中国語の化学物質表現

高 橋  昭

1.はじめに

ご承知のように、現在私は生れ故郷大連の理工大学の客員教授をしており、ときどき集中講義に出かけている。引き揚げ後初の訪中は1980年、技術交流訪中団のメンバーとしてであった。そのとき、中国語での講義は到底望めないにしても、テキストやOHPではテクニカルタームくらいは中国語でと考え、実行した結果、中国の技術者に大変喜ばれると同時に、私自身興味を覚えて現在でも中国語での資料作成が続いている。

その理由は、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ロシア語などいずれもそれぞれの言語での化学表現を持っているが、これらはすべてアルファベットで構成される言葉であり、少数の例外を除いて発音の差も少ない。しかるに中国語は日本と同じく漢字の国であり、しかも日本語とは違ってカナに相当するものがない。

調べてゆくうちに独特の工夫の跡がわかり、そのとき以来化学物質の中国語表現に興味を持ち、さすが漢字の国との思いを抱いたからである。ところで英語をはじめとする西欧語に堪能な諸兄も、中国語とのご縁は必ずしも深くない方もおられると思うので、この機会にその一部をご紹介したい。

 さて、さていろいろな物質のうち、hydrogenは水素、 chlorineは塩素、gold は金、mercury は水銀、bismuth は蒼鉛、 acetic acid は酢酸など、一部化学物質には日本語名があるのは周知のとおりであり、日常的に使用している。 

ところで、ヘリウム、ストロンチウム、ゲルマニウム、アクチニウム、エタン(メタンは沼気という言い方もあるが近年全く使われていないようである)、エチレン、アセチレン、エーテル、アセトン、ビタミン、ペニシリン、などとなるとその日本語は私は知らないが、皆さんはどうですか。しかし日本語にはカナがあるので、日本語表現が無くても(知らなくても)、外国語の発音をカナで(あるいはグルタミン酸とか酢酸エチルなどとカナ混じり語で)表記して解決することができ、実際化学の論文にもカナが沢山出てくる。

 一方、中国語は同じく漢字を用いる言語であるがカナに相当するものがなく、日本語と違って逃げ場(?)がない。ではどのようにして化学物質を表現しているのであろうか? 以下主な代表例をご紹介する。

なお本文で中国文字のあとに(カタカナ)で概略の発音の目安を記したが、(全角カナ文字+下つきカナ文字)の組合せで各漢字一文字に対応させる方法を採った。例えば下記の「元素」では(ユエン)が「元」、(スウ)が「素」の発音であることを示す。 なお1文字ごとに四声と呼ばれる抑揚があるが、これは省略した。

2.元 素「元素(ユエンスウ)」

 中国語では一字の漢字で表す。それには次のようなルールがある。
(1)常温で気体の元素:気構え「O」を持つ文字で表す。
(2)常温で液体の元素:サンズイを持つ文字で表す。
(3)常温で固体の元素
 (a)金属元素:金偏「 N」を持つ文字で表す。 ただし中国では日本以上に漢字の簡略化が徹底されていて簡体字が制定され、金偏も上記のように日本語とは少し異なっている。
 (b)非金属元素:石偏を持つ文字で表す。

 つぎにいくつかの具体例をあげる。

(1)常温で気体の元素
 水素:「W(チン)」。気体のなかで最も軽いので気構えの中に、    ”軽”のつくりを書く。もっとも”軽”の中国文字そのものも少し日本語と異なるが。

 酸素:「P(ヤン)」。昔ラボアジェがその発見のときに,生命    の気air vitalと読んだことから中国では「養気(ヤンチイ)」    と訳した。それで「養」の字の上半分を気構えに入れて    「P」とした。気構えに「ひつじ」ではない由。

 窒素:「X(タン)」。日本語の窒素は窒息させるもの、azote    が元になった由、一方中国では酸素の働きを薄めるもの    (空気はまさにその通り)、淡くするものと考えて「淡気」    と命名、元素名としては気構えの中に淡のつくり「炎」を    書く字を作った。私は初めなぜ気構えに「ほのお」なのか    と疑問を感じたのであるが、以上の事情を知って納得。

 塩素:「R(リユイ)」。緑色の気体なのでその気体を「緑気」と    名付け、元素名としては気構えに緑のつくりを当てはめて    いる。

 アルゴン:「Z(ヤア)」。「[」は”亜”の簡体字。

 日本と中国とで、同じものを同じ漢字で表現するものも多いからといって、”水素”を中国語読みして「シユイスウ」といっても通じない。

(2)常温で液体の元素

 該当は臭素と水銀だけであるが、前者はサンズイに「臭」と書いて「\(シユウ)」、水銀は例外的に金偏でなく(もちろんサンズイでもなく)昇汞の「汞(コン)」で表している。

