3 栃の木通りとマロニエ通り

酒井 均   

清新北ハイツで私の住む7号棟裏に6本の栃の木が植えられています。
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写真1:清新北ハイツ7号棟裏の栃の木

同じ棟の方がこれはマロニエでしょうといわれるで念のため管理組合で確認しました。環境・緑化のファイルに剪定の対象となる樹木の位置と種類を示す詳細な地図があります。これはどなたでも閲覧できますので、北ハイツの樹木に興味のある方はどうぞということでした。5号棟の裏に5本あることも知りました。

栃の木は5月には白い花を咲かせる筈ですが北ハイツでは見たことがありません。

ところで皆様もご存知のように、およそ80本の栃の木が西葛西駅を中心に南はデオデオの角まで,北はユニクロのあたりまで街路樹として植えられています。西葛西の「栃の木通り」です。北側は日当たりがよいせいか5月になると多くの木が房状に連なった 白い花を咲かせます。

 これに対して、「虹の道」という道路標識が建てられた、南側は育ちが悪く白い花を咲かせるのはドコモの前の一本だけです。
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写真2:デオデオ横のピンクの花を咲かせる木、5月9日
正面が西葛西駅

しかし、デオデオの横に一本だけ見事なピンクの花を咲かせる木が植えられています(写真2、3)。北から南まで80本近い栃の木の中でこれだけがピンクの花を咲かせる異端児です。北ハイツから陸橋を渡ってくると目の前に立っています。背が低く葉も小さいため普段は目立ちませんが、満開のときは思わず足を止めたくなるほどのあでやかさです。私はかねてからこれは栃の木ではなくマロニエではないかと思っていました。銀座のマロニエ通りのピンクの花とよく似ているからです。

ところが最近インターネットで、マロニエの花は少しピンクがかった白でこんなに鮮やかのピンクではないと知りました(写真4)。更に調べる内に耕納喜男氏のサイト「折々の花」(注1)で「紅花栃の木(ベニバナトチノキ)」と出会いました。デオデオ横のピンクの花と色も形態も良く似た房状の花を咲かせます。
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写真3:デオデオ横のピンクの花、5月9日

マロニエと赤花アメリカ栃ノ木、別名「赤花栃の木」との交配種で、日本でも広く街路樹として用いられている園芸種だそうです。

 マロニエの花は白に紅が指した程度の薄いピンク色(写真4)ですが、赤花栃の木は濃い赤の花を咲かせます。紅花栃の木が濃くも薄くもない、あでやかなピンクの花を咲かせるのは、両者の合の子だから、と納得できます。デオデオ横の木は紅花栃の木に違いないと私は思いました。とすると銀座のマロニエも実は紅花栃の木でしょうか?

そこで思い切って銀座のマロニエ通りを歩いて見ました(写真5)。5月24日のことです。花は盛りを過ぎていましたが、半分ほど残った房状の花はデオデオ横の花と色も形もよく似ています。しかしピンクの花は一本おきに咲いているだけで、間の木は例外なく花をつけていません。しかも葉の形も違います。ピンクの花を咲かせる木の葉は縁に鋸状のギザギザがあるのに対し、花のない木の葉の縁はほとんどスムースです。こちらがマロニエでしょうか?

思い切って中央区に電話して聞いてみました。公園森林係のN氏が、私の疑問を聞かれると、暫く時間を下さいといわれ、約1時間後に電話してくれました。わざわざマロニエ通りまで出かけて検討して下さったそうで感激しました。しかし、区の台帳によるとすべてが西洋栃の木、即ち本物のマロニエで紅花と白花を交互に植えてある、白花はこれから咲くだろうということでした。
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写真4:マロニエの花
青木繁伸氏提供:(群馬県前橋市)(注2)

葉の形が違うのは同じ種でも花の色が違うように違いがあるのだそうです。実が小さいでないかと食い下がりましたが、未熟のまま落ちたので、9月になれば大きな実が熟すだろうということでした。

これに味を占めて、西葛西の栃の木についても江戸川区に電話してみました。応対に出られた街路樹係のK氏も、電話を一旦切って調べて呉れました。しかし答えはすべてが1種類の栃の木だということで、紅花栃の木はないということです。

両氏のご親切な対応の結果、銀座マロニエ通りは本物の「マロニエ通り」、西葛西駅の南北の通りは「栃の木通り」となりました。
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写真5:銀座マロニエ通りのピンクの花。5月24日
残念ながら盛りを過ぎていた。
銀座プランタン3階より。

しかし私にはどうも納得できない点がありました。マロニエも栃の木も花の色は白が基調で少しピンクがかっている程度です。銀座マロニエ通りのピンクの花はマロニエにしては色が鮮やかです。同じように、デオデオ横のピンクの花は栃の木の花とは思えません。

そこで素人の私にも分かり易い実を較べてみました。5月も下旬になるとマロニエ通りにも栃ノ木通りにも未熟な実が木の下に沢山落ちていました。それらを拾って較べました。写真6で分かるようにドコモ前の白い花の実は皮がスムースで刺がありません。西葛西駅の北側の沢山の白い花の実も全く同じです。これは栃ノ木の実の特徴です。これに対してデオデオ横と銀座のマロニエ通りのピンクの花の実には細長い髭のような刺があり、しかも互いに驚くほどよく似ています。インターネットで調べると紅花栃ノ木とマロニエの実は5月頃の未熟な間は両者とも細い刺があり(写真7)、色も形状も良く似ていることが分かりました。しかし成熟するにつれて両者に大きな差が現れます。写真7と8に見るように紅花トチノキの実では刺が退化し突起状の斑点として残るだけになるのに対し、マロニエでは刺が髭のようになってそのまま残るのです。
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写真6:3種の木の実の比較、いずれも5月
上段:西葛西駅目通りの白い花の実
中段:デオデオ横のピンクの花の実
下段:マロニエ通りのピンクの花の実

