どっくんどっくん

 というわけでどっくんどっくんしているのだ。脈打っているのだ。充血しているのだ。もう辛抱たまらないのだ。我慢できないのだ。爆発しそうなのだ。あ、あ、あ、出る、出るのだ!

 というくらい偏頭痛はたまらないのだ。それはいつもいきなりやってくる。あ、来たなと思ったらもう遅い。もうコメカミの血管はぴくぴくしているのだ。脈打っているのだ。血液が静脈を通り抜ける、そのどっくんどっくんが、痛みと化して私の神経を襲うのだ。たちまち顔の右半分が膨れ上がる。目玉が飛び出そうに痛い。涙が止まらない。歯が疼く。耳鳴りがする。鼻が詰まる。首が凝る。頬が張れる。頭が痛む。毛が抜ける。それはもう、今にもコメカミから血がぴゅーっと噴き出してしまいそうなほどだ。切れた堪忍袋の緒が蘇生する暇もないほどだ。幹事長も感じちゃうほどだ。なんか聞いたようなフレーズしか出てこないほどだ。なにも考えられないからなのだほどだ。ごめんなさいと謝るほどだ。

 この偏頭痛とは、もう十五年来のつきあいになる。それは毎年やってくる。いつくるかは分からない。しかし、来たら決まって一週間は滞在し、私の生活を滅茶苦茶にして去ってゆく。まるでタチの悪い姉夫婦のようなものだ。年に一度上京して、私の家の食い物を食い荒らすは私に百グラム千八百円のスキヤキ肉を一キロ買わせるは勝手に知人は呼んでスキヤキパーティはやるは私は家から追い出して食わせてくれないは赤ん坊に熱い焼き豆腐を食わせて泣かせるは私にあやさせるはオムツはぼってりと重くなるはこの寒空の下私に紙オムツを買いに行かせるは使用済みのオムツを洗いもしないで資源ゴミの日に出して私が近所に謝って回収する羽目になるは何も言わずにいきなり帰ってゆくはその数日後に私の名前で数々の通販商品しかも化粧品やランジェリーばかりが山のように届くは怒って電話したら宅急便で転送しろといけしゃあしゃあと抜かすはといった狼藉をしてまわるようなものだ。むろん私には姉夫婦はいない。親族一同でいちばんタチが悪いのは私だし。えっへん。

 これに最初に襲われたときは、さすがに心配して病院で検査してもらったのです。淡いブルーの白衣という形容矛盾なコロモをまとった、天使のように邪悪で悪魔のようにキュートな三十四歳独身年下好みサディストという女医さんでした。しかしそこでも、目は若干近視なだけで異常はないし、血圧は若干低いだけで異常はないし、肩は若干張っているだけで異常はないし、頭は若干悪いだけで異常はないし、どこといって原因はありません、と診断されてしまった。なぜですか、こんなに痛いんですけど。こんなに痛いのに原因がないのはなぜですか。そう年上の女性に甘えてみたのですが、これ以上のことは現代医学ではわかりません。あとはあなたのココロのなかに痛みがあるのかもしれません。そう、あなたは無意識のうちに痛みを求めている。痛くされたいと願っている、わたしに痛いことされたい、そう顔に書いてあるわよボウヤ、そもそもユングの集合無意識とは、といっていきなり精神分析をしようとしたので辛うじて逃げ帰ってきました。サディストに精神分析とは、まったくきちがいに刃物です。

 いかん、いつの間にか語尾が「だ」から「です」に変化してしまった。まあいいか。痛いから我慢して。いやん。
 とはいっても長いつきあいの中で、原因は分からないながらも、偏頭痛の奴が襲来してきている期間、どういうことをやったら痛みを招くか、ということはだいたい分かってきたのです。その第一は目への刺激。目が疲れるような行為、例えば眩しい光線や真っ白な紙、それからパソコンのディスプレイのようなものを見つめるのが特にいけない。これはパソコン相手になんぼの商売をしている人間にとっては死活問題です。片目をつぶったり眼帯をしたりしてみましたが逆効果でした。ディスプレイの光源を絞って思い切り暗くしたのですがかえって目が疲れました。ディスプレイを見ないようにしてキーボードを打ったのですが謎の古代文字ができました。口述筆記で美人秘書に書きとめさせようと思ったのですが美人秘書の給料は私より上でした。アトランティスの超科学で解決できるかと入会してみたのですが目から殺人光線が出るようになっただけでした。

 第二は酒です。酒で充血すると、もう駄目です。コメカミがぴくぴく。頭ががんがん。涙じょー。歯がずきずき。この期間中、とても酒は飲めません。ということで、奴の襲来中唯一の利点は、禁酒が達成できるということなのです。不健康の50%が酒に起因すると自認する私、そして友人によると97%が酒だと判定された私、えい、真ん中をとって酒が52%の不健康の原因である私は、そうすると偏頭痛によってむしろ健康が達成できているということになるのでしょうか。いいや、そんなことはない。なぜかこちらの方の逃げ道を考えるにはディスプレイよりも数倍の情熱を傾けてしまうのです。薄いアルコールなら大丈夫だろうとワインを飲んだのですがやはり一本呑んだら痛くなりました。ビールは酒じゃないし、と呑んだらそれでも痛くなりました。ゆっくり呑めば大丈夫かと思ったのですがじわじわ痛くなりました。痛くなる前に酔って寝てしまえ、とウィスキーを飲んだのですが痛みがやはり先に来ました。痛くなったらアルコールで麻痺させよう、とウィスキーをますますがぶ飲みしたのですがますます痛くなりました。痛みは神様の与えたもの、逃げてはいけない、と呑んだらキリスト級に痛くなりました。痛みも喜びもすべて捨てよ、と呑んだら一遍級に痛くなりました。痛いと思うのが私か、痛みが私か、と呑んだら荘子級に痛くなりました。アトランティスよわれに救いを、とレーザーを出しながら呑んだら富士皇朝級に痛くなりました。

 というわけでこんな駄文をだらだらと読まされた皆様には申し訳ないのですが、もうすぐ奴がやってきそうなのです。前兆がするのです。トミーは変身の前兆として耳がぴくぴくするのですが、私はコメカミがぴくぴくするのです。ああ、ぴくぴく。頭がどんより。すいませんね古いテレビ番組の話なんか持ち出して。いやまったく、せっかくオチを用意していたのですがそこまで書けず残n


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