(3)常温で固体の元素

 (a)金属元素

 日本語と同じなのは「金(チン)」、「銀(イン)」、「銅(トン)」、「鉄(テイエ)」、「錫(シイ)」、「鉛(チエン)」の6個。金は、金偏に金ではなく金だけで、これも例外となっている。ちなみに、金偏に金の字はないが、金カンムリ(?)に金偏に金、「Q(シン)」という文字はあり、”興る”という意味で縁起がよいとして、商店の屋号などによく使われている。

 さて白金は金偏に「白」の「K(ポオ)」、そのほか、金偏に元素のラテン名と似た発音の字をつけたものが多い。たとえば、ナトリウムは「内」で「](ナア)」、マンガンは「孟」で「^(メン)」、イッテリビウムは「意」で「_(イイ)」など。

 またリチウムは「里」で「`(リイ)」、カドミウムは隔離の隔のつくりを書いて「a(コオ)」、ビスマスは「必」で「b(ビイ)」、ユーロピウムは「有」で「c(ヨウ)」。このあたりは日本語の発音とも似た文字がつくりに使われていて、なんとなくわかりそうな気がする。

 (b)非金属元素

 日本語と同じなのは、「硫(リュウ)」、「硼(ペン)」だけ。似ているようで異なるのは、燐と珪素で、中国語ではいずれもルールどおり石偏である。すなわち「d(リン)」と「e(クイ)」。面白いのは炭素で、これも几帳面にルールを守り、石偏に「炭」を書き「f(タン)」と書く。石炭と間違わないように。石炭は、火偏に「某」で「h(メイ)」である。

 表1に元素名一覧表を示した。

3.無機化合物「无机化合物(ウウチイフアホオウウ)」。 「无」は ”無”、「机」は”機”の簡体字。

3.1 酸「酸(スァン)」

(1)酸素原子を含まない場合
 「W +(元素名)+ 酸」という表現方法をとる。たとえば、
  塩化水素(酸)「WR酸(チンリユイスアン)」
  臭化水素(酸)「W\酸(チンシユウスアン)」
  沃化水素酸「Wi酸(チンデイエンスアン)」
  フッ化水素酸「Wj酸(チンフウスアン)」
  硫化水素酸[W硫酸(チンリユウスアン)」
ただし塩化水素は「k酸(イエンスアン)」とも書く。「k」は日本語の”塩”の簡体字である。

(2)酸素を含む酸は「(元素名)+ 酸」の形をとる。すなわち、  硫酸「硫酸(リユウスアン)」
  塩素酸「k酸(リユイスアン)」
  沃素酸「i酸(デイエンスアン)」
などとなる。
 ただし、硝酸は「硝酸(シアオスアン)」、硼酸は「硼酸(ペンスアン)」で、日本語と同じ。

 では主元素の原子価がいくつもあるときはどう表すか? これは日本語の場合とよく似ていて、それぞれ、「m(過の簡体字)」、「高」、「[(亜の簡体字)」、「次」を語頭につける。
例 過塩素酸:「高R酸(カオリユイスアン)」
  塩素酸:「R酸(リユイスアン)」
  亜塩素酸:「[R酸(ヤアリユイスアン)」
  次亜塩素酸:「次R酸(ツウリユイスアン)」
  過硫酸(ペルオキソ二硫酸):「m二硫酸(グオアルリユウスアン)」
  カロ酸(ペルオキソ一硫酸):「m一硫酸(グオイイリユウスァン)」
  硫酸:「硫酸(リュウスァン)」
  亜硫酸:「[硫酸(ヤアリユウスアン)」
  チオ硫酸:「硫代硫酸(リユウタイリユウスアン)」など

 なおここで漢数字が出てきたが、その発音は麻雀用語ですでにご存じであろう。

3.2 塩基・アルカリ「n(チエン)」
 水酸化物は「WP化物(チンヤンフアウウ」で、”水素・酸素・化物”という書き方をとっている。水酸化ナトリウムは、「WP化]」であるが、「苛性](コオシンナア)」という言い方もある。

3.3 塩「k(イエン)」
 一般的な化合物は日本語と同じ形式の表現が多い。
 2種の元素から成るものは通常、日本語と構成が同じで、 「(元素名)+化+(元素名)」、「(元素名)+酸+(元素名)」のように表す。たとえば、
 塩化カリウム:「R化t(リユイフアジア)」
 シアン化カリウム:「q化t(チンフアジア)」
 硫酸マグネシウム:「硫酸o(リユウスアンメイ)」
 硝酸アンモニウム:「硝酸p(シヤオスアンアン)」
 二酸化硫黄:「二P化硫」
 一酸化炭素:「一P化f 」
 水酸化リチウム:「WP化`(チンヤンフアリイ)」

