが、ロープウエイ近辺が風速30mのため生憎ロープウエイは運転中止で、手前の大丸温泉までしかバスで行けなかった。大丸温泉でも風が非常に強かったので茶臼岳の登頂は断念し、大丸温泉で茶臼岳の山頂を眺めた後、自然遊歩道を歩き「つつじ」の名所を巡って「つつじ吊り橋」を渡り途中で持参したおにぎりを食べた。その後、「九尾の狐伝説」にまつわる名所旧跡であり草木も生えず荒涼とした「殺生石」と呼ばれている所を見学して、那須湯本まで1時間30分程、歩いた。那須湯本からバスでJR東北本線の黒磯駅に戻って自宅への帰路につきました。(2013年5月8日)。

★金時山(1213m):芦ノ湖を取り巻く箱根外輪山の最高峰が標高1213mの金時山です。JR東海道線の小田原の駅前から箱根登山バスの桃源台行に乗り仙石バス停で下車。金時登山口から登山を開始し樹林帯の斜面を登り矢倉沢峠へ。芦ノ湖や仙石原の景色を眺めたりしながら尾根を歩きガレ場を慎重に進んで富士山が美しく映える山頂に到着。山頂では持参したオニギリを美味しく食べました。登ってきたのと反対側に下山し乙女峠を経て山道を下り乙女口バス停に到着。途中で坂田公時(幼名は金太郎)が祭られている金時神社に立ち寄ってから帰路につきました。(2013年3月6日)。

★木曽駒ヶ岳(2956m):車で中央道駒ヶ根ICから県道75号で駒ヶ根高原の有料駐車場に行き下車、路線バスに乗り換え「しらび平」まで乗車。ロープウェイを利用して「千畳敷」に降り立った。千畳敷カールには残雪があったが高山植物が咲き競っていた。前方には中岳や宝剣岳がそびえ立っている。八丁坂の急坂を登り切って中岳に登り次に木曽駒ヶ岳を目指した。頂上山荘のある鞍部に下ってハイマツの斜面を登り返して木曽駒ヶ岳の頂上に立った。雄大な展望が開け、木曽駒ヶ岳から頂上山荘や中岳や宝剣岳の写真も撮った。コマウスユキソウを初めとして各種の高山植物が綺麗だった。(2012年8月12日)。

★ベイカー山(3172m):レンタカーを借りてバンフからレイク・ルイーズとジャスパーを結ぶアイスフィールド・パークウエイを走行。ハイウエイの途中には数か所、動物が横断するための専用通路が設けられ保護が図られています。バンフから105kmの駐車場に車を停め下車して、ボウ峠(2070m)を目指して10分ほど坂道を歩きました。この道沿いには小動物や高山植物が見られました。ボウ峠の展望台からペイトー湖を見下ろし、残雪の残ったベイカー山やパターソン山とエメラルド色のペイトー湖の雄大で綺麗な眺望を楽しみました。バンフからジャスパーへの全長300kmのカナディアンロッキー縦断ドライブを友人と行い、周囲の雄大な山々の風景を眺め、途中途中で下車し湖や滝や渓谷の美しさを堪能しました。(2012年6月12日〜15日)。

★大山(1252m):小田急の伊勢原駅に着き10時頃に路線バスに大山ケーブル前まで乗車。ケーブルで中腹にある阿夫利神社まで行き、そこから丹沢山系の一つである大山の山頂を目指して90分歩いた。冬のため痩せた二匹の日本鹿に途中で出会った。山頂には12時45分頃着いた。山頂付近は雪一色で滑りやすかったが、持参した「おにぎり」を食べて記念撮影をした後、アイゼンを用意しなかったので滑らないように一歩一歩確かめながら中腹の阿夫利神社まで60分掛けて下山した。14時頃に阿夫利神社に着き、ケーブルと路線バスで伊勢原駅に戻った。下界では梅が咲いており春が近づいていた。(2012年3月11日)。

