カオサンは何事もなかったかのように

 「シーズン中に海外旅行に行くと、その間に阪神が失速する」をいう私のジンクスは、じつは旅行中ではなく、旅行日記を書き終わるまでのあいだ続くのではないかと思うようになってきた今日このごろ。なんとか早いとこ書き終わりたいものです。

6月9日(月)
 ドリアンと酒のせいか、なんともだるい。いやまあ、純粋に酒の量の問題かもしれないけど。
 昼までうだうだとホテルの冷房とケーブルテレビのディスカバリーチャンネルとよく冷えたビールを楽しむ。私は安宿といっても、テレビとエアコンと冷蔵庫だけはなくてはならない。これさえあれば、ゴキブリの巣窟でも独房でも我慢できるんだけどね。
 シャワーを浴びて汗と迎えビールを洗い流し、ようやくホテルを出る。

 きょうは特に目的はない。なんとなく、ワットポーでマッサージを受け、ついでにカオサン通りを覗いてみようかな、と。
 前日の灼熱歩兵行軍にこりたので、バスに乗ってみようかと思う。地図で確認すると、スクンビット通りからワットポーまで直行するバスがあるはずなのだ。
 ホテルとスカイトレインの駅のちょうど真ん中あたりにあるバス停でバスを待つが、これがなかなか来ない。いや、バスは来るのだが、どれもこれも違う方面行きなのだ。バンコクのバスは英語表記などまったくない代わりに、バス路線が数字で書いてあってわかりやすい(もっとも、エアコンバスの1番と普通バスの1番が違う行き先だったりして、間違えたことがある)。違う番号のバスはやたらに来るのだが、私の求める番号のバスがまったく来ないのだ。来ないったら来ない。
 三十分ほど待ち続けてついに諦め、またもスカイトレインの駅までとぼとぼと歩く。

 スカイトレインではワットポーへ直行できない。終点の駅まで行き、そこでチャオプラヤ川の渡し船に乗り換える。間違えてチャーター船着き場に迷い込むなどのトラブルが多少あったものの、まずは正確に船に乗り込む。
 たしかここだったと思われるところで降りたが、ひとつ間違えていたことに降りてから気づく。まあいい、歩いて歩けない距離ではない。
 ワットポー近辺のバンコク中心地は、暑いバンコクの中でもとくに暑く思えてならない。なにしろだだっ広い敷地に平べったい建物が建っているだけで、直射日光をさえぎるものがほとんどないのだ。物売りやトゥクトゥクの運転手は、ひょろひょろと頼りなく生えた並木のわずかな影にかくれている。
 そんなところを直射日光を浴びながら歩いているのは、ものずきな貧乏白人と貧乏日本人くらいなものだ。私もてくてくと歩く。汗を垂らしながら歩く。白い壁がますます暑さを増幅しているかのようだ。
 長い長い白い壁をぐるりと回り込み、ようやく入り口にたどりついて気づいた。ここは王宮だ。私は、どうやらワットポーとちょうど逆方向にてくてく歩いてきたのだ。
 そしてまたてくてくてくてくと汗を垂らしながら歩く。バンコクの白い壁と日本人の血を引く自分を呪詛しながら歩く。途中、トゥクトゥクの運転手や案内人が声をかけてくるが、凶悪な顔で返事もせずに、ひたすらてくてくと歩く。
 ようやくワットポーに入ると、見物などまったくせずにマッサージへ直行する。一時間三百バーツ。疲れ切った身体にマッサージがここちよい。

船着き場

 ワットポーを出て、またもや渡し船でカオサンへ。先日日本人女性の殺人事件が報じられたばかりなので、どういう状態になっているか、ちょっと興味があったのだ。
 カオサンはまったく変わっていなかった。以前と同じ、活気があるようなないような、賑やかなような静かなような、不思議な街だ。旅行者は楽しんでいるようないないような、物売りは商売気があるようなないような、一種独特のものうげな雰囲気でそれぞれ動いている。
 日本人女性のひとりやふたり死んだところで、この街に影響はまったくないのだな。
 あんまり暑くて熱射病になりかかってきたので、通りの喫茶店に飛び込んでアイスコーヒーで一休み。カオサン通りのいいところは、こういう欧米風の喫茶店があるところだ。そこでは、タイの普通の店で出すようなインスタントコーヒーにコンデンスミルクたっぷりのべた甘コーヒーではなく、ちゃんとほろにがくて甘さひかえめのアイスコーヒーを出してくれる。冷房もきいている。
 まったく変わっていない、と書いたが、それは雰囲気の話で、カオサンにも新しい波は訪れている。カオサンの入り口近くに新しいゲストハウスができたのだが、これが実に豪華で綺麗なのだ。コロニアル風リゾートホテルといった感じの造りで、しかも、なんと、あのカオサンのゲストハウスの分際で、プールまでありやがるのだ。
 しかし、そこで泳いでいる白人女性をタイ人がじーっと覗いている(というか、数人集まって堂々と見物している)のは、いかにもカオサンらしいな。いや、覗いているタイ人も、覗かれてもまったく気にしない白人女性も。

 船とスカイトレインで、昨年末に泊まっていたパトゥムワン・プリンセスホテルの近くの駅で降りる。そこでウェンディバスツアーの事務所へ行き、クーポンを購入。マンボのオカマショーと、同じ場所でやっているタイダンスと夕食。ホテルから歩ける範囲内なので、最終日くらいは汗をかかず楽しようと思ったのだ。あわせて七百バーツほど。
 その隣にあるショッピングセンター、MBKをちょっと覗く。タークシン首相のコピー商品撲滅宣言以来、あの店がどうなったか知りたかったのだが、ちっとも変わっていない。プロレスラーのロック様のTシャツを売っていたが、とうていWWEに金を払っているとは思えない値段だったし。ここで、ものすごい日本語のTシャツをみつけて購入。二百バーツ。「京東 大阪 ライバル対決」とあって、東京が逆さになっている。これは真面目に間違えてるのか、それとも狙っているのか。
 ここでイサーン料理を食いたかったのだが、熱射病のせいか二日酔いのせいか、どうにも体調がよくない。諦めてフードコートで飯を買い、隣の東急スーパーで果物を買い、ホテルに戻る。そうだよ。また駅からてくてく歩いたよ。
 シャワーを浴びてビールを飲み、ようやくのんびりして、テレビをつけたら、紫の服をきたおばちゃんがみんなから花束をもらっていた。どのタイ局に変えても、同じ紫のおばちゃん。どうやらタイのプリンセスの誕生日らしい。愛子さま生誕3周年みたいなもんか。


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