 このようにシアンとアンモニウムはそれぞれ「q(チン)」、「p(アン)」と一文字で表現しているが、アンモニウムは金属扱いで金偏の文字が用いられているのは興味深い。ただしアンモニアガスは「r(アン)」。

 錯化合物は、元素名等、数字とともに「v(ルオ)、”絡”の簡体字」の文字を使って、次の例のように表す。
[Co(NH3)3Cl3] : 三R三rvL(III)
[Co(NH3)5Cl]Cl2 : 二R化一R五rvL(III)
 K4[PtCl6] : 六RvK(II)酸t
K2[HgI4]: 四iv汞(II)酸t
[Pt(NH3)4(NO2)Cl]CO3 :f酸一R一硝基四rvK(IV)

4.有機化合物「有机化合物(ヨウチイフアホオウウ)」

 分子中の炭素数と、脂肪属炭化水素、芳香族炭化水素、およびこれらの誘導体にそれぞれ所定の基本的な文字を当て、これを組み合わせて表現する。炭素数には十干十二支の十干を、つまり炭素数が1から順に、甲、乙、丙、丁・・・癸を割り当てている(表2)。

           表  2  
 Cの数 1 4 
表 記
発 音(ジア) (イイ)(ビン)(デイン) (ウウ)
 Cの数6 789 10
表 記
発 音(ジイ) (ゲン)(シン)(レン) (グイ)

なお炭素数11以上は漢数字を用いる。

以下、基本的な化合物の系列を例にとって紹介する。

4.1 脂肪属炭化水素「脂族s(チイツウテイン)」

4.1.1 飽和炭化水素「x和s(パオホオテイン)」  「x」は”飽”の簡体字。日本語と同じ感覚で、炭化水素を「fW化合物(タンチンフアホオウウ)」という言い方もある。  直鎖型飽和炭化水素すなわちメタン系列には「z(ワン)」という字で表す。したがってメタン、エタン、プロパン、・・・デカンは、それぞれ「甲z」、「乙z」、「丙z」、・・・「癸z」となる。アルキル基「z基(ワンチイ)」も、「甲基」、「乙基」・・・などと記す。

 なお炭素数11以上のウンデカンより先は、前述のように漢数字を用いるので大変わかりやすい。 例:ウンデカン「十一z(シイイイワン)」、ドデカン「十二z(シイアルワン)」、オクタデカン「十八z(シイパアワン)」など。

 枝分かれのある炭化水素は、イソブタン「|丁z(イイデインワン)」のように「|」をつけて表し(「|」は”異”の簡体字)、またネオペンタンは「新戊z(シンウウワン)」と書く。 ネオペンタンは 正確には「2ー2ー二甲基丙z」と書き、この流儀は正統的でまぎれがない。

4.1.2 不飽和炭化水素「不x和s(プウパオホオテイン)」  エチレン系列は、二重結合が1個のものに対しては「}(シイ)」、2個あるジエンは「二}」という。したがってエチレンは「乙}」ブタジエンは「丁二}」など。  三重結合は「~(チユエ)」で表し、アセチレンは「乙~」、プロピン(アリレン、メチルアセチレン)は「丙~」または「甲基乙 ~」となる。

4.1.3 脂環族炭化水素「脂族fW化合物(チイフアンツウタン      チンフアホオウウ)」 「」は”環”の簡体字  シクロパラフィン「z(フアンワン)」、シクロオレフィン「}(フアンシイ)」などのように、炭化水素類の表現の冒頭に「」を付け、シクロプロパン「丙z(フアンビンワン)」、シクロヘキサン「己z(フアンジイワン)」、シクロヘキセン「己}(フアンジイシイ)」などと表す。

4.2 芳香属炭化水素「芳族s(フアンツウテイン)」

 この系統の化合物には、芳香族の芳が草冠であるせいか、草冠を用いて作字されている。基本であるベンゼンは草冠に「本」を書いて「メiベン)」、ナフタリンは草冠に「奈」で「(ナイ)」、アントラセンは草冠に「恩」で「пiエン)」、その他フェナントレン「(フエイ)」など。

4.3 誘導体の表し方

4.3.1 アルコール類  「醇(チユン)」を用いて、一価の飽和アルコールは「乙醇」(エチルアルコール)、「丁醇」(ブタノール)などと書くが、アルコールに芳醇の醇の字を当てるとは、なかなかシャレている。 不飽和アルコールに対しては「}丙醇」(アリルアルコール)などと表わす。