★昇仙峡・弥三郎岳(1058m):特急あずさ号で中央線甲府駅に着き路線バスで天神橋へ到着。長瀞橋を起点としてモミジや銀杏の紅葉を眺めながら奇岩や覚円峰や仙蛾滝などの昇仙峡散策を楽しんだ。仙蛾滝駅からパノラマ台までロープウェイに乗り、さらにパノラマ台から弥三郎岳へウォーキングをし、鎖を伝って登っていくと大きな丸い岩が乗っかった弥三郎岳の山頂に出た。山頂からは富士山や甲武信岳などの360度の大パノラマが眺められた。山頂の周りは絶壁で恐る恐る記念撮影した後、往路と同じ場所を復路として帰途に着いた。秋の紅葉と自然の景観を満喫できた。(2011年11月13日)。

★至仏山(2228m):鳩待峠で上越新幹線上毛高原駅からの関越交通バスを降り、10時30分頃におにぎり弁当を購入してから至仏山を目指して登山を開始した。鳩待峠は尾瀬が原への出発点として有名な場所である。途中12時頃にお腹がすいたので持参したおにぎりを一個食べた。中腹から燧ケ岳と左手下に尾瀬が原を眺めた。至仏山の頂上に到着したのは13時であった。下界は9月にも拘わらず32度と高温であったが、至仏山の頂上近くは涼しく気持ちが良かった。その先の山ノ鼻へは下山禁止となっているので至仏山の頂上から元のコースに戻って15時に鳩待峠に着いた。鳩待峠休憩所で岩魚の塩焼きをビールと共に味わった。美味で頭も尻尾もすべてまるごと食した。鳩待峠で再び関越交通バスに乗り上越新幹線上毛高原駅に戻り、帰途に着いた。(2011年9月19日)。

★霧が峰(1925m):車で中央道諏訪ICから国道152号、ビーナスライン経由で霧が峰ロイヤルイン前の駐車場に到着。ビーナスの丘でニッコウキスゲの集落地の周りを散策しました。その後、信州諏訪湖 塩嶺高原のコテージに一泊し、信州の高原の涼しさの中、蕎麦打ち名人が作った美味しい蕎麦を戴き、カラオケを楽しみました。(2011年7月18日〜19日)。

★天城山(1406m):家で焼き卵とおにぎりを作ってから自家用車で湘南バイパスを経由して天城高原ゴルフ場前の駐車場に到着。熱海峠では霞が立ち込めていたが天城高原では快晴だった。登山靴に履き替えて万二郎岳を目指して出発。セミの鳴き声が激しい中、万二郎岳に到着。綺麗なニワハンミョウを二度見かけた。10:30だが空腹感を覚えたので持参したおにぎりを1個だけ食べてから万三郎岳を目指して出発。途中の岩場から富士山を見晴らすことが出来た。1時間半後に万三郎岳の頂上に着き持参した昼食をおいしく食べた。涸沢分岐点を経由して天城高原ゴルフ場に戻った。久し振りの登山で4時間掛けて2万歩も歩いて大変疲れた。共同浴場で汗を流してから帰った。(2011年7月10日)。

★浅間山(2568m):標高1973mにある浅間山ビジターセンターに自家用車で上越自動車道を経由して到着。途中の麓の木々の葉は黄色や赤色に染まり綺麗であった。車坂峠周辺の駐車場を利用し登山靴に履き替えて黒斑山(2404m)を目指して登山を開始した。中腹からは水ノ塔山(2202m)やアサマスキー場や南アルプスが一望できた。中腹で持参した「おにぎり」を食べた。浅間山の外輪山である黒斑山の岩峰から雄大な浅間山を眺め記念写真を撮影した。この後、黒斑山から下山し車坂峠に戻ったが、今回は天候に恵まれた。(2010年11月6日)。

★赤城山(1828m):自家用車で関越自動車道を経由して標高428mにある赤城山ビジターセンターに道路を蛇行運転して漸く到着。途中、松並木で有名な赤城神社で安全祈願をしました。赤城山は黒檜山や駒ケ岳の総称です。赤城山ビジターセンターに到着したのが14:00近くのため、登頂は断念し、赤城山ビジターセンターから駒ケ岳(1685m)を背景に写真を撮った。大沼周辺を巡って黒檜山(1828m)を背景に写真を撮った。ミニ尾瀬と呼ばれる高原湿原の覚満淵でも写真を撮った。赤城山では木々が紅葉しており秋の到来を堪能しました。(2010年10月17日)。

