勝負パンツの不思議

 なんでも世の女性は「勝負パンツ」なるものを必ず所持しているものだそうで。
 いや、これは先日チャットで聞いたことなのだが、そこに来た女性全員が「うんうん、あたし持ってる」「アタシも。使ったことないけど」「わたしのは黒のフリルがついてる」「あたしはヒモパン」などと異口同音になまめかしく語ったことなので、間違いないと思う。別に勝負パンツ愛好会のチャットだったわけでもないし。いや、あるいはそうだったのか。

 しかし勝負というのは、いかなる場合を想定するのであろうか。それについては、尋ねたけどみなさん、口を濁して語らなかった。想像してみるしかない。
 パンツ→勝負、とくると、まず想像するのが野球拳だ。野球拳に負けてつぎつぎと衣服を脱いでゆく女性。ついにスカートが降ろされ、そこには勝負パンツが……などという情景が想像されるが、野球拳ってそんなポピュラーな競技だったっけ。それなら、萩本欽一がもっと忙しくてもいいはずだ。だいいち、世の女性がすべて、「ああ、今日の飲み会は野球拳がありそう。勝負パンツ穿かなきゃ」などと考えるものなのだろうか。私としてはそんな飲み会、参加してみたいけど。
 壷振りの勝負師はどうだ。緋牡丹博徒、お竜参上だ。でもお竜さん、上ははだけて晒で巻いた胸を出してたけど、下は脱いでないぞ。いや待て、立てひざ、という手があるぞ。そこでちらりと勝負パンツを見せ、相手の動揺を誘う……駄目だ駄目だ、パンツじゃ台無しじゃないか。やはりここは純和風に肌じゅばんでないと。ブラジャーにパンティのお竜さんなんて駄目だい。いや、私はそれでもいいけど。
 麻雀の勝負かもしれない。女性が、麻雀の負けを身体で払う、ってのは、雀荘で毎日見られる光景らしい。麻雀劇画によれば。だから、雀荘はかならず、ラブホテルの近くにある、と聞いたことがある。確かにそうだ。しかし、あらかじめ負けることを想定して雀荘に行く女性がいるのだろうか。もちろん、私に負けてくれるのはかまわないけど。
 しかし、それでは勝負パンツとはいえない。ただの負けパンツだ。歩のないパンツは負けパンツ。あまり関係ないが、アレキサンダー大王は、マケドニアなどという不吉な国から、よくぞあれだけの領土を征服できたものだと感心する。

 勝負の詳細はともかく、どうやら勝負パンツ、というものは、みだりに穿いてはいけないものらしい。チャットの女性方も、「買ったきり、いっぺんも穿いてないのよー」「そうそう」「あたし、時々自分の部屋で穿いて、鏡で見てるの……寂しい」などと語っていた。つまり勝負パンツとは、伝家の宝刀というか、核ミサイルによる抑止力というか、滅多に行使しないことによって価値がある、という類のものらしい。ミツバチの針のように、いちど使ったら死んでしまうのかもしれない。あるいはスーパーひとし君。
 だからきっと、この世の中には、使われないまま一生を箪笥の中で終える勝負パンツが、おびただしい量あるに違いない。その中には、母から娘に、そして孫に、と代々伝えられる勝負パンツもあるに違いない。そしていつしか、その小箱を開くものもなく、中身はなんだかわからないまま、家重代の家宝として伝えられてゆく。
 そしてある日、箱は数百年ぶりに開かれる。開いたのは迷信を笑う開明家だったかもしれない。あるいは遊ぶ金に困って隠し財産を探す放蕩息子かもしれない。兄と弟の相続争いに心を痛め、先祖の書置きを求める老婆かもしれない。
 いずれにせよ、箱は開かれた。一斉に注がれる子孫たちの視線。その焦点に、もしも、紫色のOバックスケスケパンティがあったら。
 「ご、ご、ご先祖様ぁぁぁ」と叫んで、全員でコントのように倒れるしかないではないか。
 あるいはキティちゃんがプリントされた幼児パンツであっても、事態は変わらない。いや待て、何百年も前の話だ、キティちゃんパンツなどあるわけがない。きっと「ナリヒラくん」とか、「ピッカリ☆源氏様」などという当時の人気キャラクターがプリントされているのだ。
 おまけに、「日本最古のプリントパンツ」として、重要文化財にでも指定されてしまったらどうする。捨てたくても捨てられない。まさに家門の恥だ。
 だから勝負パンツを伝えるのは、せいぜい三代くらいにしたほうがいい。いま、お祖母ちゃんからもらったパンツを持っている女性の方、それは子供に伝えるのはやめなさい。真心から忠告します。

 勝負パンツ、などというものを持つのは女性だけなのだろうか。男性にはそんな風習はないように思う。少なくとも私は持っていない。
 たとえばデートに行くのでも、シャツやセーター、財布などには気を使うが、下着のような、ふだん見えないものはあまり気にしない。そのため、いざ鎌倉、というとき、恥を掻いたことがあるような気がしないでもない。ともあれ男性は、下着にあまり気を使わないのではないか。
 いや待て、下着に気を使うことは、あったぞ。昔の経験だが。
 学校の身体検査のときだ。あのときは前の晩から下着を吟味して、黄色いシミとかウンチのあととか、そういうのがない、新品の純白のパンツを穿くように注意していた。なにせ、身体検査で、くたびれたパンツなどを同級生のクソガキに見せた日にゃ、その後数年間は、「びろびろパンツ」とか「うんこちゃん」などという屈辱的なあだ名で呼ばれること確実だったから。

 してみると男性の場合は、下着のお洒落はむしろ同性向け、ということになるのだろうか。
 いや、女性も同じかもしれない。勝負パンツとは、対女性用の兵器なのかもしれない。たとえばテニスクラブとか、温泉旅行とか、そんなときにちらりと見せて、優位を確認する、そんなパンツ。そう、女性のヒエラルキー決定勝負に使われるものが、勝負パンツ。
 つまり男女とも、同じなんだ。下着は同性に見せるもの、異性には下着の中を見せるもの、ということなんだ。
 でも中身、最近とんと見せてないなあ。寂しいなあ。しゃあない、だれでもいいから見せちゃうか。ほーらほらほら、お嬢ちゃんお嬢ちゃん。ほれほれ。

 追記。勝負パンツは男にもあるものらしい。一昨年ドラフト四位で西武に入団した猪爪投手(22)は、ドラフト会議の時と西武入寮時にキティちゃんの勝負パンツを穿いてきたと告白。しかし昨年は一軍登板なし、二軍でもわずか一イニングの登板。どうやら負けたらしい。


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