一国雅巳これから書こうとすることは,赤れんが第4号に丹羽兄が書かれたことと同じもので,教室における最近の学生の態度に激怒した結果の産物である。丹羽兄は学生が無礼なことをした場合でも,穏やかに対応しておられるようであるが,私の方は(腹立ちまぎれということもあって)かなり意地の悪いことをする(イジワルジイサン)。この間は学生に一発くれてやった(加減したとはいえ乱暴な話。暴力教師といわれても反論できない)。これも年をとって気が短くなったせいか。
非常勤とはいえ,これでも商売である。のべつ怒っていてはお客が付かなくなる。これでは首になる。三度に一度は我慢することにしているが,そのせいでストレスは溜まる一方である。精神衛生的に見ると,非常勤講師というのは決してよい職業ではない。いい加減に辞めないと早死にするかもしれない。
ところでその学生であるが,教室での彼らの態度は大学によっても大きな違いがある(国立大の方がましなような気がするが,これは学年によっても異なるので,大学の問題だけではないかもしれない)。
レベルの低い私大の場合,必修科目であっても一生懸命に勉強するとは限らない。就職が決まれば,再試験でなんとか単位を出すような仕組みになっているいるからである。うるさいことをいっていたのでは途中で学生に逃げられてしまう。単位がきびしい大学という評判が立てば,受験者数が減少するから大学が経営難に陥ることは必至である(受験料は私学にとって大きな収入源である)。
学生を数多く集めるためには,教育の質を高めることだけがすべてではない。事実はその反対であって,「本学に入学すれば,楽しい大学生活(アルバイトは仕放題,講義に出席しなくても授業料さえきちんと払っていれば卒業できる)が保証されます」ということに徹底するのが効果的である。
こうして一人でも多くの学生を入学させたいというのが私大経営者の本心である(としか思えない)。入試では底までさらっている(上位で合格した成績のよい学生は他の大学に逃げてしまうから)。
これに対して専任教員は,クラスの学生の上から1/3に照準をあ わせて講義をしていると教えてくれた。「そうしないと,出来のよい学生が途中で愛想をつかして退学する(他の大学に移る)からです。大きな声ではいえませんが,出来のよくない学生を卒研生で引き受けた日には百年の不作です。このような学生は卒研以前の段階でなんとか間引いてしまいたいというのが教官の本音です」。あっちもこっちも対立関係。
出来が悪い学生のレベルは次の事例から判断していただきたい。講義の後で「先生の講義(基礎化学)が全く分かりません」と訴えてくる学生が後を絶たない。このような学生約50名に簡単な質問表を配布した。回答を集計してみて,原子の中の電子が円軌道を描いていると思っている学生が84%,また陽イオン同士が引き合うと答えた学生が37%もいることが分かった。恐ろしいことにこのように訴えてくる学生は実は氷山の一角に過ぎないのである。それ以上に分かっていない(何が分からないのかさえ分かっていない)学生がゴマンといるのである。
彼らにとって90分の講義は苦痛以外の何物でもない。従って授業の間におしゃべりはする(もちろん講義の内容とはいっさい関係がない。一度何の話をしていたのかと訊ねたところ,友達の噂話という返事であった),席を立って教室から出て行く(生理的要求かと思えば,教室を出て煙草を吸ってから戻ってきた。さすがに腹が立ったので教室から追放の刑に処した),水とかジュースとかを飲む (何か食べないだけましか),目薬をさす(眠気ざまし?),(女子学生は)髪をとかす(イイカゲンニシテクレ),漫画を読む(教科書とノートは単なる飾り物),...
私はこのような連中を排除するために出席をとらないことにしたが,あまり効果がなかった。ともかく出席していないと不安らしい。両親の手前でもあるのか。図書館で自分の好きな本を読むという才覚もない。一体専任教官は何を指導しているのだ。私は憤慨した。ところが驚いたことに,学生は専任教官の前では借りてきた猫のようにおとなしくしている。私は連中になめられていただけのことであった。
それからは私は連中に厳しくすることにした。講義を始める前に 「用がない人はすぐに退席して下さい」と通告する。それでも座っている学生で講義を聴く用意が出来ていない者には「聴くのか,聴かないのか」と詰めよる。途中でおしゃべりをしている学生にはレッドカードを突きつける。それでも席を立たないときは,ペナルティ(試験のときに減点)を課するといって脅かす。
当然ながら学生の評判は極めて悪い。授業に関するアンケートから:「最悪の講義,必修でなければとらない」(お前のような出来の悪い奴に教えたくない),「後輩には(この講義を)とらないように勧める」(一人でも少ない方がこちらは助かる)などなど。この調子ではそのうちに学生に刺されるかもしれない。 いよいよ期末試験。連中に思い知らせるときが来た(本当はたいしてプレッシャーにはならないことは前述の通り)。成績を見て腰を抜かすな。学生vs.非常勤講師の泥沼的対立は続く。