こうしたことから5月末の時点で西葛西の南北の通りは間違いなく「栃の木通り」だと分かりました。ただどういう訳か、南の端のデオデオの横だけに、紅花栃の木と思える異端児が植えられてしまったのだと、私は勝手に考えました。しかし、銀座のピンクの花の木がマロニエなのか紅花栃の木なのか、この時点では分かりませんでした。

5月下旬当時、路上に落ちた実は何れも大きさが1cm前後でした。しかし栃の木の実もマロニエの実も秋までには5cm近くまで成長し、果皮が3つに裂けて中身が現れる筈です。そこで実が熟する秋まで待ば、刺の様子によってマロニエ通りのピンクの花の正体を突き止められると考えました。

それから一か月経った6月末になると、西葛西駅北側の栃の木の実はほぼ2倍の大きさに成長しました。
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写真7紅花栃の木の実
左:5月頃(写真6と比較);右:夏(写真10と比較)写真7:

しかし、ピンクの花の実はデオデオ横もマロニエ通りでも全く残っていません。どうやらこの辺で追及の手を止めざるを得ないかなとも思いました。

花や樹は見て楽しむもの、街路樹は街の雰囲気を盛り立てるものです。折角、新緑とピンクの花で迎えてくれた「マロニエ通り」で、或は白い花の「栃の木通り」で、あれこれほじくりまわすのは無粋の極みかも知れません。マロニエも栃の木も紅花栃ノ木もすべて同じトチノキ科です。いろんな桜を一括してさくらと呼ぶように、一括してマロニエでよいかも知れません。こう開き直りたいところです。でも矢張り何となく納得できません。

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写真8:マロニエの実 
2005年9月パリのパッシー墓地付近。
殻の中の実の大きさは40−50mm
ガーター亭別館(注3)ご亭主、Iさん撮影提供。

そんな思いと栃ノ木の実が熟すところも見たい気持ちも強く、その後も西葛西駅北側の栃ノ木通りを月数回は訪れ実の変化を写真で記録しました。栃の実の成長振りは7月に入ると目を見張るばかりとなりました。6月には径が15mm程度であったものが7月半ばには2倍の30mmをこえ、8月に入ると木の枝に付いたままでも赤子のコブシ大となったことが分かりました(写真9、中段)。

銀座マロニエ通りのピンクの木の実は6月末に訪れたときは殆ど落下して見あたりませんでした。しかし西葛西のトチノキの実の成長振りを見て、8月末、銀座に出たついでに、念のためマロニエ通りを訪れてみました。案の定下から見ると実は殆どなさそうでした。しかし注意して見ると木の頂部には実らしきものがちらほら見えます。そこで思い切って銀座プランタン2階の喫茶室に入ってみました。運良く空いた窓際のテーブルに座るとなんと目の前に数個の実が見えるではありませんか!写真に撮って拡大して見るとマロニエの実(写真11)に特有な刺はなく、トチノキ(写真8)や紅花栃の木(写真10)と同じで、斑点状の突起があるだけです。

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写真9:西葛西駅前のトチノキの実の成長振り
上段:6月12日;中段:7月9日
下段:9月7日

このことから銀座マロニエ通りのピンクの花を咲かせる木はマロニエではなく、紅花栃の木だと考えざるをえません。先きにお世話になった中央区公園課のNさんにもこの刺なし写真をお送りしたところ、どうもマロニエではないらしいことを認められたようです。しかし先きにも書いたように、栃ノ木も紅花栃の木もマロニエの一属です。これまで通り「銀座マロニエ通り」で良いでしょう。

そして夏も終りの9月7日、西葛西駅の北側に行くとびっくりするほど大きくなった栃の実が、と言うより実が抜けた無数の殻が、車に轢き潰されているのを見つけました。その前日の強風で沢山の実が振り落とされたのでしょう。これを拾って実だけ集めていった人もいたと見えて、歩道の数カ所に空の殻が沢山集めておいてありました。私と家内も遅まきながら目を皿にして歩き回った結果、目立たぬところに僅かでしたがまだ実の入った殻や裸の実を見つけることが出来ました。大きなもので殻の径が5cmを越え、中身は4cmくらいの大きさでした(写真9、最下段)。

考えてみると私は「栃餅」が名物の山陰に20年以上も住みながら、栃の実とはこの時が初対面です。少しばかりの感慨にふけりました。そして私の半年にわたる栃の木、紅花栃の木、マロニエの実を追っての物語も終わりを迎えました。
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写真10:銀座マロニエ通りのピンクの花の実
8月23日、銀座プランタン2階喫茶室より。
写真7の紅花トチノキの実に似ている。


注1)http://kono.web.infoseek.co.jp/index.html
2)http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/BotanicalGarden/HTMLs/marronnier.html
3)http://falfal2.way-nifty.com/garter/2005/09/post_2a9e.html

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