女海賊と謎の美女

「堺で聞いてきたが、爆薬の入手は思ったより難しいぞ」
 鉄砲寮の空き屋敷。
 夜、戻ってきた安之進は、腕組みをしていた。
「どうして? 船は出てるんだろ? それに乗って、イギリスへ行けば簡単だろ?」
 ニーナは鈴音の差し入れてくれた餅にかぶりつきながら反論した。
「えげれすは半分、鎖国しているようなもんだ」
 安之進は呻くように呟いた。
「さっき言ったカスミ教、これがえげれすを支配していて、異教徒は船に乗せない、入国させない、宣教させないという、非カスミ三原則を貫いているんだ。だからカトリックのニーナや、修験道の俺は、えげれす船に乗せてもらえない」
「そんなもん、乗っ取ればいいだろ」
「おいおい、乱暴だないきなり」安之進は苦笑した。
「手下はいない、軍資金もない、それで船が一隻、乗っ取れると思うのか?」
「あの鉄砲撃ちどもを使ったらどうだ?」
「いや、何の関係もない若者を、そんな危険なことに巻き込むわけには……」
 安之進がそこまで言いかけたとき、突然戸がぐゎらりと開け放たれた。
「ずんと水臭いでござるべい、ご両所」
 鈴音はつかつかと歩を進め、どぅんとふたりの前で胡座をかいた。
「ごめんね、立ち聞きなんかして。鈴音がどうしても、って、言うから」
 重太郎は済まなげに言い訳をした。
「わしら二人、鉄砲足軽もぶち合わせて四人の命、安之進うじに預け申すべい」
 鈴音は高らかに宣言した。
「さて、善は急げと申すべい、早速敵陣の偵察とつかまつるべい」

「まるで要塞だ」
 暗闇に星影を隠す、聖だごん教会の巨大なシルエットを見上げ、安之進は囁いた。
「うむ、いにしえに在りと聞く、本願寺よりもずんと大きかろうべい」
「鈴音、声が大きいよ」重太郎は注意した。
 塀がある。
 三間はあろうかという高い塀が、きびしく焼き固めた煉瓦で築かれている。
 おそらく厚さも二尺、いや、三尺はあるかもしれない。
 登るのも穴をあけるのも難しかろう。
 その高い塀よりもはるかに高く、城とも寺ともつかぬ、奇妙な形の建造物がそびえている。
 塔のようなものの影も落ちている。
 塀の前には、これも四間はあるだろう、幅の広い堀が水を満々とたたえている。
「この堀を越え、高い塀を乗り越え、だだっ広い境内を走り抜けて、船を奪おうっていうのか。六人じゃとても無理だ」
 安之進はニーナの肩に手を置いた。
「う、うわ。なんだよいきなり」
 熱いものに触れられたかのように、ニーナはびくりと肩をふるわせた。
「戻ろう。戻って、別な方法を考え直そう」
「ふ、ふたりっきりで?」

「くくくくくくくく」
 突然、暗闇の中から怪鳥のような笑い声が響く。
 四人は反射的に、木陰に身を隠した。
 訓練された戦士の基本的な動作である。
 しかし笑い声は、その樹上から響いてくるようだ。
「だ、誰だ!」
 ニーナは梢を見上げてわめいた。
 その声に応えるかのように、人影が降ってきた。
 意外に小柄なその人影は、敏捷に地面に降り立つと、四人の前にその身を曝した。
 黒ずくめの衣装に身を包んだその人物、どうやら女性であるらしい。
「くくく、あちきは怪盗ぷりちーぴんく」
「黒ずくめなのにぴんくとは妙だね」重太郎が評した。
「そんな些細なことはどうでもいいのでありんす。クロは崇高なるアサシンの色なのれす。みゅみゅ。あちきが貴方がたの願い、かなえてあげるでありんす」
 安之進はニーナに囁いた。
「おい、あの体型、あの声……どこかで見覚えがないか」
「え……あ、あっ」
 ニーナの記憶が蘇った。確かにあの、エルサレムに行くと言ってアフリカに向かった、地理音痴の教祖……。
 なんにでも白い糖蜜をかけてまくまくと食していた、あの女性……。
「か、カスミ様ぁっ?!」
 その人物はカスミという言葉を聞き、明らかにうろたえて抗弁した。
「あ、あちきは怪盗ぷりちーぴんくだと言ったはずなのです。カスミとは何の関係もないのでありんす。ないのです」
「なにか隠しているね」
 重太郎はその人物に近づいた。
「び、びゅびゅびゅびゅびゅびゅっ」
 謎の女性はマシラのように木にふたたび飛び上がり、そこから叫んだ。
「あ、あちきは貴殿に味方するというのですよっ。むうみゅ、その味方をカスミだとか何とかいって疑うのですかっ」
「ここは話を合わせた方がよいようだ」
 安之進はニーナにそう囁くと、樹上に声をかけた。
「わかった。頼む、協力してくれ。怪盗プリティピンク」
「ぷりちーぴんくなのれす。まあよろしい、わかればいいのでありんす。くくく、この稀代の怪盗ぷりちーぴんく様が、教会の抜け道を案内してさしあげるでありんす。むふふん」

「そういえば」と、重太郎はつぶやいた。
「カスミ教の教祖カスミ様は、ふたり目のご子息ご聖誕のため、どこかに姿を隠している、って、堺で聞いた」


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