高見盛といっしょ

 「大衆は清潔な貧乏人の物語を好む」「大衆はほどのよいフリークスを好む」という言葉は、ビクトリア朝イギリス以来の真実として語られてきた。
 清潔な貧乏人の物語としては、「リトル・ドリット」「パミラ」「アンクルトムの小屋」「王子と乞食」「赤毛のアン」「小公女」「少女パレアナ」「ルーツ」「山頭火物語」「まんが尾崎放哉」「清貧のすすめ」などという書籍がベストセラーとなってきた。われわれは、不快な思いをすることなく、自分より悲惨な境遇の人間の話を聞くことが楽しいのである。
 またほどのよいフリークスとして「チャンとエンのシャム双生児」「親指トム将軍」「デイジーとヴァイオレットのユナイテッド・ツインズ」「ベトちゃんドクちゃん」「スケボーに乗ったケニー君」「たこ八郎」「がんばれ! 車椅子のネコひかりちゃん」「ガッツ石松」「ホーキング博士」「天才伝説横山やすし」「乙武くん」などという存在が大衆に愛されてきた。われわれは、不快な思いをすることなく、自分より悲惨に生まれついた人間を見ることが楽しいのである。

 しかし、ほどのよさを超えたフリークスが拍手喝采を浴びているこの世の中を、なんと分析すべきだろうか。
 大相撲名古屋場所では、高見盛という力士が横綱や大関を破る殊勲を重ね、大人気である。ただ単に強いというわけではなく、カッコイイということもなく、なんだか妙なファンがついてしまったようなのである。どうしたものだろうか。
 高見盛の魅力について分析してみよう。まず目が怖い。高見盛の顔立ちは西郷さんタイプというのだろうか、丸顔にげじげじ眉、その下にどんぐりまなこという濃い顔である。そしてそのどんぐりまなこは、常時全開である。その瞳孔は開きっぱなし、焦点はどこにも合っていない。要するにイッちゃってる目である。しかもヤブニラミ気味である。そんな目で睨まれたら、気弱な力士なら自分から土俵下に逃げてしまうに違いない。そんな力士がこれまでなかったのは、ひとえに相撲協会の圧力のおかげである。
 そして行動が怖い。胴長で手足が短く、ちょうどドワーフをそのまま大きくしたような体型で、その手足をぎくしゃくとぎこちなく動かすさまは、まるでオイルの切れたブリキ人形のようだ。たぶん、運動神経がうまくコントロールされていないのだろう。そのために東関親方につけられたあだなが「ロボコップ」。あんなロボコップに襲われたら、たいがいの悪人は泣き出して降参してしまうだろう。
 なにより仕切が怖い。高見盛は土俵上でパフォーマンスという名の奇行をくりかえす。あるときは脇の下をかぽんかぽん鳴らす。あるときは腕をぐるんぐるん回す。あるときはありったけの塩を頭上に放り投げ、重力の法則によって落下した塩に包まれて塩地蔵になる。あるときは握り拳を胸や乳や顔にぺちぺちと叩きつける。もちろん、常に奇声とともにこれらの奇行をおこなう。試合後にも「勝ったぞう」と泣きながら両腕を突きあげてみせたり、ぴょんぴょん飛び跳ねてみたり。どうみても幼児並の行動である。観客の拍手喝采に喜んで奇行がエスカレートするところも、幼児並である。

 こういうのが人気力士でいてもいいのか、日本は病んではいないかと、相撲中継を見るたびに思うのである。
「いいんじゃない。面白いし」
 などと簡単に片付ける人は、胸に手を当てて、もしあなたが高見盛と対戦するハメになったらどうするか、あの目で睨みつけられたらどうするか、うっかり右を差されてしまったらどう逃げるか、深く考えてみてほしい。
 いや問題は土俵上だけで起きているのではない。

