寒い寒い寒い朝と暑い暑い暑い夜

12月22日(日)
 埼京線の始発電車で東京駅に急ぐ。
 なにしろ朝九時過ぎの飛行機に乗るためには、六時に東京駅を発車する中華航空専用シャトルバスに乗らねばならない。いやスカイライナーや成田エクスプレスに乗ってもいいのだが、シャトルバスはなんといっても無料だ。無料のためなら一時間くらい犠牲にしても。しかし、時間はやすぎ。
 おまけに体調がよくない。
 朝五時に起きるなどということは私にとっては不可能事だ。というわけで徹夜してキャプテンウルトラをケーブルテレビで見ていた。当然、寝不足でふらふら。そして風邪気味だ。前日も熱さましを飲んで寝汗を十八リットルほどかいたところだ。
 さらに天候がよくない。
 しとしとと降る冷たい雨。私の服装はすでに南国に備えて、薄いシャツの上にはユニクロのフリース一枚だけ。どうせここを出たら使わないのだから、という考えで激軽激小の三段折り畳み傘をさしていたのだが、この傘、激小に比例して布面積も激小。かろうじて肩を覆うか、といった傘をこえて雨粒は容赦なく腕に足に背中に降りかかる。寒いよう。

 しばらく東京駅付近をうろうろと徘徊したあげく、ようやく中華航空のシャトルバスを発見。バス発着所は、駅から十分近くも離れた駐車場であった。
 さいわい交通の支障はなく、うとうとと寝ているうちに成田に到着。係員に揺り起こされ、パスポートの提示を求められてどぎまぎする。ラブホテルで寝ていたら売春容疑で摘発された不良外国人になったような気分。
 カウンター前で今回の旅のパートナー、しゃあさんと待ち合わせる。前回のベトナムの相方を見ているので、大柄な男性の死体くらい余裕で収納できるトランクと、タバコの詰まった紙袋と手提げバッグを持っていても、私はちっとも驚かない。驚かないが、免税店で買ったタバコをいきなり分解し、半分を私のデイパックに入れて税関のがれをしてくれ、と求められたときは驚いた。その三カートン買ったタバコは、すべて一週間の滞在中に吸い尽くす、と聞いたときにも驚いた。
 それにしてもしゃあさん、タバコ二カートン買うとオマケで時計をプレゼント、ということをあとで知り、販売所へねじこんでめでたく時計をゲットしたときの、
「これ、もらったー」
 という笑顔はかわいすぎるよ。つい頭をなでなでして飴ちゃんをあげたくなるくらいに。

 遅延も障害もなく、中華航空は定時に成田空港を離陸。
 われわれの席は後半の先頭、トイレやらクルーの作業室のすぐ後ろのところだった。前に席がないので足が思いきり伸ばせるのは便利なのだが、向かいが乗務員用の折り畳み座席になっていて、離着陸時にはそこにスチュワーデスが座る。そのスチュワーデス、若くて小柄で丸顔でかわいいのはいいが、やたらに脚を組む。中華航空のスチュワーデスの制服のスカートには深いスリットが入っている。その恰好でじーっとこちらを睨む。いや睨んでいるわけではなく、客席を監視しているのだろうが、こちらとしてはどうにも目のやり場に困る。顔を見るとじーっと睨み返されるし、胸を見るのも助平だし、脚を見るとスリットだし、あああぁぁぁ。

中華航空の乗務員は小柄で丸顔が多い

 機内食は豚肉のカレーと、鶏肉のいためものをビーフンにぶっかけたのとのチョイス。私はカレーを頼んだが、これが黄色いだけで辛くも美味くもない、昔懐かしい学校給食カレー。体調が悪くなってきたのもあり、ちょっとつついただけ。デザートはしゃあさんに進呈。ビールも頼まず、しゃあさんから頂いた風邪薬をジュースで流し込む。
 中華航空は台湾の台北蒋介石空港でお休み。この空港に蒋介石の名が冠されていたなんて、恥ずかしながらはじめて知った。
 空港のラウンジでひと休みして、やや体調が復活したような気がしたので、ビールを頼む。しゃあさんはプラムジュース。
 ところがこのプラムジュース、なんというのか凄い後味がする。石炭をこねまぜたというかガソリンをぶっかけたというかオーク炭で三昼夜スモークしたというか、ものすごく煙臭い。しゃあさんは一口飲んで涙ぐみ、腹いせに「毛沢東万歳! 中国人民軍に栄光あれ!」と呟いていました。