★立山(3015m):扇沢で長野新幹線上田駅からのバスを降りトロリーバスに乗り換え黒部ダムで降りケーブルカーに乗り黒部平で降りた。次にロープウェイに乗り大観峰で降りたが、ここから立山(3015m)までは天候に恵まれず霞が立ち込めていた。次にトンネルバスに乗り室堂で降りミクリガ池や地獄谷まで散策した。バスで美女平に出てケーブルカーに乗り立山駅で降りた。更にバスに乗り富山駅で降りた。念願の立山黒部アルペンルートに行ったが大観峰、立山、室堂では残念ながら天候に恵まれず自然の景色を堪能できなかった。(2010年8月16日)。

★蔵王山(1841m):蔵王山は熊野岳(1841m)を主峰として地蔵岳、刈田岳などの峰を総称したものです。蔵王温泉で山形新幹線山形駅からのバスを降り地蔵岳、熊野岳、刈田岳と縦走した。天候に恵まれず強風で霞が立ち込め20m先は見えない状態でした。御釜では強風で時折、霞が消えるタイミングを見つけて写真を撮りました。刈田岳山頂バス停に午後2時頃着き山交バスを捜したが午後1時発の1日1便しか無い事が判明、止む終えず縦走路を逆に戻り地蔵岳から下山し蔵王温泉で足湯に浸かってから帰宅した。縦走路を往復し通常の2倍歩くことになってしまった。(2010年7月20日)。

★阿蘇山(1592m):阿蘇山は高岳(1592m)を最高点とする世界一の規模を誇るカルデラ火山で、中岳(1508m)火口からは噴煙をあげていました。外輪山の一部である大観峯から五岳(根子岳、高岳、中岳、杵島岳、烏帽子岳)のなだらかな姿を眺めました。草千里には湖があり緑の草原が広がり馬に乗馬もでき、後方には烏帽子岳が見えました。外輪山は楕円形で全長はなんと128kmもあります。(2010年5月20日,21日)。

★大菩薩嶺(2057m):机竜之介を描いた小説「大菩薩峠」で有名になった大菩薩嶺に登るため自家用車で上日川峠まで行き駐車場で降り、上日川峠から福ちゃん荘を経由して大菩薩峠に登った。昼食を食べてから雷岩を経由して大菩薩嶺の頂上に立った。大菩薩峠から大菩薩嶺へ行く尾根では風が吹いて随分寒かった。大菩薩嶺から唐松尾根を経由して上日川峠に戻った。(2010年4月25日)。

★筑波山(877m):筑波山に登るため「つくば駅」から筑波山神社入口へバスで行き降りた。そこから男体山(871m)の頂上目指して歩いた。中腹からは前日降った雪に覆われていた。男体山の頂上からは御幸ケ原に下って女体山(877m)を目指した。山頂での展望を楽しんだ後、奇岩怪石の間をめぐる「白雲橋コース」、尾根沿いの「おたつ岩コース」をたどってつつじケ丘に出た。つつじケ丘からは「つくば駅」へバスで戻った。(2010年3月27日)。

★塔の岳(1491m):丹沢山塊の一つの塔の岳に登るため渋沢駅からバスで行き大倉で降りた。そこから塔の岳の頂上目指してひたすら歩いた。中腹からは残雪に覆われておりアイゼンを用意しなかったので滑らないように一歩一歩確かめながら登った。途中、山小屋で一服したが、その際、近くで野生の小鹿を見つけた。大倉から4時間半後を掛けてようやく登頂した。持参した「おにぎり」を食べてから下山を始めたが雪と傾斜が急のため思いのほか苦労し2時間半後に大倉に着いた。日の入り間際であった。(2010年2月7日)。

