くだらな日記(2005年6月)


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6月30日(木)
 最近ブログで流行るもの、といえば、MusicalBatonと和の雫、というくらいで。
 後者はボッタクリ系客引き居酒屋の被害談が多すぎて居酒屋のホームページがぐぐってトップにならない、と某所で愚痴られたことがきっかけらしいですが。
 まあアレです。客引きについていって全財産かっぱがれなかっただけでもよしとしましょうや。同じ新宿でも暴力バーならそうなるし、マニラやロサンゼルスで客引きについていったら、まあ全財産か生命か腎臓かの三択を強いられ、しかも竹下景子さんでなく篠沢教授に賭けさせられるくらいのリスキーなのですから。そもそも駅前旅館の昔から、客引きといえばトニー谷かフランキー堺、リメイクでせんだみつおか小松政夫、というくらい言動に責任を持たない面子が起用されているくらいなのですから。
 とはいってもいい客引きもいるにはいます。池袋の話ですが、酔っぱらってカラオケにでも行こうというとき、「カラオケ館」の客引きがちょうど寄ってきたので、「221B戦記があるなら行く。ないなら行かない」と言うと、その客引き青年、われわれを店まで案内してから端末で検索し、「すいません、その曲はまだ入ってないようなんですが」とすまなそうに語るのです。あまりに誠実な姿勢なのでついそのまま入店してしまいました。どうだろうたとえば、「カラオケ館の客引きは嘘は言わない、わからないことはちゃんと調べて返答します」みたいなキャンペーンをして差別化をはかるというのは。


6月26日(日)


6月24日(金)
「おおーい、熊のゴン爺さん!」
「おらはゴン爺なんつう名前ぢゃねいだよ。ちゃんとセミリプトンつーハイカラな名前があるだよ」
「おっかしいなー。たしか昔どこかで、ゴン爺と名乗っていたような気がしたんだが」
 どうにも気になってしかたのない狸は、それから蜘蛛の巣に手紙をつけて飛ばし、いろんなところから情報を入手した。そして思いがけない事実を知ってしまい、熊のもとに走った。
「熊さん、あんた、昔はフラ……」
「あああ、バレちまっただか、頼むから昔のことは言わないでくんろー」
 過去のあやまちを隠そうとすると、もっと危険な過去まで暴かれてしまうことがあるものだ。もし東京裁判を公正にやり直したとしたら、戦犯と絞首刑の数がもっと増えるのではないだろうか。

 あやまちとちゃうがな。危険ちゃうがな。

 そもそもgonjiiちゃうがな。gonjiiiやがな。

 そして狸は新たなるあやまちが明らかになり、過去を悔やんで隠すのでした。どっとはらい。


6月22日(水)
 あ、ひょっとすると「音楽ファイル」というのは、片岡篤史が女性の乳を求めて大冒険する「もみてぇ」とか、今は亡き近鉄バファローズの応援歌「レッドdeハッスル」が大阪ドームで流されるさまとか、2ちゃんねる野球板の開幕記念ムービーとか、さっさと引っ越しムービーとか、長州と橋本のタココラ問答とか、メイドさんがなぜかメイド服を脱ぐよくわからないものとか、どこぞからダウンロードしてきたフラッシュやmpgファイルも含むのでしょうか。それならたぶん5メガくらいあります。


6月21日(火)
 いきなりですが徳田雨窓さん「雨谷の庵」「雨谷の日和」から、Musical Batonという企画が回ってきたので、取り急ぎご回答まで。なんせトモダチ少ないので、こういうの振られると嬉しいんだよ。僕たちトモダチだよね、だからアダ名で呼んでもいいんだよね、ヤセギスってのはどうかな。ヤセギスーーーーーーーー!!! ハハハ、ぴったりのアダ名だねヤセギス! しかしこれって、いかにもヤセギスらしいヤセギスの企画だよね、ハハハハハ! たまには肉食えよヤセギスーー!! コドモに体重抜かれちゃうぞヤセギスー!!

コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量 (Total volume of music files on my computer)
 ゼロです。ウチのパソコンはいつフリーズするかわかったもんじゃないので。

今聞いている曲 (Song playing right now)
 メタルサーガ(ゲーム)のサウンドトラック。

最後に買った CD (The last CD I bought)
 ゲームでなく音楽CD(商業版)なら、2年ほど前に買った頭脳警察ファースト。「世界同時革命の歌」に感動した。まぼろしの発禁曲だったもんで。「さようなら世界夫人」は普通に名曲。
 音楽CD(同人版)ならメイド徘徊をはじめたころ秋葉原で買った「さいたまCD」。「ラムのラブソング」は男が歌うと、上手ければ上手いほどなさけない気持ちになることを教えてくれた。

よく聞く、または特別な思い入れのある 5 曲 (Five songs (tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me)
 「吉田松陰物語」つぼイノリオ:つぼワールド最強最後の作品。
 「ブクブクマンボ」トニー谷:これ以上意味のない歌を私は知らない。
 「LOVE(抱きしめたい)」沢田研二:ジュリー美学集大成。
 「221B戦記」筋肉少女帯:カラオケを探して廻ったこともありました。
 「深夜徘徊」宍戸留美:すれっからしの大人むけのアイドルソング。

