グッドマン・インタビュー

その30回

鎌田雄一


日置寿一
1967年2月16日
愛知県立中村高校卒すぐに上京
グッドマンには、去年の11月より木下正道(p,key)とデュオで出演開始。


●即興演奏をやるようになったキッカケってあります?
◯即興をやるようになったのは、ブルースやジャズを演奏したのが始まりです。

●ブルースやジャズにはフォームがあるよね。今のようなフリーフォームなものになるキッカケは?
◯そのフォームを窮屈に感じだしたのがキッカケではありました。しかし、それに対するアンチとしてフリーフォームを選んだというわけではないのです。私は即興演奏というものは最も伝統的な演奏方の一つだと考えています。伝統というものを一気に否定するのではなく、その意味を注釈していく、そういうものとして自分の演奏を考えています。

●窮屈に感じ出したのはいつ頃?
◯3年程前、ジャズを演り始めて、3年たったあたりでした。

●どういう人達とジャズをやっていたのですか?
◯吉田多宏さん(as)、丸山尚文さん(b)、本庄重紀(ds)達と演らせてもらったり、ひろいでハコバン(キャバレーやクラブなどのレギュラーバンド)のトラ(ピンチヒッター)をやったりしていました。そうそう、マスターとずっとやってるベースの古木さんのバンドにもトラで行ったことがあります。

●多宏さんはグッドマンでも演奏してもらったことあるんだよ。また、やってくれないかなぁ。今、デュオでやっている木下さんってジャズ畑の人じゃないとね。どうやって知り合ったの?
◯彼は友人の友人でした。木下さんが作曲科の学生だった頃に彼の演奏を友人と聴きに行ったのがキッカケです。

●現在も作曲活動をしている木下さんは、自分にとってのグッドマンでやる即興演奏について、何か言っていましたか?
◯彼の演奏会のパンフレットに「即興演奏と作曲活動を軸に」という表現があったので、彼は即興を作曲に付随するべきものとは考えていないと思います。その二つの共通性、そして相違性は、彼の興味の一つなのかもしれません。

●木下さんは作曲と即興を両軸にしていると。---じゃあ日置さんは作曲というもの、あるいはジャズのフォームといったものを、どう思っているのか?
◯木下さんの作曲というのは「作曲される曲の意味の不在を注釈していくような」作曲であるとも言えるのです。(彼は自作曲のタイトルに「穿つ」などの言葉を使います。)または、作曲を、なにか井湾とすることへと還元されるものと考えるのではなく、ということでしょう。---実は私は現在それを木下さから学んでいるところなのです。「作曲」を、そのまま「演奏」に置き換えることが出来るのではないでしょうか。-----「ジャズのフォーム」に関しては、それを固定して考えることを避けられればよいのですが。---私としては「作曲」にも「即興」にも「ジャズ」にも重点を置くものではありません。-----もう少し端的に何かを考えることに成功出来れば、と思っているのですが。

●じゃあ、何に重点を置いて演奏しているの?
◯何に対しても盲目的に重点を置かないことに。それが不可能だとしたら、それが不可能だということに。

●それが不可能だと言うことは、何かに重点を置かざるを得ないということで、それが「作曲」をしない「ジャズ」をしない結局盲目的ではないにしろ「即興」を重点に置いているということになる。?
◯私は「即興」をしていませんと言えば、詭弁になってしまうのでしょうか。しかし、私の「演奏]が「即興」に還元されないものとして、なされるということは出来ると思います。同様に「作曲」にも「ジャズ」にもまた、「演奏」にも----。(私にとっての演奏とは、体験の経済性を日常よりも少しだけ、よくする、少しゆっくり過ごす、というものなのです。)

●くどいようですけど、それなら作曲されたもの(クラシックでもビートルズでも)を演奏しても、ジャズを演奏してもいいのに、それをしあにのは、即興というものを方法として、捉えているんですか?
◯ある演奏が、何か還元されるかどうかは、おそらく聞き手によるのだと思います。どんな演奏でも聞き手が楽しみを見いだすことが出来るとすれば、そしてそれを「夢見ること」といえるなら、聞き手だけでなく、演奏者も「夢見る「ことができるような演奏の仕方を私は探りたいと思っているのです。私が言葉で「私の演奏は何にも還元されませんよ」と言っても為さないことは確かです。私は「即興」をやっています。私の今までのやり方ではあるのです。願わくば、その意味が演奏において、少しずれてくれたらよいのですが。

●そういえば、最初のライブの時にパンフレットをお客さんに配ってましたね。それをタイバンの長橋さんが読んで、インタビューの順番を回してくれたわけですが、彼女からの質問が「パンフレットに書いてあるような事を考え始めたのは、何がキッカケだったのですか?とのことなので、ちょっと長いですけど引用させてもらいますね。
◯「我々が今回演奏するにあたって興味をもっているのは、演奏中に、どれだけ多様で変化と強さに満ちた情報の発生に立ち会うことが出来るだろうか、ということです。とは言ってここで考えられるべき情報というものの形態は、例えばあらかじめ周到に準備、用意された手持ちのカードを見せ会う中での組合せの妙を楽しむような静的なイメージのものではなく、その場で、イレギラーなよそ者として自然発生しつつ自己と共存することである種の関係を生成せざるを得ないような、ある種の事故の結果としての、いわば動的な情報をさしあんす。これに出くわすためには、いわゆるもっている情報を管理することにより他に対して優位に立つ、というような態度はむこうであると考えます。自分の情報をそれ自体拒絶出来ない体系として押しつける形で出し、それへの従順あるいは反抗というかたちでしか応答を許されず、それにより結果的には相手をコントロールしてしまおうとするような態度を止め、むしろ自己と他者との境界の不分明な表現の場として考えれば脆弱と言わざるを得ない立場へと乗り込んで行かなくてはなりません。そうすることにより、「強い自分」からは隠されていた風景が立ち現われてくるのではないでしょうか。

●こういう指向へのキッカケは、何かあるんですか?
◯以前フリージャズ的な演奏も試みてみたことがあるのですが、「強さの反対としてではない弱さ」という考え方をまだもっていなかたので、音楽が予想されたようにしか展開しない不満があったのです。今では、それをスタイルのせいにはしませんが、もっといろいろ考えられるはずなので、またバンド形態でも演奏をしたいと思っています。


(編集後記)

日置さんちは、グッドマンからまっすぐ下井草の方へ行って早稲田通りを渡ってすぐの新築のマンションの3Fでした。今回のインタビューは、バタイユやデリタの名前も出てきて質問する方も答える方も沈思黙考しながらやっていたので、ふと二人顔を見合わせて、将棋をやっているみたいだね、と言ったところ実は彼は子供のころから将棋が好きで、友達とよくやっていたんだけど、その友達がビートルズ好きで勝負の最中も、ずっとビートルズのレコードをかけながらやっていて、最初は決してくれ、と頼んでいたんだけど、だんだん自分もビートルズが好きになって、ついには音楽家を目指すようになったのだそうです。次回は木下さんの予定です。


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