★高尾山(599m):近郊の高尾山に登った。途中、中腹にある薬王院に初詣。1号路:表参道コースを使って頂上に到着。頂上には多くの登山者が休憩・昼食を採っていた。持参した「おにぎり」を食べてから周りの眺望を楽しんだ。帰路は6号路:びわ滝コースを使って下山。途中、琵琶滝に寄って見学した。(2010年1月10日)。

★大雪山系黒岳(1984m):生まれて初めて北海道に旅行。大自然と動物の触れ合いを堪能した。石狩川の流れる層雲峡の麓からロープウェイを使って黒岳の5合目まで登った。5合目の散策コースをウォーキング中、エゾシマリスに数回出会った。エゾシマリスは笹の葉の間を飛び回ったり「どんぐり」を食べたりしていた。「生きた化石」などとも言われるウスバキチョウにも出会ったが、写真には撮れなかった。(2009年7月30日)。

★屋久島・白谷雲水峡(800m):妻と娘と3人でトレッキング。宮之浦の集落より車で約30分、標高700mから900m付近にかけて広がる屋久スギ原生林の自然休養林。(2003年9月18日〜20日)。
9/18 砂浜を散歩しアカウミガメの産卵する場所をじかに見た。9/19、白谷雲水峡を家族三人でトレッキング。9/20は台風15号のため午前中の見学計画はすべて中止し、ホテルで朝食を摂ってチェックアウトし、飛行機はすべて欠航のため鹿児島行の高速艇トッピーに乗船、条件付き出港(出港して海の状況で種子島で停泊、鹿児島まで行かない可能性がある事を了承の上で乗船)で、波が非常に高く揺れが激しく1時間遅れで鹿児島に到着。鹿児島から東京の飛行機は予定時間どおり運行、無事羽田に到着。

★局ケ岳(1029m):とんがった局ケ岳に挑戦した。(1992年11月28日)
コース概略:桑名→(近鉄)→津新町→(車)→166号線→飯高町宮前→局ケ岳→飯高町宮前→(車)→津新町→(近鉄)→桑名
★奥香落渓・倶留尊山(1038m):1991年4月から三重県に3年単身赴任した。会社の人達と休日、山歩きした。ススキの綺麗な名所の山に登山でき、奈良県側の曽邇村と三重県側の美杉村を走破する事ができ、日頃の体力不足を補うのに大変有効な1日を過ごす事ができました。(1992年10月25日)
コース概略:桑名→(近鉄)→名張→(バス)→太良路橋→おかめ池→亀山峠→倶留尊山→曽邇高原→(バス)→名張→(近鉄)→桑名

★吾妻小富士(1800m):日本郵趣協会昆虫切手部会の夏の地方例会が裏磐梯で行われた。五色沼を散策し、会津観光バスで「吾妻スカイライン」を通って浄土平へ出た後、吾妻小富士登山に出発、頂上でも物凄い風で砂のつぶてに逢った。(1976年8月1日)
コース概略:東京→(国鉄)→福島駅→(バス)→五色沼バス停→五色沼ハイキングコース→桧原湖畔→(観光バス)→レークライン→スカイライン→浄土平→吾妻小富士→浄土平→(観光バス)→スカイライン→福島駅→(国鉄)→東京
★富士山(3776m):会社に入ってから、同じ部の人たちと日本一の山「富士山」に登った。草木が少なく、小石や砂の道路が非常に多かった。しかし、さすがは富士山、頂上に立ったときの眺めは素晴らしかった。(1971年)

★御嶽山(3063m):母と一緒に「六根清浄」を唱えながら根性杖をついて夜、歩いて信仰の山「御嶽山」に登った。頂上で雲海から登る「ご来光」(朝日)を見た時の感動は今も記憶にはっきり残っている。(1966年)
★槍ヶ岳(3180m)、双六岳:高校時代に姉および姉の友人達の登山に同行して、初めて本格的な山に登った。槍ケ岳の頂上は狭く急な傾斜で、クサリを辿りながら頂上に登った。(1964年7月20日〜23日)

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