 多価アルコールの場合はOH基の数の漢数字と組み合わせて、エチレングリコール「乙二醇」、グリセリン「丙三醇」となるが、エチレングリコールは「甘油(ガンヨウ)」、グリセリンは「甘醇」という言い方もあり、「甘いアルコール」とはこれも面白いセンスと思う。

 チオアルコール(メルカプタン)「硫醇」類は、メチルメルカプタン「甲硫醇、甲z硫醇」のように表現する。

4.3.2 エーテル類

 エーテル類には「(ミイ)」を当て、ジエチルエーテルは「二乙」、メチルエチルエーテルは「甲基乙基」などと表す。

4.3.3 アルデヒド、ケトン類
 それぞれ「堰iチユエン)」、「梶iトオン)」の字を当て、アセトアルデヒド「乙堰v、アセトン「丙梶v、メチルエチルケトン「甲基乙基甲梶v=ブタノン「丁梶vなどと表すが、アルデヒド基、ケトン基の炭素も勘定に入れる。 4.3.4 有機酸「有机酸」、カルボン酸「月_(スオスアン)」類

 つぎに代表的な酸を掲げておく。
 モノカルボン酸「一元月_(イイユエンスオスアン)」では、ぎ酸「甲酸」、酢酸「乙酸、酢酸(ツウスアン)」、酪酸「丁酸」、パルミチン酸「十六(z)酸、軟脂酸(ルアンチイスアン)」、ステアリン酸 「十八酸、硬脂酸(インチイスアン)」など。 ここでパルミチン酸は”軟らかい脂の酸”、ステアリン酸は”硬い脂の酸”という感覚は面白い。

 ポリカルボン酸「多元月_(トウオユエンスオスアン)」では、 蓚酸「乙二酸、草酸(ツアオスアン)」、マロン酸「丙二酸」、琥珀酸「丁二酸、琥珀酸(フウポオスアン)」、アジピン酸「己二酸」などで、比較的分かり易い。なおここでもカルボキシル基の炭素も含めて数えるのは、アルデヒド、ケトン類と同様である。

また、芳香族カルボン酸の代表、安息香酸は「安息香酸(アンシイシヤンスアン)、メi甲)酸」と表す。

4.3.5 その他の化合物

 有機化合物の数は著しく多くきりがないが、思いつくままにあと少し主な化合物の表現を挙げる。
・アミノ基「r基(アンチイ)」を含む化合物:アミノ酸「r基酸、試_」、アミノ酢酸「r基酢酸」、グルタミン酸「谷r酸(グウアンスアン)」。後者のグウは多分グルタミンのグの音訳であろう。
・ニトリル「潤iチン)」類:アセトニトリルは「乙潤A甲基q」、イソニトリルは「|潤A吹iカア)」
・エステル「早iチイ)」:酢酸エステル「酢酸早iツウスアンチイ)」酢酸ブチル「乙酸丁早v、酢酸ビニル「酢酸乙}早vなどと書く。 芳香族の誘導体ではフェニル基が「リ(ベンチイ)」で、フェノールが「秩iベンフェン)、秩iフェン)」、あとトルエン「甲メv、アニリン「氏iベンアン)」、ニトロベンゼン「硝基メiシアオジイベン)」、クロルベンゼン「Rメiリユイベン)」など。

 つぎに、ベンゼン環に二つの基が付く場合の相対的位置の表現であるが、オルト、メタ、パラはそれぞれ「煤iリン)、狽ヘ”隣”の簡体字」、「間(チエン)」、「対(トウイ)」、を用いるが直観的にわかる、うまい当て字だと思う。

具体例を挙げると、キシレンは「二甲メvで、o-キシレンは「箔甲メv、m-キシレンは「間二甲メv、p-キシレンは「対二甲メvであり、o-ニトロトルエン「拍ノ基甲メv、m-ニトロトルエン「間硝基甲メv、p-ニトロトルエン「対硝基甲メvなどとなる。

 ベンゼン環の三つの炭素につく場合の相対的位置については、連続したCにつくとき、たとえば1,2,3、英語で v.-(vicinal)は 「連(リエン)」、一つおきにつくとき、例えば1,3,5、 英語でs.-(symmetrical)は「均(チユン)」、2個は隣合わせで他の1個は離れているとき、1,2,4、または1,2,5、すなわち英語で asym.-は「偏(ピエン)」という。

つまりトリニトロベンゼンは「三硝基メvで、そのうち1,3,5-トリニトロベンゼンは「均三硝基メvである。なおトリニトロトルエンは、「2,4,6-三硝基甲メvと表している。

