阪神亡命者の弁

 阪神の試合を見なくなってからしばらく経つ。
 前半戦は見ていたが、岡田監督の采配があまりに疳にさわることが多いのと、その傲慢ともいうべき言動に腹を立てて、こんな辛いだけのものだったら見ない方がマシだ、これ以上見ていたらこちらの精神がおかしくなってしまう、ということで見放したのだ。
 いわゆる脱北者という、北のほうにある国から亡命した人の話を聞いていると、これ以上祖国にとどまっていると、いつか政治犯として強制収容所に放り込まれて、食物も与えられず餓死するか、死刑を宣告されて銃殺されるかわからない、だから逃げてきたという人が多い。
 重要度という点では重大な差があるが、私も彼らも、祖国にいたたまれなくなって逃げ出した点では似たところがあるように思う。彼ら脱北者は、祖国がもっといい国になったら戻りたいと、じっと待っている。私も、じっと待っている。

 脱北者の話が出たからというわけではないが、このごろの阪神は、北の国と事情が似ているような気がする。
 先代の指導者はいろいろ失敗もしているが、かなりのやり手だった。まず中国やソ連のようなパトロンをうまく操縦して、補助金をごっそり出させた。その金で、外国から優秀な技術者や最新鋭の機械を輸入し、工業を発展させた。かつて戦友だった大物連中を大臣に起用し、いろいろな政策をおこなっていった。
 ところがその指導者が病に倒れてしまい、代わって新しく就任した指導者がぱっとしない。あからさまに言うと苦労知らずのお坊ちゃんである。先代は外国でパルチザン戦争を闘ったりした歴戦の勇士(やや粉飾もあるらしい)だが、当代は外国経験といえば留学の名目で一年間ほど遊びに行っていただけ、あとは自国で後継ぎとしてぬくぬくと甘やかされて育っていたのである。
 そして先代のときの大臣をほとんど追放し、自分の側近を大臣に据えた。それも才能や功績による抜擢ではない。噂によると、宴会のときの飲みっぷりがいいとか、おべんちゃらがうまいとか、そういう理由で可愛がられた人物ばかりらしい。
 そして国民総生産があきらかに低下した。先代のときにはうまく運んでいた事業も、必ずどこかでひっかかって失敗するようになった。指導者や大臣たちの指導方針がふらふらして一定していない、長い間繊維工業に携わっていた工場長をいきなり水産加工に配属するようないいかげんな配置転換、信賞必罰の原則がゆるんで工場の雰囲気がだらけてきた、などなど、思い当たる原因は山のようにある。
 もうひとつ大きいのは、当代の指導者はリスクマネジメントという言葉がまったく理解できていないらしいことだ。たとえば先代の指導者は北方に巨大な発電所を建設し、発展させ、世界一と呼ばれるほどにしたが、それだけに頼ることはなかった。たしかに巨大発電所は一国の電力を優にまかなうことが可能だが、故障もあれば事故もある。戦争で爆撃される可能性だってある。だから南方にもうひとつの発電所を建設し、何があっても最低限の電力は確保できるようにしたのだ。また、年に一ヶ月くらい見計らって南方発電所だけ稼働させ、その間に北方発電所のメンテナンスを行うようにしていた。
 ところが当代になってから、北方発電所だけで充分だから南方発電所は不要である、という方針になってしまった。北方発電所は休みなくずっと稼働しつづけている。メンテナンスをしていないため一部の設備が老朽化し、あきらかに発電効率は落ちてきているが、それも無視して使い続けている。南方発電所は見捨てられてペンペン草が生え、もはや使い物にならない状況だという。

 「また昔の弱い阪神が戻ってきた」「にわかファンはちょっと弱いだけで絶望するからダメなんだよな」などと嬉しそうに言う自称阪神ファンが増えてきたが、そんな輩は同志でもなんでもない。けがらわしい害虫である。
 ファン歴を自慢したいのか余裕を見せたいのか、「僕ら、弱い時代から応援してるからねえ。このくらい弱くなっても別に驚かないよ」などという自称阪神ファンがいる。お前ら、ぼろぼろに弱かった時代、負けて悔しくなかったのか。頭を掻きむしったりラジオを投げつけたり監督と選手を罵ったりメガホンを投げたりしなかったのか。怒らなかったのか。していないとしたら、お前は野球を見ているふりをしていただけだ。
 あまつさえ、「阪神は弱いのが好きなんで、あまり強くても楽しめない」とまで言う自称阪神ファンもいる。野球は勝つためにするもので、それを放棄して何がファンか。ファンだからどのような楽しみ方も許されるのだと抗弁するかもしれないが、こういう自称ファンはプロ野球界の癌だ。なんとなれば、こういう自称ファンが多い球団は、負けても許されるし客が来るものだから、勝つ努力をしなくなる。そのためいつまでたっても弱い。そして、あからさまに弱い球団がいることは、ペナントレースの楽しみを大いに盛り下げることに貢献するのだ。ペナントレース後半、巨人と中日のマッチレース。ところが5位のヤクルトが新監督のもと結束してみごとに首位巨人を3タテ、一気に巨人と中日のゲーム差はゼロ、などということがあると、これは盛り上がる。しかし阪神の弱かった時代、巨人と広島のマッチレース、9月末の巨人阪神3連戦、などということがあると、これはもう間違いなく巨人が3連勝して一気にマジックを4としてしまうのだ。これはつまらない。弱いチームはリーグ全体の癌であり、弱いことを支持する自称ファンは癌の変異源である。
 「阪神は強いと見せかけてころっと負けるところに味がある。才能はありながら努力せずにのほほんとしているのがいい」などと言う人は、野球が好きなのではなく、こう主張しているようにしか感じられない。
(ちょっと斜な観点で余裕をもって野球を見ているオレってサイコー!)

 私はこんな祖国を見捨てて逃げ出したわけだ。黄元最高人民会議外交委員長のような大物亡命者なら、外国から祖国を救うために闘うこともできるだろう。しかし無力な私は、ただ待つだけだ。祖国がよくなってくれることを。


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