日本ハムファイターズに就いて

 なんだかなあ。今年の日本ハム、弱かったねえ。「錨の切れた難破船」と誰かが表現してたけど、ホントそんな感じ。頭を低く垂れて、ひたすらシーズンが終わることだけを願っている、そんな選手ばかり。選手の顔、みんな暗かったもんなあ。それで、解説の広瀬だけ明るいのね。ただ明るいんじゃない、邪悪な明るさ。人の不幸を大笑いっていうか。まあ、上田監督の不幸がよっぽど嬉しいんだろうなあ。上田に追い出されたんだもんなあ、広瀬。上田監督も不幸な人だよね。球団に巣喰う広瀬の派閥を払拭して、やっと優勝が狙えると思ったら娘が統一教会。さらわれた娘を救出にむかっている間にチームは優勝をさらわれちゃった。とうとう今年はクビ。

 次の監督、大沢さんかと思ってたんだ。そしたら大島。まあ、大沢さんももう歳だし、常務だし、現場にはもう出ないのかな。でも年齢はノムさんのひとつ上だから、まだやれるよね。前に監督したときだって、もう頼む人がいないからって、常務の身でユニフォーム着たんだから。
 大沢さんもそうだけど、チームにはよく、困ったときはこの人頼み、というか、えらいこっちゃ、みんな断られた、もうこいつしかおらんやろ、という人がいるよね。よく言えば救世主。悪く言えば便利屋。巨人なら藤田さん。阪神ならよっさん。弱小チーム何でも請け負いますの近藤(和)さん。長嶋用繋ぎ監督の関根さん。

 会社でもそんな人いるよね。何となく雑用や急な仕事を押しつけられちゃう人。別にいちばんの下っ端、というわけじゃないのに、なぜか社員旅行の幹事をずっと勤めている人。新入社員の教育を押しつけられちゃう人。課長に「あの件はどうなった?」といつも真っ先に聞かれる人。
 だいたい独身だな。結婚してると、子供の運動会とか妻の母親が重体だとかいって逃げられるからね。恋人もいない。性格はあんまり積極的じゃないな。積極的な奴は、仕事を押しつける側に回るからね。でも陰気でもない。怒りっぽくもない。変人でもない。そういうのには、あんまり無茶な仕事を言いつけにくいからね。どんな反撃があるかわからないから。外見でいうと、課のちょっと隅で黙ってにこにこしている、ちょっと小太りの三十歳男性、といったところかなあ。
 そういう人、便利なんだけど上司の評価は低いのね。なにしろ、押しつけられた臨時の仕事ばかりやっているから、メインの仕事がはかどらないのね。だから評価を上げようがないんだよね。周囲も重宝している割には、尊敬しない。あんな仕事オレだってできるけど、オレはもっと大事な仕事で手が放せないからあいつにやらせるんだ、なんて思っているから。

 でもそんな人が組織には不可欠なんだってね。あのね、前にアメリカのソフトハウスで、大事なプロジェクトがあって、各部署から成績優秀な社員ばかり引き抜いてチームを作ったんだって。ところが議論や喧嘩ばっかりで業績がちっとも上がらない。みんな自己主張するばっかりで、ぜんぜん仕事が進まなかったんだって。
 また別の会社で開発チームがあったんだって。割と順調に仕事してたんだ。そこに、人員削減の指令が来たのかな、上司がメンバーの成績を見て、いちばん仕事の進みが遅い社員を切ったんだって。そしたらチームの成績ががた落ち。よくメンバーに聞いて回ったら、その社員が紛糾した議論を調整したり、不満が出ないよう仕事を割り振ったり、冗談を言って笑わせたり、潤滑油的な役割をしていたのね。だから、その社員がいなくなっちゃうと、チームはぎしぎしきしみ始めたんだって。

 生物でもそんなところがあるよね。100%合理的な生物って、いないと思うんだ。生物って、そんな理詰め一方のものじゃない。「ガメラ」の映画で、ギャオスの染色体が一対、という話があったけど、染色体が一対じゃそれが傷ついたらおしまい。そんな進化はありえない。人間みたいに二十六本あれば、少々傷ついてもなんとかなるんだよね。その染色体にもDNAのクズ情報や重複情報がいっぱい詰まっていて、実際に機能するDNAは一割未満というけれど、だから生物の身体は安定するんだ。
 驚くほど合目的的な生物、ってのはいるよね。高いところの葉を食べる首の長いキリンだとか、海に戻って魚そっくりの流線型体型になったクジラだとか。中世代のプテラノドンとかケツアルコアトルってのも凄いよな。あれ、翼を広げて十メートルとか十五メートルとかいうんだけど、重さは今のアホウドリ以下なんだって。全身翼。内蔵も小さく骨も中空で華奢になって、極限まで軽量化を図ったんだって。海岸に立って翼を広げるだけで、微風に乗ってふわりと浮いただろう。
 でもそういう生物は、ある特殊な環境にとてもよく適応したものが多いんだ。ということは、それ以外の環境にはまるで向いていない、ということなんだな。環境の変化に対応する余裕がないんだ。プテラノドンも中生代の温暖で微風の環境で進化したんだけれど、新生代の強風の環境では、あっという間に風できりきり舞いして骨が砕けて死んじゃっただろう、という話。

 会社でもそうなんだろうね。合理化っていって不採算部門をがんがん切り捨ててるけど、あれ、どうなるのかな。いままでは少々採算がとれなくても続けていたから、少々の状況の変化にも対応できた。でも、儲かる部門だけ残して、あとは切り捨ててしまえば、将来どうなる? その部門が儲からなくなったとき、いったい会社はどうなる? 社長さんたち、そこまで考えているんだろうかね。


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