 医薬品などの例を挙げると、ビタミン「維生素(ウエイションスウ)」、ビタミンC「維生素C(ウエイションスウC)、抗坏血酸(カンフアイシュエスアン)、「坏」は”壊”の簡体字で、抗壊血病酸の意」、ビタミンD「維生素D(ウエイションスウD)、抗佝僂病維生素(カンコウロウビンウエイションスウ)」、ペニシリン「青桝f(チンメイスウ)」、ストレプトマイシン「鏈桝f(リエンメイスウ)」、オーレオマイシン「金桝f(チンメイスウ)」=クロルテトラサイクリン「R四坏素」、サリドマイド「薩利徳邁(サアリイドウマイ)」など。苦労のあとが偲ばれるというとオーバーか?

 ところでダイオキシンやサリンはどのように漢字化しているのであろうか。

5.人 名

 最後に物理学者・化学者人名で本文を締め括ることにする。先に中国語をまとめて挙げ、答えを後に記したが、皆さんどの程度推察できますか? なお、ここでは簡体字ではなく、従来の文字を使用している。

  1.門捷列夫   2.克拉克   3.克労修斯
  4.克拉珀龍   5.居里    6.克利雅
  7.克庫勒    8.瓦耳登   9.阮来
 10.馬許    11.波耳茲曼 12.范徳瓦耳斯

 正解:  1.メンデレーエフ(メンジイエリエフウ)  2.クラーク(コオラアコオ)  3.クラウジウス(コオラオシュウスウ)  4.クラペイロン(コオラアポオロン)  5.キュリー(チュウリイ)

 6.グリニャール(コオリイヤア)  7.ケクレ(コオクウレエ)  8.ワルデン(ワアアルチュアン)  9.ラネー(ルアンライ)  10.マーシュ(マアシュウ)

 11.ボルツマン(ボオアルツウマン)  12.ファンデルワールス(ファンドオワアアルスウ)

6.蛇 足

 以上ほんの上っ面を掠めただけであるが、漢字しか使えないとなると大変な苦労となる。カナの存在はいかに有り難いことか。もっともカタカナ語の氾濫を憂慮する意見も出始めているが。

つぎに化学用語ではないが、適当な日本語訳が決まっていない(決めようとしない?)言葉の中国語をアトランダムに少しばかりご紹介しよう。

 カウントダウン「倒数」、セレンディピティー「偶然発現珍宝的運気」、アイデンティティー「同一性」、トレーサビリティ「可追蹤性」(もっとも我々の先輩、増子さんが”求源性”という日本語訳を提唱されたが普及していない)、インフォームド・コンセント「有情報根拠的同意」、ビデオカセットデッキ「盒式録像機」、ビデオテープ「録像磁帯」、ファクシミリ「伝真」、ジェット機「噴気式飛機」、プロペラ機「螺旋剋ョ飛機。「凵vは ”櫂”の意味」、コカコーラ「可口可楽」などなど。セレンディピティーなどは何とも涙ぐましい努力と言うべきか。

 今年は長野オリンピックの年であったので、その種目名の一部を紹介。スキー「滑雪」、スケート「滑氷」、クロスカントリースキー「越野賽滑雪。賽は”競う”の意」、フィギュア・スケート「花様滑氷」、アイス・ホッケー「氷球」など。

 さて中国もいまスーパーマーケットが著しく増えたが、たいていの店は「超級市場」と表現していて、ちっとも面白くない。しかし先年武漢で「自選市場」と看板に書かれていたのを見て感心した。 ところで英語などを中国語化するのには、意訳する場合と、人名、地名などに多く見られるように音訳する場合とがあるが、両者を折衷した下記のような例もある。

 スカートは中国語では「裙(チユン)」であるが、では「迷帛縺vは何でしょう。発音は「迷(ミイ)」、「宦iニイ)。意味は”あなた”。二人称代名詞」。もうお分りでしょう。なかなか意味深な表記法である。なお「超短裙」というのも字引に併記されているが。 ではこのような新たに生まれた外来語(中国にとって)は、どのような機関で中国語表現をきめるのか?  実は新聞社が中国語化する由、1年ほど前、NHK日曜日夜の”日本人の質問”で知った次第。

参 考 文 献

1.田村、白鳥編:中英日化学用語辞典、東方書店、1977年
2.河東:中国の化学用語、MOL、昭和48年11月号、p.89.
3.新英漢詞典、三聨書店香港分店、1976年
4.小川:元素、化合物の漢字による表記法について、技術士、1984.4. p.5.
5.汪 編:有机化合物的命名、高等教育出版社(北京)、1982年