 一時間半ほど休憩して、飛行機は台北からバンコクへ。こんどの機内食は豚の煮込みをご飯にぶっかけたもの。今度もちょっと食べただけ。デザートもすべてしゃあさんの腹中に収まった。
 バンコクのトンムアン空港にたどり着いたのは夕方の五時ごろ。気温は二十六度。バンコクとしては涼しいが、日本の冬服を着た身にはさすがに暑い。しゃあさんはダウンジャケットを着て、夏休み我慢大会ダルマの部みたいな恰好でだらだらと汗を流しておりました。

 空港の事務所でエアポートタクシーを頼み、なんか紙片をもらって、タクシーに乗り込む。サイアムスクエアにあるパトゥムワンプリンセスホテルまで、高速料金も入れて三百バーツ。やはり前回の四百バーツはぼったくられていたのだな。
 ホテルの部屋は広くてきれいでふかふかしている。しゃあさんの話ではここはわれわれが頼んだスーペリアではなく、ひとクラス上のデラックスの部屋だとのこと。あまりの嬉しさにバンザイ三唱をする私を、しゃあさんは奇異なものを見る目で見ておりました。

 しばらく休んでから、街に出ることに。
 今の時期、バンコクはもっとも涼しく過ごしやすい季節だ。とはいえ、薄手とはいえ長袖シャツを着て歩いているとさすがに暑い。
 まずは無料パンフレットに書いてあったマッサージの店に。店の前におばさんがたむろしていて、腕を抱えられるようにひとけのない二階へ拉致される。やばいかな、と思ったがそこは正しいマッサージ店であった。パンフレットを見せるとちゃんと一割引にしてくれたし、チップも取らなかった。風邪と長旅でがちがちに固まった全身の筋肉をほぐすマッサージがむしょうに心地良い。ひとり一時間二百七十バーツ。
 その店の裏手にコカという超有名タイスキ店がある。というか、マッサージ店が裏通りにあっってコカが表通りなのだが。
 マッサージで気分ゆるんだこともあり、シンハビールを頼む。そのあいだにがんがんがんがんとしゃあさんが注文。鍋の他に、空芯菜の炒め物とアヒルのローストも注文。どうやらしゃあさんも、私と同じ、「注文しすぎて食べきれず後悔する人」であるらしい。
 アヒルのローストは、ぱりぱりの皮と、脂身がほどよくしっとりした肉を兼ね備えていて、かなり美味しかった。空芯菜はニンニクの香りがきいている。鍋には白菜とかワンタンとか豚肉とか豚タンとか豆腐とか大量に入っており、それを鶏ダシのよくきいたスープとともに椀に入れ、この店秘伝のやや甘辛のタレをかけて食べるとおいしい。緑色をした麺をこのスープで泳がせるとますますおいしい。
 おいしいが、食い過ぎた。「やだい、おじやを食べるんだーい」と駄々をこねるしゃあさんをようやく説得し、アヒルと空芯菜はテイクアウト。ビールも含めてぜんぶで六百バーツくらいだったかな。
 さらに帰る途中のコンビニでビールを買い込む。しゃあさんはミロを箱買いしていた。この国のミロは日本より甘くてうまいのだそうだ。
 さらにホテルの前の屋台で売っているクレープのようなものに、しゃあさんは敏感に反応。
 米の粉を練ったようなタネを、イタリアのピザ職人のような手つきで器用に伸ばし、鉄板でクレープのように焼く。そこに切ったバナナと卵を割り入れ、四隅を折り畳んで包む。ここにコンデンスミルクと砂糖をふりかける。どちらも大量に。コンデンスミルクに至っては、さくらんぼシロップ漬けくらいの中型の缶に二十七くらいの穴をあけ、クレープにざあざあとコンデンスミルクの豪雨を降らせる。これを見たとき、私としゃあさんはほとんど同時に、
「こ、これはkasumiさん好みだ」
 と呻いたのでした。
 これで十五バーツ。私はコンデンスミルクで辟易してしまったが、しゃあさんの感想では、甘いけれどおいしいとのこと。
 ホテルに戻り、しゃあさんの保有する効き目抜群の風邪薬を飲んで早々に寝る。エアコンを消して寝たら、夜中に暑くて目が覚めた。しゃあさんを起こさないように、トイレに缶ビールを持ち込んで深夜の酒盛り。


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