バトンを渡す 5 名 (Five people to whom I'm passing the baton)
 こういうのはブログ特有の企画で、できればブログサイトに回したほうがいいと思うので、数少ない知り合いサイトの中からさらに数少ないブログ持ちを2つ。
小助さん「家電に靴を入れず」:ふにゃふにゃソングに一定の評価がある軟体系サイト。すいませんメモへのリンクまだはってません。ここしばらくリンク集を更新してないものですから。
ぽいうさん「ぽいう」:元ミュージシャンのイカした日々を描くハジケ系サイト。奥さん実家から戻ってきましたか。
 ここでブログがネタ切れになったので、あとは日記持ちで、こういうの送っても怒らなそうな優しげなところで3つ。
茶川さん「茶川庵」:ねとらじやボイスチャットで美声を発揮しているぐーぱんち系サイト。また車に激突してヘコましましたか。
ワタルさん「強化フィルムコーティングTrash Container」:映画とバイクと節足動物をこよなく愛する小谷系サイト。ワタル先生にはげましのざざむしを贈ろう。
gonjiiさん「半茶」:手間のかかる企画をやらせたら天下一品のイコン系サイト。この企画を回したら回したで、またMuscle Baconとか書きゃしないかと今からワクワクしています。
 回されて迷惑だった方、どうぞスルーして下さい。回されて傷ついた方、狂犬に噛まれたと思って忘れて下さい。回されて回った方、つぎは飛んで下さい。


6月8日(水)
 地主の熊がどういう気まぐれか、森の農場を豚にまかせた。一年後農場を視察にいった熊は、かつて近在でいちばんの収穫量を誇っていた畑が荒れ果てているのを見てびっくりし、監督の豚を呼びだした。
 豚はまかされた農場のことに不満をもらすばかりだった。
「この畑はダメです。これっぽっちの芋も作れないくらい痩せている」
 熊はひとわたり畑を見回し、うなりながらこう答えた。
「ダメな理由がわかったよ。キサマはちょっとよさそうな畑があると、ほかの耕作地はほっといて、そこばっかり耕してるじゃないか。肥料もやらず休ませもせず耕してばっかりだと、そのうち壊れるかダメになるのはわかりきった話じゃないか」
 そして熊は豚の尻をけとばして解任し、豚の能力にふさわしい肥溜めに放りこんだ。最初からそうすればよかったのだ。


6月6日(月)
 猪と熊とが、餌を探しにいく途中、高い木のこずえにとまっている鳥を見て言い争った。
 猪は「あれはハヤブサだよ。ごらん、あの鋭い風切羽を!」と言い張り、熊は「いやいや、あれはトンビだよ。顔つきからしてトンビだ」と主張し、たがいに自分が正しいとやっきになっていた。
 そのうち、当の鳥は「ピーヒョロロ」と鳴き、くるりと輪をかきながら飛んでいった。
 熊は自慢げに言う。「ほらみろ、トンビだったじゃないか」
 しかし猪はまだ持論に固執する。
「いや、ピーヒョロロと鳴くハヤブサだって、世界のどこかにはいるに違いない。あれがそのハヤブサだったんだ!」
 こうして議論はいつまでも続いたが、餌はさっぱり見つからなかった。
 私はとある会社の会議を横耳で聞いていたのだが、無用無益の論争にかぎって、紛糾し長引くことが多いものだ。特にいじっぱりの人が混じっていると。


6月1日(水)
 せせらぎに棲んでいたトビケラが、いよいよ脱皮して空に飛び立とうとしていた。しかし清流の中に、今まで棲んでいた巣のごみくずだとか、今までに食べた虫の殻だとか、脱皮した自分の皮だとか、いろんなものを置き捨てていこうとしたので、鮎がみかねて注意した。
「おい、いくらなんでも無責任じゃないか。出て行くなら出ていくでいいけど、ちゃんと後片づけとか、今まで世話になったこの川に、やるべきことやってから出て行けよ」
 トビケラは羽根をひろげながらうそぶいた。
「俺はもうこんな水たまり、なんの関係もないんだ。汚そうが腐れようが知ったことじゃないね」
 さて、今日もテレビをつけると、メジャーリーグに行きたいとかダダこねていた自称エースが、今日もボコボコ打たれてみっともない顔を晒しながら負けていた。とりあえず髪を切れこの糞野郎。

「おれはこれから自由だ! 自分で思ったように走れるぞ!」
 それまで羊飼いのもとでこき使われていた犬が、やっと自由になった。
 しかし犬はもう歯が抜け、足はおとろえ、吠える声もしゃがれ、もう役に立たない、と羊飼いから判断されたからだったのだが。
 コーチから独立したと誇らしげに語るマラソン選手のニュースを見るたび、売れなくなった歌手がレーベルを変えるのを連想してもの悲しくてならない。沢田研二もその晩年、独自レーベルを作ったり、レコード会社から独立したりしていた。あれって金を儲けているうちは絶対させてもらえなかったよな。


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