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映画「開戦前夜」

2025年8月に2夜連続でテレビ放送された番組 NHKスペシャル「シミュレーション〜昭和16年夏の敗戦」。
猪瀬直樹氏のロングセラー「昭和16年夏の敗戦」を原案に創作を加えたドラマ。
そして総力戦研究所の史実を伝えるドキュメンタリー。

時は流れ、2026年8月。公開された映画「開戦前夜」を鑑賞してきました。


テレビのドラマを観ていたにも関わらず、2時間20分という時を忘れるほど見応えがありました。
会議室、家の中、そして通勤時のシーンだけでここまでスクリーンに引き込むとは。


日米開戦前夜の1941年夏、首相直属の総力戦研究所が開所され、官僚・軍人・民間から選抜された若きエリートたちが招集された。
その命題は「日本がアメリカと戦った場合、どうなるかシミュレートしなさい。」

その結果、導き出された結論は 日本の“圧倒的な敗北”。


ドラマそして映画でも興味深く思ったのは、総力戦研究所の所長 板倉大道陸軍少将 の言動です。
所長として直属の部下である 瀬古明陸軍少尉 に指示しながら、組織目標を達成するために、官僚・軍人・民間から選抜された若きエリートたちを手を変え品を変えながら命題の解決に導くその姿。
飴と鞭をちらつかせながら、命題を解決するために時に見せつけるかごとく鞭をふるうその姿。

私事を振り返れば、会社勤めの40年間。
「これは理解出来ない」、「これは意味がない」と思いながら、時に直属の上司や業務の主担当・管理者に”意見”という名の”文句”を言いながらお勤めしたことがあります。
その時、文句を受け止める側の言動は、まさに総力戦研究所の所長 板倉大道陸軍少将 だったように思います。

総力戦研究所の所長 板倉大道陸軍少将 が描く中間管理職の辛さ。

もちろん1940年代の大和魂、教育で植え付けられた精神論。そして鉄拳。

敗戦後の教育を受け、日本国憲法と自衛隊などに守られ続け、飢餓や戦争に巻き込まれることもなく生きてこられた2026年の今と当時を単純に比べることは出来ませんが、中間管理署の辛さは案外、変わっていないようにも思ったりします。


20世紀後半、夕刻以降の駅の売店に並ぶタブロイド紙。
風見鶏のような世間を煽るかのように飾る文字。
当時も勇ましい言葉で世間を煽り続けていたのでしょうか。
街では開戦、抗戦な空気が膨れ上がっていたのでしょうか。

満州事変から日中戦争をおこしながら、そのような世論に仕向けた軍部としては後には引けない、引くに引けない。
その軍部の陸軍大将が総理大臣になれば、総力戦研究所がいかなる答えを出そうが、前進あるのみだったのかもしれません。

その陸軍大臣と開戦時の総理大臣の物凄い存在感、そして”映画の中では”苦悩していた姿は見事でした。
その役を演じていたのが佐藤光市だったとは!


1975年頃、中学校の歴史教育は1945年に敗戦し、国連の設立、1952年のサンフランシスコ平和条約の調印、1960年代の高度経済成長期、東西冷戦の頃までだったように記憶します。
1975年当時は現代史の約10年間を教科書で学ぶことはなかったように記憶します。
さらに古代から戦国・江戸時代にかなりの時間を割き、近代史、特に1945年の敗戦後はあっという間に過ぎ去ったように記憶しています。

さて時は流れ今は21世紀、2026年。
20世紀、1975年から半世紀、51年後の2026年の今。中学校の歴史教育はいつの時代まで授業で教えているのでしょうか。
江戸時代までを夏休みが始まる前までに終え、夏休み明けからは明治時代以降を授業で教えることが必要だと思う今日この頃です。
ただし私がそのように進行する授業を受ける中学生だったならば、授業についていけないこと間違いないです。
もちろん1975年当時も5段階評価で3の中学生でしたが。

この年齢になって改めて歴史、特に近代史・現代史が重要であると思う今日この頃です。

あとお金の教育でしょうか。


一貫した政治信念にある強い思いは、

自身の戦争体験からくる平和

だったとの故・後藤田正晴氏の日本人の特性についての言葉、

「日本人は大事なことほどその場の空気で決め、決まると一瀉千里に走り出す。
職場でもどこでも『ちょっと待って、異論がある』という勇気が大事だね」


日米開戦を迎えるその方向性は映画が始まってすぐのシーン、

試算上、戦争は可能である。

そこで方向性が確定され、その後はいくら異論を述べても、もう後戻りが出来ない状況になったように思うのでした。


歴史から学ぶ、映画からも学ぶことは沢山ある、この映画には学ぶ、気づきがある映画

だと思うのでした。


20世紀後半、夕刻以降の駅の売店に並ぶタブロイド紙に代わり21世紀の今はインターネット。

変わらないのはエネルギー、特に石油は輸入に頼るしかないこと。
その輸送路を閉ざされたらどうしようもないこと。
その船舶数が十分でないとどうしようもないこと。
そして船舶を航行させる人がいないとどうしようもないこと。

少子高齢化で労働人口が激減、石油などエネルギー、おまけに食料も輸入頼りの今。

永田町ではどのような方向性が導かれようとしているのでしょうか。




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