ジンバブエ再び

 えらいことになっているのであった。他でもないジンバブエの話である。対日本戦略を楽しげに練っている場合じゃない。ましてや陣場笛を吹いて兵隊を呼び集めたり人馬笛を吹いてベイスターズの駒田を呼び寄せたりチンパ笛を吹いてGさんを呼び寄せている場合でもない。洪水なのだ。リンポポ川が氾濫しているのだ。
 BSで放送される海外ニュースでは、連日このニュースを流している。チェチェンの紛争やアメリカの大統領選挙よりも長い時間を割いて。もう三週間も続いているが、水が引く気配がまったくない。毎朝毎朝、泥の川で溺れる水牛や牛や人間の映像が流れている。市街地は完全に水没している。ある者はビルの屋上によじ登って助けを求め、ある者は木に登って助けを求めている。被災者は百万人以上、死者は少なくとも三百五十人ということだ。現在も続々と溺れ死んでいるし、川底に沈んだ死体やワニに食われた死体も多かろうから、これからますます増えるだろう。
 被害はジンバブエだけではない。モザンビーク、ボツワナなど周辺諸国に及んでいる。ボートやヘリコプターで救助しているが焼け石に水だ。ボートは広い街道沿いにしか通行できないし、この辺の国は貧乏なのでヘリコプターが少ないのだ。アメリカやヨーロッパからヘリを飛ばすには遠すぎる。隣の南アフリカ共和国はヘリを出発させることを渋っている。

 それにしても問題は、この氾濫した川がリンポポ川ということだ。困ったものだ。キュート過ぎる名前ではないか。特に、「ポポ」がいかん。なんだかほのぼのしてしまう。
 これ以前にリンポポ川について知っていたことといえば、キプリングの「なぜなに物語」の舞台、ということだけだ。あの、「象さんのお鼻はなぜ長いの?」というやつだ。記憶している限りでは、たしかこんな話だった。
 むかしむかし、アフリカのリンポポ川にピンクの可愛いちっちゃな象さんが住んでいました。そのころの象さんは、まだ長靴くらいの短い鼻しか持っていませんでした。リンポポ川のとろりとした流れを見ているうちに、象さんは向こう岸に渡ってみたくなりました。
「おおい、鰐さんやーい」
「なんだべやー、象さん」
「お前さんはぼっけえ数が多いというが、まさかわしたち象ほど多くはあるまいて」
「なんの、わしらのほうがずうっと数が多いぞい」
 ということになって数比べと称して鰐一族をずらりと川の横一列に並べ、その上を渡っていった象さんだったが途中でペテンがばれ、鰐に鼻を噛みつかれて川に引きずり込まれようとしたのを必死に抵抗し、なんとか命は助かったが鼻が伸びてしまったとさ。
 なぜ大国主神が出てこないか不明だが、やはり牧歌的ではないか。こんな川が氾濫するなんて、ちょっと信じられない。でも氾濫しているのだ。幾多の人命を奪っているのだ。

 「ポポ」がいけないなら「ボボ」はどうだろう。ますますいけない。九州で放送できないし、悪役なんだけど実はいい人のレスラー、というイメージがつきまとう。馬場さんの追悼にもわざわざ駆けつけてくれたことだし。「ホホ」はどうだろうか。これも駄目だ。「リンホホ川」など発音しにくくてしょうがないし、間抜けさはリンポポ以上だ。「ホボ」はどうだろう。人命に関わるこの事態に「ほぼ」などという曖昧なことではいかんだろう。そういえば学生プロレスのレスラーで、ボボ・ブラジルに酷似した容貌の人間がいて、「ほぼ・ブラジル」と名乗っているそうなのだが、本当なのだろうか。いっそのこと、重複を省いて、「リンポ川」というのはどうだろう。駄目だだめだ。淋病でインポという鞄語になってしまう。などとくだらないことで煩悶しているうちにも、人はどんどん溺れ死んでいく。ああ、どうすればいいのか。


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