 たとえば通勤時の満員電車に高見盛が乗り込んできたら、あなたはどうする。あの目でギロギロとあたりを見回したりしようものなら、気の弱い人、諍いを好まない人は先を争って隣の車両に逃げていくだろう。さらに高見盛が両肌脱ぎになり、
「ぐほー。ヴァー。ぎえー。ふにゅーん」
 などと叫びながら両腕の握り拳で全身を殴打し、さらに顔面も拳で殴りつけ、鼻血がだらだら垂れるのもかまわず紅潮した全身を震わせて
「いくっすー。やるっすー。勝つっすー」
 などと咆哮したら、これはもう動けない負傷者と病人を除く全員が隣の車両に逃げていくだろう。残された負傷者と病人には自決用の手榴弾がひとつづつ渡されるのだ。
 それでもいいのか。

 たとえば結婚式場に高見盛が乱入してきたら、あなたはどうする。
 親族代表がスピーチしているところを、ずかずかと歩み寄ってマイクを奪い、
「千代大海関は強いっすー。今からびびってるっすー。でもやるっすー」
 などと咆哮したら、これはもう新郎新婦を除く全出席者が控え室へと逃げていくだろう。残された新郎新婦には心中用のナイフが渡されるのだ。初めての共同作業が心中。それでもいいのか。
 さらに高見盛がウェディングケーキにぶちかましを食らわせ、伊勢海老を殻のままむさぼり食らい、シャンパンを浴び、どこからか持ち出した大量の塩を式場中にぶちまけることを止められる人はどこにもいない。こらこら、めでたい席で塩はやめろ。

 葬式なら塩でもいいかというと、そういうわけでもない。たとえば愛する人のしめやかな葬式会場に高見盛が乱入してきたら、あなたはどうする。
 小雨の中、故人の思い出を抱いて集まった人々が正座し、高僧が読経するとき、突如として高見盛が現れるのだ。高見盛は僧侶の頭巾を剥がして「はげ!」と罵り、みんなに配るはずだった塩を奪って遠く高く派手にぶちまけ、位牌に灰を叩きつけ、お供えのメロンを丸かじりにしながら棺桶を蹴破り、あなたの愛する人の遺体を抱きかかえてカンカンノウを踊らせるのだ。それでもいいのか。
 そういえばマサ斎藤はプロレス大会の発表に出ていたときに、アトランタオリンピックのモハメドアリの如く肉体が常時ぷるぷると震えていて、「マサさんマナーモード」などと言われていたのですが、友人のレスラーの葬式に出たときお供えの果物をむさぼり食ったという噂は本当でしょうか。

 それでも高見盛が好き、という人、特に女性には、つぎの可能性について考えていただきたい。
 新婚初夜。結婚式も終わり、あなたは心地よい疲労と高揚感に包まれてスウィートルームのダブルベッドに向かう。そこにはあなたが選んだ永遠の伴侶がいるのだ。シャワーを浴び、洗い髪をとかし、ネグリジェにガウンを羽織って、あなたはベッドに向かう。
 そのベッドに寝ているのが高見盛なのだ。
 高見盛はベッドに入るか入らないかのあなたに奇襲のぶちかましを食らわす。隣室まで跳ね飛ばされてロープの反動で戻ってきたあなたの右を、高見盛が差す。もうこの体勢になったらおしまいである。そこから一気に土俵下まで寄りきる。砂かぶりに転落したあなたの姿は砂と塩にまみれ、シャワーも洗い髪も勝負パンツもあったものではない。気息えんえんのあなたの肉体からネグリジェを剥ぎ取り、高見盛はあなたの尻を、乳房を、顔を、めったやたらに拳骨で殴りつける。鼻血が出ても血を吐いても許してくれる高見盛ではない。まず運が良くて全身打撲と肋骨骨折で全治十二ヶ月、普通なら三日間生死の境をさまよったあげく逝去である。血まみれのあなたの身体の上で「勝った、勝った」とぴょんぴょん飛び跳ねる高見盛は、まるでアフリカ密林出身と称するレスラーの勝利の踊りだ。そしてあなたの葬式会場でも高見盛は塩をばらまき、僧侶を殴打し、メロンをむさぼり、そしてあなたの遺体にカンカンノウを踊らせるのだ。
 それでもいいのか。


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